131.処刑執行
大教会ではウルフェとアミティの処刑の準備が着々と進められていた。
ウルフェたちの処刑が布告されてから、ギュスターヴやマリスが監獄に訪れることはなくなり、ずっと二人っきりで監禁されている。
だが己が処刑される立場と分かっても、ウルフェが暴れることはなかった。
「ウルフェ、なんで大人しいリュ?」
「俺は運命を受け入れているからだ」
「あたちたちはやってもいない教皇暗殺の濡れ衣をかけられてるリュよ? なんでじっとしてられるリュ!」
「俺たちが犯人じゃないことは俺たち自身が一番わかってるさ。だが分からないのは一体誰が俺たちを、いやお嬢様を陥れようとしているのか、だ。……きっとネビュラが犯人を探してくれているに違いない」
「まだネビュラを信じてるリュ? 裏切られてたら一巻の終わりリュよ?」
「それはそれで運命だったと受け入れるまでさ」
「あたちは嫌リュ! こんなところで死ぬなんてごめんリュ!」
などと二人で騒いでいると、ギギィィイィと監獄の扉が開く音がする。
やって来たのは、ネビュラとマリスだ。
「マリス様!」
「ごめんなさい、ずっと忙しくて気がついたらこうなってましたの。まさかお二人の処刑が準備されてたなんて……」
「あたちはなにもやってないリュ!」
「ええ、何かの間違いに決まってますわ。私も手を回してみます。ファラロンやギュスターヴも奔走してくれていますから」
あの二人が自分たちのために奔走?
その言葉がアミティには全く信じられなかった。
どう見てもあの二人は、自分とは全く違う価値観で動いている。彼らの中心にあるのは常にマリスだ。たぶんマリスの要望に対して応えるフリをしているだけではないかとアミティは推測する。
彼らの中で自分たちの存在がさほど大きくないことは明白であった。興味がない。せいぜい気まぐれに鍛える程度。
自分たちに存在価値があるとすると、それは──おそらくユリィシアに関連する何かだ。それがあるからこそ、ギュスターヴは鍛えたりしたのではないか……と。
自分たちにまだ利用価値は残っているのか。
ないのであれば、このまま彼らは見捨てるだろう。
だったら自力で──どうにかするしかない。
アミティはそう一人で結論づける。
アミティの疑念に気づくことなく、マリスは二人を励まし続ける。
「あなたたちを救えるように頑張ってみるわ。だからもう少し我慢しててくださいね」
それだけ言うと、マリスは「長居ができなくてごめんなさい」と謝って立ち上がる。
去り際に、ネビュラが二人の耳元に近寄り囁いた。
「マリスは──危険でございます」
「なっ!?」「リュ!?」
だがそれ以上語ることなく、ネビュラはマリスとともに牢獄を後にした。
二人が立ち去った後、残されたウルフェとアミティは顔を見合わせる。
「……あれはどういう意味だ?」
「ネビュラは……本当に裏切ってないリュ?」
「ほら、だから俺は言ったじゃないか!」
結局、ネビュラの真意を掴めないまま、二人は処刑台へと連行される日を迎えることになるのであった。
◆
ウルフェとアミティが感づいた通り、事実──ネビュラは裏切ってなどいなかった。
ヴァンパイアロードであるファラロンに逆らえなかったことと、スパイとして潜入するために、一時的に彼らの傘下となっていたのである。
「今回の件は分からないことが多すぎでございます。潜入すれば……何か情報が掴めるかもしれません」
だがネビュラはまだ気づいていない。
自分の行動が、ずっと忌み嫌っていると思い込んでいたユリィシアを守るためのものであることに。
このとき、ネビュラは──無意識のうちにユリィシアのために行動していたのだ。
ネビュラが観察していたところ、侍女になった当初、マリスはずっと聖女に関する教育に追われていた。
だが教皇が襲われて以降、マリスはずっと聖母教会の治癒活動に従事するようになった。
そこでネビュラは──マリスが施す《聖女の祝福》というギフトを初めて見ることとなる。
「癒して── 《聖女の祝福》」
「うぉぉぉ、力が漲ってくるぞぉぉぉ!」
「なっ、なんでございますか……あれは……」
ネビュラはマリスの奇跡を目の当たりにして愕然とする。
ネビュラは──ユリィシアの側にいることで、彼女が持つ癒しの力をずっと間近で見続けてきた。ゆえに、すぐに確信する。
「マリス様が施しているあれは──治癒などというものでは断じてございません!」
治癒とは明らかに質の違う何かの力で、マリスは奇跡を行使していた。
しかも治癒された相手に生じていた異変。
確かに元気になっていた。だがあれは──元気になるという次元のものなのか?
