144.初恋の人
マリスやファラロンたちを【天界への扉】に送り出したあと、私たちに姿を現したのは──。
「あ、あれは!?」
「い、いにしえの大聖女リュ!?」
「どうしてここに?!」
間違いありません。
彼女は──私が創り出したSSS級アンデッド【いにしえの大聖女】エルマーリヤ・ライトジューダスではありませんか。
しかしなぜ彼女が出現したのでしょうか。誰も名前を呼んでいないというのに……。
「あわわ……」
「転生させられるリュ……」
「お、お嬢様、お逃げをっ!!」
慌てふためくウルフェたちをよそに、私はエルマーリヤを見つめます。
彼女、なんだかいつもと雰囲気が違いますね。
すると私の視線に気づいたのか、エルマーリヤが薔薇のような可憐な唇を開いて言葉を発しました。
『──時が来ました』
時、ですって?
……そういえば以前帝国で会った時にも同じことを言っていました。
あのときは『時が来ればわかる』と言っていましたが……では今がその時だというのでしょうか。
「エルマーリヤ、あなたは──」
「お嬢様、危険です!」
「おどきなさい、ウルフェ」
「し、しかし……」
「いいから退くのです」
私の前に立とうとするウルフェを押し除け、ぐいっと前に出ます。
チラリと師匠を見ると、口をへの字にしたまま頷いています。どうやら師匠もエルマーリヤの様子がおかしいことに気付いているようです。
エルマーリヤに近づくと、至近距離で対峙します。
たったそれだけのことなのに、私は胸の高まりを抑えることが出来ませんでした。
あぁ、エルマーリヤはやはり至高ですね。
だって彼女は私の……初恋の人なのですから。
「エルマーリヤ、何故ここに……」
『二人だけで話せる場所に行きましょうか』
エルマーリヤに誘われて断ることなどできるわけがありません。
頷くとすぐにエルマーリヤの胸の中のダンジョンが開いて──中に吸い込まれていきました。
エルマーリヤの中にある【大聖女のダンジョン】は、以前突入した時とはかなり様子が異なっていました。
まるで──質素な私室。もしかしてエルマーリヤの部屋か何かでしょうか。
……考えてみると、初恋の女性の部屋に一人招かれたのですよね。なんだか胸がドキドキします。
『ようこそ、フランケル。わたくしの私室へ』
気がつくと、目の前にエルマーリヤが立っていました。
うっとりするような美しい声で私の名を呼びます。
あぁ……なんだか幸せです。
『このダンジョンの中には、わたくしの大切なものが収められています。あなたが探してくれた人形のアンナもその一つです。その節はありがとうございました』
「じゃあ、イノケンティウスの杖や私の指輪は……」
『もちろん全部大切なものですよ。わたくしのことをたくさん調べてくれたイノケンティウス。そして──わたくしを再びこの世に呼び出した──フランケル、あなたも』
エルマーリヤに大切だと言われ、つい舞い上がってしまいます。
それにしてもやはり彼女は──私の前世を知っていますね。
知っていて、また私の前に現れている。ということは……。
私は大きく息を吸うと、エルマーリヤに問いかけます。
「エルマーリヤ、私はずっと疑問だった。あなたは以前から私のことだけは輪廻転生させようとしなかった」
気がつくと、口調がフランケル時代のものに戻っていました。
だけどそんなことにも気づかずに、私は問いかけ続けます。
「本来であれば真っ先に転生されていてもおかしくない私は、あなたに放置されて──結果、カインたちによって討伐されて命を落とした。だけど今こうして転生して、あなたの前にいる」
エルマーリヤは微笑みを浮かべるだけで何も答えません。
だから私は、ついに決定的な言葉を口にします。
「なぜだ? なぜ──私なんだ?」
『理由なんて簡単ですよ、フランケル』
「それは──」
『それはあなたが──私のことを好きだと言ってくれたからですよ』
──はい?
……えーっと、言いましたかね?
いや、確かに好きです。大好きです。思いっきり初恋の人ですよ?
