口述筆記
帰り道は大樹までずっと下りだ。特に問題も起きずに歩き続ける。リンも他の四匹と一緒に馬車と平行して歩く。鱗猫の重さなんて農耕馬みたいなでっかい毛むくじゃら馬にとっては誤差だろうけど。決してティアと同じ車室にいるのが居たたまれない訳ではない。決してない。
野営中は、最終章を記す作業。とても恥ずかしい事をさせられている。
リーネが俺の文章を口述して行く。
「『ヴォイドの闇が世界を覆い始めていた』」
それをティアが書き留めて行くのだが。
「前の章までも出てきてましたが、ヴォイドって結局何ですか? 神官様たちもよく分かってないみたいで皆言う事が違うんですよね」
「『えーっと、闇の帝王的なやつ』」
「闇の帝王、って何ですか?」
「『敵。悪者。ラスボス』」
「敵って何ですか?」
「『そこからかー』」
今の地球って敵の概念すらないのか。平和だな。記述進まねえぞ。
というか神殿でも聖典(笑)の意味分かってないって事か? それで何故こんな文書を信奉できるのか。揃いも揃ってバ(以下略)
「ティア、とりあえず意味は後でも良いんですよ?」
「リーネ様、それだと発音を書き写すだけになってしまいます。『ぼいどのやみがせかいをおおいはじめていた』じゃあ後から読めませんよ」
棒読みするティア。リーネは腕を組んで考え込む。
「それは確かにそうですね」
『いや、リーネ納得しちゃうんかい! 終わんないぞ?』
「でも、このままだと全部書き写し終わった後で意味を付ける清書作業する事になりますよ? 二度手間ではありませんか?」
『うー』
ティアがパンパン手を叩く。
「はいはい、続けましょう。敵って何ですか?」
「『敵というのは。うーん難しいな。自分と対立する相手とか、危害を加えてくる他人とか、そういう人のこと』」
「なるほど。つまり私に対する猫の事ですね」
「『なんでやねん』」
「あはは、ウソですよ、半分は」
半分は本気かよ。
「『そういう時は、「嘘」じゃなくて「冗談」って言うんだよ』」
感情を肯定されて以来、ティアはどんどん表現が豊かになって来ている。他にもこういう子が出てくれば、まだ人類は捨てたもんじゃないかもしれない。
「『続けるぞ。――空が消えた。星が消えた。地平線の向こうから、音もなく灰色が押し寄せてくる。静寂。すべてを鎮めるための、優しい静寂。ヴォイドの望んだ世界が、今まさに完成しようとしている』」
「灰色が押し寄せてくるって具体的に何が来るんです?」
「『うーん、心象表現、とか言っても分からんか。ヴォイドって奴は人間性を否定してるんだ。人の感情や欲望を全て消し去るために色々解き放って世界を覆い尽くす感じ。その比喩だな』」
「わざと難しく書いてませんかこれ? 優秀な人の書く文章は簡潔なものですよ?」
「『こういう物なんだよ』」
「本来の文章をあなたが脚色してたりしませんよね?」
「『つまり俺がバカだと』」
「そこまでは言ってませんが、心当たりがあるのは良い兆候ですね。(にっこり)」
もう好きにして。
その後も万事そんな調子で進んで行った、というか進まなかったというか。終わらねえ。




