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 旅館のロビーのガラスケース内に展示されている古めかしい本。表紙は焦げ茶色で、雑な木の木目のような模様。表紙それ自体は結構な厚みがあるのに対し、中身は薄そうだ。数ページしかないように見える。


 私は女将さんへと警官であることを明かし、本の閲覧を求めた。この人は昨日、私が岐阜から来た事を明かした時、何故か怯えて逃げるように去った人だ。

 女将さんは私が警官だと知ると、小さく頷きながらガラスケースの鍵を取り、一緒にロビーへ。


 ……なんか、やっぱり震えてる?

 一体なんなんだ、あの本。


 金さんとクリスさんは既にガラスケースの前で待機していて、女将さんが来ると二人は左右に別れ、鍵穴への道を女将さんに譲る。だがそこで女将さんは立ち止まってしまった。ひたすら肩を震わせている。


 その様子に金さんは煙草を取り出し咥えて……ってー! おい!


「金さん何してんの! ロビーでは禁煙です!」


「はっ! なんかクセで……」


 クセってなんの!


 しかし煙草は何も自分を落ち着かせるための物だけじゃない。相対する者を落ち着かせる効果もあるのだ。煙草を吸う目的はリラックスする為。つまりは怯えてる人間に超余裕ぶってる姿を見せる事で、落ち着かせる事が出来る……というのは金さんからの受け売り。本当かどうかは知らない。


 しかし金さんと私のやり取りに効果があったのか、女将さんはゆっくりガラスケースの鍵を開けてくれた。何故、何に怯えていたのか興味は尽きないが、まずはどんな本なのかと、クリスさんは手を伸ばす。しかし女将さんはクリスさんの手を止めた。


「待って……待ってください……この本は……呪われているんです。触れば……死んでしまうんです……」


 金さんとクリスさんは顔を見合わせ、コクンと頷く。


「大丈夫デス、私、こう見えてもテレビから出てくる髪の長い女の知り合いイマス。何かあったらソイツに日本全国蹂躙してもらいマス。日本人皆道連れデス」


 何が大丈夫なのか一ミリも分からないが、是非それは止めて頂きたい。

 すると金さんは火を付けていない煙草をくわえたまま……って、どんだけ吸いたいん。外に灰皿あったから一服してきなさい。


「女将さん、何か……思い当たる節でも?」


 金さんのその質問に、女将さんは頷きながら……私を見てくる。


「昔……まだ十代くらいの若い娘さんが、この本を興味深そうに眺めていたんです。それで私、ついガラスケースから出して……その子に見せてしまったんです……」


「それで……?」


「……その後……数日後に、その子が亡くなった事をニュースで知りました……。勿論、ただの偶然だと思いました。でも、この本を調べていた学者先生から、絶対この本は他人に見せてはいけないと言われ……」


 ……私と金さんは顔を見合わせ、首を傾げながら


「あの、女将さん……私達、これでも警察官なんです」


「……はい?」


「どうして……そんな見え見えの嘘付くんですか?」


 女将さんはビクっと肩を震わせ、慌てた表情でガラスケースを閉じようとする。しかし鍵を落してしまい、その鍵を拾い上げるクリスさん。そしてそのまま本を手に取り、中身を見る。


「あ……だ、だめです! それは……!」


「フム……成程、これは確かに不味い書物ですネ。女将サン、あそこの監視カメラ……どこに繋がってマスか?」


「え? そ、それは……その……」


「……金サン、不味い事にナリマシタ。アトデまた連絡シマス。とりあえず私は姿を消しマス」


 そのままクリスさんは本を持ったまま旅館を出ていく。

 監視カメラ? そういえばこのガラスケースだけを監視するかのように一台のカメラが設置してある。しかしあれが何処に繋がってるかって……


「あ、あぁ……ど、どうしよう……私……私……」


「落ち着いてください、女将さん。それと……この本を以前興味深そうに見ていた娘さんというのは……この子じゃないですか」


 金さんはスマホを取り出し、画面に矢代 恵美の顔写真を出して女将さんへと見せる。すると女将さんは顔を塞いで蹲りながら、コクコク頷く。


「金さん、一体……あの本、何なんですか?」


「クリスが不味いって言うなら……相当不味いんだろうねぇ。とりあえず僕らも出ようか、里美ちゃん。このままじゃ、女将さんも巻き込んでしまうかもしれないし」


 



 ※




 

 旅館を出た私達、すると金さんの携帯へと着信が。クリスさんからだ。


『金さん、もうじき私達の携帯も監視されるデショウ。なので端的に結論だけイイマス。この本、旧日本軍の暗号文書デス。内容までは分かりませんガ』


「そういう事か……女将さんが呪いの本って言いながら、大事にガラスケースに入れて展示してたのは矛盾してたからな。つまり……」


『つまり、我々はまんまと釣り餌にかかったという事デス。以降は尾行に注意シツツ、携帯での連絡もこれ以降はヤメマショウ。私はこれから、この本について調べマス。学者先生の方はお任せヲ』


