146.大切な──。
「──私の【死者の軍団】に入ってもらえませんか?」
私の言葉にエルマーリヤは目をぱちくりさせたあと……ぷっと吹き出しました。
『……本気ですか?』
「ええ、本気ですわ」
『わたくしをその──【死者の軍団】に入れて、どうするつもりですか?』
「知れたことですわ。あなたに力を貸し、クオリアを輪廻の輪に叩き返す手助けをして、あなたの未練を──すべて取り払いましょう」
『っ?!』
エルマーリヤの頬に、涙が伝います。
死霊術師である私も知りませんでしたが……アンデッドも涙を流すのですね。
思わず見惚れてしまうほど美しい涙目のエルマーリヤに、大切なことを言い忘れないよう自分に言い聞かせ、もう一度口を開きます。
「そのかわり──最後にもう一つだけ、私の願いを聞いてほしいのです」
『ええ、なんでしょうか』
「すべてが終わった後、私に──」
〝聖なる双丘″で、溺れさせてください。
……なーんてこと、言えるはずありませんよね。
言い淀む私を、不思議そうな瞳で見つめるエルマーリヤ。
私は気を取り直すと、改めて言いなおします。
「すべてが終わった後、私と──」
──勝負してください。
1対1の勝負を。
そう言うと、エルマーリヤはキョトンとした表情に変わりました。
なぜ私はこんなお願いをしたのか。理由は単純です。
たとえ今回の形で味方に引き入れたとしても、私は──死霊術師として、エルマーリヤに勝ちたいのです。
真の意味で、完全な形で、疑いようもなく、あなたを手に入れたいのです。
「あなたに最後の引導を渡すのは、クオリアでも、亡者どもでもありません」
では誰だ。
他に誰がいる。
……いるわけがない。
エルマーリヤを送り出すのは──。
「──この私なのですから」
エルマーリヤ、あなたは永遠に私のもの。
だってあなたは、私にとって初恋の──最高最強のアンデッドなのですから。
……そうすれば、結果的に人類の至宝とも言えるあの〝聖なる双丘″も──ぐふふ。
『ありがとう──フランケル』
エルマーリヤが、嬉しそうに微笑みます。
『そんなに熱烈な告白を受けたら、わたくし……』
え?
告白?
今のは告白になるんですかね?
やばっ、なんかそう言われるとドキドキしてきました。
勝手に顔を赤くしている私にニコニコと微笑みながら、エルマーリヤが語りかけてきます。
『では、能力を回収しますね』
「え? あ、はい。お願いします」
ぶぅぅぅ────うぅぅん。
エルマーリヤの身体が、私と重なります。
柔らかな双丘が、私の顔に押し付けられ──。
ウホーーッ! 生〝聖なる双丘″キターーー!!
フワッフワで素晴らしいですわ!! ムッハーッ!!
……などと感じていた次の瞬間──全身から何か大きなものが抜け出して行くのが分かりました。
『あぁ……これは──』
同時に、エルマーリヤが吐息を漏らします。
『なんと素晴らしい──』
エルマーリヤの全身から、凄まじいまでの魔力が満ち溢れます。
続けて彼女の背から美しい白銀色の翼が生えてきました。
あぁ、まるで天使のようです。髪は白銀色の輝きを放ち、神々しさがさらに増しています。
一方で、私は多くの力を失いました。
エルマーリヤと同じだった白銀色の髪は輝きを失い、薄暗い茶色に──やがてただの白色へと変わってゆきます。
全身から溢れるようだった魔力は、こうしてあっけなく失われてしまいました。
……魔力が100万越えして【超越者】となっていた期間も短いものでしたね。かろうじて体内ダンジョンが残っているのは、エルマーリヤの慈悲なのでしょうか。
私は──全てを失ってしまったのでしょうか?
……いいえ、違います。
むしろ私は手に入れたのです。
大きな、とてつもなく大きな代償を支払って──もっとも尊く、もっとも美しく、もっとも強いアンデッドを手に入れたのです。
その名も──。
未だ残された私のギフト《鑑定眼》は、エルマーリヤの変貌を遂げた新たな姿を完全に捉えていました。
──《エルマーリヤ・ライトジューダス【完全体】》──
アンデッドランク:──GOD──
ギフト:《治癒の右手》、《浄化の左手》、《女神の祝福》
称号: 【いにしえの大聖女】、【終わりの四人】、【微笑みのエルマーリヤ】、【輪廻転生の主】、【無限の慈悲と慈愛】、【新たなる世界に咲いた希望の花】、【次世代の女神候補】、【不死の軍団】、【フランケルの●◆▲】
推定魔力値:9,999,999
──
『さぁ……戻りましょうか』
「ええ」
私はエルマーリヤの手を取ると、ダンジョンから共に脱出します。
向かうは──クオリアや亡者たちが待ち構えている【天界への扉】です。
◆
「おおっ!?」「リュリュリュ!?」「お嬢様!?」
私がエルマーリヤと手と手を取り合ってダンジョンから戻ってくると、ウルフェたちが凄まじく驚いた表情で出迎えてくれました。
「どうしました? そんなに驚いて」
「い、いや……あの……触って大丈夫なのですか?」
「大丈夫って、なにが……あぁ、エルマーリヤにですか」
もちろん大丈夫に決まってます。ですが触らせませんからね?
