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『おはこんばんにちはー』
既に死語と化している挨拶を繰り出しながら、私へと一通のモーニングコールが。これが恋人とかだったら笑ってあげられるが、いかんせん、その相手は同僚の先輩。バツイチの四十近いオッサン。
「……なんっすか……金さん……私、今日非番です」
『ごめんよー、里美ちゃん。全員集合だよ。事故だよ事故』
難波金次郎。私が勤める岐阜県警の警部補である。ちなみに私は巡査長。現在、県警の刑事課で日々犯罪者をマジで憎みながら仕事してます。特に私が非番の時に犯罪犯す奴、絶対許さん。
『里美ちゃん、寝てた?』
「当たり前じゃないっすか……何時だと思って……」
警察官が住まう寮の、うっすい壁にかけられた時計を見ると時刻は朝五時。早い、いくらなんでも早すぎる。警察官に休暇などあって無いような物だ。事件事故が発生すれば容赦なく招集される。
『大丈夫ー?』
「大丈夫っす……昨日交通課の先輩方と飲んで……まあまあ熟睡しましたから……」
と言っても帰ってきたのは日付が変わるか変わらないかくらい。昨日食べた味噌おでんは格別だった。交通課の先輩方はいつも美味しいお店に連れてってくれるから大好き。刑事課は駄目だ。おっさんしかいない。
『飲んでたんだ。いいねぇ、若い子は。誰と飲んでたの、彼氏?』
布団から這い出て、そんな事を聞いてくる金さんを頭の中で三往復程ビンタした。最後に首を逆方向に回す。この間、ジャスト三秒。
「金さん、今日の朝ごはん、金さん持ちね」
『え、なんで……』
「金さん?」
『ぁ、はい』
通話を繋げたまま洗面台の棚へとスマホを立てかけ、顔を洗いながら歯磨きをし、ついでに寝ぐせも直して軽く化粧して仕事モードへと自分を切り替えていく。今日も素敵よ、里美。
『で? 誰と飲んでたって? なんで俺に声かけてくれないの』
「あんた宿直でしょ。誰って交通課の先輩と……矢代さんですよ」
パジャマ代わりのジャージを脱ぎ捨て、仕事用のスーツへと袖を通していく。すると金さんが電話口で一瞬息を飲んだのが分かった。私は仕事着へと着替えると、立てかけてあったスマホを持ち
「金さん? 聞いてる?」
『里美ちゃん……事故ったの、その矢代さんなんだわ。そうか、里美ちゃん達と飲んでたのね』
※
事故の現場はさほど遠くは無かった。私は普段なら愛車を華麗に転がし現場へと向かうが、なんか酒が抜けてるかどうか微妙なので駆け足で。うぇぇ、なんか気持ち悪くなってきた。
現場は私が通っていた高校の、まさにその通学路。公園の入り口に一際目立つ桜の木が立っていて、春の通学時はここを通るのが楽しみだった。
「お、おつかれっす」
既に到着している同僚達へと挨拶しつつ、事故現場へと目を向ける。そこには桜の木に突っ込んだ一台の外車。BMWのお高いセダンが見事に。そして突っ込まれた桜の木は、あろうことかポッキリと折れてしまっていた。なんてこった。
そして私は見慣れた、だらしないヨレヨレのスーツを着てボサボサ頭のおっさんを見つけると、状況の説明を求めて駆け寄る。
「金さん!」
「お、里美ちゃんお疲れ様ー」
「矢代さんは?! あのBMW、矢代さんのですよね?! 大丈夫なんですか?!」
「お、落ち着いて……。矢代さんは軽傷だよ。さっき救急車で運ばれたから。でさぁ、里美ちゃん、矢代さん……これやってた?」
飲料を飲むジェスチャーをする金さん。この場合、酒飲んでた? ってことだろう。
「いえ、矢代さんは昨日車だしてくれて……一滴も飲んでません。飲みのあと用事があるからって……」
「そう。ならいいんだけど」
「いや、っていうか……当然、アルコールなんて検出されなかったでしょ?」
「いやいや、そもそも俺達が来ると同時に救急車で運ばれちゃったのよ。検査する暇もなくて」
おい、じゃあなんで軽傷って分かる。その状況だと通報したのは近所の人か? 誰か目撃者が……
「あの人が救急車呼んだ人ですか?」
今現在、我らが刑事課、鬼の係長に事情を説明している主婦っぽい人。っていうか係長自ら現場に来てるのか。やっぱり矢代さんが事故ると総出になってしまうのか。
「あの人から聞いたんだよ、矢代さんが頭から血流して車の中で倒れてたって」
「いやいやいやいや! それ本当に軽傷?!」
「まあ精密検査とか色々してみないと分からないかもだけど……あの人が頭から血流した程度で……そもそも自分で救急車に乗ってたし。大丈夫っしょ」
あかん、なんか心配になってきた。
矢代さんが運ばれたのは恐らく市民病院だろう。そっちに行きたい。しかし私達へ仕事を振るのは係長の気分次第。運が悪ければ一緒に現場検証だ。あぁ、市民病院にいきたい。係長と一緒にいたくない。もとい、矢代さんが心配だ。
「で、里美ちゃん……あの桜の事知ってる?」
「あぁ、まあ……ここ私が高校の時に使ってた通学路なんで……」
「ふーん……」
金さんは折れた桜を見つめていた。時々、金さんはこうしてどこか意味深な視線で一点を見続けている。何も無いところでも、まるで私達には見えていない物が見えているのか? と思ってしまうくらいに。
「金さん? 幽霊でもいるんですか?」
「里美ちゃん、この周りに結構高校って密集してる?」
「はい? まあ、色々ありますけど」
「里美ちゃん、朝飯食うついでにネットカフェ行こう」
あ? と首を傾げていると、あろうことか金さんは鬼の係長へと
「高坂! 俺達、別行動! 何か分かったら知らせてくれ!」
あぁーーー!!!!
