141.さようなら
突如現れた【天界への扉】と呼ばれるゲート。
七色に光る階段、そしてゲートの向こう側に見えるのは──。
無数の黒く蠢く存在たち。
「あれは……魔法王国の亡霊どもではないか!」
師匠が怒鳴る通り、あれは先日私に憑りついていた数十万の亡者たちですね。
しかしなぜ彼らが【天界への扉】と呼ばれるゲートの向こう側にいるんでしょうか。
ただ……以前見かけた亡者とはかなり雰囲気が違っているように感じます。
前は悲嘆に暮れて彷徨ってるだけでしたが、今は──明確な意思を持ってマリスを見つめているようです。
マリスに狙いを定めている。死霊術師である私には、亡者たちの意思をそう感じることができます。
そしてそれは師匠も同じようで──。
「わかった、ようやくわかったぞ……ファラロンの狙いが……」
ギリリッ。
師匠が歯を食いしばる音が聞こえます。
「あやつは──マリスを生贄にしてクオリアを呼び出すつもりだったのかっ!」
マリスを生贄にして?
クオリアを呼び出す?
『──グラララァアアアァアアァッッッッ!!』
うわ、うるさっ!
私の思考は、突然耳に飛び込んできた雄叫びのような声によって無理やり中断させられます。
誰ですかね、すぐ近くで叫んでいるのは。と思ったら犯人はギュスターヴでした。
なんなんですか、こいつは。
犬ですか? 急に吠え出して迷惑な奴ですね。
『ついに時は来たッ!!』
え、こいつ「ギャース」以外しゃべれたんですか?
今日一番ビックリしたんですけど。
『今こそ我が復讐を遂げしとき! ファラロンとの盟約に従い、我が不死者の肉体の全てを賭けて【邪神】を討とうぞ!』
「邪神……じゃと? それはもしや──クオリアの──」
驚く師匠を無視して、ギュスターヴが仮面を脱ぎます。
次の瞬間、ギュスターヴは巨大な龍──しかも赤黒い骨のドラゴン・スケルトンへと姿を変えました。
うわあー、なんて素晴らしいアンデッドなのでしょう。惚れ惚れします、さすがはSSSランク。欲しいですね、垂涎モノですね。
『誇り高き龍の血族、琥珀龍アミティよ』
「は、はいリュ!」
ずいとギュスターヴが顔をアミティに近づけます。
アミティはなんだか緊張してますね。やはり格上の龍が相手だと緊張するんでしょうか。
『我が亡き後の世は──新しい世代のおぬしに託す』
「……リュ?」
『以後お主が真龍たちの道標として歩むがいい。我はおぬしら真龍の繁栄を祈っておるぞ。あとウルフェよ、汝も剣の道の頂きを目指し精進するがいい』
「あ、ありがとうございます!」
ウルフェは感極まって震えています。
脳筋同士、通じるものがあるんでしょうか。
『──そしてユリィシアよ、癒しの聖女よ!』
「はい?」
あら、今度は私に話ですか。
龍の頭蓋骨が一気に目の前に寄ってきます。
『……我らが一族の光、真龍の子アミティのこと、よろしく頼んだぞ』
……言われなくてももちろん大事にしますわ。
なにせアミティは貴重な真龍の素体なんですもの。
ただギュスターヴほどの素体に育つには私の人生では足りなそうですけどね。
「わかりましたわ」
『……感謝する。癒しの聖女ユリィシアよ。汝に真龍の祝福を!』
というか、聖女って呼ぶのやめてもらえませんかね。
挨拶が済んだからなのか、ギュスターヴが頭を下げて、その背にファラロン、マリスの二人が乗り込もうとします。
ですが師匠がファラロンの手をつかみました。
「待てファラロン! お前……マリスを生贄にして──」
「本人は承知している。部外者は口を出すな」
「なっ!? だがお前は」
「……後の世は頼んだぞ、プロフ。私たちみたいな過去の愚か者たちの残した呪いは、その時代に生きたものの責任として私が責任を持って終わらせてくる。そこから先は、ユリィシアのような新しい時代のものたちが作り上げていくべきだ。そう思わないか?」
「そ、それは──」
「過去の過ちの業なら私が背負う。ギュスターヴも共に征く。だが──転生し普通の人となったお前は違う。新しい世界は……お前が灯してくれ、我が親友プロフォンドムよ」
「ふあっ!?」
あらあら、ファラロンが師匠をギュッと抱きしめたではありませんか。
もしやマリスから鞍替えするというのでしょうか。ファラロンもなかなか業が深いですね。
……しかしイケメンは相手が元男で友人でもイケる口なんですかね。どうにも私には理解できない趣味性癖なのですが……。
まぁ私自身の嗜好も人に誇れたものではないので、他人の趣味をとやかく言うのは辞めておきましょうかね。
「ユリィシア様、あなたもお元気で……」
旧友たちが別れを惜しんでいる間、なんとマリスが私に話しかけてくれました。
女の子に話しかかられると嬉しくなるのはなぜでしょうか。前世からの業ですかね。
「マリスは──大丈夫なのですか?」
私が言うのもなんですが、あんな亡者たちが待ち受けているゲートに向かうのはちょっと危ないと思うんですよ。
「ふふふ、最後までわたしのことを気にしてくれるんですね。わたしみたいな造られた存在に優しくしてくれるなんて……嬉しいわ。本当に普通に出会いたかったなぁ」
そうですね、きっと仲良くなれたと思いますわ。
そのときは私の至極のアンデッドたちをぜひ見せて差し上げたいですわね。
「でもね、わたしは大丈夫よ。だって、こんなにも薄っぺらな存在であるわたしでも、最後にみなさんのお役に立てるんですもの」
役に立てる──とはどういう意味でしょうか。
先ほどから言っていた聖母神になるという言葉と、師匠の言う生贄という言葉との関係は……。
「わたしはね、次の聖母神になるの。この身は仮様の女神の依代となったとしても、魂だけは概念となって皆様を見守る新たな神になるわ」
肉体を依代?
