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緑中の光  作者: いとい・ひだまり
第一章 君と共に

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第九話 違和感

 雨の日だった。厚い雲が空を覆って、夜みたいに暗い校舎の中。

 階段でよろけた時

「大丈夫⁉︎」

 隣を歩いていたきみつキに抱き抱えられた。

「あ、りがとう」

「よかった……」

 目が合った。

 花紺青(はなこんじょう)の瞳。

 いつも見ていたようで、見ていなかったのだろうか。深く綺麗で、そのまま僕はその目に吸い込まれそうになって……

「――っ烏丸!」

「ちょっ、速いて、りんちゃん!」

 竜胆さんと烏丸さんの声がした。下からバタバタと階段を駆け上がってくる。

 それで僕は、音の方に顔を逸らした。

「……ごめん、なつき」

「きみつキ?」

 馬鹿なことをしたみたいに彼は頭を抱え、僕を自分から引き離した。

「ちょっとトイレ行ってくる」

「え、うん……」


 彼の様子がどこかおかしいのは分かった。そんなきみつキが去っていった方をただじっと見つめていると

「なつきくんっ」

 下の踊り場の端から烏丸さんと竜胆さんが顔を出した。

「大丈夫、みたいね」

 『大丈夫』。なんのことだろうか。僕が階段から落ちそうになったこと? それとも――

「ちょっと、大丈夫?」

「なつきくん?」

 くぐもった声。ゆらゆらと水の中みたいに不安定に揺れる二人が、心配そうな目で見上げてくる。

「大丈夫だよ僕は」

 階段を降りていく。でも何かがおかしい。

 ……何か。

 あぁ、いや、何かではなく、色だ。視界も全部。しゃぼん玉を覗き込んだみたいに、視界が歪んで……。


 僕は――



 蝉時雨。

 その中で僕は体を起こした。

 若草の香りがする。それと、なんだか懐かしい……。


 僕がいたのは、どこかの林の中だった。木漏れ日が時々泳ぐそこを、僕は歩いていく。

 いつぶりかな。こんなに綺麗な緑って本当に久しぶりに見たかもしれない。褪せてもなくて、暗くもなくて、鮮やかな元気の塊みたいな色。

 綺麗だ。

 思いっきり息を吸うと、生き返るような心地がした。

 あぁ、懐かしい。ずっと昔、僕の胸にあった気がする。


 ……そういえばここはどこなんだろう。

 あれ? さっきまで僕はどこにいたんだっけ。

 緑じゃなくて、白でもなくて、灰のような暗い場所……。

 いつから、そんなに暗くなったんだろう? 初めから暗かった? 

 いや、そんなことはない。明るかった。なら、いつから……。



「――ん、なつきくん!」

「……っ!」

 目を覚ますと僕は寝かされていて、心配そうな二人の顔が覗いていた。

「ここは……」

「学校よ。階段の踊り場」

 辺りはいつも通りの色の薄い世界に見えるけど、心なしか気を失う前より明るい気がする。

「下りる途中で落ちたんよ。頑張って二人で受け止めたけど、痛いとこない?」

「あ……大丈夫」

「よかったぁ……」

「それはそうと、なつきさん」

 安堵の表情から一変、竜胆さんは真剣な目で僕を見据えた。

「あなた、やっぱりお祓いが必要だわ」

「え?」

「塩飴だけじゃ駄目ね。狐が強すぎたわ」

「でもちょっと離れた今なら、できるんちゃう? 邪気と狐に完全おさらば」

「完全に出来るかは分からないけれど、出来る所は出来るだけ、どうにかしないとね」

 二人はよく分からない話をしている。これは僕がさっきまで眠ってたから理解できない訳じゃないよな?

 竜胆さんと烏丸さんは顔を見合わせ頷くと、一緒に僕に両手をかざしてきた。

「え、あの、何……が起きてるの?」

 いきなりで戸惑ったけど、目に見える光が出たわけではないのに二人の手の平から力を感じて、僕の体は軽く、視界は明るくなっていく。

「あなたに憑いてた悪いモノを取ってるのよ」

 あぁ、あの日竜胆さんが言ってた「ついてる」ってそういうことだったのか。

「うちら神社の子やから。不思議な力使えるんやで〜」

「一瞬で完全に祓えたらいいんだけれど、そんな簡単なものでもないのよね。あなたの場合は少し……というか、結構複雑に絡まり合ってて難しいの。でもこれで浄化が進んでいくから、また元のように暮らせる筈よ」

「えっと……ありがとう?」

 何が起こっているのか分からない。けど、確実に何かがよくなったのは確か。彼女達の持つ不思議な力のおかげで、少しだけ元気が出た気がする。

「気分はどう?」

「よくなったよ。なんか……夢から覚めたみたい」

「よかったわ」

 二人は微笑む。けれど僕には他に心配事があった。

「あの、きみつキは? なんか、おかしかったよね?」

「彼のことは私達が何とかするから、心配しないで」

「そうそう。なつきくんはいつも通り過ごしぃ。しっかり休むんよ」

「……分かった。じゃあ、きみつキのこと、お願い」

 僕がそう言うと、二人は力強く頷いてくれた。彼女達なら、どうにかしてくれるんじゃないかと思う。

 僕は二人に託すことにした。

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