136.聖女の凱旋
トゥーレ国を出発してから五日ほど。
途中、師匠と一緒に偶然発見した露天風呂に入って背中を流し合ったり、そこにフランケル・スケルトンが乱入しかけてデュラハンのジェヴォーダンにバラバラにされたり、夜寝てたら寝巻き姿の師匠が寝ぼけて私の布団に入ってきたり……様々なハプニングはあったものの、なんとか期日ギリギリで神都フィーリアに到着しました。
馬車は近くまで着いたところで師匠の次元腕輪の中に格納します。しかし師匠は自分のダンジョンの中には入れないんですかね?
「ふん、わしのダンジョンは上位のアンデッドたちでいっぱいなんじゃよ」
ほほぅ……師匠のダンジョンにはどんだけすごいアンデッドを格納しているのでしょうか。いつか是非入らせてもらいたいものですね。
さて、私たちは大教会を目指したわけですが……ここで予想外の状況に遭遇します。
溢れんばかりの人。人。人。
数万人を超える人々が、神都フィーリアに集まっていたのです。
「しかし──えらくたくさん集まっておるのぅ」
「何かお祭りでもあるんですかね?」
「なにを他人事みたいに言うておる。おぬしの従者たちの処刑のためじゃろう」
おっと、それはやはり祭りではありませんか。
さようならウルフェ。あなたのことは忘れません。
骨は拾って差し上げますわ。もちろん素体として……くひひっ。
「……本当に他人事なのか?」
「冗談ですわ師匠。ですが私、あまり注目を浴びるのは好きではないのですが」
「愚か者! ピンチはチャンスじゃぞ!」
ピンチはチャンス。良い言葉ですね。
ということは──。
「私が行かなければならないのですか?」
「いまさら何を言っておる。アイドルユニット【フランドゥム】の神都凱旋ライブではないか!」
そう、これこそが師匠の秘策。
なんと新都フィーリアで【フランドゥム】の凱旋ライブを実行しようというのです。
「これほどの注目度の高いイベントはなかなか無いからな。【フランドゥム】の世界進出への足がかかりにはもってこいじゃ」
「たしかに注目度という意味では申し分なさそうですわね」
「うむ、そうじゃろ?」
うんうんと頷く師匠。続けて私に細かい作戦を伝えてきます。
「よいか、フランケルよ。今回のライブのテーマは『救済』じゃ」
「救済、ですか」
「うむ。深く考える必要はない。おぬしほどの美貌の持ち主が出ていって歌えば、みなすぐに悟るであろう──可愛いは正義じゃと」
可愛いは正義……。
「うむ。可愛い子が歌って踊る姿を見れる。それだけで救済じゃ」
「そ、そうなんですかね?」
「そうに決まっておる! おぬしを異端認定した愚か者どもに、アイドルの尊さを魂の隅々まで叩き込んでやるがいい」
師匠が無い胸を張りながらふんぞり返ります。
「さぁ、そうと決まればこれに着替えるんじゃ」
「これは……」
「新しいコスチュームじゃ」
師匠が取り出した今回の私の衣装は、師匠秘蔵の──伝説のアイドル《エミリー・ホワイト》がアズラ=アイラ国民栄誉賞を取った時に着ていたものだそうです。
質素な白色を基調にしたワンピースなのですが、極限まで魔法効果が練り込まれており、この服を着ているだけでたとえマグマの中に突っ込んでも耐えられる仕様になっています。
おまけにこの服、歩くと……キラキラと星を飛ばすんですよね。煌びやかなことこの上ありません。
「いかしてるじゃろ? とっておきの服じゃ、汚すでないぞ」
ドヤ顔の師匠も深い青色の特別な衣装に着替え、まるで天使のような可憐さです。
なんでも天才子役【ロロ・ミアーナ】が『村無き子』で賞を取ったときに着ていたものだとか。そんなん知らんがな。
ですが不思議と着替え終わるとテンションが上がってきます。
あぁ、忘れかけていたあのときの高揚感が戻ってきました……。
そう、私はアイドル。
世界の人々に愛と勇気と希望を振りまくために舞い降りた──特別な存在。
思わずうっとりとしてきた私に向かって師匠が語り掛けてきます。
「どうやらゾーンに入ってきたようじゃな。〝癒しの乙女″ユリよ、今回は特別におぬしにセンターを譲ろう。思う存分──救済してくるがいい!」
「はい、わかりましたわウル」
「一点だけ、大事なことを伝えておく」
