140.天界への扉
クオリアの冠。
私が先日師匠に渡した、クオリアという女性が造った【根源の魔塊】にアクセスするための特殊な魔法道具のことですね。ファラロンはあんなものが欲しかったんでしょうか。
「『クオリアの冠』を寄越せじゃと? ……これを使ってなにをするつもりだ?」
「知れたこと、すべてに決着をつける。いいからさっさと渡せ」
「父上……いやファラロンよ。おぬしはマリスに何をさせるつもりだ?」
「ふん、お前も似たようなものだろう? 彼女──ユリィシアを使って何をしようとしていたんだか」
「そ、それはもちろん、アイドル活動じゃ!」
そこ、胸を張って言いますかね。
「はぁ? アイドルだって? プロフのほうこそユリィシアが何者か分かってるんだろう? わかってて彼女に接近したんじゃないのか? それとも本気で──アイドルにしようとしているのか? 本当は彼女に自分の跡を継ぐことを期待していたんじゃないのか?」
「貴様と一緒にするな!」
「ああそうさ、私はマリスの保険としてユリィシアにも期待していたよ。何せ彼女はマリスの【対存在】だしな。だからこそユリィシアのためにわざわざ近くのダンジョンに『お土産』を残しておいたんだ」
私が……師匠の跡を継ぐ?
マリスの保険?
近くのダンジョンに私へのお土産?
はて、ファラロンはなんのことを言っているのでしょうか。
「それが貴様らが人為的に【迷宮暴走】を起こした理由じゃというのか?」
「ああ、おかげでユリィシアはとびっきりの力を手に入れたじゃないか。ただそのあと亡者たちに囚われたのはさすがの私も予想外だったがな」
この言い方、もしかして……。
──ダンジョンコアの悪魔化。
──マリスの右手のギフト《悪魔の右手》。
ダンジョンを狂わせた犯人は──マリスたち一行だった?
「嘘じゃな。おぬし、マリスの力を上げるためにダンジョンコアに手をつけたじゃろ」
「ふふふ、一石二鳥というやつだよ。マリスはギフトの力を使うことで成長するタイプだからな。しかも──今回数万人に対してギフトを施すことで、ついにマリスは到達した」
「到達? まさか──【超越者】に……」
「いいや違うな、彼女は生まれながらの【超越者】だ」
「バカなっ?! 生まれつき、じゃと?!」
「マリスは特別製だよ。そして、ギフトを施す対象──私は【信者】と呼んでいるが、その信者が増えれば増えるほど、マリスが使える魔力量は増大していくのだ」
ほほー、【超越者】にもいろんなタイプがあるようですね。
もし私がマリスと同タイプだったら、迷わずかたっぱしからみんなを悪魔化してたでしょう。
あー、そう考えると今の治癒能力よりもそっちのほうが伸ばしやすかったかもしれませんね。なんだかマリスのことが羨ましくなってきましたわ。
「もともと今回マリスを聖女認定させることで、一気に信者を増やすつもりだった。おかげで目的は無事達成でき、マリスの能力は完全に開花した。彼女は──私たちに匹敵する存在となった」
「……」
「とは言えユリィシア、君を異端認定したことは謝ろう。何せそうでもしないと君が保持している『クオリアの冠』を渡してくれそうもないと思ったからな。だが、よもやプロフに渡っているとは思わなかったよ。関係ない君を巻き込んですまなかったな」
いえいえ、おかげで良いライブができましたから。
「気にしてませんわ」
「ははっ、君はできた人間だなぁ。……さ、ということでプロフよ。素直に渡してくれれば、それ以上悪いようにはしない」
師匠が納得いかないといった様子で考え込んでいます。
その間にマリスが私に話しかけてきました。
「ねぇねぇユリィシア様、ファラロンたちが何言ってるのかわかります? わたし、さっぱりわかんないんですよ。彼は時々小難しいことを言うんですよねぇ」
まぁだいたいわかりますが……説明するのが面倒なので曖昧に微笑んでおきます。
「ですよねー、わからないですよねー。ファラロンはいっつもああやって意味不明な単語を呟いては話をはぐらかすんですよ」
ちょうど良い機会なので、ぷんぷん怒っているマリスに気になっていること尋ねてみます。
「マリス、あなたは──何をしたいのですか?」
「え? わたしですか? ユリィシア様、わたしは──新たな〝聖母神″になりたいんです」
あぁ、そういえば前にウルフェから聞いたことがありましたね。
てっきり比喩的な意味で「聖母神のような素敵なレディになりたい」のかと思っていましたが……そういう意味ではなさそうです。なにせマリスの目がマジなんですよねぇ。
ここでマリスの発言を聞き咎めた師匠が沈黙を破ってファラロンに問いかけます。
「……ファラロン。貴様、いったいマリスに何を吹き込んだ? マリスをどうする気だ?」
「これ以上は私たちの問題だ。口を挟むな」
師匠の質問を、ファラロンはピシャリと封じます。代わりに改めて手を前に差し出しました。
「さぁ冠を渡せ、プロフ。そいつはもはやお前には不要なものだ」
「じゃが……」
「どうしてもというなら力づくで貰うことになる。あまり昔の友人にそんなことはしたくないんだがな」
「貴様、わしを誰だと思ってる? 力づくでなど……」
「強がりはよせ。今のお前に何ができる? もはや何の力も持たないただの無力な小娘のお前にな!」
「ぐっ……」
転生して今は小娘とは言っても、師匠は元【SSSランクアンデッド】。
無力などということはないと思うのですが。
「おや、ユリィシアよ。その様子だと知らなかったのか? プロフは転生して【超越者】としての能力をほとんど喪失しているんだぞ」
な、な、な、なんですと!?
