142.ファラロン(前) ~1000年の亡執~
私の名はファラロン。
かつて私は、魔法王国に存在していた『アイラ=デルトラ延命魔術研究所』で、主席研究員としてヴァンパイア・テクノロジーによる延命研究を行なっていた。
私は生前、こと女性について困ることはなかった。
天才的な頭脳、恵まれたルックス。全てを兼ね備えた私にとって、女性など簡単に手に入るものであった。
だが、そんな私が惹かれた存在があった。
極めて優秀な頭脳を持ち、人々を惹きつける魅力とカリスマ、そして美貌を兼ね備えた、地上に舞い降りた女神。
それが──クオリア・アンブローシアだった。
彼女と共に研究している日々は楽しかった。
対等の頭脳を持つ相手とのディスカッションは、とても有意義なものであった。
もう一人、プロフォンドゥムという若者も優秀な頭脳を持っていたが、如何せん若すぎるのと、女性に対して免疫がなさすぎた──おそらくは童○であろう──ので、ウィットに富んだ会話を楽しむ余地があまり無かったのは残念であった。
だが、私の楽しい日々も終わりを告げることになる。
──大崩壊。
あの日、クオリアが生涯をかけて組み上げた『クオリア・システム』はあっさりと崩壊した。
原因は分からない。クオリアが【根源の魔塊】のコントロールを失ってしまった結果、膨大な魔力が暴走し、数十万人の魔法王国アイラ=デルトラ国民の命を奪い去ったのだ。
これほどの数の人々を、ほんのひと時で絶命させることができたのは、当時──魔法王国の住人のほとんどが【根源の魔塊】にアクセスして魔力を使っていたため、逆流してきた『暴走し悪意を持った魔力』──すなわち【悪魔】の力に抵抗できなかったためだ。
【悪魔】は、情け容赦なく人々の魂を刈り取った。
なぜ【悪魔】が人々の命を奪ったのか、正確な理由はわからない。
だがおそらく──クオリアの『人々を守りたい』という願いが暴走により変質した結果、『魂を永遠の虜囚にする』という歪な形に実現してしまったためではないかと私は考えている。
いずれにしろ……魔法王国アイラ=デルトラは一夜にして滅亡した。
私は秘術によって不死化──上位アンデッド『ヴァンパイア』となることに成功し、【悪魔】の浸食にかろうじて耐えることができた。
私と同様に死霊術によって『不死の王』となったプロフォンドゥムと私、たった二人だけしか生き残ることができなかったのだ。
……いや、二人ともアンデッド化している以上、生き残ったとは言えないのかもしれないが。
魔法王国の死者たちは、クオリアの最後の願いによって【根源の魔塊】に囚われ、永遠に救われることのない亡者──【悪魔】の一部となった。
人々の幸せを願ったクオリアの想いが、皮肉にも彼女が救いたかった人々を無限地獄に陥れる羽目になるという事実には、私は愕然としたものだ。
その後、私はプロフとともに【根源の魔塊】に呑まれて死んだクオリアへのせめてもの餞として、亡者たちを滅ぼそうとした。
だがアンデッドと化した今の私やプロフには、悪魔に取り込まれた亡者たちを完全に葬り去る手立てがなかった。
私は──何のために魂を現世に留めたのであろうか。
そんなことを思いながら、私は失意の500年を過ごした。
その間、戯れにヴァンパイアの王国など作ってみたりもした。
『ヤニ王国』。それが私が作った王国の名だ。
ハリボテの、だがある意味で私の理想を具現化した……ちっぽけな箱庭。
傀儡の王を置いて影の支配者となり王国を裏から支配したとしても、私の心は満たされることはなかった。
虚な王。それが──あの頃の私の正体だった。
だが──そんな私の前に、一人の希望の光が現れた。
エルマーリヤ・ライトジューダス。
聖母神の祝福を受けし白銀色の髪を持つ、目を奪われるほど美しい少女だった。
彼女は、ある意味で癒しのプロだった。
相手が傷ついていれば、それが例えどんな相手だろうと癒す。
敵も味方もモンスターもアンデッドも関係ない。とにかく癒そうとした。
私の王国に来た時もそうだ。
僅か16歳にして【大聖女】と呼ばれるようになったあの小娘は……なにをとち狂ったのか、この私を癒すと言ったのだ。
「愚かな……この私が誰だかわかっているのか? 【宵闇の吸血帝王】ファラロンだぞ」
「ええ、知ってるわ。それでも私はあなたを癒したいの。深く傷ついたあなたの心を──」
この娘はなにを言っているのだ?
