10
気が付いたのは森の中。また夜に戻っている。そして焚火が私を凍死させまいと燃え続けている。
なんで……私、どうして? あのピラミッドから出た後の記憶が無い。というかむしろこれは……
「道子ちゃん……!」
道子ちゃんは当然のように居ない。一体何処に……もしかしてまた攫われた?
「わん!」
「ひゃぁ!」
真後ろから吠えられる。振り向くと、そこには豆太郎。
なんだ、この既視感。まさか、まさか……いや、そんなの漫画やアニメの世界だけだ、でも私の頭は既に理解しているかのように、妙に気持ち悪い感覚を伝えてくる。
確証はない、信じる事も出来ない、疑うだけ馬鹿だと言い放つ事も出来る。
でも、私はまた、あの時の夜に戻っている? 道子ちゃんを助ける前に。
「……豆太郎? ねえ、貴方……私と会うの、初めてよね?」
試しにそう豆太郎へと話しかけてみた。私の最後の記憶では豆太郎は人語を操り私に逃げろと叫んできた。
そうだ、これは夢だ、夢なんだ。なら起きないと……夢から覚めないと……
「ねえ、豆太郎……」
豆太郎は私の袖を咥えて、グイグイ座れと促してくる。
同じだ、全く同じだ。そして私が座ると、豆太郎は私にくっついてきて暖めてくれる。
夢なら早く覚めてくれ、一体何なんだ……これは、一体……
※
「なんだ、生きてたのか、大したもんだ」
また、あの男と再会。男は私へと拳銃を投げてよこし、自分を撃てを言ってくる。
……あぁ、そうだ、夢の中で死んだら……どうなるんだ?
もしかして、それで眼が覚めるんじゃ……
「ぁ? おまえ、何して……」
自分のこめかみに銃口を当てて、引き金を引こうとした。
躊躇いなく、ごく自然にそうするのかが当たり前かのように。
世界は暗転し、強烈な眠りに襲われ……再び目を覚ます。
でもまた私は、あの森の中、焚火の傍で眼を覚ますのだった。
※
一体、何度目の道子ちゃん救出だろう。
あれから色々試してみたが、私は何度道子ちゃんを救出しても、何度死んでも同じスタート地点へと戻される。
要はフィクションでよくある強制タイムリープだ。その種の漫画や小説は何度も読んできた、でも分からない、どうやったらここから抜け出せるのか。ああいうのは大抵、繰り返しの中で何らかの変化が起きて……その変化を追えば……
「ねえ、豆太郎……あんた、喋れるんでしょ? もうバレバレなんだから」
森の中、これから男の居るピラミッドへと向かう途中で、豆太郎へとそう尋ねる私。
しかし豆太郎は首を傾げながら「なんのこと?」と可愛いアピール。ダメだ、一体、どうすればいいんだ、全く分からん。
このままじゃダメなんだ。ここで何をどうしようが、私は抜けられない。
道子ちゃんを助けて無事にピラミッドを脱出しても、そして自ら死を選んでも結果は同じ。道子ちゃんを助けずにひたすら森の中を彷徨い続けたあげく、どこからか飛んできた銃弾に撃たれた事もあった。きっと、この森の中にはあの男の仲間をうろついているんだろう。
もしかして、私……このまま永遠にここを彷徨い続けるんじゃないか?
