13
岐阜市の閑古鳥が鳴いている喫茶店。金次郎は入店するなり、マスターへとホットを一つ注文し、待ち人が待っているテーブル、その向かい側へと座る。
「待たせたな」
「オヤ、退院おめでとうゴザイマス。大変でしたネ」
「まあな」
金次郎は煙草に火を付け、大きく溜息を吐くように。
「茜サンは大丈夫デスカ? 精密検査」
「何も異常はないとよ。今はもう病院の飯だけじゃ足りないからって、俺にあれこれ買ってこいって言うくらいだ」
「フフ、なら私もあとで何か差し入れマショウ」
クリスも煙草を吸い始めた時、喫茶店のマスターがホットコーヒーを持ってくる。ついでにクリスはコーヒーのおかわりを注文。そしてマスターが去ったのを見計らい、金次郎はクリスへと
「で、どうだった。岐阜の地下にマヤ文明のピラミッドなんてあったのか?」
「イエ、今の所見つかりまセン。トイウカ、岐阜の地下の巨大水脈って言ってモ……ドデカい洞窟とかがあったら既に発見されてるデショウ。あの男がそのウィルスの根源を何処から入手したのか、未だ不明デスガ……仮説ならアリマス」
「聞こう」
金次郎は吸っていた煙草を灰皿で揉み消し、コーヒーを一気飲み。
「金サン、パプアニューギニアの一部の民族では、食人の儀式があるそうデス。しかし映画みたいに主食にしてるわけじゃアリマセン。儀礼的に、亡くなった方の体の一部を一口食べるソウデス」
「なんかの記事で読んだな……それ」
「エエ、恐らくクールと呼ばれる病の記事デショウ。脳の一部にのみ存在するウィルスデス。長年、その感染源がどんなに手を尽くしても分かりませんでしタ。当然デス、その地に存在する文化のみで感染するんですカラ」
「文化……ね」
「文化ウィルスなんて言葉はありませんガ、今回のもそれに似ているかもしれませン。あのウィルスは、元々矢代一族が無意識に作り出した産物。っていうか既に呪いと化してる病デスネ。桜の下に埋めたというモノがなんなのか結局分かりませんガ、もしかして矢代一族、その誰かの脳の一部だったのではないかト」
先程飲んだコーヒーが戻りそうになる金次郎。
だがなんとか耐える。
「金サン、脳を煮込んだり花を挿したりする漫画シッテマス?」
「学生の頃にそういうの流行ったなぁ……あの頃……」
「モシカシテ、あの桜はその脳を栄養にしていたのかもしれませんネ」
一段と深い溜息を吐く金次郎。
まさに狂っている。桜の下に人間の脳を埋める。そんな行動は常軌を逸している。
「じゃあ結局……茜ちゃんが夢の中で見たピラミッドっていうのは……」
「矢代確が見た妄想、それをウィルスを介して……介するかどうかはさておき、茜さんが見てしまったのカモ……」
「そういえば、ピラミッドの入り口は時限式で、自分が開けなくてもいつか開くって感じで……中に道子ちゃんが居て……」
「深読みすればするほど、今回の事件に符合すると思いませんカ? 茜サンが最初の一人にしか感染しない、と夢の中で推理したのモ、思うにそれは第一子にしか感染しない、という事かもしれませン。ならそのピラミッドの内部は子宮だったという事でしょうカ」
「おい、まだ俺そこまで話してないだろ。なんでお前、茜ちゃんの夢の内容を……」
「フフ、他人の夢に潜り込むという特技を持つ犬が、私の同僚にイルノデ。相当に参ってましたヨ。計六百回以上、茜サンはループする夢を見続けていたようデス。しかしそれで正気を失わずに済んだのは、驚異的な精神力ゆえデショウ。誰もが茜さんのヨウに耐えれるわけではアリマセン」
金次郎は再び煙草に火を付けながら、考える。
既に政府の暗部は、あの付近で事故に遭い生存した女性を中心に調査を開始している。
「幸か不幸か、茜サンのおかげでワクチンが作れそうって話ジャナイデスカ。茜サンは英雄ですネ」
