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北海道での桜のシーズンは本土に比べて遅い。岐阜の方では四月上旬、早ければ三月にでも咲いて散ってしまうが、北海道ではなんとゴールデンウィーク明けに咲く事がザラなんだとか。
「さーて、里美ちゃん、何食う?」
「らーめん……って、違う違う! 私達は捜査で来たの!」
「まあまあ、腹が減ってはなんとやらって言うじゃない。らーめんね、とりあえず適当な所に入ろうか」
あかん、こんなつもりじゃ……っていうか寒い! 友人のアドバイス通りコート着てきて正解だった。もう五月だというのに……まるでまだ冬みたいだ。北海道初めて来た……。今現在、私達は北海道の函館に居る。
「金さんって……北海道来た事あるんですか?」
「あるよ。学生の頃に仲間と一緒にね。そこで前のカミさんと意気投合して……青春してたなぁ……」
「金さん……意外とリア充だったんですね……」
なんだかモヤッとするものが。
私より金さんの方が青春を謳歌してる。許せん。
「どっちから告ったんです?」
「おおぅ、それ聞いてくる? えーっと……そりゃ、カミさん……」
「絶対金さんでしょ。付き合ってくれなきゃ自殺するーって……おどして……」
顔を見合わせる私と金さん。
い、いや、まさかまさか……。
※
ラーメンを食した後、タクシーの運ちゃんに住所を伝え乗せてってもらう。
函館って住所に書いてあったから函館空港を選んだわけだが……運ちゃん曰く、二時間かかるらしい。
「金さん……北海道広いっすね……」
「北海道はでっかいどう」
「黙れ首回すぞ」
金さんの親父丸出しの発言に、運ちゃんは面白おかしく会話を盛り上げてくれる。これが普通に旅行で来たのなら、今頃滅茶苦茶楽しいんだろうけども……生憎そんな気分にはなれない。
外の景色はなんだか変わらなくなってきたな。函館って住所にあったのに函館から出ちゃってない? 大丈夫?
「あの、運転手さん、あとどのくらいかかります?」
「あー、あと二時間」
うおい! 最初二時間って言うてたやん!
さらに二時間! 北海道、でっかいどう!
「里美ちゃん、おしっこ大丈夫?」
「デリカシーって言葉知ってますか! せめてお手洗いって言え!」
「運転手さん、お手洗いに行きたいんだけど……あぁ、もちろん俺が」
ふん、仕方ない。ついでに私も行ってこよう。ついでに。本当についでにだ。
※
道の駅……なんだろうか。
スケールが違う。私の知ってる道の駅は、こんな巨大複合観光施設では無かった筈だ。なんか馬とか走ってる! すげえ!
「あー、ちょっと小腹空いたねぇ、里美ちゃん。何か食っていこうか」
「仕方ないですね、付き合いますよ」
「いや、無理にとは……」
「付き合います」
金さん一人じゃ迷子になるかもしれない。仕方ないから付き合ってあげる!
なんかさっきからいい匂いするし。焼肉? いや、なんかお好み焼きみたいな……なんだろう、この香り。
「金さん、なんかいい匂いしますね」
「お腹空いてるんだね、里美ちゃん。いいことだよ」
「ふふ、金さんったら。奥さんへのお土産……私が選んであげる予定でしたが自分でなんとかしてください」
えぇ?! 困る! と焦る金さんで遊びつつ、周りを観察。
ふむ……なんだか人が少ないな。
「やっぱコロナ過だからか……人はまばらですね」
「ゴールデンウィークも終わっちゃったみたいだしね。我々には関係ないけど」
やめて、その話題を出さないで。
※
ご飯を食べ、ちょっとお土産も買いつつ再び目的地へと走りだす私達。ちなみに運ちゃんがチーズケーキを買ってくれて、私は食後のデザートにタクシーの中でバクバク食っていた。
「里美ちゃん、凄いねぇ、うに丼おかわりまでしたのに……」
「せ、せっかく買って頂いたんですよ。食べなきゃ失礼じゃないですか」
「ほらほら、お客さんそろそろつくよ」
結局函館空港から何時間走ったのか。到着したそこは小さな港町のような所。ほんとにここも函館の住所……なの?