あぁ、きっとそうだ……なんだコレ、拷問か? 生き地獄か? 嫌だ、嫌だ……誰か助けて……
『里美ちゃん、俺達は警察官だ』
金さんの声が脳内で勝手に再生される。
警察官。私はなんで警察官なんかになった? 父親が過労死した悲惨な職場だと分かっていたのに、それなりにいい大学出たのに何故地方公務員なんて選んだ? 選択肢はもっとあった筈だ。
金さんと初めてあった、中学生の時。
私と悪友を補導しようとしていたおじさんが金さんだった。
『こら君達。おうちに帰りなさい』
おきまりの言葉を投げてくる金さんを、最初はウザ……と思った。でも父親と同じ職業の人で、なんか貧乏くさい感じだったから、きっとこの人も過労死するんだと思って……つい、あんな事を言ってしまったんだ。
『おじさん、警察官なんてやってたら……死んじゃうよ』
私の言葉に、金さんは目を丸くしながら、滅茶苦茶焦りだした。え? マジで? と見るからにソワソワしだした。その姿を見て、私と悪友は爆笑しながら、金さんを弄って遊んでいたんだ。そしたらなんか仲良くなって……私達はいつしか、金さんとおしゃべりするために夜出歩くようになった。
でも金さんと毎夜毎夜、出会えるわけでは無かった。警察官を見かけたら、汚いおじさんは今日は居ないのか、と尋ねる程に私達は金さんを求めていた。あのおじさんに会いたい、会って面白おかしく弄り倒したい。そしたら満足して家に帰る。
ある日、悪友が警察に捕まった。今思えばただの補導だったけど、彼氏が喧嘩をして、それに加勢した結果、相手に全治一か月の怪我を負わせてしまったのだ。
一緒に夜出歩く友を無くした私は、一人で街へと。一人で出歩くのは新鮮だったけど、とてつもなく不安だった。悪友と一緒に居れば感じない視線も、何故かそこらかしこから。まるでお化け屋敷だ。
そして怖くて怖くて、泣きそうな顔になっている私を見つけてくれたのが金さんだった。
「どったの。あれ? いつもの子は?」
「……おじさん、家まで送って……」
「ん? あぁ、まあ、そりゃ勿論……」
思えば、金さんと一緒に自宅に帰るのはそれが初めてだった。金さんは私の家の表札を見て、一瞬だけ目を見開いて驚いているようだった。
「……おじさん?」
「……おやすみ。頑張って勉強しな。じゃないと……おじさんみたいになっちゃうぞ」
私の父親の事を知っているんだと、その時悟った。
頑張って勉強して、警察官にはなるな、そう言われた気がして……何故か滅茶苦茶、腹が立った。
何故かは正直分からない、でも明かに子供扱いされている。あんなダラしないオッサンに、私は心配されているんだ。そんなのあってはならない。あんなオッサンに心配されてたまるか……!
それから私は夜遊びは止めて、真面目に勉学に励むようになった。それなりの大学も出て、何故か選んだ職業は警察官。そして配属先で金さんと再会した時、私は心の中でこう高らかに言い放ったのだ。
ざまあみろ、と。
森の中、ひたすら酷い湿気の中で昔の事をひたすら思い出していた。
私が警察官になった動機なんて不純すぎる産物だ。ただただ、父親とだらしないおっさんの思う通りになるのが嫌で、半分嫌がらせのように警察官の道を選んだ。後悔は勿論した。何度も辞めようと思った。でもそれと同じくらい、私は多くを学んだ。
日本では警察官は万年人手不足。相談に来た人間、一人一人に対応なんてしてられない。何か起きれば対応する、そう言うしかない。それが後手に回ると分かっていても、ドラマのように熱い精神で職務を全うすることなど出来ない。それが当たり前なんだ。いちいち近隣住民と喧嘩になったくらいで呼ぶなよ、自分達でなんとかしろよ、そんな風に思う私の傍で、金さんは困った顔をしながら対応する。
別に金さんを目標にしていたわけではない。それは絶対ない、断固としてない。
でも、学んだ事は……多い。
「何弱気になってるのよ、里美。私が居ないと……金さん、女子高生にも気後れして虐められちゃうんだから……私が居ないと……!」
なんどでも……なんどでも繰り返してやる。
なんどでも道子ちゃんを助けてやる。私は絶対、諦めない。諦めたらそこで試合終了だと、バスケの先生も言っている。私は絶対、ここから抜け出してやる……!
※
「なんだ、生きてたのか。大したもんだ」
「五月蠅い、さっさと拳銃よこしな」
「なんでだよ」
男はそういいつつも、結局は話の流れで私の度胸を試す事となり、拳銃を手渡してくる。
私はその拳銃のマガジンを抜いて、一発一発数えて……計十五発の……
「……あれ?」
「どうした?」
薬室に一発……既にいつも入ってたはずだ。
でも今回は……
なんだ、これは何を意味してる? ただ単純にあいつが忘れただけ?
でもこんな事初めてだ。本当にかすかな変化。一発の銃弾……。
「ねえ、この拳銃……貴方が元々持ってたの?」
「あ? なんだその質問は」
「いいから答えなさいよ」
「あー? 仲間から預けられたんだよ。女が来たら殺せってな」
そのためにわざわざ拳銃を渡す?
