132.師との再会
神都フィーリアでの場面から、しばし時は巻き戻る──。
◆◇
大教会でギュスターヴらに追われた私は、ゲートを作り出してなんとか脱出に成功しました。
今は教会から少し離れた森の木の下で、しゃがみ込んでいます。
「うぇぇぇ……」
こみ上げてくる吐き気をなんとか堪えながら、私は木に手をついてなんとか立ち上がりました。
どうも人造ゲートを作るのはまだ上手くないようで、なんとか転移には成功しましたが、このとおり激しい吐き気に襲われます。
まるで悪酔いしたような気分ですね……まだまだ私は成長途中のようです。
とはいえ、大教会に留まって聖母教会の面々とやりあうつもりなどありません。ただでさえ面倒くさい相手なのですから、さっさと逃げるに限ります。
なにせ私の目的は──エルマーリヤなのですからね。
ウルフェたちを置いていくことにはなりましたが……まあ捕まったとしてもすぐに殺されたりすることはないでしょう。
実際、私に逃げるように伝えてきたのは、他でもないギュスターヴだったのですから。
先ほど【北天の七星龍】ギュスターヴと対峙したとき、目が合った瞬間──ギュスターヴから思念が飛んできました。
『連邦へ行け。そこに──プロフォンドゥムは居る。こやつらの安全は我が保証しよう』
なんとギュスターヴは、この場から逃してくれるだけでなく、二人の面倒をも見てくれるというのです。
これが渡りに船、というやつでしょうか。
しかも他の誰でもない、師匠と同格の【終わりの四人】が保証してくれるというのですから、これ以上望むべくもないでしょう。
おまけに彼は親切にも師匠の居場所まで教えてくれました。意外と良いアンデッドなんですかね。なんなら私の軍団に入れてもよろしくてよ?
私はお礼代わりにウインクを飛ばすと、長居は無用とばかりにすぐにゲートを創り出し、さっさと大教会を後にしました。
そうして──今に至るのです。
しばし休憩することでなんとか体調を回復させた私は、小一時間ほど森の奥へと歩いていき、一本の大きな木の根本にある小さなウロへと身をねじ込みます。
次の瞬間──私の身体は穏やかな海辺の椰子の木の下に転移していました。
ざぱーん。ざぱーん。
潮風が心地よく、ゲート酔いした私の気分もだいぶリフレッシュされます。
そう。私が今潜ったのは──かつての自身が秘蔵していた〝隠しゲート″なのです。
このゲートは南方の無人島に飛ばされるものなのですが、長い間放置していた割には誰にも見つからずに健在でした。
とはいえここは無人島。長居は無用です。
でも心配無用、別の場所に飛ぶゲートはすぐ近くにありますからね。
一通り深呼吸して完全に体調を整えた私は、近場にあった珊瑚で出来たゴツゴツの岩場を登ると、海に向かって飛び込みます。
実はここ、海面ギリギリに〝隠しゲート″があるのです。
飛んだ先は──ぐつぐつと溶岩が煮えたぎる場所。その名も【溶岩パレス】です。いやー、熱いですね。
じっとしていると暑苦しくなるので、私はすぐにまた溶岩の端に飛び込みます。もちろんここにあるのも〝隠しゲート″です。
こうしていくつかの隠しゲートを飛び抜けて、私はその日のうちに連邦までたどり着きました。
さて、着いたは良いのですが師匠は果たしてどこに居るのでしょうか?
