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俺の黒小説が聖典になってた  作者: ぽんた7
Episode10 本物
34/45

告白


――

 一人が声を上げる。二人、三人、十人。集落から隣の集落へ。声が鎖のように繋がっていく。

 砂漠の民が空に向かって吠えた。山岳の民が谷に向かって歌った。海辺の民が波に向かって泣いた。名前も知らない遠くの誰かのために、声を張り上げた。

 世界中の声が、ひとつになった。

 地の底が震えた。

 忘却の炎が目覚める。一つ。また一つ。眠っていた炉が轟く。凍えていた大地に熱が戻る。枯れた泉から水が湧く。暗かった空に光が差す。

 蒼い炎が、地の底から噴き上がった。

 一条ではない。世界中のあらゆる場所から、蒼い炎が立ち昇る。大地を突き破り、天を貫き、灰の雲を焼いていく。


 ヴォイドの闇が後退する。


 だがカイは追わなかった。

「——おまえもだ」

 カイはヴォイドに向かって手を伸ばした。

「おまえの中にも、あるだろ。もう苦しみたくないって思ったのは、苦しんだことがあるからだ。苦しめるってことは——おまえにも、想いがあるってことだろ」

 ヴォイドが揺らいだ。

「消さなくていい。消さなくていいんだ。痛くても、苦しくても、それごと抱えて——それでも灯し続ける。それが、俺たちの——」

 蒼い炎がヴォイドに触れた。闇を焼くのではない。闇を溶かすのでもない。闇の中にあった「想い」に触れ、そこにも火を灯す。


 ヴォイドの黒い霧が、内側から蒼く光り始めた。白かった目に、色が宿る。ヴォイドが——泣いていた。静寂の王が、初めて声を出して泣いた。

 蒼い炎が空を満たした。灰の雲が晴れていく。どこまでも遠く、どこまでも高く。

 カイは空を見上げた。隣にルティアがいた。まだ手を繋いだままだった。

 ルティアが言った。初めて見る表情で。泣いているのに、笑っていた。

「……綺麗」

 カイは笑った。泣きながら、笑った。空は晴れた。どこまでも蒼く、どこまでも温かく。


 これが——俺たちのレクイエム。灰への、鎮魂歌。

――


「『はい、これで終わり』」


 最終章の口述が終了した。長かった。途中何度も感応術が切れてひやひやしたが、なんとかやり遂げた。


 リーネもティアも黙っている。なんだ、そんなに感動的だったか? ってんな訳ないか。

 大層な羞恥プレイだったが、もうこの二人にはいいや。


 ティアが筆記していた紙から顔を上げてこちらを見つめる。


「あなたは、」


『?』


「あなたは何か隠していますよね」


『……』


「いくら記憶力が良いと言ったって、高位の長老でもないあなたが、日頃いい加減なあなたが、聖典をここまですらすら暗唱できるなんてあり得ません」


 う。


「あなたは伝説の偉人ではない。でもただの猫に寄生した精神でもない。本当は何者なんですか?」


「私も知りたいです」


 リーネもティアに続いて俺に問いかける。


「ソーマの口述を声にしてる間、よく理解できない感覚がありました。隠れたいような避けたいような。私には経験が無いものですが、これは恥ずかしい、という感情ではないでしょうか」


『……』


「何故、聖典の暗唱が恥ずかしいのか。私にはとても不思議でした。内容に恥ずかしがる点は特に無いと思います。それなのに」


 ティアが後を引き取る。


「本当は、あなたこそが聖典の作者なのではありませんか、ソーマ?」


 ティアが色々怪しんでるのは薄々感じてたが、そっか、リーネにも伝わってたんだ。


『すまん』


「何故謝るのですか?」


『このおまえたちが聖典と呼んでるものは、俺が高校生の時に書いた小説だ』


「高校生? 小説?」


『高校生ってのは学校のことで、ってそれはいいか。俺が16才の頃に書いた物語だ。小説ってのは架空の物語の事だ』


 リーネがティアに翻訳する。


『そんな聖典なんて持ち上げられるほど大層なもんじゃない。ただの、つまらない、厨二妄想全開の物語なんだ。何故か玲奈さんに鍵として使われちゃっただけで、中身なんて無いんだよ』


 ティアは顎を落として俺を見ている。


『偽物なんだ。すまん』


「そんな、内容を一所懸命理解しようとしてたのに。大した意味もない物語? あなたの妄想だったと?」


『そうだ。消し去りたかった俺の黒歴史だったんだ。原本を切り刻んで捨てる寸前だったのに、そこで意識が途切れて、気づいたらリーネの中にいた』


 リーネは、すっきりしたような表情になっていた。え、なんで。


「ようやく納得できました。ソーマは聖典を偽物と仰いましたが、やはりこれは本物ですよ」


『あれ。俺の話聞いてた?』


「だって。既に聖典として伝わってるという事実を置いといても。私はあなたの言葉に心を動かされました。感情というものが少しだけ分かりました。それが偽物のはずはありません。少なくとも私にとっては本物です。それはソーマと言えども否定させません」


 そうなのか? 玲奈さんに都合が良いからって使われただけなのに、価値があった?


「私も疑問が解けてすっきりしましたよ。というか脱力しました」


 ティアは呆れたように。


「何かあるとは思っていましたが。まさかただの妄想だったとは、気が抜けてへにょへにょです」


 へにょへにょ。


「正直、私の努力を返せ! って気はします。でも、お話自体は悪くなかったです。まあ恥ずかしいというのも、よーく分かりますけど。不自然に表現が濃いですよね。これがあなたの言う所の厨二って奴なんですね」


『もう殺して』


「でも、ルストのミロやカルムの商人たちを笑顔にしました。リーネ様も守りました。それは嘘じゃありません」


 ティアの話を聞いているリーネは微笑んでいる。いや俺にはあまり微笑ましくは無いんだが。と。感応術がまた切れる。


「また切れましたね。頻度が上がっています。もう時間が無さそうです」


 恐怖が俺を締め付ける。感応術が切れたら、俺はリンの中に取り残される。リーネと会話できなくなる。そんなのはだめだ。


『炉に行こう。さっさと再起動するんだ』


 俺たちは部屋を出て奥殿に向かう。勝負だ、玲奈博士。



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