師匠が言う大事なこと……いったい何なのでしょうか。
「おぬしの従者たちに救いの手を差し出すのは──二番のサビが終わったあとの間奏の間にしてくれぃ。そのタイミングが一番映えるからな」
さすが師匠、プロ意識が半端ないですね。
演出は完全にお任せしておけば安心でしょう。
こうして──師匠プロデュースによる私たち【フランドゥム】の神都凱旋ライブが、ついに開幕したのでした。
◆◇
──リンゴーン。
──リンゴーン。
どこからともなく鳴り響く鐘の音に、人々はハッとして振り返ります。
神秘的な雰囲気を醸し出していますが、ネタバレすると鐘を鳴らしてるのはフランケル・スケルトンです。師匠のアンデッド軍団ともども、今回の演出の手伝いをしてくれてます。
ここで私は、目を下に伏せたままゆっくりと歩み出ました。
「おい……あれは『癒しの聖女様』じゃないか!」
「来たんだ……本当に使徒を救いに来たんだ!」
「なんとお美しい……まるで女神様じゃ!」
私の姿に気づいた観客たちがざわざわとざわめき始めますが、私は無視してしずしずと前に進みます。
人々が避けるように道をあけてくれているのは、なんとなく雰囲気に呑まれてるからでしょうか。
「おい、あの娘が手配されている異端者だろ? あれを捕まえたら1億エルだぜ?」
「いっちまわねえか」「チョロそうじゃねーか、ついでにちょっといたずらしちまおうぜ!」
おやおや、観衆の中にも無粋な人がいるみたいですね。
でも大丈夫。人間の姿に化けたジェヴォーダンとアイズワンがこっそりついてきていますから、なにかあればすぐに対処してくれるでしょう。さすがは師匠の配下、優秀なボディガードです。
──そのときです。どこからともなく光の矢が私たちに向かって飛んできました。
どうやら魔法が放たれたようです。
ですが、たかだか光の矢程度の攻撃魔法であれば、対処は問題ありません。というか、どんな攻撃魔法が飛んできても大丈夫なんですけどね。
「──《聖域》」
はい、結界に触れて魔法が消滅しました。
私は顔色一つ変えることなく、何事もなかったかのように行進を続けます。
「ユリィシア、おぬし今の魔術は……」
「ふふふ、エルマーリヤの固有魔術のコピーですわ」
「まさかおぬし……大聖女の究極魔術である《聖女の救済》も使えたりするのか?」
「ええ、もちろんですわ」
「……思っていた以上にとんでもないやつじゃな、おぬしは。もしかしてわしはとんでもない怪物を育ててしまったのか?」
失礼な。
私はただの立派な淑女で可憐な乙女ですわよ。
「ユリィ!」
「ユリィシア!」
「ユリィシア様!」
「お姉さま!」
ふと耳に飛び込んできた懐かしい声とともに、なにやら見慣れた人たちの姿が見えてきました。
カインやフローラ、アレクにスミレとアルベルトファミリー勢ぞろいです。エーデルたちサンナミの冒険者たちに、帝国の面々。学園の懐かしいメンバーたちに聖女エトランゼの姿もありますね。それに……おおぉ、我が親友アナスタシアもいるではありませんか。
……ですが私は駆け寄りたくなる気持ちをぐっと堪えます。
早くみんなに私の晴れ舞台をお見せしたいですわね。
がぜんやる気が沸いてきました。
「おぬし、気合入ってきたのぅ。ドレスから放たれる星が輝きを増したぞ」
「なにか関係あるのですか?」
「うむ、着ているもの感情に反映して星を放つ、その名も『トゥルースタートゥインクルドレス』じゃからな。レア度7つ星のウルトラレアじゃぞ」
後ろ髪を引かれる思いで行進を続け、ついに私は小高い丘の頂上付近にまで到着しました。
ウルフェとアミティが十字架に張り付けられたままこちらをじっと見つめています。
さぁ、ここからが──私のオンステージです。
「ウルフェ、アミティ、お待たせしましたわね。あなたたちを──救いに戻ってきましたわ」
「「「うおぉぉおぉぉおおおぉおぉ!!」」」
私の声に、一気に周りの人たちが沸き上がります。だいぶ皆のテンションが上がってきましたね。
ウルフェもイケメン台無しな感じで号泣しています。ばっちいのであまり近寄りたくありませんね。その点アミティはクールです。むしろ……呆れていますかね?
