147.癒しの聖女
私がお断りの言葉を告げると、アナスタシアが悲しそうな表情を浮かべました。
「分かってたわユリィ。きっとあなたはそう答えるだろうってね」
あぁ、なんという罪悪感でしょうか。酷く胸が痛みます。
ですが……仕方ないのです。
だって私はエルマーリヤとともに【天界への扉】へ向かうと決めたのですから。
「だったら僕も連れて行ってください、姉さま!!」
「それは出来ませんわ、アレク」
残念ながら、あなたたちを連れて行くことはできません。
なぜならこれから向かう先は、【魔法王国の亡者】たちや【クオリア】が待ち構えている場所。
悪魔の巣窟ともいえる危険地帯に、私のかわいい素体たちを連れて行くわけにはいきません。下手すれば即座に悪魔の餌食となってしまうでしょう。
もし耐えられるとしたら、それは──『死者』のみ。
ですが、私はまだ彼らをアンデッド化するつもりはありません。
なにせ皆まだ成長途中。現時点でアンデッド化してしまうなんて、そんな勿体ないこと出来るはずがありません。私はちゃんと熟成してから頂くタイプです。そのためだったらいくらでも我慢しますわ。
だから──今は連れて行かないのです。
そもそも、今の私に彼らをアンデット化して支配する力が残されているのでしょうか。
エルマーリヤに魔力と力を吸い取られた今の私に残された魔力は──およそ1000ほど。この数値は偶然にも前世のフランケルとほぼ同じです。
前世で死ぬほど身体を痛めつけて寿命まで削って手に入れた魔力が1000でしたから、現時点でそれと同等の魔力を持つということが優れていると言えるのかどうか……。
でも、私は後悔していません。
なにせ【エルマーリヤ】という至宝を手に入れたのですから。
「姉さま……」
「ごめんなさいアレク、あなたは──元気でね」
さようなら、私の可愛い素体たち。
たとえ素体として使えなかったとしても……あなたたちが私の大切な素体であるという事実に永遠に変わりませんわ。
『──悲しむことはありません。ユリィシア・アルベルトを敬愛する者たちよ』
私たちのやりとりを黙って見ていたエルマーリヤが、ふいに口を開きました。
さすがは人類をはるかに超越した存在です。小さな声で囁いているようなのに、この地にいる数万人の全員に声が届いているようです。
『わたくしはエルマーリヤ・ライトジューダス。かつて大聖女と呼ばれた存在です』
「おぉぉぉ……大聖女様……」
「よもや正気になられたのか……」
教皇と小デブ枢機卿が土下座しながら祈り始めると、他の聖母教会の関係者たちも彼らに続いて膝を折って祈り始めます。
これまでさんざんエルマーリヤのことを禁忌扱いしておきながら、彼女が正気に戻った途端、掌を返すように信仰対象のような態度を取り始めるのはいかがなものかと思いますけどね。
私の苛立ちを察してか、エルマーリヤがそっと手を握りしめてきます。どうやら「ここはわたくしに任せて少しの間自制していろ」と言いたいみたいです。
仕方ないので彼女の思う通り、しばらく様子を見ることにしました。
私が落ち着いたのを察したエルマーリヤが、笑顔を浮かべながら教皇たちに語りかけます。
『その通りです、教皇よ。わたくしはそこにいる乙女──ユリィシア・アルベルトによって救われました』
「「「おおぉお!!」」」
『しかもユリィシアのおかげで、わたくしは真の存在へと至ることができたのです』
「「「おぉぉぉおおぉぉおおぉおぉぉおぉお!!」」」
……エルマーリヤは何をしたいのでしょうか?
