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矢代 恵美。
彼女は十年程前、この北海道を訪れていた。間室さんによるとそれはゴールデンウィーク中だと言う。
そして彼女が事故死したのも、今から十年程前のゴールデンウィーク明け。
つまり、もしかして……
「金さん、もしかして彼女は……北海道から帰ってきた直後に……」
「……間室くん、ありがとう。ぁ、これお土産」
金さんは途中の道の駅で買ったラム肉詰め合わせを渡しつつ、私へとアイコンタクトを送りつつ家の外へと。私と金さんはまるで逃げる様に間室家を出る。
「金さん……どうします? これから」
「とりあえず一服したいねぇ……喫煙所じゃないけど、あのあたりで吸いながら決めようか」
私達は間室家から少し離れた、海が良く見える小さな堤防へと。時刻は昼過ぎ。少しばかり冷たい風が堤防を駆け抜ける。マジでコート着てて良かった。
私と金さんは煙草に火をつけ、携帯灰皿を出しつつ一服する。
「彼女は……北海道から戻った直後、事故死したと思いますか?」
「今の所はなんとも言えないけど……もし彼女が本当に自殺なら……もっと北海道を調べればわかるかもしれない」
彼女の足取りを辿るという事か。しかし十年前……例の小説家と一緒に北海道を訪れていた彼女の足取りを追うには手掛かりが少なすぎる。
「彼女と一緒に居た小説家ですけど……門倉は北海道出身になってました。でも間室さんの話だと、岐阜の桜の話をしたり……まるで岐阜人みたいに振舞ってますよね。というか、本当に岐阜人だったのかも……」
「その小説……カルト的人気を誇ってるんだよね。じゃあ……もしかしたら読者が作者を名乗ってる場合もあるかもねぇ……」
えぇ……そんな事ある?
「なんすか、それ……」
「俺が学生の頃は結構あったのよ。何もそれで詐欺事件おこそうとかじゃなくて、ただ単純に小説の世界にのめり込みたい、そう考えて登場人物の名前を名乗ったり、架空の組織を学生同士で作っちゃったり……」
「つまり……恵美さんと一緒に居たのは作者本人じゃなく、ただのファンだった可能性もあると?」
「あくまで可能性だけど、作者本人と旅してるっていうよりは現実的だと思う。あの小説が出版されたの、いつって言ってたっけ」
私はスマホを取り出し、先程見ていた「たからじまのぼうけん」の詳細が乗ったサイトのページを。
そこには1960年とある。今から六十年以上前だ。
「六十年以上前……ですね、初版は」
「なら作者は十代で執筆して出版までこぎ着けたとしても……十年前でも六十歳以上だ。でも間室君は女連れの観光客って印象を持ってた。流石に女学生と六十代を見て、女連れとは思わないでしょ」
「まあ、普通なら孫とお爺ちゃんですよね。確かに女連れの観光客……って印象は持たないかな……」
金さんは煙草の灰を携帯灰皿へと落としながら、もう一口吸うと火を擦り消す。
「なら岐阜から来た人間で……彼女と北海道に来そうな人物。確か矢代さん言ってたよね、あの男と恵美ちゃんは面識があったって」
「まさか……矢代さんが殺した男と、彼女が一緒に北海道に来た? そして北海道から帰宅した直後、彼女は……」
「確かな事は言えないけどね……。それにしても十年前か……あの桜ってどのくらい前からあそこにあったんだろうね」
「まあ、少なくとも私が学生の時にはありましたから。っていうか、金さんこそ、ずっと岐阜県警に居て、あのあたり事故が多いって言ってたじゃないですか。なんで知らないんすか」
「んー……あの桜の記憶が無いんだよなぁ……結構目立つ所にあるのに」
そういえば金さん、私が事故現場に行った時も、私に桜の事を尋ねてきた。
まあ、今では桜なんてその辺に結構あるし、あんなポツンと一本だけある桜の存在なんて……
「……公園の入り口に桜……一本だけ……? そういえば他に桜なんて……」
なんか違和感を感じる。あの桜がある場所に。
「ねえ、金さん……あの桜があそこにいつからあるのか……調べてもらいましょうか」
「そうだねぇ……まあ、高坂あたりにでも……」
いや! 絶対いや! 今頃むっちゃ怒ってるに違いない!
なんであいつら居ねえんだ! って絶対キレて……と、その時私のスマホが着信を知らせてくる。
画面には……鬼の高坂の文字。
「うわっ! こ、高坂さん?! き、金さんパス!」
「え、俺?! し、仕方ないな……」
渋々携帯を受け取り、電話に出る金さん。そして次の瞬間、高坂係長の怒号が北海道の空へと響き渡った。
『おまえらぁぁぁ! 何してんだ! 今どこだゴルァ!』
「ぁ、あー……落ち着け高坂。今俺と里美ちゃんな、北海道に……」
『ああん?! なんでやねん!』
ちなみに高坂さんは元々大阪出身。今のなんでやねん、は素……なのか?
