133.エルマーリヤ・ライトジューダス(前編)
──ヤニ王国。
確か、師匠が500年ほど前に滅ぼした王国でしたね。
ヤニ王国はダンジョンから魔法王国の遺産を回収し、それら魔法道具を使って繁栄を遂げていた国だったそうなのですが、禁断の魔法道具『クオリアの冠』を手に入れて魔法王国を再興しようとして師匠の逆鱗に触れ、罰として全員アンデッド化させられた──と聞いています。
そのヤニ王国でエルマーリヤが殺された、となると……師匠は彼女の死の真相を知っていそうですね。
「しかし、おぬしちゃんとダンジョンコアを食ったんじゃな……たいしたもんじゃ」
「おかげさまでものすごい魔力を手に入れました、ありがとうございます」
師匠の与えてくれたヒントと、師匠とのアイドル活動のおかげで私は次のステージに登ることができました。
エルマーリヤと同じ固有魔術を使えるようになりましたし、結果としてダンジョンコアも食べることができて、私は超常なる魔力を手に入れたのです。
「でもよく分かりますね。やはり師匠は感じ取れるのですか? 周りは誰も私の変化に気付いてくれなくて……」
「そうではない。この冠を手にしてるということが何よりの証拠じゃ。おぬし、【超越者】となってからあそこに行ったんじゃろ?」
「超越者?」
「あぁ、ダンジョンコアを食って『根源の魔塊』の力を使えるようになったものを【超越者】と呼ぶんじゃよ」
へー、そうなんですか。
【超越者】ユリィシア・アルベルト。
……ちょっぴり心をくすぐられるんですが、可憐な女の子向けの二つ名ではありませんね。
「あの冠には【超越者】でないと取り外せない魔術をかけておったからな。他の者が不用意に触って抵抗に失敗したら……即アンデッド化じゃからの」
「それは……素晴らしい術ですね」
「そうじゃろう?」
さすがは師匠、魅力的な死霊術を開発する天才ですね。
……しかし思い返してみると危ないところでした。前にエーデルと探索した際には彼が冠に触りかけていましたからね。
もし触っていたら私の素体ではなく師匠の配下になっていたんでしょう。危ない危ない。スキあらば私の素体候補を奪おうなど、師匠は油断も隙もありませんね。
「ではおぬしは……例の『亡者』どもにも会ったんじゃな」
「ええ、師匠があの地に封じていた魔法王国の亡者たちですよね?」
「……おぬし、そこまで気づいていたのか」
そりゃあいくら師匠が人嫌いだからといっても、好き好んであんな不便な不毛の地にわざわざ住むわけがないですよね。何らかの理由があるとずっと思っていたんですよ。
ですが、先日の出来事でようやく理解しました。
師匠は人里離れたあの地で、誰にも危害を加えないように──魔法王国の亡者たちを封じていたのだと。
「……では、過去になにが起こったのかも見たのじゃな? この冠の真の主のことも」
「ええ、クオリア・アンブローシアのことなら見ましたわ。ファラロンとギュスターヴが連れていた少女──マリスのそっくりさんですよね?」
「ハハッ。そうか、マリスにも会ったのか。で、なにか話したか?」
「いいえ。チラッと見ただけで、会話を交わす暇もありませんでした。しかしあの少女は──妙なギフトを持っていましたね」
私の言葉に、師匠が動きを止めます。
「……おぬし、あの娘のギフトを見たのか?」
「ええ、阻害のかかってない範囲でしたら私のギフトの《鑑定眼》で──」
「は? おぬしそんなギフトを持っておったんか?」
「他にも四つありますが」
「ぶっ!」
あれ、師匠に言ってませんでしたかね?
私が簡単に保持ギフトを伝えると、師匠はしばらく口をパクパクさせたあと……ようやく落ち着きを取り戻したのか、ため息を吐きながら私に語りかけてきます。
「……それは尋常ではないな。通常ギフトは一人ひとつ、多くても二つ。三つ持ちですらまずお目にかからないぞ?」
「そうですね」
「それが5つじゃと? 異常じゃな。いくらおぬしが〝癒しの乙女″だとしても、明らかに多すぎる」
ええ、私もそう思います。
というかさらっと私のことを〝癒しの乙女″って言いませんでした?