たしかに死霊術には依代を使って霊などを体に召喚させる術もありますが……。
でも彼女みたいな子を依代に使うだなんて、なんだか勿体ないですわね。
……とりあえず一度説得を試みてみますか。
「女神になんてなる必要はありませんわ。マリスはマリスのまま──ここにいて欲しいですのに」
「あら、ユリィシア様は最後の最後までお優しいんですね。でも……わたしは行きます。それがわたしの──唯一の存在意義だから」
「そうですか、残念ですわ」
勿体無いですが、無理強いしても仕方ないので諦めることにします。
「ユリィシア様。わたし……女神になってもあなたのことをきっと祝福してますね!」
「あ、いや……」
もうこれ以上聖母神の祝福なんてこりごりですよ。
あ、死霊術の神様がいるなら祝福してほしいですが……そんな神様いるんですかね。
「姫様、行こうか」
「ええ、ファラロン」
抱擁から解放されて呆然としている師匠を横目に、マリスとファラロンがギュスターヴの背に乗ります。
「ネビュラよ、我が眷属」
「は、はひっ!?」
「ユリィシアをよく支えよ、それが宵闇の王たる我の最後の望みだ」
「しょ、承知したでございます!」
「そしてユリィシアよ」
「はい?」
「──プロフのことを、頼んだぞ」
彼は──ファラロンは、なにをしに行くのでしょうか。
私にはわかりません。興味もありません。
ですが……。
「ええ、わかりましたわ」
師匠のことなら、お任せくださいませ。
私がそう頷くと、ファラロンは見たことがないようないい笑顔を残して、飛び立っていき──そのまま七色に光るゲートへと飛び込んでいきました。
「さようなら、ユリィシア様。あなたに聖母神様の祝福を──」
「さらばだ、癒しの聖女ユリィシア」
『あとは頼んだぞ、癒しの聖女よ』
最後に私への別れの言葉を残して──。
三人を吸い込んだあと、七色に輝くゲート【天界への扉】はゆっくりと消滅していきました。
あとに残されていたのは私たちと──大量の観衆たち。
彼らは意味の分からない光景を見て呆然として言葉を失っていました。まぁそうでしょうね、私もついていけていませんから。
「さ、帰りましょうかね」
「なっ!?」「ぶっ!?」「リュ?!」
なぜか一斉にずっこけるウルフェたち3人。
「えーー、ここで帰るんでございますか!?」
「ここは私も乗り込む! じゃないんですか!?」
「流れ的にはそうなるものリュ!」
はい?
なんで私がそんなことしなくちゃいけないんですかね。
それよりも懐かしい人たちに挨拶をしたいですよ。
あぁ、私の親友アナスタシア──早く抱き着いてクンクンしたいですわ。
「師匠」
「……んあ?」
「障壁を、解除していただけませんか?」
立ち尽くして呆然としていた師匠は、私が言ったことの意味がすぐに理解できないようでした。
珍しくショックを受けているようですね。そんなに旧友の男に抱きしめられたことが衝撃的だったのでしょうか。
「師匠は女としての喜びに目覚めたのかもしれませんが、私にはちょっと理解できない感覚ですので同情できずすいません」
「おい、おぬしどさくさ紛れに何を言っておる? 意味が全く理解できないんじゃが」
「そうですか、人の心とは難しいものですね」
「いや、わしにはおぬしの考えが分からんのじゃが……まぁ確かにこれ以上この場でやれることはないな。障壁も解除するとしよう」
師匠はため息を吐きながら障壁発生装置を解除しようと箱を手に取ります。
その姿はまるで恋する乙女。前世の旧友に恋するとは実に業が深いですね。
ですが──師匠が障壁を解除することはありませんでした。
なぜなら──何者かによって強制的に障壁が破られたからです。
〈あーああーーーアーアアーアー───〉
〈あーああーーーアーアアーアー───〉
〈あーあーーーアーアアーアーアアアアァァァ─〉
どこからともなく聞こえてくる、賛美歌を奏でる声。
これは──。
まさか──。
私たちの目の前に、光り輝く神殿のような門が姿を表します。
ゆっくりと開くと──中から光の粒子が羽となり飛び出してきました。
降り注ぐ大量の光の羽の中──。
姿を現したのは──。
「あ、あなたは──」




