145.貸しと借り
『あなたに託していた《癒しの奇跡》の力──返してもらいますわ』
エルマーリヤは笑顔でそう口にしました。
ですが《癒しの奇跡》を託していた……とは、一体どういう意味でしょうか。
うーん、もしかして……《治癒の右手》のことですかね?
『そうですよ、フランケル。あなたの右手のギフトは──わたくしがあなたに貸し与えたものなんです』
おお、やはりそうだったのですね!
どうりで私には似つかわしくないギフトだと思いましたよ。
それもそのはずです、なにせエルマーリヤから借りていたギフトだったのですから。
しかし気になるのは──。
「どうして……私だったのですか?」
もし貸し借りできるなら、別に私でなくてもよかったと思うんですよ。
明らかに私向きのギフトではありませんし、どうせならマリスあたりに与えたほうが有効活用したんじゃないかと思うんですよね。
私としても、どうせ借りるならもうちょっと死霊術師向けのギフトが良かったですし……もっともそんなギフトをエルマーリヤが持ってるはずないんですけど。
というか、そもそもギフトって人と貸し借りできるものなんでしょうか。
『それは、あなたにしかギフトを貸すことができなかったからです』
「私しか、できなかった?」
『ええ。あなたは私を今世にアンデッドとして蘇らせてくれました。その瞬間、わたくしとあなたの間に──とても特殊な関係、魂同士に強い結びつきが生まれたのです』
私とエルマーリヤにある特殊な関係。強い結びつき。
なんだかそう言われるとついニヤニヤしてしまいますね。
『わたくしは、いくら蘇ったとはいえ……ただのアンデッド。一度クオリアに敗れて死んだ身。このままではファラロンとの約束を果たすことができません』
ファラロンとの約束──それは、クオリアや亡者たちを転生させるというやつですかね。
『はい、そうです。もう一度クオリアと対峙したとしても、このままでは同じ結末を迎えるだけでしょう。それどころか時々正気を失ってしまうことさえもあります。だから私は、なんとかして強くなる必要がありました。でも、それには大きな問題があります』
ええ、わかります。
──アンデッドは、成長できない。
それは周知の事実であり、私が大切な素体たちをすぐにアンデッドにしない理由。
最も適切なタイミングでアンデッド化しなければ、素体の良さを最大限活かせませんからね。
『そうです。わたくしはもう、成長することができない存在となっていたのです』
悲しそうな眼をするエルマーリヤ。
『クオリアと魔法王国の亡者たちに打ち勝つには、わたくしは今まで以上の力を手に入れなければなりません。ですが、今のままだと成長の可能性もない。そんなときに目をつけたのが──あなたなのです、フランケル』
「私?」
『はい。あなたは英雄たちに討伐されて絶命した。今際の際に秘術を用いて転生しようとしたのですが──残念ながら術は上手く発動しませんでした』
上手く……いくはずないですよね。
いくら死霊術としてそれなりの実力を持っていたとしても、師匠と比べたら当時の私はゴミみたいなものです。
そんな存在が、師匠の開発した究極の術である死霊術奥義・禁呪《 不死の王転生 》を成功できるわけがありませんもの。
なるほど──やっと分かりました。
「だから……エルマーリヤが手を加えたんですね」
『ええ、その通りです』
エルマーリヤが頷きます。
『わたくしがあなたの魂が輪廻転生してしまわないように、手を加えました。身近な……命に宿るようにと』
そう……だったのですね。
ずっとおかしいと思っていたんですよ。
私は死霊術師。アンデッドは作れても、輪廻転生は行えませんから。
もちろん、師匠レベルの超高度魔術師であれば別ですが、私は……死霊術以外はてんでからっきしでしたからね。
「なるほど、私が都合よく転生できたのは偶然なんかではなく──エルマーリヤのおかげだったということはよく分かりました。ありがとうございます」
『いえいえ、お互い様ですからね』
こういうのを、お互い様って言うんですかね?
「でもなぜ──輪廻の輪に送り込まずに、わざわざ手を加えてまでして私を転生させたのですか」
なんとなく察しは付きます。おそらくこの右手のギフト《治癒の右手》が関係しているのでしょう。
『フランケルの推察通りです。わたくしはあなたに──ギフトの力を貸し与えることで、ギフトが持つ力を伸ばしてもらおうと思ったのです』
ギフトの持つ力を──伸ばす?
あ、分かりました……そこで先程の『魂の結びつき』の話が出てくるのですね。
『はい、そうです。あなたが幼子に転生する際、私はあなたに《治癒の右手》を貸し与えました。これは、魂同士の結びつきが強いあなたにしかできないことなのです』
「私にしか、できない……」
『ええ』
では──。
エルマーリヤが私を転生させた理由は──。
私がこれまでやってきたことは──。
すべては、エルマーリヤの持っていたギフト《治癒の右手》の力をパワーアップさせるためだったのですね。
『転生したあなたは、私の期待に応えてギフトの力をぐんぐん伸ばしてくれました。それだけではありません、あなたは──新しいギフトにも目覚めたのです』
新しいギフト?