……だがまぁいい。そこまで言うのであれば、私の望みを言ってやろう。
「私は──消し去りたいのだ」
あの不愉快な、クオリアの呪縛に囚われた哀れな亡者どもを。
そのことさえ叶えば、この不死の身が滅んでもいい。もはやこの世に思い残すことなどない。
気が付いたら私は、吐き出すようにそう口にしていた。
「わかりました。私がどうにかしましょう」
「なん、だと?」
あっさりと同意したエルマーリヤ。
この娘は──いったい何なのだ?
……だが所詮は人間の小娘。
いくら祝福を受けているとはいえ、魔法王国の亡者たちなどどうにもならないだろう。
ところがどうしてエルマーリヤは、本当にどうにかしてしまった。
なんと彼女は、亡者どもを葬り去るために、新たな魔術を編み出したのだ。
その名も──《聖者の救済》。
抵抗に失敗したものの魂を、容赦なく輪廻転生に送り込む究極の『癒し』の魔術だった。
私は彼女の力に希望を見出した。
だから力を与えるために──ダンジョンコアを食わせ、【超越者】とした。
「へぇー、こんな方法があったのですね」
「……まぁな。だがこれで、お前は極限の魔力を手に入れたぞ? 【大聖女】エルマーリヤ・ライトジューダスよ」
おまけにダンジョンをサルベージさせていたヤニ王国で、偶然にも500年以上行方不明になっていた『クオリアの冠』が発掘された。
この魔法道具を使えば、【根源の魔塊】に直接アクセスし、亡者たちの根本を消し去ることができる。
まるで──運命に導かれているようだ、と私は感じたものだ。
だから私はヤニ王国として全力を挙げ、エルマーリヤを支援し、亡者どもをせん滅することに決めた。
十分な準備を整えたところで、ついに……私とエルマーリヤは亡者たちの討伐に乗り出す。
だが──数万体をエルマーリヤが輪廻転生させたところで、あいつが姿を表したのだ。
『マモ……ル……コノワタシガ……』
「な、あれはっ!?」
すでに死人となって死滅したはずの私の心が──大きく揺らぐ。
なぜなら、【根源の魔塊】の最奥、魔法王国の亡者たちの最も中心から姿を現したのは──。
黒い翼を背に宿した、悪魔たちの頂点に立つ美しい女性の姿。
見間違えるはずもない。
彼女は──死んだはずのクオリア・アンブローシアではないか!?
『ジャマスルモノハ……スベテハイジョ……スル……』
あれを──生きていると呼ぶのかは分からない。
亡者を全身に侍らせ、黒き翼を背負いまるで亡者たちの神となったクオリアの姿は、まるで悪夢が具現化した【邪神】のようであった。
だが──。
それでも彼女は──。
紛れもなく──私の愛した女、クオリア・アンブロージアだった。
「ファラロン!?」
「はっ!?」
その、一瞬の隙を突かれた。
悪夢と化したクオリアから放たれた黒い魔力が、一瞬にして襲い掛かる。
エルマーリヤを守るべき立場だった私は、クオリアの姿に心を動転させており、わずかに動きが遅れる。
その遅れは──致命的だった。
邪神となったクオリアの攻撃は、無情にも──。
エルマーリヤの胸を貫いていた。
「うぐっ……」
「エルマーリヤッ!!」
なんということだろうか。
私の希望は──。
エルマーリヤは──。
私が救いたかったものの手で、絶命させられてしまったのだ。
『ワタシハ──マモル。……ダレニモ……ジャマハサセナイ……』
……それからどうなったのかはほとんど覚えていない。
アンデッドとしての存在が消滅する寸前まで傷つけられた私は、かろうじて存在を保てる状況で放り出された。
しかし私には、もはや再度立ち上がる力はカケラも残されていなかった。
荒れ狂った亡者たちと邪神と化したクオリアは、私の作ったヤニ王国をも飲み込もうとした。仲間を──増やそうとしていたのだ。
王国の全員が、クオリアに取り込まれてしまう……その状況を救ったのはプロフォンドゥムだった。
彼が亡者たちによって憑り殺され、悪魔として吸収される寸前で──王国民たちを全員アンデッド化させることで、ギリギリのところでその魂を救ったのだ。
だがそれでも結局私は──失敗したのだ。
エルマーリヤという唯一無二の希望を失って。
……もしかしたらそのときから、私は狂ってしまったのかもしれない。