ですがまだウルフェたちに手は差し伸べません。
師匠は2番のサビの後の間奏の時と言っていましたからね。
「師匠、それではさっそく披露いたしましょうか」
「うむ、そうじゃな」
「では皆さま、私たちの歌を聞いてください。新曲──『乙女の救済』……」
「待て待て待て待てえぇぇぇえっぇええぇぇい!」
……誰ですか?
せっかく人がいい気分で歌いだそうとしていた時に。
「きさまっ! 自分の立場が分かっているのかっ!!」
「はい?」
私がぎろりと睨むと、視線の向こうに立っていたのはやや小太りのおじさんと……隣にいるのは教皇ですか。思い出しました、この小デブは先日ここに来た時に乱入してきた枢機卿の小デブですね。
しかもなんだか先日お会いした時よりも目つきが悪い気がします。しかもあの黒い瘴気は──おやおや、この二人、【悪魔】に汚染されているではありませんか。
「ユリィシア・アルベルト! この異端者め! 貴様は自分の罪を自覚しておるのか!?」
「私の罪、ですか?」
「そうだ! 人々を悪の道へと引きずり込んだ罪じゃ!」
まぁ、私のアイドル活動にケチをつける気ですかね?
「……この活動は高尚なる意思の元、行っているものですわ」
アイドルをこの世に普及する、という意思ですが。
「なにが高尚なる意思だ! 貴様は皆を洗脳しようとしておるだろう!」
「洗脳? 人聞きが悪いですわ。皆は自分の意思でここにいるのですよ? ねぇ、みなさん?」
周りからも「そうだそうだー」と歓声が一気に上がります。
さらに向こう側では「「「イエス・フランドゥム!!」」」の大合唱が……あれはサンナミの街の冒険者たちですね。なんだかホームグランドに帰ってきたようで心強いです。
みなの声援に後押しされて、私はずいっと前に進み出ます。
「これから私には大事な仕事があるのです。邪魔しないでもらえますか?」
「貴様、ここで何をしようとしている!」
何って、歌を歌おうとしていますが。
「そんな不届きなことをさせてなるものか! むむむ……さては貴様、己の邪悪なる教えを広めるために、今までいろいろな場所を飛び回って異端の教えを布教しておったな?」
「そんなことはありませんわ」
私がアイドル活動をしていたのはサンナミだけです。もっとも、これから全世界に広げていこうとしているのですけどね。
そもそもファンは作るものであって、引きずり込むものではありません。そうですよね、師匠?
「うむ」
はい、お墨付きいただきました。
「ええい、ならんならん! そもそも汝は聖母教会に異端として認定されておる! ここで素直に膝をつき、われら正当なる聖母教会による異端の裁きを受けるがいい!」
小デブがなにやらいきり立って、こちらに詰め寄ってきます。
あぁもうめんどくさいですね。
私の出番を邪魔するのならば──。
たとえ聖母教会の教皇であろうが悪魔であろうが──。
私──容赦はしませんわよ?