運ちゃんに料金を渡し、チーズケーキのお土産を貰いつつ別れる。
良い運ちゃんだった……。名前……なんだっけ……。
「さて、あの家かな」
スマホで住所を確認しつつ、金さんと私は両手にお土産を抱えつつ、とある平屋の一軒家に。
表札には間室とある。
インターホンを押し、しばらく経つとトタトタと足音が聞こえてきた。そして出迎えてくれたのは、小さな小学生くらいの女の子。
「……だれ?」
「ぁ、えっと……お姉さんは警察の人なんだけど……お父さんかお母さん、居る?」
「いる。おとうさーん、けいじさんー」
と、女の子が父親を呼んだ瞬間、奥の方から何かが倒れる音が。
ん……なんだなんだ?
「おとーさんー?」
「け、警察?! なんで……に、逃げるぞ道子!」
ってー! 何で逃げようとする! 私と金さんは一旦お土産を玄関へと置かせてもらい、二手に分かれて逃走を図る親子を囲む! 北海道にまで来て何してんだ私達。
すると裏口から娘を抱っこした短パンTシャツ男が出てきた。まだ若いな。私と同じくらいか?
「け、警察官が何のようや! お、おおおおれは何も悪い事しとらん!」
「いや、私も貴方を捕まえにきたわけでは無いので落ち着いて……」
「嘘だ! 警察官はそんな甘い言葉で俺達みたいな無実の人間を牢屋にぶち込むんや!」
どんなイメージ持ってんだ。
っていうか完全にやましい事ありますって言ってるようなもんじゃないか。
「いや、あの……貴方、都市伝説サイト……開設されてますよね?」
「ギクぅ!」
なんだ、ギクぅ! って。
「あ、あのサイトは……ち、ちがう! あれは学生の頃に……嫁にカッコイイ所見せたくて!」
なんかめんどくさくなってきたな。話見えんし。
まあいいや、ここはひとつ……。
「道子ちゃん、チーズケーキ食べる?」
「たべるー」
「じゃあお姉さんと一緒に食べよっか。ほら、おいで」
道子ちゃんは父親から飛び降りると、そのまま私と手を繋いで家の中に。
「あぁぁぁぁ! 道子ぉぉぉぉ! お父さんを見捨てないでー!」
一体、なんなんだ、コレ。
※
とりあえずチーズケーキを食べつつ、事情を説明する。
決して私達はお前を逮捕しに来たわけでは無い、と。
「っていうか里美ちゃん……チーズケーキ何個目? 見てるだけで胸焼けが……」
「知らないんですか、女の子には甘い物とそれ以外の胃袋あるんですよ」
「そうなの?!」
嘘だよ。
「それで……あのサイトの何が知りたいんですか。犯罪行為なんて俺は……し、してない、断じて」
「それはもういいです。あのサイトの中で岐阜県の桜について取り扱ってましたよね。女学生が次々と車に飛び込むっていう……呪いの桜スポットの」
「ぁ、あぁ、あれはたまたま岐阜から来たっていう人に聞いて……話聞いてたら面白そうだなって思って……」
「……岐阜から来た……何年くらい前ですか?」
「んー……十年かそこら前。まだ俺学生だった頃に……」
十年前……か。
「その人からはなんて聞いてたんです?」
「なんでも、その桜で告白した女学生が次々と車に飛び込むっていう……まあ、フラれた拍子に飛び込んでるんだろうなーって思ってたけど……え、違うの?」
フラれた拍子に……それで解決するならわざわざ北海道まで来ない。
「その話をしてくれた人、どんな人でした? 特徴は?」
「ええ……どんなって……普通の観光客だったよ。あぁ、小説家って言ってたかな……」
小説家……?
