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 病院のように真っ白な壁の部屋の中、里美はベッドに拘束されたまま眠り続けている。

 そしてその里美を看病するかのように、ベッドの隣には椅子に座る男が一人。だが後ろ手に手錠、足も床のフックへと鎖で繋がれ、身動き出来ない状態。


「里美ちゃん……」


 椅子に座るのは金次郎。ベッドで眠り続ける里美を助けようと、無理やり手錠を抜こうとしたのか手には出血の痕が。親指に掛けられた小さな手錠。いっそのこと、指を千切る事が出来ればと金次郎は何度も力を込めた。


「くそ……」


 再び深呼吸しつつ、思い切り指に力を込めようとする金次郎。だがそのタイミングで一人の人間が部屋の中へと入ってきた。


「……! ま、またやってるんですか! もうやめて下さい!」


 入ってきた白衣を着た女性は、金次郎の首筋へと薬物を注射する。恐らくは鎮静剤のようなもの、と金次郎は歯を食いしばりながら、薬に負けてたまるかと力を籠め続ける。だがしだいに力が抜けていく。


「……大丈夫です……里美さんを信じて下さい」


「あんた、どっちの味方だ……」


 白衣を着た女性を睨みつける金次郎。

 その女性は整形をしている物の、なんとなく良く知る人物の面影があった。


 そう、その白衣を着た人物こそ、死んだと思っていた矢代恵美、本人。


「私は貴方達の味方です……でも信じて下さい、奴らから逃れる事は出来ません……だったら……手は一つです」


 矢代恵美は里美への点滴を追加しながら、懐から拳銃を取り出した。里美が『夢』の中で使っているであろう、ベレッタだ。


「おい、それなんのつもりだ」


「もうすぐ、里美さんは目を覚まします。その時……その様子を見に組織のトップが見に来るそうです」


「……で?」


「今里美さんはレム睡眠下で、延々と同じ夢を見続けている状態です。夢のメカニズムは、完全に解明されていません。しかし里美さんが感染したウィルスは、ある程度安定して同じ夢を繰り返す事が出来てしまう。脳のメカニズムの一端が、このウィルスで解明出来るかもしれない、それが奴らの目的です」


 金次郎は怪訝な顔をする。

 そんな事はどうでもいい。小難しいウィルスの話云々よりも、今里美の枕元に置いた拳銃は何だと聞いたのだ。


「……この拳銃は目覚めた里美さんが、どういう行動に出るのか……を検証する為です。弾は……一発だけ入っています」


「どういう行動って……」


「あの公園の前で自殺されたとされる女子高生。彼女達はこのウィルスに感染していたのです。勿論……感染させたのは父が殺した男です」


 金次郎は顔を真っ青にする。

 そしてこれまでの経緯が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 

「まさか……そのウィルスに感染すると……自殺する?」


「自殺させる為に生まれるウィルスなんて存在しません。そもそもウィルスの目的は宿主との共存ですから」


「じゃあ、何で」


「先程も言った通り、このウィルスに感染すると同じ夢を幾度となく見る事になります。疲れが溜まっている時、一瞬だけ気を失うかのように眠ってしまった事はありませんか? このウィルスはその一瞬で、何十回も同じ夢をループさせるんです」


 何故そんな事が分かる、と金次郎は冷や汗を垂らしながら思考する。

 金次郎は生まれつき、心霊を目にすることが出来た。だから最初から矢代恵美が生きている事は知っていた。あの桜の周りに矢代恵美らしき心霊は居なかったのだから。


「あんた……あんたもそのウィルスに感染したのか。でも死ねなかった」


「はい。私はあの一瞬で、自分が幾度も知らない土地で殺される夢を見ました。その夢が何度もループする内に、こう思ったんです。死ねば終わるのでは、と。だから夢の中で何度も自殺しました。だから目が覚めた後も、それが現実だと分からず……車に撥ねられようとしたんです」


「だがそれで何故政府の暗部に狙われていると思ったんだ? 自分に起きた現象が、そのウィルスによるものだと知っていたのか?」


「……知っていました。そもそも、そのウィルスを発見したのは私の祖父に当たる人物、この小説を執筆した当人です」


 矢代恵美は白衣の中から、まるでお守りのように持っていた小説を出して金次郎へと見せつける。

 

