宿
騒ぎになった市場を出て別の市場を目指す。移動する時に人々がざあ、っと左右に分かれる様は某モーゼさんみたいだった。まあ聖獣だもんな。地球で言ったら白虎とかユニコーンとか出てきた感じなんだろう。中身はただの猫なんだけどな。いや猫は光らないか。
騒動の噂はあっという間に広がっていったようで、我々を冷たい目付きで見る視線は少なくなっていた。責任重大ですよリーネさん。あんな事言っちゃってどうすんの。
「どうするも何も、私たちで解決すれば済む話です。がんばりましょう」
拳を握りしめ、両手でガッツポーズを取る。いや可愛いな? でもがんばるとかブラックな事を安易に言うのはどうかと思います。
「ぶらっく、とは? 何か良くない意味と伝わって来ますが」
『いや、なんでもない。気にすんな』
「そうですか?」
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その日はそれ以上トラブルが起こる事もなく日が暮れた。神殿に戻って泊めてもらう予定だったが、俺がまだルストでの失敗から気分の落ち込みが回復していないのをリーネは読み取ったのだろう、宿は神殿ではなく町中の宿屋にしようと言い出した。
『いや、俺はどこでもいいけど、むしろ道ばたでいいんだけど。だいたい宿とかお金かかるんじゃないの?』
「そこは大丈夫です。路銀は潤沢に頂いています。道ばたなんてとんでもない」
お金についてはそうなんだろうけどさ。
『猫なんて泊めてくれるの?』
「それも大丈夫ですよ。何と言っても聖獣様ですから」
聖獣様なんでもありか。まあメシ食えればいいか。
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宿が決まった。この世界の宿泊施設の基準は分からないが、まずまず清潔そうなところだ。猫まんまも出してくれた。リンは満足そうだ。いいねキミ安上がりで。
取ったのは一室。リーネとティアが同室なのは当然として、俺も?
「聖獣様を外で寝かせる訳がないじゃないですか」
『いやでも、別室でも』
「とんでもありません。お風呂があるのはこの特別室だけらしいですから、毛並みのお手入れもここならちゃんと出来ます」
いや、妙齢の女子と風呂とか。俺の防御力は紙なんです。勘弁してください。
「リーネ様、」お、ティアさん、反論よろしく。
「宿に湯の準備を言いつけて来ます。しばしお待ちを」
あっるぇ~? いつもの毒舌はどーしたの?
「さあ、まずはざっと毛皮の埃を落としましょう。昼間暴れた時のゴミが沢山ついてます。さあ、こちらで伏せてください」
ダメだ。というかリンは手入れされる気満々だ。四面楚歌。五臓六腑。七難八苦。はっくしちじゅうに。
毛皮をブラッシングされていると、ティアが宿の人と戻って来た。壁面の穴からドバーっとお湯が出てきて、あっという間に浴槽が張られた。改めて地殻炉すげえな。
「まず、我々が身を清めてきます」
おお、おう。
「お逃げにならないで下さいね?」
読まれとる。
リーネはそう言うと浴室に入って行く。
ティアも一緒に入ろうとしたが足を止めて振り返る。
「…覗いたら噛みますからね」
やっぱり刑は噛みつきなんだ。
「にゃー!」(覗かないよ!)
「尻尾」
ふにふに尻尾が波打っている。いや、これは俺の意思でわ。縮こまる俺を見て、ティアは改めてこちらに向き直った。小さく呟く。
「昼間は、リーネ様のために怒ってくれたんですよね」
うん?どした突然。
「……なんで、恥ずかしくないんですか」
『? 恥ずかしいって何が?』「うにゃん?」
「人々の前で怒ったこと。…恥ずかしい事とされています」
『あー』「ににゃー」
尻尾がぺたんと下がる。
『今、ちょっと恥ずかしくなってるかもな』「うにゃんにゃ」
意味は伝わっていないだろう。でもティアの口元が動く。微笑みの手前の何か。
「あんな風にリーネ様を守ってくれた人は初めてです。少しだけ、ほんの少しだけですけど見直しました。ありがとうございます」
おお? デレ期キタ?
「でも。勘違いしないでください。それはそれ、これはこれ。今後もリーネ様への無礼は許しません。囓ります」
……気のせいだった。
その後は端から見れば極楽、実際は地獄だった。お風呂はティアの監視付きで頭から丸洗い、寝る時もリーネは布団に入らせようとしてくるのをなんとか回避してソファで丸くなる。なんでリンは意識を引っ込められるのに俺は出たままなんだ。不公平。