「分かった。まあ、俺達は善良な警察官だからな。連中も下手な真似は出来ないさ。それこそ騒ぎになる」


『フフ、流石デス。デハ』


 なんだなんだ、今の会話は。

 

「あの、金さん?」


「里美ちゃん、一旦岐阜に帰ろう。彼にも聞きたい事あるし……」


「あ・の! 金さん!?」


 思いっきり金さんの耳元で恫喝するように声を荒げる。

 金さんは耳を抑えつつ、目を丸くしてビックリ仰天。しかし本当に驚いているのは私の方だ。


「旧日本軍の暗号文書って……まさか私達、日本政府の暗部みたいな人達に消されるってことですか?!」


 あの本は呪いの本なんかではない。どういう事か分からない事の方が多いが、今私達はとんでもない物を敵に回してしまったのだ。そう、日本政府、そのものを。


「わ、私達は地方公務員ですけど……せ、政府側ですよね?!」


「お、おちついて里美ちゃん。とりあえず……間室くんに会おう、確かめたい事がある。監視が付く前に……」


「間室君って……え、なんで……?」


「彼のサイトだよ。アフリカのサーバーを経由してまで開設した都市伝説サイト。きっと彼も……僕らと同じ側の人間だ」




 ※




 再び間室君の家へとお邪魔する私達。

 間室君は道子ちゃんのために朝ご飯を用意している最中だった。エプロンを付けて、目玉焼きを焼いている。


「え、なんスか。まだ何か?」


「間室君、単刀直入に聞く。矢代 恵美とどういう関係?」


「…………」


 間室君は目玉焼きを皿に盛りつけつつ、エプロンを外し、それを道子ちゃんへと「食べてて」と差し出し、私達と共に外へ。


「……まさかとは思いますけど……アレ見たんスか」


「俺は見てない。でも何なのかは知った」


「……監視、ついてないっすか?」


「まだ大丈夫だと思う。これでも警察官だからね。人の視線には敏感な方だ」


「あ、あの……金さん、話についていけてないんですけど……間室君と矢代恵美がどういう関係かって……」


 間室君は煙草に火を付けつつ、私と金さんもつられて喫煙……三人そろって何してんだ。


「里美ちゃん、道子ちゃん見て……どう思った?」


「ど、どうって……? まあ、ものすごく可愛い子だと思いました……」


「あざっす」


 いや、間室君には言ってない! 悪いが道子ちゃんはお母さん似でしょ! 間室君に全然似てないし!


「で、なんなんですか、道子ちゃんがどうしたんです?」


「目元とかさ、似てると思わない? 疑って見るとなかなか似てると思うよ」


 いや、だから何が……って、まさか……


「……矢代恵美……? 道子ちゃんって……矢代恵美の娘なの?!」


「そうっす」


 いや、いやいやいやいや! あり得ない!


「ちょ、待って! 矢代恵美は十年前に事故死してるんだよ? 道子ちゃん、まだ四,五歳でしょ?」


「死んで……無いッス」


 は?


「里美ちゃん、矢代恵美は生きてるよ。矢代さん言ってたじゃない、真実を知りたいって。でも矢代さんは恵美ちゃんを轢き逃げした……とされている男を既に殺してるんだ。復讐は果たされてる。なのに一体、矢代さんは何の真実を知りたいんだろうね」


「そ、それは……恵美さんが本当に自分から車に飛び込んだのか、矢代さんが殺した男は本当に恵美ちゃんだと知らずに轢き逃げしたのか……とかじゃないんですか?」


「あの事故を担当したのは……他でもない、矢代さんなんだよ。真実を知りたいなら、もう納得のいくまで当時捜査していた筈だ。だから俺はずっと違和感を持ってたんだ。なんで今更って」


 ……生きている矢代恵美。その事故を担当したのは……その父親の矢代署長……まさか……


「矢代さんが……調書を改ざんしたって事ですか? 本当は生きてるのに、死んだって事に……。でも、そんな事出来るわけないじゃないですか、そんなの絶対バレるし……死体だって……どうするんですか」


「矢代さんがどうやったのかは……まあ大体の察しはつくよ。出来ない事じゃない。共犯者が居ればね。そして矢代さんが殺した男、たぶんあの男は……政府側の人間だ。そうだろう? 間室君」


「……そうッス」


 いやいやいやいや!

 ちょい、ちょい待ち!