「祖父も感染していたんです。そして私と同じように死ねず……この小説は、その時祖父が見たループする夢を執筆した物です」


「何故……そんな物が出版されたんだ」


「祖父は自身が人体実験の被験者であると知ったからですよ。そしてそれは家族全員に及んでいると知った。祖父は知り会いの編集者に、この小説が失われないようにしてくれと頼み込んだんです。そして同時に、人体実験の実態を世間に公表しようとした。でも……」


「家族全員掴まり、拘束された。しかし辻褄が合わないな。それなら全員死んでいる筈だ」


「……私達は貴重なモルモットです。みすみす自殺させるわけがないでしょう。貴重なウィルスが私達の体内にあるんですから。そしてこのウィルスは遺伝します。父から私に、そして私から道子に。あのループする夢は今の所……一度きりです。私は二度目耐えれるかどうか分かりません。そしてそれは道子にも起きる。だから、私はこのウィルスの研究を自分から申し出ました」


「道子ちゃんが産まれたタイミングで、暗部に協力すると言い出したのか?」


「そうです」


「じゃあ、その前……道子ちゃんが産まれる前に自殺した女生徒は……誰のウィルスを感染させられて……いや、まさか……」


「……恐らく父でしょう。父もまた……私に起きるであろう悪夢の繰り返しをどうにかしようとして……協力していたんでしょうね」


「じゃあ、なんで矢代さんは、あの男を殺したんだ? 協力者だったんじゃ……」


 金次郎のその指摘に、恵美は苦い顔をする。

 

「……父は……知らなかったんです。あの事故が、ウィルスによる物だと。こう言っては何ですが、ウィルスの感染者は必ず全身拘束して行うのが鉄則です。自分から死を選ぶケースの事の方が多いですから。でもあの男は、私の祖父が書いたこの小説に魅せられてしまった。しかも都合が良い事に、ちょうどいい

怪物がこの小説には出てきます」


 それこそが桜の怪物。男が現実に作り出そうとしたモノ。


 するとその場へと、新たな来訪者が。

 数人の黒いスーツの男達。その中の一人は、顔を包帯でぐるぐる巻きにしている。


「そろそろ時間だろう。さあ、見せて貰おうか」


 茜が目を覚ます、その時間を把握していた男達。

 金次郎は今一度、指に力を籠めるが先程投与された薬のせいか、上手く力が伝わらない。


 恵美は茜の拘束を解いていく。

 そして枕元の拳銃のセーフティーを外した。


「待て、待て! 待ってくれ! 俺が変わりに死ぬ! 茜ちゃんは助けてくれ!」


「黙らせろ」


 顔を包帯で巻いた男は、他の男達へと指示。金次郎はその男達に囲まれ、口を塞がれる。


「あとどのくらいで眼を覚ます?」


「もう、すぐです」


 恵美は腕時計を確認しながら、自身の心臓が破裂するのではないかというくらい焦っていた。

 最悪、茜は拳銃で自殺を図るだろう。だがその前に、ここが現実世界かどうか確かめてくれるかもしれない。なら連中にバレないように、なんとかそれを伝える術はないか? と恵美は思考する。


 そして恵美の腕時計が深夜0時を指示した、その時、茜の瞼がゆっくりと開かれた。


 金次郎は必至に茜へとアピールする。だがスーツの男数人に抑えられる。

 駄目だ、茜ちゃん、駄目だ、と金次郎は叫ぼうとする。


 上体を起こす茜。

 そして枕元には拳銃。


 包帯で顔を隠した男はほくそ笑む。今にも自殺しそうな茜の顔を見ながら。

 

 だが、包帯男は茜と目が合う。

 その瞬間、悟った。


「殺せ!」


 包帯男が叫ぶ。

 混乱するスーツの男達。だが言われた通り茜を殺そうと懐から拳銃を取り出す。

 だがその前に、両手でベレッタを構えた茜は、包帯男の肩を狙って発砲。


 そして高らかに、こう叫んだ。




「その男が裏切り者だ!」






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