12
密室で発砲される銃。その場に居た者の鼓膜に凄まじい衝撃が走る。
だからこそ、茜の一言は全員の脳へと響き渡る。暗部の裏切り物はその男だという一言が。
肩を茜に撃たれた男は椅子から転げ落ち、自分の肩を抑えながら息を荒くする。
そんな男へと近づく組織の男。だが次の瞬間、顔を隠した男は腰からナイフを出し同じ組織の人間を威嚇した。
その行動でその場に居た全員が、こいつは黒だと認識する。
スーツを着た暗部の人間は男を抑え込み、顔を隠している包帯を毟り取った。
「やめろ……!」
抵抗する男。だがその顔は晒された。
「……なんで……」
疑問を口にしたのは金次郎。何故この男が暗部の裏切り者なのだ、と呆然する。
その男とは
「矢代署長……なんであんたが……」
逮捕された筈の矢代署長。金次郎と茜に真実を教えてくれと頼んだ張本人。
驚きを隠せない金次郎は、どういう事なのかと茜へと説明を求める。茜は裏切り者を見破ったのだ、ならば当然詳細を知っている……と思った。
「……茜ちゃん?」
だが茜本人は金次郎以上に驚いていた。口を大きく開きながら、まさに言葉が出ない状態。
「えっと……茜ちゃん、もしかして当てずっぽうで……」
「はっ! そ、そんなわけ……ないじゃないですかぁ」
この状況で苦笑い出来る茜の根性が凄すぎると金次郎は感心しつつも、誰かこの事態を説明してくれと懇願する。
だが矢代署長の行動からして、彼が何かやましい事があるのは明白だ。
「お父さん……? どういう事?」
しかしこの中で一番驚いているのは、やはり一人娘の恵美だろう。
恵美は暗部の男達に抑えられている父を見ながら、疑問を口にする。
「答えて……お父さん、裏切り者ってどういう事? まさか……女子学生に感染させたのはあの男じゃなくて……お父さんだったの?」
静まり返る一同。
女子学生を相次いで自殺させた例のウィルス。感染事態は組織は把握していた。だが誰がウィルスを外に漏らしているのかが分からなかった。このウィルスは風邪とは違う。ただ飛沫に触れた程度では感染しない。感染者の血液を飲んでも意味はない。感染者の髄液を首筋に注射する事で初めて感染する。
だが女子学生にそんな事をすれば騒ぎになるのは目に見えている。すぐに交番に駆け込む筈だ。だが自殺した女生徒達にそんな行動は見られなかった。
ならば一体、どうやって女子学生にウィルスを感染させたのか。
「まさか……」
恵美はある一つの可能性に行き付く。
感染者の髄液が感染ルートでは無いのなら、残るは一つしかない。このウィルスのオリジナル、つまりは元凶となった物。
「見つけたのね……」
恵美の言葉に反応したのは組織の人間。矢代署長の持っていたナイフを持って、尋問を試みる。だが矢代署長は一切口を開かない。
茜はそんな矢代署長を見て、あの時と同じじゃないかと思ってしまった。高坂係長が矢代署長を取り調べているあの時と。
「……ピラミッド?」
茜がそう呟くと、矢代署長は驚いたように目を見開き茜を見た。
そんな矢代署長の様子に、その場に居た者は全員茜に注目する。
「森の中の……マヤ文明のピラミッド? 妙な仕掛けの扉があって……」
「なんで……そんな事知ってんだ……」
矢代署長が茜を悍ましい物を見る目で見つめる。
まさか、あそこに行ったのか、と。
「茜ちゃん……どういう事?」
金次郎はたまらず茜に質問する。茜は、そんな金次郎にそのピラミッドが出てくる夢を見た、と説明。その夢が何度もループする夢だったことも。
「まさか……あのピラミッドは本当にあるの? 私の夢だけじゃないの?」
再び黙る矢代署長。茜はこれまでの事を思い出しながら、推理する。
情報をかき集め、自分の夢と照らし合わせて。
「そういえば妙に湿気が……洞窟の中? 岐阜の地下には巨大な地下水脈があるって……」
「いや、茜ちゃん……そんなのあったとしても、どうやって行くんだい。僕らに行けるなら、とっくに見つかってる筈……」
「金さん、政府がひた隠しにしてるんですよ。もしかして政府の建造物で入り口が隠されているとか……。それこそ、岐阜県庁の……いや、違う……まさか……」
茜は嫌な予感がした。
今この場に矢代署長が居る、ならば、この署長が起こした行動の先に答えがある。
「あの桜? まさか、あの桜の下に……」
口元を緩ませる矢代署長。
もう遅い、そう言いたげに。
「やばい……やばい! あの桜、もう根本から抜かれてたら……ウィルスが漏れだして……」
「恵美ちゃん! 俺の携帯どこ! 高坂に連絡してくれ! 桜を抜くなって!」
恵美は茜が寝ていたベッドの底部から、金次郎の持ち物を取り出す。その中から携帯を取り、金次郎の親指に掛けられた手錠を外し始めた。
「おい!」
それを見て組織の人間が声を荒げるが、恵美は
「五月蠅い! あれが漏れだしたらどうなるかぐらい分かってるでしょ! あんたらだってただじゃすまないわよ!」