「実はな……」
金さんは高坂さんへと諸々の事情を説明。だがそれで納得される筈も無く、電話でガミガミと文句を言われ続ける金さん。だが金さんは鋼の精神の持ち主。新しい煙草に火をつけ始めている。
『はぁ……はぁ……』
「それで高坂、ちょうど良かった。調べて欲しい事があるんだが……」
『おい、立場分かってんのか……今すぐ戻って来いゴルァ』
「用事が終わればすぐに戻る。お土産も買った。高坂には蟹を買ったぞ、蟹」
『……何杯だ』
「……一杯」
『三杯買って来い。もちろんお前の自腹だぞ』
了解、と金さんは承諾。そして調べて欲しい事……あの桜がいつからあそこにあるのか。それを調べて欲しいと要請する。
『ちょっと待ってろ。そのくらいならすぐに……』
まあ、公園を管理してる役所に問い合わせればすぐに分かる筈だ。しかし蟹、私も買っとこうかな。寮の皆で蟹パーティーとかも楽しそう。
『おい、分かったぞ。あの桜は役所が管理してるもんじゃないらしい。勝手にどこぞの誰かがいきなり立てたそうだ』
「……どこぞの誰か……? いつだ」
『十年前。ちょうど……矢代さんの娘が事故死した年だ』
なんだって……?
『撤去しようとしたらしいが、地元住民からの要請でそのままにしたらしい。あそこで事故った学生の献花のつもりだったのか……』
「高坂、ついでにもう一つ頼む。門倉 一っていう小説家を出版社に問い合わせてくれ、えーっと出版社は……〇〇社だ」
『……蟹、四杯な』
そのまま後でまた連絡を入れる、と通話は終わった。
おおぅ……心臓止まるかと思った。とりあえず蟹で納得してくれるなら安い物か。
金さんは高坂さんに文句を言われず続けたのがショックだったのか、少し遠い目をしつつ……
「ごめん、里美ちゃん、もう一件、電話かけるよ」
「え? 何処に……っていうか自分のスマホ使って下さいよ」
私の文句も他所に、金さんは再び電話を。
そして電話の相手は……なんか女の人っぽい。
「俺だ」
うわ、いやらしい! 女の人にいきなり、俺だ、なんて!
『オヤ、金さんから私にラブコールですカ。珍しいデスネ』
ん……なんか外人っぽい……訛りが凄いな。
「調べて欲しい事がある。十年前からこっち、〇〇公園の前の道路で自殺を図った学生全員だ。ついでに共通点も調べてくれ」
え、なにその無茶ぶり。
『ナニソノ無茶ブリ……まあ、分かりマシタ。ところで金サン、今何処デス? 波の音が聞こえますヨ』
あぁ、ザザーンって波の音がさっきから心地いい……いや、寒い! めっちゃ寒くなってきた! 思えばずっと私達、この堤防で煙草吸ってるやん!
「今北海道に居る。土産買ってってやるよ。じゃあ頼んだぞ」
そのまま一方的に電話を切る金さん。
えーっと……今の誰……?
「金さん、今の誰ですか。もしかして……恋人? 結構若そうな声でしたけど……」
「ち、違う違う! 知り合いの探偵だって! たまにその……持ちつ持たれつ……」
もしかしてこのオッサン……捜査資料とか提供してないだろうな……。
疑惑の視線を向ける私に、金さんはモジモジしながら私へとスマホを返してくる。
「さて……じゃあ宿探そうか。折角だからどっか旅館に……」
「完全に楽しんでますね、金さん。っていうか教えて下さいよ。なんで……自殺を図った学生なんて……しかも共通点って」
「何もなければそれでいいさ。ただ少し……胸騒ぎがするってだけだから。ささ、もう冷えるよ、行こう里美ちゃん」
金さんの言う胸騒ぎ。
実は私も少し心配な事があった。私が知る限り、あの桜は学生時代、告白して成功すると永遠に結ばれるという伝説があった場所だ。しかし桜があそこに立てられたのは、ギリギリ私が高校入学した頃。
何故、と私の中で疑問符が渦巻く。
調べれば調べる程、あの桜が不気味な存在に思えてくる。そんな桜に何故、甘酸っぱい青春の伝説の噂が出来上がったのか。桜が立てられて、わりとすぐにその伝説は女学生へと伝えられた。
まるで、誰かが意図的にそうなるように仕向けたかのように。