「間室君がなんでそんな事分かるんですか! あ、あなた一体何なの?!」


 間室君は目を逸らしつつ、言葉に困っているようだった。

 金さんはそれを代弁するように煙草の煙を吐きながら


「矢代一族の協力者……そうだろう? 恐らく君は都市伝説を調べる過程で、日本政府の裏を垣間見てしまった。好奇心旺盛な君はどんどんその謎にのめり込み、ある一つの小説に辿り着いた。それが……この小説だ」


 懐から「たからじまのぼうけん」を取り出し見せつける金さん。

 間室君は黙って頷く。


「そして同時にこの執筆者を調べようとした。だが家族ごと行方不明になっていた事から、もうこれ以上調べる事は不可能に思えた。でも十年前、君は矢代恵美と出会った。恐らく彼女もこの小説を持っていたんだろう。他ならぬ……自分のお爺様が執筆した小説だからね」


「そうッス……。それで彼女に、この小説の事を教えてほしいって……でも彼女も僕が知ってる以上の情報は知りませんでした。でも彼女が岐阜に帰った直後に……事故にあって死んだって……」


 いや、でも……矢代恵美は生きていた。


「再び彼女と出会った時は心臓止まるかと思いました。もしかしたら幽霊なのかって思ったッス。でも彼女は、政府の人間に追われている、助けてくれって……だからなけなしの貯金はたいて、彼女に整形させて、結婚して子供まで作って……完全に間室家のお嫁さんに仕立て上げて隠す事にしたんス」


「しかし完全に政府の目を誤魔かし切れなかった」


「ええ、政府の人間だと言う男が訪ねてきました。でもその男、例の小説の大ファンで……だから交換条件を出したんス。恵美の存在を隠す事を手伝ってくれたら、手柄をやるって」


「それが……あの旅館の本か」


「そうッス。偶然入り込んだ通信会社のサーバーにポツンとあったファイルで……その時は中身はなんなのか分かりませんでしたけど、仲間と共有して調べていく中で、それが旧日本軍の暗号文書だと知ったんス。間違いなく、政府に真っ先に消されるであろうヤバイ奴だと思いました。だからそれを差し出して、最悪俺が殺されれば恵美は助かると思ったんス」


「だがその男は、敢えてそれをわざわざ古めかしい本にして、興味を示す人間を監視した。流れからすると、その男には暗号文書が読めたようだな」


「ええ。最初見せた時、やけに興奮して……でもまだ情報が足りない、手伝えって言われたんス」


「あの旅館の監視カメラ、あれを設置したのは君か」


「そうッス。興味を示す人間を記録して、あの男に伝えました」


 ……まさか


 その興味を示した人間は……


「それって……具体的に何人くらい……いたの?」


「さあ……結構居たッス……」


「惚けないで! 貴方知ってるよね、あの桜の前で何人もの女学生が事故死してるって……彼女達じゃないの? なんで彼女達はこの小説持ってたの? 知ってるんでしょ? 彼女達は……」


「そんなの……俺は……知らないッス……! 俺はただ報告しただけ! そのあとあの変態が何したかなんて……」


「知らないわけないよね、都市伝説サイトでまとめてたんだから。あの男は……遊んでたんじゃないの? わざわざ桜まで立てて、その目の前で小説と同じように、崖から落ちた主人公の家族に見立てて……しかも彼女達の所持品にこの小説まで紛れ込ませて……」


 奴は桜の怪物にご執心だった。だから現実に、それを作り出そうとしたんだ。

 いかにも桜に寄生された哀れな被害者と仕立て上げるように、桜を立てて小説を持たせて誰かが気付くのを待ってたんだ。きっと私達がそれをあの男に追求していれば、喜んで語りだしたに違いない。自分の作り上げた怪物を、作品を自慢するかのように。


「里美ちゃん、落ち着いて……。間室君……一応聞いておく。男の言いなりになった理由は?」


「……そんなの、決まってるじゃないっすか。俺も……ただ謎が大好きな変態なんすよ。だから……」


「だったら、何故こんなこんなド平日から働きもせず、ずっと道子ちゃんの傍に居るんだい? 謎が大好きなら道子ちゃんは何処かに預けて一人で集中した方が効率的だろう」


「…………」


「これ以上は聞かないよ。君に罪があるか無いかは君が決めればいい。朝ご飯の途中でごめんよ。道子ちゃんによろしく伝え……」



 その時、道子ちゃんの叫び声が家の中から小さく聞こえた。


 私と金さんは家の中へと飛び込む。

 

 間室君は、何が起きたのかと混乱しながら……まるで既に結果が分かっているかのように泣き崩れていく。


 そして私と金さんが居間で見たのは、分解されたPCと、食べかけの目玉焼きだけだった。






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