「それでも、被害は出続けるだろ。ただでさえこの国は自殺する人間が桁違いに多いんだ。誰が感染者かなんて分からないくらいにな。仕掛けがされたのがあの桜の下だけとは限らない。ループする夢を見た後じゃ……既に手遅れなんだ」
「金サン、じゃあこういうのはドウデス? 例の都市伝説サイトを開設した彼に、それっぽく書き込んでもらうんデス。もしループする夢を見タラ、とりあえず楽しむ方向で、と」
「……なんだって?」
「茜サンデスヨ。彼女、最後の方はどうやってドラマチックに道子ちゃんを助けるかを模索しながら行動していたラシイデス。時にはスニーキングミッション風に。時にはアクションスターのヨウに。帯同していた犬も呆れてましたヨ。よくもまあそこまで前向きになれるなッテ」
流石茜ちゃん……と思いながら、金次郎はほくそ笑む。
だが、誰もが茜と同じように出来るとは限らない。むしろ茜はレアケースだ。
「諦めない事デス。人生前向きに進めばなんとななるって感じデスネ」
「それが出来ない人間の方が多い。俺だってそうだ。茜ちゃんと同じ目にあったら……俺は死を選ぶだろうな」
クリスは煙草の火を消し、自身が頼んだおかわりのコーヒーが来る前に伝票を持って立ち上がる。
「そうやって諦めてしまうからダメなんですヨ」
そのままレジへと向かうクリス。
金次郎は無茶を言うな、と思いつつ想像する。
あの小説のような地獄が、何度もループする夢を見る。
まさに地獄だ。矢代署長が狂ってしまうのも分かる気がしてしまう程に。
もし自分がそうなったら。やはり死を選ぶだろう。
「簡単に言うなよ……」
金次郎の元へ、クリスが頼んだおかわりのコーヒーが。
それを飲み干し、金次郎も席を立つ。
※
入院してからこっち、もう最近は検査検査のオンパレード。
どうやら暗部のやつらも私の検査に立ち会っているらしい。なんか見覚えのある顔をチラホラみた。全員逮捕してぇ。
金さんが買ってきてくれたプリンを食べつつ、私は例の小説を読み漁っていた。
結局……この途中で出てくる天使は何だったんだろう。矢代署長は、この小説は世の中の人間に苦痛を共感させるために自分の父親が出した……と言っていた。
なら、この窮地を救ってくれた天使は……?
「おねーちゃん」
すると私の病室へと、道子ちゃんが……って、えぇ?!
北海道からわざわざ岐阜まで来たの?!
「み、道子ちゃん! 元気そうで良かったぁ……」
「おみやげ」
と、私のベッドの上に駄菓子をぶちまける道子ちゃん。
おおう、懐かしいのが色々と。うまい棒食いてえ。
「あれ、道子ちゃん一人? 間室君……お父さんは?」
「お父さん、病院の人とお話があるって」
もしかして……暗部の人間と会ってる?
例のワクチン、道子ちゃんの分を確保しようとしているのか。それはもう私の方で確保する気満々なんだが。私のおかげで作れるワクチンだ、それくらいの特権は当たり前だろう。
それに……いつか生まれるであろう私の子供の分も……。
いや、生まれるよな……? このまま一生独身のまま、警察官やってないよな、私……。
「おねーちゃん?」
「あぁ、ごめんごめん。実はお姉ちゃん、道子ちゃんのおかげで助かったんだから」
「……?」
あの夢の中で……どう道子ちゃんを助けるか、その過程を模索しつつ、ぶっちゃけ楽しんでいた。そのおかげで私はループする夢を耐える事が出来たんだろう。そして最後の……あの豆太郎の言葉……
『目が覚めたら顔を隠している男を疑え。そいつが裏切り者だ』
豆太郎、やっぱり喋れたんじゃん。
どうせならもっと話したかったのに。
「道子、役にたった?」
その問いに、私は満面の笑みで
「勿論、道子ちゃんは、私の天使だよ」
完