両手が自由になった金次郎は、急ぎ高坂へと電話を掛ける。だが出ない。
「くそ、高坂……なにしてんだ! っていうか桜、おい、お前等分かるだろ! あの桜どうなったんだ!」
「……大丈夫だよ」
そう呟くのは矢代署長。
焦る金次郎と茜を安心させるように、穏やかな声でそう言いだした。
「あの桜の下に埋まってる奴は……もう枯れてる。あれは植物ウィルスだ。あの桜の下で長時間突っ立ってなきゃ……感染したりしない」
※
矢代署長のその言葉に、私は戦慄した。
長時間、桜の下に立つ。それがどういった行動か。あのあたりに桜はあれしかない。花見スポットなら他にいくらでもある。しかもあそこは公園の入り口だ。あんなところで酒を飲みだす奴が居れば、頭を疑われるだろう。どっかの酔っ払いがいそうだけど。
でも自殺したのは女学生ばかり。
そしてあの伝説は、私が高校生の時……女学生の間で語り継がれていた。
あの桜の下で告白すれば、永遠に結ばれる。
「まさか……あの噂を作って……女子学生に吹聴したのは……」
「……俺だよ」
「ふ、ふざけんな!」
再び矢代署長にベレッタを向ける。だがもう弾切れだった。一発しか入って無かったのか。
なんで薬室に一発しか入ってないんだ、夢の中では一杯あったのに。
「茜ちゃん……どういう事?」
金さんは自由になった両手を伸ばし、私に銃を渡せ、と促してくる。
私は素直に金さんへと銃を渡しながら
「あの桜の下で告白すると……永遠に結ばれるっていう伝説があるって……前に話しましたよね。あの桜が立てられたのは恵美さんが事故にあった十年前。十年前って言ったら、まだ私が高校二年生くらいです。でも既にその伝説はあったんです。学校に立ってる桜ならまだしも、あんななんの変哲もない公園の桜にそんな伝説がすぐに流れるってことは……誰かがわざと流した噂じゃないですか」
「うん……確かに……」
北海道の旅館で、もしかしてあの桜の下に死体が埋まっているのではないか、という話になった。でも実際に埋まっていたのは、もっと最悪な物。
「あの桜の下で告白すると、永遠に結ばれる……恋する乙女なら誰でも飛びつきたくなる話ですよ。その噂を信じて、女の子は男の子が来るまでずっと待ってるんです。でも、もし男の子が来なかったら? 女の子はずっと……諦めるまでずっと……そこで待ってる……」
矢代署長は……そんな女の子の気持ちを利用して……
「このクソ野郎! よりにもよって……なんで……!」
思わずベッドから飛び降りて、でも足腰が思ったように動かなくて、私は四つん這いになりながら抑えられている矢代署長へと掴みかかる。
「なんで彼女達なの! なんでそんな子達に……ウィルスを感染させようと……」
「……」
矢代署長は何も言わない。しかし恵美さんを見て……
まさか……
「……子供? ウィルスを感染させて……子供が産めるから……?」
無言の矢代署長。
最悪だ。だとしたら……
「金さん……あのあたり、事故が多いって……まさか、あの子達の他にも……」
「……なんてこった」
事故にあって、助かったのは恵美さんだけじゃない。
助かった子は結婚して、子供を産んで……その子にもウィルスは遺伝して……
「一体……何がしたいのよ! そんな事して……一体何を……」
「俺達一族が味わった苦痛を……広めるためさ。あのウィルスは遺伝する。親から子へ、次々とな。俺達の一族はずっと終わらない夢を見せられ続けてきた。なんで俺達だけなんだ? なぁ、おい」
「ふざけんな……無関係の人まで……!」
「何が無関係だ! 俺達は日本国民を代表して、人体実験でウィルスを感染させられた! 俺の親父はあんな小説を書いて、世の中の人間に苦痛を共感させようとした! 親父がしたかった事を俺がしただけだ。もう賽は投げられた。一体どれだけの人間があの苦痛に耐えれるのか……見物だなぁ」
「……あの男は……? あの男はなんで殺したの? あんたに撲殺された男はなんだったの?」
「……俺の計画に気付いたから消しただけだ。俺が死んだ女子学生の持ち物に小説を入れ込ませてるのに気付きやがった。だがあの一言には笑ったな。貴方もその本のファンですか? ってな」
気が狂ったかのように笑う矢代署長。
気づけば、私が撃った肩から血が流れ続けている。
「茜……茜! 分かっただろ? お前は分かってくれただろ? 俺達が味わった苦痛、どれ程の物か、お前なら分かってくれるだろ?」
なんだ、なんなんだ、この怪物は。
もう、人間とは思えない。
「……分かりません……私は、全くこれっぽっちも……分かりません……」
矢代署長の瞼が眠そうに……震えている。
「確かに苦痛でした、でも……私は……」
だんだん、矢代署長の血が私の方へ流れてくる。
「私は……あんなの、他人にまで味合わせたいなんて……絶対に、絶対に思いません……!」
矢代署長はそのまま静かに……息を引き取る。
何故か最後……私の言葉を聞いて安心したかのように……




