告白
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一人が声を上げる。二人、三人、十人。集落から隣の集落へ。声が鎖のように繋がっていく。
砂漠の民が空に向かって吠えた。山岳の民が谷に向かって歌った。海辺の民が波に向かって泣いた。名前も知らない遠くの誰かのために、声を張り上げた。
世界中の声が、ひとつになった。
地の底が震えた。
忘却の炎が目覚める。一つ。また一つ。眠っていた炉が轟く。凍えていた大地に熱が戻る。枯れた泉から水が湧く。暗かった空に光が差す。
蒼い炎が、地の底から噴き上がった。
一条ではない。世界中のあらゆる場所から、蒼い炎が立ち昇る。大地を突き破り、天を貫き、灰の雲を焼いていく。
ヴォイドの闇が後退する。
だがカイは追わなかった。
「——おまえもだ」
カイはヴォイドに向かって手を伸ばした。
「おまえの中にも、あるだろ。もう苦しみたくないって思ったのは、苦しんだことがあるからだ。苦しめるってことは——おまえにも、想いがあるってことだろ」
ヴォイドが揺らいだ。
「消さなくていい。消さなくていいんだ。痛くても、苦しくても、それごと抱えて——それでも灯し続ける。それが、俺たちの——」
蒼い炎がヴォイドに触れた。闇を焼くのではない。闇を溶かすのでもない。闇の中にあった「想い」に触れ、そこにも火を灯す。
ヴォイドの黒い霧が、内側から蒼く光り始めた。白かった目に、色が宿る。ヴォイドが——泣いていた。静寂の王が、初めて声を出して泣いた。
蒼い炎が空を満たした。灰の雲が晴れていく。どこまでも遠く、どこまでも高く。
カイは空を見上げた。隣にルティアがいた。まだ手を繋いだままだった。
ルティアが言った。初めて見る表情で。泣いているのに、笑っていた。
「……綺麗」
カイは笑った。泣きながら、笑った。空は晴れた。どこまでも蒼く、どこまでも温かく。
これが——俺たちのレクイエム。灰への、鎮魂歌。
――
「『はい、これで終わり』」
最終章の口述が終了した。長かった。途中何度も感応術が切れてひやひやしたが、なんとかやり遂げた。
リーネもティアも黙っている。なんだ、そんなに感動的だったか? ってんな訳ないか。
大層な羞恥プレイだったが、もうこの二人にはいいや。
ティアが筆記していた紙から顔を上げてこちらを見つめる。
「あなたは、」
『?』
「あなたは何か隠していますよね」
『……』
「いくら記憶力が良いと言ったって、高位の長老でもないあなたが、日頃いい加減なあなたが、聖典をここまですらすら暗唱できるなんてあり得ません」
う。
「あなたは伝説の偉人ではない。でもただの猫に寄生した精神でもない。本当は何者なんですか?」
「私も知りたいです」
リーネもティアに続いて俺に問いかける。
「ソーマの口述を声にしてる間、よく理解できない感覚がありました。隠れたいような避けたいような。私には経験が無いものですが、これは恥ずかしい、という感情ではないでしょうか」
『……』
「何故、聖典の暗唱が恥ずかしいのか。私にはとても不思議でした。内容に恥ずかしがる点は特に無いと思います。それなのに」
ティアが後を引き取る。
「本当は、あなたこそが聖典の作者なのではありませんか、ソーマ?」
ティアが色々怪しんでるのは薄々感じてたが、そっか、リーネにも伝わってたんだ。
『すまん』
「何故謝るのですか?」
『このおまえたちが聖典と呼んでるものは、俺が高校生の時に書いた小説だ』
「高校生? 小説?」
『高校生ってのは学校のことで、ってそれはいいか。俺が16才の頃に書いた物語だ。小説ってのは架空の物語の事だ』
リーネがティアに翻訳する。
『そんな聖典なんて持ち上げられるほど大層なもんじゃない。ただの、つまらない、厨二妄想全開の物語なんだ。何故か玲奈さんに鍵として使われちゃっただけで、中身なんて無いんだよ』
ティアは顎を落として俺を見ている。
『偽物なんだ。すまん』
「そんな、内容を一所懸命理解しようとしてたのに。大した意味もない物語? あなたの妄想だったと?」
『そうだ。消し去りたかった俺の黒歴史だったんだ。原本を切り刻んで捨てる寸前だったのに、そこで意識が途切れて、気づいたらリーネの中にいた』
リーネは、すっきりしたような表情になっていた。え、なんで。
「ようやく納得できました。ソーマは聖典を偽物と仰いましたが、やはりこれは本物ですよ」
『あれ。俺の話聞いてた?』
「だって。既に聖典として伝わってるという事実を置いといても。私はあなたの言葉に心を動かされました。感情というものが少しだけ分かりました。それが偽物のはずはありません。少なくとも私にとっては本物です。それはソーマと言えども否定させません」
そうなのか? 玲奈さんに都合が良いからって使われただけなのに、価値があった?
「私も疑問が解けてすっきりしましたよ。というか脱力しました」
ティアは呆れたように。
「何かあるとは思っていましたが。まさかただの妄想だったとは、気が抜けてへにょへにょです」
へにょへにょ。
「正直、私の努力を返せ! って気はします。でも、お話自体は悪くなかったです。まあ恥ずかしいというのも、よーく分かりますけど。不自然に表現が濃いですよね。これがあなたの言う所の厨二って奴なんですね」
『もう殺して』
「でも、ルストのミロやカルムの商人たちを笑顔にしました。リーネ様も守りました。それは嘘じゃありません」
ティアの話を聞いているリーネは微笑んでいる。いや俺にはあまり微笑ましくは無いんだが。と。感応術がまた切れる。
「また切れましたね。頻度が上がっています。もう時間が無さそうです」
恐怖が俺を締め付ける。感応術が切れたら、俺はリンの中に取り残される。リーネと会話できなくなる。そんなのはだめだ。
『炉に行こう。さっさと再起動するんだ』
俺たちは部屋を出て奥殿に向かう。勝負だ、玲奈博士。




