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カメラ越しに取調室の様子を眺める私と金さん。
連行された矢代 確は今現在事情聴取を受けている。
だが連行されてからこっち、一貫して黙秘を貫いていた。
昨日、味噌おでんを一緒に食べていたのに。まさか、あの時すでにトランクの中に死体が入っていたのか?
画面の中では高坂係長が署長に事情を聴いているが……まったくもって矢代さんは口を開かない。
何かの間違いであってほしい……が、トランクから死体が出てきた。しかもその死体は頭部をハンマーのような物で砕かれていた。財布から免許書も見つかり身元も判明している。
その死体は、十年前……矢代さんの娘をひき逃げした犯人。逮捕されはしたが、複数の目撃者から女学生が車に飛び込んだように見えた……という証言が出てきた為、実刑判決が下されるも二年で出所した。十年前はそこまでドライブレコーダーは普及していない為、目撃者の証言が中々に重要になってくる。
『署長! なんとか言ったらどうですか!』
画面越しに高坂係長の怒号が響いて来た。私と金さんは取調室に飛び込み、今にも掴みかかるとする高坂さんを止める。
「高坂! 一服してこい。な?」
金さんは高坂係長を宥めつつ、まんまと矢代さんの対面へと。ついでに私も傍に控える。
時計の音が妙に大きく聞こえた。もしかしたら私の心臓の音も混じっているのかもしれない。それほど、私は動揺していた。顔には決して出さないようにしているが。
そして金さんは腕時計を外し、テーブルの上に。
「矢代さん、この時計……娘がくれました。今年で高校に上がります。みるみる内に大きくなっちゃって……」
金さんには離婚した奥さんとの娘が居た。今その娘さんは元奥さんと共に暮らしているが、今でも交流はあるそう。何年か前、一緒にクリスマスプレゼントを買いにいったのはいい思い出だ。そうか、もう高校生になるのか。
すると矢代さんは腕時計を見ながら、小さく溜息を。
「難波……よりにもよって俺の前で娘自慢か。相変わらずデリカシ―の無い男だな、お前は」
初めて矢代さんが口を開いた。金さんはそのまま矢代さんと会話を続ける。
「昨日、里美ちゃんと飲みに行ったんですって? 俺が宿直の時に……酷いじゃないですか。俺も連れてってくださいよ」
「誰がお前みたいな、むさ苦しい男と飲みに行くか。それに昨日は里美がおでん食いたいって言うから連れてったんだ。ついでに交通課の女子も連れて来いってな」
まあ、普通はセクハラだと思われる発言でも、矢代さんが言うと女子はホイホイ付いて行く。それだけの信頼と人気を、この人は署員から得ているという事だ。だからこそ、高坂係長もあんな声が出たんだろう。
「で? 矢代さん、あの仏はなんです」
金さんが突然斬り込んだ。その声のトーンはあまり聞かない、金さんの真剣な声。普段ダラしないおっさんでも、今回ばかりは事情が知りたいのだろう。私だってそうだ。
「……難波、お前……娘が殺されたどうする」
「法的に裁きます」
きっぱりと、金さんは言い切った。この国で私刑など認められる筈が無い、貴方がした事はただの犯罪だ、と。
矢代さんは深く深呼吸すると、金さんと私を交互に見てくる。
「あの桜……呪われてるんだってな。あの男を殺した後、見えたんだ。桜の周りに学生が集まってるんだよ。その中に……娘も居たんだ。あの桜が……娘を捕えて離さなかったんだ」
……?
一体、何の話をしているんだ。
何が見えたって?
「それで折ったんですか。思い切りアクセルを踏んで」
「あぁ。もう踏めない所まで踏んだよ。正直死のうかと……思ってた。でも駄目だな、上手く行かねえ。思ったより脆かったよ、あの桜」
金さんは深くパイプ椅子へともたれ、腕時計を再び付ける。そのまま腕を組みつつ
「……何故殺したんです。あの男はひき逃げはしましたが、目撃者の証言では……」
「んなもん納得出来るか……恵美が自分から飛び込んだって?! んなわけあるか!」
冷や汗が止まらない。金さん、良くズバズバそんな事聞けるな。
娘を失った父親の気持ち、金さんなら痛い程分かる筈だ。自分にも娘が居るんだから。
「……殺すつもりは無かった……っていったら嘘になる。殺す気満々でハンマー持ってったんだからな。でも真実も知りたかった。あの男は恵美と面識があったんだよ。だから……知りたかったんだよ、なんで娘を殺したのかって……。でもあの男は、最初恵美だとは気付かなかったとかぬかしやがって……」
面識があった?
そんな話は聞いていない。
「難波、頼む……俺に真実を教えてくれ、お前にしか頼めねえ、こんな事」
十年前のひき逃げ事故の真実……。
その真実を知るであろう人間を殺しておいて何を言ってるんだ。
だが金さんは小さく頷きながら「分かりました」と承諾した。
そして矢代署長……いや、矢代 確は殺人の容疑で緊急逮捕された。
※
非番の日になんて日だ、今日は。
今私は女学生達の聖地……そして同時に呪われた桜の元に来ている。金さんと一緒に。
すでに折れた桜は撤去され、根本も直に抜かれるそうだ。もうここで告白して永遠に結ばれるカップルは二度と現れない。
「金さん……どうするんですか、真実っていっても……」
「里美ちゃん、あのサイトに書いてあったよね。ここで車に飛び込んだ女学生は矢代さんの娘だけじゃない。でもだからって彼女達に共通点なんて……」
共通点……。
この辺りには中々に色々な高校があるし、学校が同じって事はまずない。いや、あったとしてもそれがどうしたって感じだし……。
いや、そもそも……
「金さん、もしかして集団自殺疑ってます?」
「ひと昔前はウェルテル効果なんて言葉が流行ったけど……彼女達が飛び込んだ時期はバラバラだしねぇ……その線は薄いかな」
ウェルテル効果……芸能人とかが自殺すると後追い自殺するっていうアレか。
自殺も選択肢の一つ、そんな風に考えてしまう。
「仕方ない、地道に足で捜査といこうか」
「何から当たるんです?」
「とりあえず……あのサイト開いた人から話聞こうじゃない」
※
現在はネットを巡回する警察官……というのが存在する。一般的にネットポリスなんて呼ばれるが、金さんはその人脈の広さでサイトの開設者の住所を割り出して貰った。ネット怖い。そんな簡単に分かっちゃうん?
「アフリカのサーバーを経由して……うへぇー、手が込んでるねぇ」
「え、それ良く住所とか分かりましたね」
「ポリス舐めると怖いってことね。えーっと……北海道……」
北海道……。
遠い! 岐阜から北海道まで超遠い!
「電話でいいじゃないですか、直に会うつもりですか?」
「こういうのは直接聞かないと。それに……北海道か。蟹とかウニとか美味しい物沢山あるよ」
このオッサン! グルメを楽しむ気満々でありますか!
私もちょっと一瞬揺らいでしまったけども!
「っていうか、そんな出張許されるわけないでしょ」
「大丈夫大丈夫。あとで怒られるのは俺だけだから。里美ちゃんは俺の言われるがまま付いて行ったってことで」
それはそれで不愉快なんだが。
「では行こうか。いざ……北海道へ!」




