138.聖女の聖歌
さて、とりあえず枢機卿と教皇の悪魔払いが終わり、邪魔者はいなくなって歌う場所の確保には成功しました。
ですが……まだ問題は残されています。
「うおぉぉぉぉおぉ!!」「異端者に天罰を!!」「邪悪なる教えには断固反対!!」「異端者は処刑しろ、処刑だーー!!」「聖母教会を異端で汚すなーーー!!」「滅びろ! 滅びろ!!」「帰れーーー!!」
そう、この数万人いる『悪魔憑き』たちです。
彼らをどうやってフランドゥムの虜にするかですね。
集まった観衆たちの大部分は悪魔に汚染されており、まだまだライブを盛り上げてくれる環境にはなっていません。
仮にこのままライブを強行したとしても、おそらく彼らに邪魔されてしまうでしょう。
かといいつつ、おそらくは数万人規模の悪魔を一気に払うのは困難です。
一人ひとり殴るわけにもいきませんし……せめて歌声のように皆に届けば良いのですが──。
──ん?
歌声?
「……あぁ、思いつきましたわ」
閃いたのは、本当に偶然。
ですが、案外良いアイディアのように思います。
ギフトの複数同時並行利用は、なにも二つだけとは限りません。
先ほどのやり方をうまく発展させれば──上手くいくのではないでしょうか。
ただ、そのためには十分な準備と集中が必要です。先ほどみたいに邪魔が入って暴発させるわけにはいきませんからね。
私は体内ダンジョンから以前師匠にもらったマイク型の魔法道具を取り出すと、前に立てかけます。
「ウルフェ、アミティ、ネビュラちゃん。私はこれから──《奇跡》を行います」
「奇跡!?」「おお、お嬢様がついに本気を!」「それ、本当に大丈夫なやつかリュ?」
「ただし《奇跡》の行使には相当の集中を要します。皆さん、邪魔が入らないように援護してくださいませ」
「はっ!」「まかせるリュ!」「承知でございます」
私は深呼吸すると、先ほどと同じように膝をつき、両手を重ねて祈るようなポーズを取ります。
重なり合う──《癒しの右手》と《浄化の左手》。
ここまでは先ほどと同じです。
更にここから、しっかりと握られた両手にゆっくりと口元を近づけ──《祝福の唇》を落とします。
──チュッ。
私の唇が両手に触れた瞬間、強烈な光が両手から発されました。
来た来た、来ましたよ。
「今度は何が起こってるリュ!?」
「お嬢様……なんと清らかな……」
「それは死ぬ……死んでしまうでございます……」
でもまだです。まだですよ。
私は三つのギフトが乗った力を、意識して自分の喉元へと移動させていきます。
あぁ、私の口からは今にも『祝福の唇によって強化されたギフトの力』が溢れ出しそうです。
私は口をギュッと閉じて暴発しそうになるのを必死に堪えながら、師匠のほうに視線を向けます。
私の意図にすぐに気づいた師匠。
軽く頷くとパチン、と指を鳴らします。
──リンゴーン。
──リンゴーン。
フランケル・スケルトンが鳴らす鐘の音が辺り一面に響き渡りました。
続けて、どこからともなく流れ始めたのは──フランドゥムの新曲『乙女の救済』のイントロのフレーズです。
……ちなみにネタバレすると、アイズワンとジェヴォーダンが師匠秘蔵の音響魔法道具を使って流してたりしますが。
「なっ!?」
「こ、これは……」
「まさか……歌うリュ!?」
いよいよ歌い出しです。
私はゆっくりと立ち上がりると、歌詞に合わせて──喉元に溜まった状態のギフトの塊を、マイクに向かって魔力を込めて一気に解き放ちました。
『あなーーたはーーー、気付いてるのーーかしらーーー♪』
「うっ!?」「ぐっ?!」「はっ?!」「ぐわっ!?」「ぎょぎょ!?」「ギョエーー!!」「ギャヒーーン!!」「ズッキューーーン!!」
私が歌い始めた途端、悪魔に憑かれていた観衆たちが一気に苦しみ始めました。
「ひぃいいぃ……」
なにやらネビュラちゃんも苦しみ始めてますが……さっき勝手にウルフェたちを解放したお仕置きですね。
とはいえ本当に昇天してしまっては本末転倒なので、ネビュラちゃんたち身内のアンデッドには効果が行き過ぎないように調整します。
『私のーー歌はーーーー、あなたのためにーーーあるのおぉぉおーー♪』
「ぐはあぁつ!?」「ぎょええええぇえ!!」「グオぉぉおぉぉぉ!!」「どひゃああああぁ!!」
ふふふ……だんだん乗ってきましたよ。
私は踊りに合わせて左手を軽く振ると、歌声に──《浄化の左手》の力を乗せてみます。
私の《祝福の唇》から放たれた強烈な破魔の力を持つ歌声は、更なる効果を乗せて声の届く範囲に無差別に浄化を施していきました。
もちろん【超越者】となった魔力も歌声にオンです。
それでも気合で近寄って来ようとする悪魔憑きたちには、パチンと左目でウインクを飛ばします。
するとピタッと動きを止めました。
私の魅力? いいえ、《審罰の左目》を発動して動きを止めたのです。
──そこに、私の歌で一気に畳みかけます。
『乙女だけどーーー、わたしの想いがーーーあなたを救うのよーー♪ それが乙女のーーーきゅ・う・さ・い♪』
「しょえええぇえぇ!!」「シビビビビィいイィイィ!!」「アハッハはあぁああぁああぁぁん!」「だめだあぁああぁああああぁああ!!」「イグウゥううウゥうぅうううぅ!!」「だばびばばばびばばばっ!?」
私の新曲を聴いて、悪魔憑きになっていた観衆からものすごい勢いで悪魔が落ちていきます。