……ここは、居場所を知っている人に聞くしかありませんね。
私は『フランケルの指輪』を使って【万魔殿】を呼び出そうとします。
……うーん、やっぱり妙な力の干渉を感じますね。この感覚は『魔法王国の亡霊』たちで間違いありません。
無視して死霊術を使ってもいいんですが、また変なことになってもイヤですので、今は強力な死霊術を使うのは控えたほうがよさそうですね。
そこで私は作戦を変更して、【万魔殿】に小窓だけを繋ぐことにしました。
「窓口召喚──『ムサシとコジロー』」
『シャシャシャ!』
空間にできた小さな窓口から顔を出したのは、2体のスケルトン・ソードマスター。師匠から預かっていたムサシとコジローです。
窓の向こうで一生懸命剣を振ってますが、残念ながら今回は出番はありませんよ。
「あなたたち、師匠の居場所をご存知ではありませんか?」
『キシャ?』
「師匠……すなわちプロフォンドゥム、もしくはウルティマがどこに住んでいるか知りませんかね?」
『シャシャシャシャーン!』
うーん、なにを言っているのかわかりませんね。
素体はスケルトンになると、骨をこする音しか発しなくなります。
コミュ障な私にはそれが良い点なのですが、今回のケースではスケルトンは不便ですね。
「では……あなたたちの代わりに師匠の居場所を知ってそうな子を呼んできてもらえませんか?」
『ッシャ!』
二体のスケルトンは敬礼をすると、そのままフェードアウトしていきます。
しばらくしてから窓口に現れたのは……またもやスケルトン。
しかも服を着て──ってあなた、元の身体のスケルトンではありませんか。
「だからスケルトンでは会話ができないと言ってますよね?」
『ケタケタ』
ん? なにやら身振り手振りで何かを伝えようとしています。
自分を──召喚しろと?
「あなた、師匠の居場所を知っていて?」
『ケタケタ、ケタ』
ラチがあかないので、試しにフランケル・スケルトンを召喚してみます。なぜか彼の召喚に関しては【魔法王国の亡霊】たちの邪魔を感じません。スムーズに召喚できました。
なぜでしょうか……元の身体だからですかね?
『ケタケタ』
フランケル・スケルトンが腕を差し出します。
彼の腕に嵌っているのは──ダンジョンコアを食って体内ダンジョン(という名の収納場所)を手に入れた結果、もう使わなくなってしまった『次元腕輪』です。
スケルトンが撫でると、腕輪からぽわんと紫色をした煙のようなものが噴き出してきます。
「おや、闇化粧ではありませんか」
『ケタケタ』
「……なるほど、彼女なら居場所を知っているということですね」
『ケタ』
闇化粧は頷くと、私が持っていた地図上の一点を指し示します。この場所が、師匠の今の隠れ家なのですね。
「わかりました、早速この地点に向かいましょう」
『ケッタケタ』
「あのー……フランケル・スケルトン、あなたはちょっと姿形が目立つので、このフード付きマントを着てくださいますか」
『ケタケッタ』
私がマントを差し出すと、何やら嬉しそうに受け取ります。
マントを着こんだフランケル・スケルトンは、時々ぱっとマントの前を開くと、骨の身体を私に見せつけてはケタケタと笑います。
これは……狂ってしまったのでしょうか。
「うーん、困りましたね。これは浄化したほうが良いのでしょうか。私の前世の身体とはいえ、狂ってしまったのでは仕方ありませんからね」
『ケタケッタケタ!』
「ん? いたずらが過ぎたですって? ……まぁ狂ってないのであれば別に良いのですが」
こうして私は、時々パッとマントの前を開いては喜ぶ変なスケルトンと、毎日化粧をしなければ気が済まない闇化粧と旅を継続します。
さらに連邦内を隠しゲートを使って移動し続けること、およそ3日──。
ようやく私たちは、師匠が潜んでいると思しき連邦のはずれにある小国『トゥーレ貴国』へと辿り着いたのでした。
◆◇
さて、やっと到着した『トゥーレ貴国』ですが……すごい田舎ですね。
連邦に属していながらダンジョン資源もなく、そのせいで冒険者ギルドすらありません。
見渡す限り、森ばかり。時々ぽつんと畑や家がある程度。これで国と呼べるのでしょうか?