なぜここで私の名前が出てくるのですかね。
『ユリィシアはこれまでたくさんの苦難を乗り越えてきました。その過程でたくさんの人たちを救ってきました。それが……この場に集まったみなさんです』
「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」
『あなた方だけではありません。ユリィシアはこのわたくしをも救ってくれました。そんな彼女こそが──真の聖女なのではないでしょうか』
「「「「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」」」
『だからわたくしはユリィシアのことを──敬愛を込めて【癒しの聖女】と呼びたいのです』
ちょっとエルマーリヤ、あなたはなにを口走ってるんですか。
言うに事欠いて私のことを【癒しの聖女】と呼ぶなど……ちょっと勘弁して欲しいんですが。
『ふふふ……これはちょっとした仕返しですよ、フランケル』
「仕返し?」
『ええ。だってあなた──前世でわたくしの胸を触りましたよね?』
──ぎくっ!?!?
な、なぜそのことを……。
『知ってるんですよ? アンデッド化するときのどさくさに紛れて、わたくしの胸にタッチしたことを』
「あ、あわわわわ……」
ええ、やりました。
やりましたとも。
正々堂々と触れる勇気がなかった私は、エルマーリヤにアンデッド化の術を施しながら、さりげなーく〝聖なる双丘″にタッチして、最後にほんの少し、掠めるように唇を重ねました。
ですが……まさかそれを全部エルマーリヤ本人が知っていたなんて……。
『わたくし、キスも胸を触られるのも初めてだったんですからね?』
「ぐ、ぐぅぅぅ……」
『だからこれは、聖女と呼ばれることを厭っているあなたへの、わたくしからの精一杯の仕返しなのです。おわかりですか?』
「ぐぬぬ……」
『わかったら……ちゃんと受け入れてくださいね?』
「は、はひ……」
だめだ……私はエルマーリヤに完全に黒歴史を握られています。こんなの逆らえるわけがありません。
いくら彼女が【不死の軍団】に加わってくれたとはいえ、あくまで客人みたいなもの。今の私程度の魔力では強制力を働かせることができるわけでもなく……。
『さぁフランケル、笑顔でこの歓声に応えてくださいね?』
「癒しの聖女様ーー!!」「イエス・フランドゥム!!」「癒しの聖女ユリィシア、バンザーーイ!!」「イエス・フランドゥム!!」「ユリィシア様ー、すてきーー!!」「イエス・フランドゥム!!」「癒しの聖女!」「イエス・フランドゥム!!」
……こうまで言われては、受け入れざるを得ません。
私は大歓声を上げる観衆たちに、引き攣った笑顔を浮かべたまま手を振ります。
すると──。
「「「うぉぉぉおおぉおぉぉおぉぉぉおおぉぉおおぉおぉぉおぉお!!」」」
「ユリィシアさまーーー!!」「さいこーーー!!」「すてきーー!!」「癒しの聖女さまあぁぁーー!!」
とてつもない大歓声が上がります。
あぁ……これは一体どんな罰ゲームなのでしょうか。
ですが私が心底嫌そうな顔をすると、横のエルマーリヤがじっと見つめてきます。
仕方なく私は笑顔を張り付けたまま──感情を失った機械のように歓声に応えるしかありませんでした。
「そうか、そうだったのか! やっと分かったぞ!!」
私が死んだ魚のような目で手を振っていると、突如ウルフェが声を上げます。
……何が分かったというのですかね。
「お嬢様がこれまで決して【聖女】の称号を受け入れなかった理由は──自分がまだその域に達していないとお考えだったからなんだ!」
……はい?
「俺はお嬢様が幼き時からずっと付き従ってきた。だから俺だけが知っていることだが、お嬢様は昔から何か──常人とは違う世界をずっと見ていると感じていた。その世界が何なのか、お嬢様が何を考えていたのか、たったいま分かったんだ!」
……えーっと、私アンデッドと死霊術のことばかり考えていましたが。
「お嬢様はどれだけ尊い行いをしても、人々を癒しても、決して自分が【聖女】と呼ばれることを受け入れなかった。それは──まだ自分が聖女と呼ばれるべき偉業を成し遂げていないと思っていたからだ!!」
いいえ、違います。
普通に聖女と呼ばれるのが嫌だっただけです。
「それもそのはず──お嬢様は己の使命を、闇に囚われていたいにしえの大聖女を救うことだとお考えだったからだ!!」
ウルフェがドヤ顔でこちらを見てきます。
ウザい……イケメンのドヤ顔ほどウザいものは他にありませんね。
「だが!! 今!! ついにお嬢様はいにしえの大聖女をお救いになられた!! この瞬間、お嬢様の悲願は達成なされたのだーーーっ!!」
まぁ、そこだけはあながち間違いではないのですが……根本が間違っているのでどこから修正すればいいのか分かりません。
いっそのこと、こいつを今すぐアンデッド化して黙らせましょうか。
「だからこそ今、お嬢様は【癒しの聖女】の称号を受け入れられた──そうですね?」
だから違いますってば!