あなたの像を見てずっと悶々と懸想していましたとも。
特にふくよかなる〝聖なる双丘″に、どれほど慰められ癒されたことか。
……でも私は同時に自分がヘタレであることも知ってます。
面と向かって好きだと言うことなどできるはずが──。
『覚えて──ないのですか?』
「へ?」
『私とあなたが、初めて邂逅したときのことを──』
……あ。
それは……エルマーリヤを大聖堂から奪還したときのことですね。
お、思い出しました。
あのとき私は──。
『あのとき、あなたは私に──』
「……ちょ、ちょっと待ってエルマーリヤ。あれはその、なんというか興奮して昂り過ぎて……」
『えー、そんなのありですか? あれだけ言っときながら今更ノーカンですか?』
そうです。
あのときの私は、棺から取り出したエルマーリヤが、生前の姿を留めたまま祀られた石像などよりも遥かに美しい姿でその身を保つ様子を見て、思わず──大変なことを呟いていたのです。
『永き眠りについていた私に、あなたはこう言いましたよね? 「あぁ、なんと美しい……あなたこそがこの私の初恋の人。あなたのこと、ずっとずっとお慕い申し上げていました」と』
「ぎっくーーっ?!」
『そしてそのあと──』
「あー、やめてー! それ以外言わないでーー!」
お願いーーーっ!!
私の黒歴史を晒さないでーーっ!!
『えーっと、確か……どれだけエルマーリヤのことを好きだったか、どれほど日々思い続けていたかとかを数時間に渡りとくとくと力説して、あまつさえわたくしの石像や絵に何度も口付けしたことを暴露したあと──』
「い″や″あ″あ″あ″あ″あ″ーーーーっ!?」
『あなたわたくしに──キスしましたよね?』
……ガックシ。
私は、全力でその場に崩れ落ちました。
終わった……。
黒歴史なんてものではありません。
あれだけの痴態を、初恋の人であるエルマーリヤ張本人に知られていたのですから。
……消えたい。
この場から消え去りたい。
誰か私をこの場から消し去ってください。
「エルマーリヤ、私を輪廻転生してください……」
『あらどうして? 嫌よ』
「ぐえっ!?」
これ以上、私の精神を破壊するのは辞めてください……。
私は気がつくと大量の汗と涙と涎を流しながら崩れ落ちていました。
これほどの精神攻撃を受けたのは生まれて初めて──転生前から含めて初めてです。
もう立ち直れない……誰か助けて……。
『でもね、フランケル』
「はひ……」
ここに来てまだ追い討ちですか。
さすがエルマーリヤ、情け容赦ないですね。
『わたくしだって、人々からいくら聖女と呼ばれていても……一人の女の子なのですよ。だから、あなたに好きだと言われて──やはり嬉しかったんです』
……え?
嬉しかった、と言われて私は思わず顔を上げます。
涙と汗と涎でぐちゃぐちゃ。
そんな顔の私の、優しく撫でてくれるエルマーリヤ。
『私は生前ずっと【大聖女】として生きてきました。誰からも褒め称えられ、敬われる。それはそれで尊い日々でした。……だけどね、誰も──私個人を愛してはくれなかったの』
それは……。
『でもあなたは違ったわ、フランケル。あなたはわたくしが大聖女であったことも様々な肩書も、死して崇められる存在になったということも関係なく、ただ──わたくしだけに想いを寄せてくれました』
ええ、そうですとも。
私は確かにあなたが好きですよ。
あなたが大聖女だろうがなんだろうが関係なく、大好きですよ。
……こうなったら暴露しますよ?
だって……。
私がエルマーリヤに一目惚れしたのは──。
その……〝聖なる双丘″ですからーーーっ!!
〝聖なる双丘″ですからーーーっ!!
〝聖なる双丘″ですからーーーっ!!
……ですがそんなことを口にできるはずもなく。
私はただ黙ってエルマーリヤの言葉の続きを待ちます。
『だからね、わたくし……嬉しかったんですよ? あなたから純粋な好意を寄せられることが』
「は、はぁ……」
……ううぅぅう。
なんなんでしょうか、この後ろめたさは。
本当のことを言ったらどうなるんでしょうかね?
私、強制輪廻転生させられちゃいますかね?
それどころでは済まないかもしれませんね。魂ごと消滅とか……。
──ガタガタガタ。
全身の震えが止まりません。
先ほどとは違う脂汗が大量に滴り落ちます。
ですが──エルマーリヤは気にした様子もなく、【微笑みのエルマーリヤ】のまま私の脂汗を優しく拭ってくれます。
その笑顔が……怖い……。
『だからね、わたくし──あなたにわたくしの大切なものを預けていたのですよ?』
「大切な──もの?」
ファーストキスのことですかね?
だったらもう返せませんごめんなさい命をもって償いますので……。
なんならノーカンでもいいですよ?
『ええフランケル。そして今──わたくしがあなたにお貸ししていたものを、返してもらう時が来たのです』
ファーストキスを?
それともやっぱり……命ですかね?
『あなたに託していた《癒しの奇跡》の力──返してもらいますわ』
──え?