「その人の本とか分かります?」
「いや、わかんないよ。あー、でも……ホラー系書いてるとか言ってたかな。俺の友達なら分かるかも。そいつの方が熱心に話聞いてたし」
「その友達と連絡取れます?」
「待ってて」
スマホから電話を掛ける道子ちゃんのお父さん。道子ちゃんは美味しそうにチーズケーキを頬張っている。そういえば……母親の姿が見えないな。
「道子ちゃん、お母さんは?」
「お母さん、遠くにいったー」
道子ちゃんは上を指さす。この家は平屋だ、二階は無い。つまり、道子ちゃんの言う遠くとは……。
「ご、ごめんね?」
「んー?」
あれ? なんか反応に違和感……。
「嫁は生きてます。今は飛行機の客室乗務員やってるので……」
あ、あぁ、びっくした。上は天国じゃなくて飛行機の事か。
電話を終えたのか、お父さんは紙へとペンでメモを。
「こういう……本らしいです」
メモには本の題名が。『たからじまのぼうけん』
なんで全部ひらがな……。
私はその本をネットで検索。随分マイナーな本のようだ。電子書籍では読めないか。
しかしあらすじだけは紹介されていた。困窮した家族が、噂話を頼りに無人島へ赴く話。その無人島には第二次世界大戦時、富豪が結託し各々の財産の一部を島へと隠した。しかし富豪達は空襲で死亡し、その島自体も地図には示されていない為、財産は闇へと葬られた。
しかし戦後、その島への経路や財宝を埋めた場所を示した文書を偶然手に入れた主人公は、家族と共に一攫千金を夢見て無人島へと赴く。だがその無人島には、未知の生物や病原菌が渦巻いていて、家族の壮絶なサバイバルが幕を開けるのだった……。
なんか、どっかで聞いた話だな、コレ。
まあ似たような話ならいくらでもあるか……。
「どうです? その本、手がかりになりそうです?」
「う、うーん、微妙ですね……」
「なんかその人、桜の怪物も登場するとかなんとか言ってて、その話で岐阜の話が出てきたんですわ」
桜の怪物……?
「それは……どういった……?」
「綺麗な花で生き物を寄せて……種を植え付けるらしいです。その種は寄生虫みたいに脳に入り込んで、宿主に死ぬように命じるそうですわ。それで死んだ宿主の死体が土に還ると、桜の怪物がまた生えてくるんだとか。そうやってどんどん本数増やして……」
なんとも面倒な増殖方法だな。
わざわざ死なす必要あるのかそれ。
というかこの本の作者は……門倉 一。
どうせペンネームだろうが、一応検索してみるか。
どうやら出版されているのは、この「たからじまのぼうけん」だけらしい。現在は絶版となっており、一部でカルト的な人気を誇っている……古本屋に持っていけば一万円くらいにはなるらしい。マジか。
ん? 出身……北海道になってるぞ?
「あの、この小説家さん……北海道出身になってるけど……貴方が会ったのは観光客だったんだよね?」
「ぁ、いや、観光客風ね。大きな鞄もって女連れだったからそう思っただけで……」
ふむぅ。もしかして結婚してたのかな。既婚者だったのかとかはネットには書いてない。
ウィキにも詳細は無し。出版社に問い合わせれば、住所と実名くらいは教えて貰えるかもしれない。勿論、私個人ではなく岐阜県警名義で……。
「あー、そうそう、その女っていうのがこの子だったから、見つけた時びっくりしたんだよね」
「……? 誰って?」
間室さんはデスクトップPCの画面に、例の都市伝説サイトを開いていた。そしてそこには一枚の女学生の写真。
「え……ちょっと待って、この子を見たの? この子が、その小説家と一緒に北海道に居たの?」
「う、うん、十年くらい前……」
「……どういう事……?」
その女学生は……矢代 恵美。
十年前に事故死した、矢代さんの娘さんだった。