なぜなら私は──新たに歪んだ思いを抱くようになっていたから。
そう、私は嬉しかったのだ。
愛する女の魂が、まだ消滅していなかったことが。
エルマーリヤを喪い、王国民を全滅させたとしても──。
それでも私は、クオリアの魂が存在していたことに心を救われていたのだ。
そして私は、新たな一つの目標に向けて動き出すことになる。
クオリアを、邪神の座から引きずり下ろし、輪廻の輪に戻させる。
それが私の──新たな希望となった。
秘策はあった。
……クオリアの遺伝子。
エルマーリヤに残されていたクオリアの残滓から、私はクオリアの遺伝子を取り出すことに成功していた。
この遺伝子を使えば──きっと──成し遂げることができるはずだ。
絶命したエルマーリヤは、私が手厚く葬った。
私のミスで命を落とした彼女。その魂がクオリアに奪われないように。
永遠にその美しさが残るように。
それがせめてもの──私からエルマーリヤへの贐だった。
それからさらに500年の時が過ぎた。
私の妄執──いや『亡執』とも言うべき研究は、ついに完成した。
出来上がったのが、私の最高傑作。
彼女の名は──マリス・ステラ・ラニアケア。
マリスは、私が潜んでいる連邦の一地方貴族ラニアケア家の娘にクオリアの遺伝子を組み込んで出来た存在だ。
もちろん、この貴族には脈々とクオリアの遺伝子を溶け込ませていた。
長き時を経て、完成した──クオリアの生き写し。
おまけに彼女は、クオリアと同じギフトを持っていた。
これは、使える。
今度の作戦は、必ずうまくいく。確信があった。
作戦の内容はこうだ。
クオリアと同じ遺伝子とギフトを持つマリスの体を【根源の魔塊】に生贄として捧げる。
すると【根源の魔塊】は、クオリアが離れたと思って奪い返しに来るはずだ。
マリスを取り込んだ瞬間──確実に【根源の魔塊】は混乱をきたすであろう。なぜなら同じものが二つあるのだから。
そのときであれば、クオリアの魂は必ず分離できる。
私はそのタイミングでクオリアを引き剥がし、今度こそ輪廻の輪の中に送り返すのだ。
マリスをいけにえに捧げ、クオリアを【根源の魔塊】から奪い返す。
……当然、マリスは死ぬだろう。
クオリアほどの魂を持っていないマリスは、あっさりと【根源の魔塊】に取り込まれるに違いない。
だがその後、クオリアという支えを失った【根源の魔塊】は自壊し、亡者たちとともに消滅するだろう。
それが──私の考えた作戦の全てだった。
この作戦を踏まえ、私は【北天の七星龍】ギュスターヴと盟約を結ぶことにする。
共にマリスを守り、クオリアの元を目指すことを目的に。
彼はクオリアに恨みを抱いていた。
世界を守ることを義務として負う真龍は、クオリアを世界の敵と認定していたのだ。
彼女を滅ぼすことが、ギュスターヴの未練であるのだろう。業の深いことだ。
……まぁ多少は私と目指している場所が違うが、大きくは違わないので良しとしよう。
彼には目的や手段の全てを話してはいないが、それも必要がないことだ。
せめてこの盟約が、互いにとって害とならないことを祈ろう。
そしてついに……運命の時を迎える。
──伝承にのっとり出現した【天界への扉】。
なぜ今この時出現したのかは、私にもわからない。
クオリアの時代にも、エルマーリヤの時代にもこの門は出現しなかった。
だからただの神話なのだと思っていたのだが……。
もしや──。
ユリィシア・アルベルト。
大聖女エルマーリヤ・ライトジューダスと同じ白銀色の髪を持つ乙女。
彼女の存在が、もしや関係しているというのだろうか?
わからない……。
なぜだろうか、彼女のことが脳裏にちらつく。
誰とも似ていないというのに……。
まぁいいだろう。
もう、終わりは目の前だ。
彼女には、私たちがいなくなった後の新しい時代を切り開く、新たな光になってもらえればいい。
未来など──今の私にとってはもはや無意味なものなのだから。
そのためにも──私たちが完全に、この因縁に決着をつけるのだ。
だが、そのときの私は気づかなかった。
自分の心が抱える矛盾に。
それが──致命的な誤算となることも知らずに。