黒い瘴気となって大気中に飛び出してくる悪魔たちを、浄化の力を乗せた私の歌声が次々と殲滅していくのです。
その様子は──さながら悪魔たちの阿鼻叫喚図。
ですが普通の人たちには何が起こっているのか見えないのでしょうね。
やがて……ひとりひとり悪魔が落ちていき──。
『わたしはーーーあなたのことをーーーーずっと見てるわあぁーーー。だからーーーナイショよ♪』
「私は……なにをしていたんだ」「なぜこんなに暴れて……」「あぁ、まるで悪い夢を見ていたようだ」「なにかしら、この綺麗な歌声は……まるで心が洗われるよう」「おぉぉお、なんて素晴らしい歌声だ……」「あぁ、涙が止まらないわ!」「これが……聖女の歌う聖歌……素晴らしい!」「ユリィシア様! あなたこそ真の聖女様だ!!」
正気を取り戻した観衆たちが、徐々に私のことをキラキラした目で見るように変化していきます。
こうして──。
私が一曲歌い終わる頃には、この場にいた数万人の悪魔憑きたちは一人残らず浄化され、見事にフランドゥムのファンへと変貌を遂げていたのでした。
悪魔を浄化することで邪魔者を排除し、私の歌を届けてライブを成功させる。
一石二鳥の作戦は、どうやら上手く行ったみたいですね。
「なんということじゃ……わしは奇跡を見ておるのか?」
教皇が震えながら何かを呟いています。
「うぅぅ……なんなんだ。あの娘は……」
「あれが──本物の〝聖女″ですわ、お爺様」
憑物が落ちたエルマイヤーも、エトランゼとなにやら話しています。とりあえずばっちぃので、お漏らしした服を着替えてくれませんかね。
やがて──音楽が止まり、一曲歌い終わったところで私は観衆たちに声をかけます。
『ありがとう──ございました』
べこりと頭を下げると、しーん、と静まり返る観衆たち。
ですが──わずかの間を置いたあと、一気に大歓声が沸きあがりました。
「おおぉおぉ!!」「ユリィシア様!!」「やはり癒しの聖女様は健在だったんだ!!」「すげぇえぇえぇ!!」「彼女こそ、真の聖女だ!!」「ユーーリ!! ユーリ!!」「シーア!! シーア!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」
中には涙を流して喜んでいる人もいます。
私の歌、そんなによかったですかね? アイドル冥利に尽きます。
「よくやった、フランケルよ」
師匠が満面の笑みを浮かべて私の肩を叩きます。
私は額の汗を拭いながら、ニッコリと微笑みを返します。
「さぁ、観衆たちの声援に応えるがいい」
「はい、師匠」
「「「イエス・フランドゥム!!」」」「「「イエス・フランドゥム!!」」」「「「イエス・フランドゥム!!」」」「「「イエス・フランドゥム!!」」」「「「イエス・フランドゥム!!」」」「「「イエス・フランドゥム!!」」」「「「イエス・フランドゥム!!」」」
数万人が熱狂的に声援を送る中──。
私は、両手を振ってそれに応えます。
どっと湧き上がる観衆たち。
あぁ、これって──最高にエクスタシーな瞬間ではありませんか。
「ユリィシア・アルベルトよ……」
「ん?」
私が有頂天で声援に応えていると、失禁した元小デブ枢機卿がエトランゼに肩を支えられて声をかけてきます。くさっ。
「すまなかった……おぬしを異端認定しようとしたなど、わしはどうかしておった」
──え、異端認定?
なんですかね、それは。
「そんなこと、どうでもよいですわ」
「へ?」
私は異端などではありません。
そもそも聖母教会の信徒ですらないのですから。
「そうか……慈悲深い乙女だな。ならばユリィシア・アルベルトよ。せめもの詫びに、このわしがそなたを聖母教会の認定『聖女』に推薦しようと思うが──どうだろうか?」
いやー、そんなのいりませんわ。
別になんとも思ってないので、ほっといてくださいます?
「ふぉふぉふぉ、【黄金猊下】が損得抜きにして他人を評価するとはのぅ! じゃがこの教皇イノケンティウス15世もその意見に賛成するぞよ! ユリィシア・アルベルトよ、おぬし──聖母教会の聖女になるがいい!」
いつのまにかやってきた教皇までもが勝手に同意しています。
これは……面倒なことになる前にさっさと決着をつけた方が良いですね。
「えーっと、興味ありませんのでお断りしますわ」
「なっ!?」「ほえっ!?」
……そんなに驚くことですかね。
世の中たくさんの価値観があるのですから、別に自分の意見と異なる存在がいることも普通だと思うんですけどね。
「ではおぬしは……何に興味があるんだ?」
「私ですか? 今は──アイドルですかね」
「あい……どる? それは聖女よりも尊い存在なのか?」
「ええ、人々に愛と勇気と希望をもたらす唯一無二の存在ですのよ」
私は師匠の方を見ながらそう答えると、師匠は嬉しそうに頷いています。
全身をワナワナと震わせながら、元小デブ枢機卿は私に問いかけてきます。
「おぬしは……いやあなたさまは、一体何者なんだ?」
──愚問ですわね。
私は──ユリィシア・アルベルト。
それ以上でもそれ以下でも、他の何者でもありませんわ。
〜〜【 eps.16 異端宗教編 】 完 〜〜
──エピソード16異端宗教編は、ここで完結となります!
続けて、最終エピソードに突入します!




