認証
三人と一匹で奥殿に入った。長老たちも付いてくる。その前でコンソールを起動した。
「『灰の底に眠る記憶よ、疾く我が眼前に示せ!』」
ぶおん。コンソールが開いた。ティアが前にも増して呆れている。
「またエラく省略しましたね」
『うん、だいぶ玲奈博士のくせというか扱い方が分かってきた』
「なんだか古代文明って凄いものだと思っていた純粋な私を返してほしいです……」
うん、分かるぞティア。伝説の超文明がまさか妄想で動いてるとか信じたくないよな。
また感応術が切れる。幸い一瞬だった。炉が近いのに切れるのか。本当に時間がない。
コンソールの前にリーネがひざまずく。俺もその横に座る。俺を挟んでティアもひざまずいた。
長老たちは部屋の後ろで見守っている。ひやひやしてるんだろうなあ。
ティアは最終章を記した紙束をリーネの前に並べる。俺はリーネ経由で炉へのアクセスを開始した。
「『地殻炉よ、再起動手順を疾く開始しろ』」
【管理者候補によるコマンド入力確認。ネットワーク再起動シーケンスを開始します。認証キーを入力してください。】
『はじめるぞ、リーネ』「はい、ソーマ」
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ヴォイドの闇が世界を覆い始めていた。
空が消えた。星が消えた。地平線の向こうから、音もなく灰色が押し寄せてくる。静寂。すべてを鎮めるための、優しい静寂。ヴォイドの望んだ世界が、今まさに完成しようとしている。
カイたちが灯してきた炉が、一つずつ消えていく。
遠くの町の炉が消えた。砂漠の炉が消えた。山岳の炉が消えた。ルティアの故郷の炉が消えた。灯したはずの火が、指の間から零れ落ちる砂のように失われていく。
ガルドが剣を構えるが、斬るべき敵がいない。フェインが術式を組むが、解くべき呪いがない。ボルグが盾を掲げるが、防ぐべき攻撃がない。ヴォイドの闇は暴力ではない。ただ静かに、すべてを眠らせていく。
カイは立ち尽くしていた。
詠唱が通じない。叫んでも炉は応えない。仲間がいても、守り手の誓いを唱えても、闇は止まらない。
「——諦めろ、守り手の少年」
ヴォイドの声が、どこからともなく響く。
「おまえは十分に戦った。だがこれは戦いではない。これは安らぎだ。すべてが静まれば、誰も傷つかない。誰も泣かない。おまえの仲間も、おまえが守りたかった人々も、もう何も苦しまなくて済む」
カイは答えられなかった。ヴォイドの言葉に嘘がないことを知っていたから。
静寂の中で、カイは自分の手を見た。紋章の光が消えかけている。選ばれし者の証が、今は何の力も持たないただの模様になろうとしている。
ルティアが傍に立っていた。何も言わない。ただ立っていた。
カイはルティアを見た。ルティアの目を見た。感情の乏しかった彼女の目に、今は確かに何かがある。それは悲しみかもしれない。恐れかもしれない。でも確かに——そこに、光があった。
カイは思い出した。
最初の炉を灯した時のことを。あの時、声が届いたのは、詠唱が正しかったからじゃない。想いがあったからだ。震える声でも、下手くそな詠唱でも、想いがあれば炉は応えた。
じゃあ今、足りないのは——
カイは口を開いた。詠唱ではなかった。
「——聞いてくれ」
静寂の中に、カイの声だけが響く。
「俺はただの——どこにでもいるやつだ。特別な力があるわけじゃない。選ばれた理由も分からない。正直、今だって怖い。足が震えてる。逃げ出したい。こんな大きなもの、俺には背負えない」
ガルドが振り返る。フェインが目を見開く。ボルグが黙って聞いている。
「でも——ひとつだけ、知ってることがある」
カイの声が震える。泣きそうな声。でも止まらない。
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詠唱の途中で、部屋に神官が駆け込んできた。緊迫感の無い声で、とんでもない報告をした。
「大変です。町の南に灰獣が一頭入り込みました。周辺の民衆が襲われているようです。」