私のような可愛い女の子一人殺すのに、なにもこんな物騒な物は要らないだろう。それに森の中に潜む仲間ならば、いくらでも私を殺す事は出来る筈だ。実際、何度か繰り返している中で、ひたすら森の中を彷徨う私を撃ってきた奴が居た。
森の中に潜んでいる奴らは、最終的に目の前の男を撃つ。それは私を男が殺そうとした瞬間だ。本当は私を殺されては困る? 現時点では、私は必要なのか?
この時点で私が必要な理由……この後私は道子ちゃんを助け出して……ピラミッドの外に……
あの時、ピラミッドの中で何か仕掛けが動いて、崩れ始めて……
「おい、何考え耽ってるんだ?」
私がひたすら森の中を彷徨ってる時、撃ってきたのは……もしかして時間切れだったからじゃないか?
何の時間切れか、考えられるのは……道子ちゃんが死んでしまった。
何故? あの部屋の仕掛け……もしかして、時間経過でも発生するようになっていた? あの扉を開ける仕掛けは、穴の中にある小さな玉を更に底部の穴の中へと入れる事で開錠される。でもあれ、わざわざ私がしなくても、小さな玉が勝手に転がる事が出来れば開錠されてしまうんじゃないか?
もし、あの小さな玉が少しずつ動いているのだとしたら……時限装置的な……。そして何故そんな仕掛けがあるのかと言えば……
「ねえ、道子ちゃんのいる部屋の中で……何か変な事してる?」
「……あ?」
そういえば、この質問をするのは初めてだ。
「部屋ってお前……なんの事言ってんだ?」
「未知のウィルスとか……道子ちゃんを餌にして、そのウィルスを感染させようとしてるとか」
「…………」
恐らく……森の中に居る連中は私に道子ちゃんを助け出させようとしているんだ。
自分達で助け出せない理由がある。それはあの部屋にウィルスなりなんなり……入るとヤバい物があるからだろう。
そしてそれは、時限装置式で開く扉が開けば外に漏れだす。私が開けても結果は同じだと思うが……もしかして最初の一人にしか感染しない特殊な……ウィルス?
まて、なんか……似たような話聞いた事無いか?
桜だ、あの桜……感染した人間の脳に寄生して、自ら死を選ばせる。そしてその死体からは、新しい桜が生えてくる。小説の中では、発狂した家族の人間が崖から落ちて死んだ。寄生されたのは一人だけ。物語の展開もあるだろうから、あの場で全員皆殺しにするわけにはいかない。だから一人だけだと思っていた。でも……
まさかあの部屋には……そして今、私に起きているこの現象は……。
もしかして、寄生された人間は、今の私のように延々と同じ事を繰り替えす夢を見せられているんじゃ……しかもそれは短時間、たとえば現実世界で一分の間に、それこそ六十周させるくらいのペースで。そしていざ目を覚ました時、まだ自分は夢の中に居ると思うだろう。だから死を選ぶ。これは夢だから、さっさと死んで次に行こうとして……。または既に狂ってしまっているかもしれないが。
もし本当にこれが当たっていたら、私はいつか目を覚ます。その時にどうするか、どうやってそこが現実だと判断するのか。
今、ここが現実世界でないと言い切れるか?
今まで見ていた物は夢で、今この時こそ、私のリアル……だとしたら……
「おい、なんなん……」
「道子ちゃんを私に助け出してほしいなら! 今すぐ! 目の前の男を生け捕りにしろ!」
「は?」
その瞬間、男が倒れた。足を撃たれたようだ。
即座に私は駆け出し、男の足を引っ張って引きずりながらピラミッドの中へと。
「お、おいおいおいおい! 何してる! やめろ! やめてくれ!」
開錠し、扉が開く。その時、私は男を先に部屋の中へと放り込んだ。一応息を止めながら、道子ちゃんを助け出す。
「待て、待て、待て! 俺を殺せ! 殺してくれ! 頼む!」
私は黙って男から受け取った拳銃を放り投げた。男に向けて。
だがその薬室に、弾は詰まっていない。
「おい、弾、弾、弾!」
弾を薬室に装填すれば撃つことは出来る筈だ。
だが……そんな事も分からない程、男は焦っていた。
ピラミッドが崩れ落ちる。
私はそこから道子ちゃんを抱いたまま抜け出した。
ここが現実か、それとも夢か。
どちらにしても……私はもう死を選ばない。
私は、桜の思う通りになんて、動いてあげないんだから。