でたぁぁぁぁぁ! 金さんお得意の……超勝手きままな単独行動ー!!!
鬼の係長、高坂さんは金さんのかつての後輩。その勝手な先輩の言動に舌打ちしつつも、私を睨みつけて「あいつを監視しろ」と言いたげにジェスチャーを送ってくる。金さんの勝手な行動は今に始まった事じゃない。だから私は金さんの監視係、およびお世話係としての役目を担っていた。だが今日の所は正直助かった。酒が抜けきって無い状態で鬼の係長の傍で現場検証とか地獄でしかない。
それにしても……折れちゃったんだ、あの桜。
有名な告白スポットだったのに。
※
あろうことか、私と金さんはネットカフェのカップル席へ。金さんはPCの前に陣取り、私はソファーでトーストを齧る。
「金さん、どうしたんですか? いきなりネットカフェに行こうなんて……」
「ちょっと気になる事あるんだよねー……」
むむ、この小倉トースト美味しいな。マーガリンの味が濃い目の好きよ。
「なんれふか。気になる事って」
「里美ちゃん、あの桜の怪談話とか知らない?」
何を言い出すかと思えば……。
怪談話? 学校に咲いてる桜になら一つや二つあるさ。でもあんな公園に咲く桜にあるわけないだろ。
「怪談話どころか……あそこは有名な告白スポットですよ。あそこで告白すると永遠に結ばれるっていうありきたりな伝説が、我々女子高生達の間で語り継がれてきましたね」
「告白スポット……ねえ……」
PCに向かいながら、金さんは何やら都市伝説サイトを調べているようだった。勤務中になにしてんだ、この人。
「何調べてるんですか?」
「里美ちゃん、これ見て」
金さんが開いた怪しいサイト。そこには……
「女子高生が相次いで事故死……呪われた桜……? は? なにこれ」
「あの辺、昔っから事故多いのよ。ひき逃げやら何やら。で、特に多いのが……女子学生が車に轢かれる事故」
そんなの初めて知った。今まで甘酸っぱい青春の聖地だと思ってたのに。
「いや、で? 金さんが調べたい事ってこれだったんですか?」
「俺はねぇ、矢代さんがあんな事故り方するなんて考えられないのよ。桜の木がぽっきり折れるくらいの衝撃でぶつかったんだよ? ブレーキ痕も無かったから、思いっきり……いったんだろうね」
「……まさか、金さん……矢代さんがわざと桜の木にぶつかったって言いたいんですか?」
「矢代さん、娘さんが居たんだよね。でも十年くらい前に……」
再び違うサイトを開く金さん。そこには一人の女学生が事故死した記事。その女学生の名前は矢代 恵美。
まさか……
「矢代さんの……娘さん? 亡くなったって……」
「……昨日、ちょうど命日だったみたいだね。ちなみにその時、娘さんを轢いたドライバーは一旦逃げちゃって……後からひき逃げの容疑でわっぱ掛けられてる」
なんだか嫌な予感がする。
胸騒ぎのような……。
「あの、金さん……矢代さんの様子見に行きません?」
「だね、ちょいその前に俺も腹ごしらえ……」
と、その時私の携帯が着信を知らせてくる。
げ、高坂係長から……
私は一旦カップル席から出てロビーへ。
「はい、前坂です」
『前坂、お前ら今何処だ』
「え? えっと……ネットカフェ……」
『あ?』
「だ、だって金さんが……!」
『……すぐに岐阜市民病院に向かえ。発見次第身柄を確保、任意で署に引っ張る』
はい? 何を?
「いや、あの、意味が……誰を?」
『矢代署長をだよ。車のトランクの中から仏が出てきた。連行して署で緊急逮捕する』




