137.聖女の祈り
聖導騎士どもを引き連れてにじり寄ってくる小デブ枢機卿。
しかも彼の背後には、穏やかではない気配を発する人たちが大量にいます。その数、軽く万は超える規模です。
この黒い邪気は──【悪魔】の力ですね。
小デブといい教皇といい、いったいどれだけの人数が悪魔に魅入られているのでしょうか。
帝国で悪魔憑きと対峙した時でさえも、ここまでの数はいませんでした。
フランドゥムの復活コンサートを成功させるためにも、そして死霊術師の矜持として、貴重な素体である彼らの魂を救済し、ファンにする必要がありますね。
「貴様のような不埒な異端者は、このわしが成敗してくれる! 筆頭枢機卿にして次期教皇候補である、このエルマイヤーがな!」
そうですか、こんにちわエルマイヤー。そしてさようなら。
「ユリィシア・パーンチ」
「ぶっ」
先手必勝。
私の渾身の左ストレートが炸裂し、小デブはあっさりと吹き飛んでいきます。
いやー小気味よい放物線を描いてますわね。
続けて周りがあっけにとられている間に教皇に近寄ると、《浄化の左手》で【悪魔】を浄化します。
優しく左手で撫でると……あーら不思議、元通りですわ。
「あれ? わ、わしはなにを……」
「お元気ですか、教皇」
「おぉ、ユリィシア・アルベルトではないか。いにしえの大聖女の研究は進んでおるかな?」
「おかげさまで、随分と進みましたわ」
悪魔祓いが済んだ教皇と私が親しげに話していると、その様子を見た周りが何やらざわつき始めます。私が教皇と知り合いだとそんなに驚きますかね?
「ユリィシア・アルベルト! 貴様……枢機卿を殴るとは何事だっ!?」
おや、残念ながらあの小デブからは落ちなかったようです。案外しぶといではありませんか。
「許さん、許さんぞぉ……異端者め。このわしが、正義の鉄槌を下してくれるわ!」
小デブから発される邪気がどんどん強くなっていきます。これは……んん? もしかして──若返ってます?
「ぐるるるるぁぁぁぁあ──あぁっ!!」
「お、おじい様!? 一体何が──しかも若返ってます?!」
少し離れた場所に居たエトランゼが、徐々に若返ってゆく元小デブに向かってなにやら叫んでいます。ほほぅ、どうやらあの小デブはエトランゼの祖父だったんですね。
さすがに知り合いの祖父にいきなりユリィシアパンチは不味かったでしょうか。つい直接攻撃してしまったことを後悔します。
やはり肉弾戦はウルフェたちに丸投げするべきですね。
「くくく……力が満ち溢れるぞ。これが──聖母神様の思し召しかっ!」
いえ違います、それは悪魔の力です。
しかも若返った元小デブは、かなりのイケメンへと変貌を遂げました。
ああ、なんだかまた殴りたくなってきました……がまんがまん。
「お嬢様!!」「ユリィシア!!」
異変を察したウルフェとアミティが、十字架から脱出して駆け寄ってきました。むむ、誰かが逃がしたんでしょうか。
「俺はお嬢様が来てくれると信じていましたよ!」
「あたちはてっきり放置されたと思ってたリュ!」
歓喜したり怒ったり騒がしい二人の後ろから姿を現したのは、彼らを解き放った張本人──ネビュラちゃんです。
「お嬢様、遅ればせながら参上いたしました」
「おおネビュラ! よくぞ解放してくれた! やはりお嬢様のために寝返ったふりをしていたのだな!」
「……ネビュラはぜったい長いものには巻かれるタイプ、リュ」
私はネビュラちゃんをギロリと睨みつけます。
「お嬢様、なぜ怒ってるのでございますか?」
こちらの段取りを無視して勝手にウルフェたちを逃したからですわ。
「自分の胸に聞いてみると良いのではないですか」
「ちょ、ボクは裏切ってませんからね?! 裏切ったように見せかけて情報収集をしていたのでございますよ! それよりも──お気を付けください。あの者らはマリスによって【悪魔】化させられております」
聞き捨てならない内容ですね。
マリスによって悪魔化されている……とはどういう意味でしょうか。
「マリスは右手に対象を悪魔化するギフトを持っています。本人や周りはギフトのことを《祝福の右手》と呼んでいますが……」
私の瞳が少し離れた場所で様子を伺っているマリスと──【宵闇の吸血帝王】ファラロンに【北天の七星龍】ギュスターヴの姿を捉えます。
あぁ、マリスが軽く会釈をしてきました。なんだか可愛らしい子ですね。ちょっとドキッとしてしまいました。
「マリスの右手に触れたものは、超常的な力を手に入れるとともにみな悪魔化するのでございます」
マリスの本当のギフトの名称は《悪魔の右手》。
なるほど、その能力は悪魔の大元──すなわち『魔法王国の亡霊および汚染された【根源の魔塊】』に即バイパスを繋ぐものだったのですね。
あの力を使えば、悪魔化した人間──いわば簡易版【超越者】を大量生産できるのでしょう。
なるほど、なかなか厄介な能力のようですね。
しかし──マリスは人々を悪魔化して、いったいどうするつもりなのでしょうか?
