招聘
ケンブリッジの研究室に戻った玲奈は、がっくり肩を落としていた。
「エネルギー学会、ほんとに恐竜ばっかりだったわ」
研究室に同僚のミハイルがコーヒー片手に入ってきた。
「恐竜って?」
「既存権益にしがみつく連中の事よ。The establishment。核融合とか既存のエネルギー産業の連中ばっかり。自分たちの利益だけが大切で、惑星の危機なんてどうでも良いんだわ。学会の私物化もここに極まれりよ」
ずずずー、とミハイルはコーヒーを啜る。
「ああ、分かる。あいつら人の邪魔ばっかりするよね。もうエネルギー学会なんて行かなくていいんじゃない?」
「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど。学会発表履歴が無いと色々面倒なんだよねえ」
教授会のお偉いさんから色々チクチク言われてしまうし、予算にも関わってくる。面倒くさいのだ。
「ああ、そういえば玲奈が不在のあいだ、なんか分厚い郵便が来てたよ。今時紙なんて珍しいよねえ。机の上に置いといた」
「郵送? それはほんとに珍しいわね。ありがとうミハイル」
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届いていた書類は、日本のとある財団からだった。玲奈はその名前で分かるように日系人だ。もう4世くらいで日本人の血は薄いし日本に行った事もない。少しだけルーツを感じる国、という程度の認識。日本語なんて話せない。まあAIのリアルタイム翻訳で十分ではあるが。
内容は、玲奈の音波採掘技術に興味がある、というものだった。仮の建設計画や資金計画の詳細が記してある。いくつか誤りや仮定の錯誤があるものの、玲奈の研究をよく精査してある。真剣な検討がされており、たちの悪い冗談という訳ではなさそうだ。
日本は核融合への依存度が特に高いが、建造のための資源に乏しい。そのため中国やアメリカに対して常に弱い立場を甘受している。玲奈の地熱発電に興味を持ってもおかしくはない。書類は最後に玲奈の日本への招聘を申し出ていた。
話を聞きに行っても良いかもしれない。玲奈が電子メールで受諾を送信したら、即座に羽田行きビジネスクラスの電子オープンチケットが送られてきた。
仕事が早い。期待できるかもしれない、と少し思う玲奈だった。
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玲奈を招聘した桜庭財団は、昭和初期から続く由緒正しい組織だった。表だって目立つ活動はしていないので知名度はあまり高くはない。しかし主に社会のインフラや安全に対する投資や支援を行っており、知る人ぞ知る、という存在だ。太平洋戦争で富を築いた初代が、社会還元のために設立したものである。
現総帥は、日本の現状、ひいては地球の現状に強い危機感を抱いていた。すでに日本では核融合炉の増設は資源的にほぼ不可能。資材を輸入しようにも大国間でも争奪戦状態でそれもままならない。代替エネルギーも開発しつくされている。八方塞がりなのだ。
そのくせ日本政府は既存のエネルギー産業の言いなりで有効な対策が打てていない。もう地熱くらいしか日本には残っていないがコストが高い。そこで目をつけたのが玲奈の方式、という訳だ。
日本の地熱発電に適した場所は、大抵が国立公園か温泉地だ。掘削が難しい。しかし玲奈の方式なら場所を選ばない。国レベルでは難しくとも、フットワークの軽い私設の財団であれば検討に値した。