「師匠、マジですか?」
「……おおむね事実じゃ」
なんと、師匠は転生して本当にただの小娘になっていたようです。
あぁ、だから師匠はゲートを使えなかったんですね。言われてみて納得です。
「でもアイズワンやジェヴォーダンたちアンデッドを使役してましたよね?」
「あやつらは前世から契約しておるからな、引き続き仕えてくれておるだけじゃ」
「師匠ほどの実力者なら、さっさとダンジョンコアを食べれば良かったんじゃないですか?」
「ダンジョンコア吸収は、15歳未満じゃと身体が耐えられん。今のわしには無理なんじゃよ」
ぐいっと無い胸を張る師匠。実に可愛らしいです。
「いやぁー、可愛い子に転生することにばかり集中しすぎてな。あいにくと魔力までは完全に引き継がれなかったんじゃよ。というかそもそもわしは死霊術師であって輪廻転生が得意なわけではないからな。そりゃあうまくいかんこともあるじゃろうて」
……まああまり人のことは言えないんですけどね。
実際私も女の子に転生してるわけですし、死霊術の力を使えなくなってたりしてますからね。
「わかったか? もうプロフには私に抗う術はない。そもそもそんなナリでどうやってあの亡者たちと対峙するつもりだったんだ?」
「じゃが……」
「もう十分なんだよ、プロフ。お前は本当によくがんばった。だがここから先は私たちがどうにかする。お前の役目はもう──終わったんだ」
「な、なにを──」
「数百年、よくあの亡者たちを管理してくれたな。すまなかった、わが友プロフォンドゥムよ」
「っ!?」
なんだか師匠が唇を噛んで俯いてしまいました。
どうやら冠を渡すか悩んでいるようです。
私としては正直師匠があの冠をどうこうしようとあまり興味はありません。
私の目的はあくまでエルマーリヤとの対峙であって、この場に来たのはあくまで師匠からお願いされたから。あ、ウルフェたちの救出もありますがね。
ですが、いずれの目的も達成できました。
だから私の役目はここで終わり。
あとは師匠に任せてエルマーリヤの元へ──。
「あのー、ユリィシア様」
「ほえ?」
「良かったら、わたしと握手してくれませんか?」
握手ですか、それくらいお安い御用ですが。
わたしが右手を差し出すと、マリスは嬉しそうに握りしめてきます。
ところが、私たちの手が触れ合った瞬間──。
閃光が──炸裂しました。
「うわあっ!?」
「ふぁあっ?!」
さらに私たちの握り合った手から放たれた光が、天に向かって一気に突き抜けてゆきます。
────ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
続けて、不気味な音とともに、空に異変が生じます。
なんと──。
空が割れているではありませんか。
それだけではありません。
よく目を凝らしてみると割れ目の奥から七色に輝く虹色のスペクトルが飛び出してきます。
あれは──。
これまで見たこともないような七色の光を放つ──【次元門】ではありませんか。
なんなんでしょう、あのゲートは……。
数多くのゲートを見てきた「ゲートのプロ」を自認する私でさえ、七色に輝くゲートなど見たこともない種類のものです。
「あれはまさか……【天界の扉】かっ!?」
「本当に……出てきたのか!?」
天界の扉、どこかでその名前を聞いたことがあるような……。
確か、なんとかの乙女となんとかの乙女が出会ったときに開く扉……とかだったような。
「今ここに、『祝福を受けし癒しの乙女』と『魔を極めし夢幻の乙女』が邂逅し、【天界の扉】が出現しました。予言は本当だったのです!」
そうそう、スミレから聞いていた聖母教会の伝承でしたね。
マリス、教えてくれてありがとうございます。
「まさか聖母教会に伝わる伝承などただの噂話だと思っていたんだが……よもや本当だったとは」
「ウソだろう? じゃあ本当に……」
「見るがいい。あれが──天界への扉だ」
──グリュアアアアァアアアァァアアアァ─!!
それまで沈黙を守っていたギュスターヴが、突如吠えます。
まるで天を揺るがすかの咆哮は、喜び勇んでいるように感じます。でもすぐそばで吠えるのは煩いので勘弁してほしいですね。
「天界の門が出来たのなら、もはやクオリアの冠は不要だ。私たちはあの扉の先へ向かう」
七色に輝くゲートはまるで門のように象られてゆきます。
続けて──七色のヴェールを纏った階段のようなものが現れました。
「さぁ、行きましょう姫様。あの先に──あなたの求める答えがある」
「ええ、わかったわ」
マリスは頷くと、私に向かってこう宣言しました。
「さようならユリィシア様。あなたのおかげで道が開けました。あの道の先でわたしは──新たな聖母神となるわ」
「は、はぁ……」
……えーっと。
勝手にどんどん話が進んでいますが──なんだか私、完全に置いてけぼりではありませんかね?