言い返そうとするとエルマーリヤがギュッと手を握ってきます。……その笑顔、やめてもらいます?
分かってます、ちゃんと受け入れますから……。
諦めてコクンと頷くと、我が意を得たりとウルフェが最高に満足そうな笑顔を浮かべながら絶叫します。
「【癒しの聖女】ユリィシア、ばんざーーい!! あなたさまこそ、真の聖女です!!」
すると今度は──教皇までもが調子に乗ってウルフェを追認してきたではありませんか。
「教皇であるこのイノケンティウス15世も彼の意見に賛同する。ユリィシア・アルベルトこそ、真の聖女。私は今ここに──【癒しの聖女】が誕生したことを宣言する!!」
「「「うぉぉぉおおぉおぉぉおぉぉぉおおぉぉおおぉおぉぉおぉお!!」」」
「癒しの聖女様ーー!!」「ユリィシア様――!!」「イエス・フランドゥム!!」「ユリ様すてきーー!!」「さすがは癒しの聖女様だ!!」
……あぁ。もうこれは完全に手遅れですね。
私は盛大にため息を漏らすと、泣きながら万歳しているウルフェや熱狂している教皇たちを完全無視して師匠のもとに向かいます。
こんな茶番からは、さっさと逃げ出すに限りますからね。
「……フランケルよ、とうとうおぬし【死霊術師】を捨てて【聖女】になる決心をしたのか?」
ニヤニヤしながら弄ってくる師匠は本当に性格が悪いですね。
「そんなわけありませんわ」
「じゃよな。しかし──本当にエルマーリヤを正気に戻すとはなぁ……」
視線を交わすエルマーリヤと師匠。
二人は直接の面識はほとんどなかったと聞いていますが、師匠がエルマーリヤを見る視線はなんだが柔らかいものでした。
「それよりも師匠、【クオリアの冠】を貸していただけますか」
「……やはりエルマーリヤと行くつもりなのか?」
「ええ。全てを終わらせてきます」
それが、エルマーリヤとの約束ですからね。
そのあとは……むふふ。
「エルマーリヤよ。フランケルは──」
『全て承知していますわ、プロフォンドゥム。だからこそ先ほどの茶番が必要だったのです』
「……なるほど。それがそなたの覚悟なのじゃな」
『ええ。フランケルには感謝してもしきれませんから』
……何なのでしょうか。
二人は私には理解できない会話を交わしています。
ですがこのやり取りで納得したようで、師匠が次元腕輪から【クオリアの冠】を取り出しました。
「よかろう。これはおぬしに授ける」
「ありがとうございます、師匠。それでは私は死霊術師の高みへと行ってまいります」
「ふむ、達者でな」
私は師匠から受けとった冠を被ると──なるほど、確かにドス黒いあの魔力と繋がっている感覚があります。
どうやらここが、魔法王国の亡者と──クオリアの居場所なのですね。
私が残り少ない魔力を込めると、中空に先ほどと同様の虹色の空間が誕生します。
人一人かろうじて通れるほどの大きさのゲート。その向こうに見えるのは──無数に蠢く【亡者】たち。
「行きましょう、エルマーリヤ」
『ええ、フランケル』
私はエルマーリヤの手を握りしめると、二人で一気に──ゲートの中に飛び込んだのでした。