エルマーリヤはもう私のものなんですから。
「あわわ、名前を呼んだリュ」
「別に呼んでも大丈夫ですよ」
「へっ?」
「さ、さすがはお嬢様……よもや【いにしえの大聖女】をも手懐けるとは……」
「恐ろしや……」
私はエルマーリヤと目を合わせて思わず笑ってしまいました。
だってみんな、エルマーリヤのことを何も分かっていないのですもの。
こんなにも素敵な女性を前にして萎縮するなんて、人生損してますよ?
「お嬢様、髪の色が──」
あぁ、さすがはネビュラちゃん。
すぐに私の変化に気づいたみたいですね。でも──。
「髪の色など関係ありませんわ」
「……そうでございますよね、それでこそお嬢様です」
なぜか妙に納得して頷くネビュラちゃん。
そう、私はどうなろうと私なのですから。
「ところでお嬢様、これからその──いにしえの大聖女様と……どうなさるのですか?」
「そんなもの決まってますわ」
私は天を指差します。
目指すはもちろん──。
「私はエルマーリヤと共に【天界への扉】に向かいますわ」
「「「「ちょっと待った!!」」」」
……誰ですかね、せっかく気持ちよく決めたところですのに邪魔をするのは。
少し気を悪くしながら振り返ると、遠くから駆け寄って来る──見覚えのある人たちの姿が目に飛び込んできます。
「姉さま! いかないで! 僕が姉さまを幸せにするから! その狂った大聖女なんて僕がぶった切ってやる! 姉さまに触れるもの、それすなわち我が敵なり……」
あらあら、アレクが抜刀しながら物騒なことを言ってますね。いつから彼はこんなふうになってしまったのでしょうか。
でもねアレク、彼女が誰だか分かってますの?
【いにしえの大聖女】エルマーリヤ・ライトジューダスですのよ。速攻で輪廻転生させられてしまいますわよ。
これは姉として、少し礼儀と立ち位置を躾けて差し上げないといけませんわね。後ろにいるカイン、フローラ、スミレ、とりあえずアレクを押さえつけておいてもらえますか。
「あなたを行かせるわけにはいかない。僕はもう──待たないと決めたから!」
おや、こっちはシーモアではありませんか。
久しぶりにお会いしましたが、さすがはプラチナムエクトプラズマロイヤルレイス候補ですね。魂の輝きが以前にも増してます。だいぶ良い感じに成長しているのではないでしょうか。
風の噂でアナスタシアのところに行ったと聞いていたのですが、元気そうで何よりです。
後ろにはアンナメアリやジュザンナ、レナユナマナの姿も見えます。なんだか懐かしいですね。
「もう君を死地に送りたくない。今度こそ俺が……君を守りたいんだ」
エーデル。また一段と素体として成長しましたね。
後ろにいるスライ、イスメラルダ、フィーダも眩いばかりです。
あぁ、今すぐにでもアンデッドとして刈り取ってしまいたい……。
思わず込み上げて来る衝動から私を引き止めたのは、柔らかく包み込む懐かしい香りでした。
「ユリィ、わたくしの親友……もうどこにも行かないで。わたくしのそばにいてください」
あぁアナスタシア。野郎どもの中に咲いた一輪の花にして私の親友。
毎日でも嗅いでいたいふわふわの良い匂い。久しぶりに抱きついてクンカクンカしたいですわ。
その後ろにはキャメロン姉様やピナ、ナディアの姿も見えます。まるで遠い昔のように思える懐かしい学園時代。また女の花園に飛び込んで溺れていたい衝動に駆られます。
ですが──そうもいきません。
私は、行かなければなりませんから。
だから私は大きく息を吸うと、エルマーリヤの手をしっかりと握りしめながら──私の大切な素体たちに向かって答えます。
答えはもちろん──。
「……すべて──お断りしますわ」