『ケタケタ』
新たな旅の仲間のフランケル・スケルトンがマントの前をはだけさせて喜んでいます。
……なにがやりたいんですかね、こいつは。
最後は闇化粧に直接導かれ、やっとこさ辿り着いた先にあったのは──森の中に建つ立派な館。
おそらくはここがトゥーリ貴国の領主邸なのでしょう。
この家に本当に──師匠はいるのでしょうか。
「……何者だ?」
鉄格子の門の前に立ち尽くしていると、腕に頭を乗せた全身鉄鎧を身につけた巨躯の騎士──デュラハンが現れました。
おや、彼は……ずいぶんと懐かしいですね。
「お久しぶりですね、ジェヴォーダン」
「……お前は……もしやフランケルか?」
「ええ、そうですわ」
彼は師匠手持ちのデュラハン、ジェヴォーダンです。
生前は勇者級の騎士だったと聞いています。師匠の手持ちの中でも最強のアンデッドの一体です。
その彼がこの館にいるということは……ここが師匠の居場所であるとみてほぼ間違いありませんね。
「師匠に会いに来ました。会えますか?」
「【奈落】様はそろそろそなたが来るはずだと言っていた。中に入るがいい」
デュラハンによって案内された屋敷の中では、かつて『冥界ダンジョン』に居たアンデッドたちの姿がちらほら見えます。なるほど、師匠は拠点ごとここに移転していたのですね。
案内された部屋で給仕係のゴーストが出したお茶を飲んでいると、師匠が初老の執事を連れてやってきました。
「よくこの場所が分かったのぅ、フランケルよ」
「はい、師匠」
「しかしおぬしは妙なスケルトンを連れておるな。そいつ聖属性を持っておるぞ?」
え? このスケルトン、いつのまにか聖属性を手に入れていたのですか?
いったいどうやって聖属性になったのか……実に不思議です。それにしても露出狂のスケルトンが聖属性ですか……神の気まぐれとはいえ本当に意味が分かりません。
「まぁよいわ。そもそもおぬしはわしに用があって来たんじゃろう?」
「ええ」
「セバスチャン、茶を用意してくれ」
「かしこまりました、お嬢様」
私はお茶を作りに行ったセバスチャンと呼ばれた老執事のことを目で追いかけます。
「師匠、あれは──アンデッドですよね」
「ふむ、わかるか? 実はあやつは『アイズワン』なんじゃよ」
「えっ? 彼がアイズワンなんですか?」
アイズワンといえば、かつて【冥界ダンジョン】の門番をしていたSランクアンデッド──グレイトスピリットです。もちろん、師匠の持ち駒の中でも特に強力なアンデッドとなります。
その彼が老人姿で執事になっているとは……。
「まさかアイズワンは転生したのですか?」
「いやいや、幻影を被せておるだけじゃ。俗世に生きるのもいろいろと大変でな、アンデッドだけではどうにもならんことも多いんじゃよ」
ふぅと息を吐きながら紅茶を口にする師匠。
いやー、10歳の美少女がお茶を飲んで寛ぐ様子はなかなか絵になりますね。
「して──おぬしがわざわざわしに会いに来た目的はなにかな? もしや、アイドル活動に再チャレンジしたくなったのか?」
「いいえ、違います。まずはこれをお返しに来ました」
私は体内ダンジョンに放り込んでおいた〝クオリアの冠″を師匠に渡します。
師匠はわずかに目を細めたものの……すぐに受け取りそのまま頭に被りました。
やはり師匠のトレードマークはこのクラウンですよね。
「ふむ、確かに返してもらったぞ。それで……他に用は?」
「ええ。実は──師匠の知る限りの『いにしえの大聖女』についての情報を教えていただきたいと考えています」
「ほほう……」
ことん。
静かな音を立てて、師匠がティーカップをテーブルに置きます。
じっと私を見つめる瞳は──かつての〝不死の王″そのままに健在ですね。
「……わかった。ではフランケル、おぬしに『いにしえの大聖女』になにがあったのかを教えてしんぜよう」
しばしの静寂を打ち破るように師匠が口を開きます。
「フランケルよ、いにしえの大聖女はどこで死んだか知ってるか?」
「えーっと……神国ではないのですか?」
「いいや、違う。彼女はな──」
そして、師匠の口から飛び出したのは──。
思いもかけない内容でした。
「いにしえの大聖女はな──ヤニ王国で死んだんじゃよ」