そんなことしてもあとあとの処理が面倒なだけだと思うんですけどね。
「どうだ、これが聖母神様のお力じゃ! 真に認められた信徒のみが、このように絶大な力を得ることができるのだ!」
若返ってイケメンになった元小デブが、勘違いしてイキってます。本当にウザいです。
とりあえずマリスの件は後回しにして、先に彼らをどうにかしましょうか。
さもなければ──私たちの神都凱旋プランが台無しになってしまいますからね。
「ですが……段取りが崩れてしまいましたわ」
「フランケルよ、こうなっては作戦変更じゃ。アドリブで行くぞ」
「アドリブ、ですか?」
「うむ、ライブにハプニングはつきものじゃ。そんなときは──流れに身を任せるがいい」
えーっと、具体的にはどうやれば良いんですかね?
「ようは好きにやって良いということじゃ。わしがフォローする。おぬしの心が赴くまま存分に暴れるが良い」
なるほど、好きにしていいのですね。
わかりました。では──遠慮なく行かせてもらいましょう。
◇
「おじいさま、その力は──」
「異端者狩りの邪魔だエトランゼ! あっちにいけ!」
「きゃっ!?」
若返った元小デブにしがみついていたエトランゼがはじき飛ばされます。
まぁ、女の子を突き飛ばすなんてなんて野蛮なんでしょうか。女性への狼藉は到底許されませんわ。
「異端者よ、神罰を受けるがいい!」
元小デブの体から禍々しい魔力があふれ出てきます。もっとも、ダンジョンコアを喰って【超越者】となった私の足元にも及ばないレベルですが。
とはいえ、びっちりと魂にこびりついた悪魔を引っぺがすのは一筋縄ではいかなさそうですね。
凱旋ライブを始めるためにも、どうやってこの邪魔者を排除するか……。
あ、そうですわ。良いことを思いつきました。
せっかくですので、以前からやってみたかった実験をしてみましょう。
まず、右手と左手を指を絡めて合わせます。
右手に──《治癒の右手》のギフト。
左手に──《浄化の左手》のギフト。
二つ同時に発動させると……おおぉ、いい感じですね。
「お嬢様が……祈りをささげている?」
「これまでの暴虐無人を悔い改めているリュ?」
「そんなことありえないでございます……ですが……」
なるほど、傍から見ると私は祈りをささげているように見えるのですか。
だったらせっかくなので膝をついてみましょうか。ステージには演出も大事ですからね。
「おぉぉ」「なんと神々しい」「素晴らしい祈りの姿だ……」「まるで天使が祈りをささげているようだ……」
むふふ。なかなか観衆たちの反応が良いです。
なるほど……歌いだす前の演出として、この〝祈るようなポーズ″は使えそうですね。
「どうした、ユリィシア・アルベルト。今更命乞いか?」
あーもう、煩いですね。話しかけないでいただけます?
実はこの二つのギフトを併せて発動するには、かなりの集中力を要するんですよ。
もう少しで上手くいきそうなので、邪魔しないでいただけますかね。
「ぐふふ、なかなか殊勝ではないか。貴様のその心がけに免じて、このわしが一思いにお前を……って、なんじゃその力は!?」
──きてますね、きてますね。
これまで決して同時発動することができなかった、二つのギフトがゆっくりと交わってきます。
いい感じに仕上がってきましたよ。
「お嬢様、その力は──」
両手から湧き上がってきたものが、泡のように膨らんで私を中心に周りへと拡がっていきます。
「ひっ!?」
顔を引きつらせながら素早く私から距離を取るネビュラちゃん。たぶんこの泡に触れたらアンデッドなど即座に昇天してしまうでしょう。
ですが元小デブはこの力の真意に気づくことなく、無防備に近い形で近づいてきます。
「むむむ、また邪悪なる力を使いおるな! 貴様は危険じゃ! 今すぐ成敗を──」
「あっ」
すぐ近くで大きな声で叫ばれて、思わず顔を上げた瞬間──。
ギリギリのところでバランスをとっていた二つのギフトの力が、私の制御を離れて一気に弾けたんだかと思うと、そのまま──指向性をもって元小デブへと一気に向かっていきました。
「ぐっはあぁああぁあああぁあぁーーーっ!!」
ギフト二つの力の直撃を受け、またもや華麗に吹き飛んでいく元小デブ。
ドレスから放たれた星を身に浴び、大量にキラキラと光を振りまきながら、元小デブのイケメンもどきは本日二度目の放物線を描きながら派手に飛んでいきます。
いやー綺麗ですね。
──どちゃ。
あ……そのまま墜落してしまいました。
「おじいさまーーっ!」
あのー……今回は私、なにも手を出していませんよ?
そいつが勝手に突っ込んできたのが悪いんですからね? そのせいで驚いて、ギフトの力が暴走しちゃったんですから、私は何も悪くないですよ?
もっとも、暴発したとはいえギフト二つ重ねの効果は絶大でした。あれだけしつこかった彼にまとわりついていた悪魔の力が、今回は綺麗さっぱり落ちていたのです。
……おお、悪魔の力でイケメンに若返っていたのが、じょじょに元の老人の姿に戻っていくではありませんか。
しかも……うわー、なんか失禁していますね。
うーん……ばっちいので、彼の介護は孫娘であるエトランゼに一任しましょう。
あ、一応おまけで治癒魔法は飛ばしておきますから、これで二回吹き飛ばした件はチャラでお願いしますね。
「さすがお嬢様、祈りの力で悪魔を退散させるとは……」
「とんでもないリュ……」
「恐ろしや……でございます」
結果オーライとはいえ、これでステージに陣取っていた邪魔者は排除しました。
ですが、こんなのまだ本番前のウォーミングアップに過ぎません。
なにせ私にとっての本番──凱旋ライブは、これから始まるのですから。