『フランケルが元々持っていたギフトである《鑑定眼》、それに私が持っていた《治癒の右手》。その二つがあなたに宿ることで、それぞれのギフトに派生ギフトが誕生しました。それが──《審罰の左目》と《浄化の左手》なのです』
ほぉぉ。
原理はよく分かりませんが、赤子に転生する際にエルマーリヤによって魂とギフトを引き継がれることで、なにやら新たな能力が覚醒した、ということでしょうか。なかなか興味深いですね。
……って、《祝福の唇》は?
私、前世であんなギフト持っていませんでしたけど。
ですがエルマーリヤは《祝福の唇》に触れることなく話を続けます。
『あなたにギフトを託したのは大正解でした。あなたは私の期待に応えて──いえ、期待以上の成果を出してくれました。その結果、《治癒の右手》のギフトは素晴らしい進化を遂げています』
「はぁ」
『わたくしが元々持っていた力に、あなたが育ててくれた《治癒の右手》のギフトの力が加われば、おそらく──今度こそクオリアや魔法王国の亡者たちを輪廻の輪に送り返すことができるでしょう。諸条件が整った結果【天界への扉】が開き、亡者たちの巣窟への通路がつながっている今こそが、その最大の好機なのです。だから──フランケル』
エルマーリヤは、ぐっと私に顔を近づけます。
『──ギフトを、わたくしに返してもらえますか?』
ギフトを返してほしい、ですか……。
正直、私には治癒のギフトなど特に必要ありません。
ですが──気になることがいくつかあります。
「エルマーリヤ、あなたにギフトを返すと……《治癒の右手》と《浄化の左手》のギフトがあなたに渡る、という理解で宜しいですか?」
『ええ、加えてあなたがこれまで積み上げてきた魔力のほとんどを、わたくしが頂くことになります。【超越者】としての力は失われ、あなたは──普通の人間に戻ってしまうでしょう』
げ、そうなるのですか。
それは困りますね……。これまで積み上げてきたものが無くなってしまうのは、なかなかどうして簡単に受け入れられることではありません。
「……私からギフトや魔力を回収して、力を得たあなたは──そのあとどうするのです?」
『ファラロンたちが向かった場所へ旅立ちます。そこでわたくしは、クオリアや魔法王国の亡者たちを輪廻の輪に送り返すでしょう』
「聞きたいのは、その先です。クオリアたちを輪廻送りにしたそのあとは──どうするんですか?」
『そのあとは──ふふ、どうなるんでしょうね』
少し寂しそうに微笑むエルマーリヤ。
その態度ですぐにわかりました。
おそらくはクオリアたちの輪廻転生こそが彼女の未練。アンデッドは未練のもとが解決されたとき──力を失います。
だからすべてを成し遂げたエルマーリヤはおそらく──その存在を留めることができなくなるでしょう。
永遠に、彼女を失うことを意味するのです。
「……私が断ったら、どうするつもりですか?」
『すいません、たとえ断られても──強引に戻してもらうつもりです』
……でしょうね。
そもそも私に仁義など切る必要は無いのですから。
黙って奪い去って、そのままファラロンたちのもとに向かっても良かったのです。
それをわざわざ留まったうえで私に説明しているのは──おそらくはエルマーリヤの優しさ。
『フランケル、あなたはわたくしのこと……恨んでいますか?』
エルマーリヤの問いに、私はすぐに首を横に振ります。
恨むなんてとんでもない。
治癒の力を手放せるならせいせいします。別に欲しかった訳ではありませんし。
むしろ──勝手にアンデッド化したりキスしたりした私のことを恨んでませんかね?
『……魔力まで奪うなんて、酷いですよね。あなたがどれだけ努力して、これほどの魔力を積み上げてきたのか、わたくしはよく知っています。それが──失われるわけですから』
「……」
『せめて、わたくしにできることならなんでも……』
「──言いましたね?」
『えっ!?』
私がぐいっとエルマーリヤに近寄ります。
「エルマーリヤにできることなら、何でもすると言いましたね?」
『え、ええ……まだする、とまでは言ってませんが』
「え? しないんですか?」
『いえ、そう言うつもりでしたけど……』
私の夢は──。
癒しの聖女として名を馳せること?
いいえ、違います。
では、偉大なる死霊術師として名を馳せること?
……かつてはそれも夢でした。
ですが、今は違います。
いまの私の夢は──。
「エルマーリヤ、聞いてください。私の夢は──最強最高の【死者の軍団】を作り上げることです」
この世の誰も成し遂げることができなかったこと。
前人未到の、空前絶後の死者の軍団を作ること。
それこそが、今の私の──夢。
「そのためには、エルマーリヤ。あなたが不可欠なんです」
『わたくしが──不可欠?』
エルマーリヤの確認に、私は頷きます。
「ええ。だから──良いでしょう。エルマーリヤの望む通り、私が借りていたギフトの力、魔力もつけてお返しします。その代わり──」
『そのかわり……』
私はグッと、エルマーリヤの瞳を見つめます。
「──私の【死者の軍団】に入ってもらえませんか?」