「……まあおぬしの話は後でええ。それよりも、マリスを〝見た″結果を教えてくれんか」
「はい」
私はあの一瞬で《鑑定眼》で確認したマリスのステータスを思い出し、師匠に伝えます。
──マリス・ステラ・ラニアケア──
年齢:15歳 性別:女性
人種:人造人間
ギフト:《悪魔の右手》、《神の器》
素体ランク:測定不能
称号:『魔を極めし夢幻の乙女』、『超越者』、『人造生命体』、『クオリア・アンブローシアの遺伝子複製体』
──
んー、こんな感じでしたでしょうか。
「……」
私の説明を聞いて、師匠は黙り込んでしまいました。
まぁ『人造人間』、『人造生命体』、『遺伝子体』といった聞いたことのない単語が混じっていますからね。私はあまり興味がないのでスルーしていましたが、師匠にも意味が分からなかったのでしょうか。
「やはり……そうじゃったか……」
「ん? 師匠、何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。それよりもちょっと脱線しすぎたな。おぬしは『いにしえの大聖女』のことを聞きに来んじゃろう?」
「ええ。エルマーリヤがヤニ王国で死んだという話までは聞きましたが」
「平気であやつの名前を呼ぶおぬしも大概じゃな……」
「なぜか彼女は私が名前を呼んでも出てこないんですよねぇ」
「ふぅむ、それは奇怪じゃな……じゃが今はその話はええ。さっきも言った通り、わしが知る大聖女の死の状況について話そう」
エルマーリヤの生涯については、既に教皇から聞いてある程度把握しています。
ただ、だれがどうやって彼女を殺したのか。そしてなぜ彼女の素体を守るような措置をしたのか。
知りたいのは、彼女がSSSランクアンデッドとなってしまった要因や理由です。
彼女にかけられた術は──いったいどんなものだったのでしょうか。
「……とはいえ大聖女に関して最初からすべてに関わっていたわけではない。どちらかというとわしは後処理をしただけじゃ」
後処理──ヤニ王国の人たちをアンデッド化させたことでしょうかね。
「当時わしは、理性を失って暴れまわっておったギュスターヴの対処に手を取られておっての。その後もあやつの魂が定着するまで随分と手間がかかった。じゃがどうやらその時期に──ファラロンがあの娘を見出したらしい」
ファラロン──あのヴァンパイアロード。
ということは、もしや彼がエルマーリヤを殺したのでしょうか?
「いや、それは違う。むしろファラロンは大聖女を守ろうとしていた。あの子に──希望を託していたんじゃな」
「希望? アンデッドが希望ですか、なんだかパンチが効いたジョークみたいですね」
「そう言うな、フランケルよ。そもそもアンデッドになるものなど、この世に未練がある者ばかりじゃて」
……確かに。
これは師匠に一本取られましたね。
「それでファラロンはエルマーリヤになにを希望していていたのですか?」
「クオリアの、魂の開放じゃよ」
「はい?」
クオリアは、師匠やファラロンが生前務めていた魔法王国の女性研究者です。
今から1000年前に実験に失敗して魔法王国をまるごと滅亡させた挙句、【根源の魔塊】に飲み込まれてとっくの昔に死んでしまったはずですが……。
「フランケル、おぬしはもちろん輪廻転生のことは知っておるな?」
「ええ、エルマーリヤの固有魔術ですよね」
「それもあるが、今回聞きたいのは一般的な意味のことじゃ」
「死んだら魂が転生する、というやつですか」
「うむ、そうじゃ」
人の魂は死ぬと転生します。
転生先が必ずしも人になるかは確かではないですが、魂は巡り巡るものです。輪廻の道から外れたものがアンデッド化しますが……その辺りの説明は本題から外れるので省略します。
「輪廻転生がどうしたのですか?」
「クオリアはな、転生しておらんのじゃ」
「えっ?」
「他の数十万人の亡者たちと一緒に、転生できずに魂が現世に縛られておるんじゃよ」
それは──。
「……あのときクオリアは、【根源の魔塊】とひとつになったんではないのですか?」
「違う。たしかにわしらも当初はそう思っておった。じゃが……クオリアの魂は──いまだ【根源の魔塊】に縛りつけられておる」
師匠が、長く美しい黄金色の髪をかきあげます。
「クオリアは【根源の魔塊】に呑まれながらも、今際の際にすべてのアイラ=デルトラの人々を救おうとした。彼女の願いは叶い、魂はこの世に引き留められた」
「……」
「じゃがクオリアの最期の望みはゆがんだ形で実現した。その結果、他の亡者ともどもクオリアの魂は──【根源の魔塊】と一体化し、輪廻の輪から外れたんじゃよ」
過去の映像で見たクオリアは、心の底から人々を守りたいと思っていました。
その結果が、1000年以上も彼らの魂を現世に縛り付けることになっているのですから…… なんというか、救いのない話ですね。
「たしかあの亡者たちには死霊術やターンアンデッドも通じませんでしたね」
「うむ。あやつらは《クオリアシステム》の力によって、アンデッドとも異なる全く別のものになった。ゆえに他の術を受け付けず、ずっと現世に縛り付けられておった。もはや救う術はなく、対処不可能」
確かにあの亡者たちは、今の私でも処理できないでしょう。
自分に害がない限り、放置しておくのが一番ですね。
「じゃがな、そんな日々に一つの希望が舞い降りてきたんじゃ」
師匠は歌うように言葉を紡ぎ出します。
そのものは、優しかった。
そのものは、美しかった。
そのものは、尊かった。
「そのものは、当時自暴自棄で荒れ狂っていたファラロンと対峙し、説き伏せたらしい。自分が──あの人々を救ってみせると」
「まさか、それが──」
「うむ、大聖女じゃ」
当時、ファラロンはヴァンパイアロードとして人々を恐怖のどん底に陥れる存在だったそうです。
しかし、エルマーリヤが彼と対峙し、事情を聞き出して説得した。自分が──【根源の魔塊】に縛られ輪廻の輪から外れた亡者たちを解放してみせると。
「じゃあ、エルマーリヤは……」
「あの子はな──いつまでも魂が縛られた魔法帝国の亡者たちを哀れみ、その力で魂を輪廻転生させようとしたんじゃよ」