治癒による回復とはまったく異質の変化。
あれはまるで──別の生物に書き換えられているようなものではないか。
では、あの力の正体は何なのか。
これも──ユリィシアの傍で過ごしてきた日々がネビュラに答えを教えてくれた。
「……間違いありません、『悪魔の力』でございます!」
悪魔の恐ろしさは、帝国の動乱でネビュラもよく知っていた。人間に取り憑き、人外の力を与える代わりに別な何かに変貌を遂げてしまう。
その恐るべき力を、マリスは使っていたのだ。
だが誰もマリスに忠告することなく、『奇跡』と嘯いて聖母教会の人々に次々と悪魔の力を注いでいく。
しかも恐るべきことに──マリスは自分の力の本質にまったく気づいていないようなのだ。
「マリス様は己の悪魔の力が癒しの奇跡であると……信じている……!?」
マリスは、心の底から人々を救うために奇跡を施していた。
──悪魔の力という恐ろしいものであると知らずに。
ではなぜ、マリスはそのような認識を持ってしまったのか。
──簡単だ。
マリスに嘘を教えた人物がいるのだ。
「ファラロン……それにギュスターヴ……」
どうやらファラロンたちは、マリスの『悪魔の力』を使って何かを成し遂げようとしているらしい、とネビュラは理解する。
なぜヴァンパイアの力でマリスを支配しないのかは分からない。やはりアンデッド系の力と癒しの力の相性が悪いのであろうか。
理由はともかく、洗脳などをせずにわざわざ騙すといった回りくどいことをしてまでファラロンたちがやろうとしていることは、一体何なのか?
そして、ユリィシアを罠に嵌めてまでして呼び寄せている真意は……?
ユリィシアのことが邪魔なのか?
であれば、以前『黒百合化』したときに放置していれば良かったはずだ。だがあの時ファラロンたちはマリスの望みとはいえ、ユリィシアを助けるために動いた。
ということは、ユリィシアには──何らかの重要な役割が与えられている?
まだ分からない。
だが核心に迫りつつあることをネビュラは実感していた。
ゆえにネビュラはこの場にとどまることを決める。
全てを見極め、ユリィシアに伝えるために。
◇
いよいよ処刑が執行される日がやってきた。
ウルフェとアミティは、聖導騎士たちによって大教会の近くにある小高い丘〝ゴルドバスの丘″へと連行されていく。
もちろん、ウルフェは無抵抗だ。アミティはいざとなれば真の姿になって大暴れしてやると心に決めていた。
すでにゴルドバスの丘には、大量の聖母教会の信者たちが集っていた。その数──およそ数万人。
丘の頂上で待ち構えていたのは、今回の処刑執行を取り仕切る筆頭枢機卿【黄金猊下】サウサプトン卿エルマイヤーだ。
聖導騎士たちによって十字架に貼り付けにされるウルフェとアミティ。
「今ここに、教皇暗殺の罪を犯そうとした罪人二人の処刑を施す!」
「「「おぉぉおぉぉおぉぉぉぉ!!」」」
サウサプトン卿の声に呼応して、聖母教会の信徒たちが発狂するかのような大声を上げる。
だがアミティの目はこの場の異常と異変を捉えていた。周りを取り囲んでいる信徒たちの多くから、黒く禍々しいオーラが放たれていたのだ。
「あのオーラは……【悪魔】リュ? ウルフェ、気づかないリュ?」
「何をだ? 俺は今、ユリィシア様に祈りを捧げているところだ」
「現実逃避している場合じゃないリュ! もっと周りを見るリュ!」
「周り? おお、あそこにネビュラがいるな」
「リュ?!」
二人は視線の端に、ネビュラの姿を捉える。
周りの様子を伺いながら、モゾモゾと動いている。どうやらウルフェたちを救出しようとしてるようだ。
だが──ネビュラの横に何者かがやってくる。
ギュスターヴだ。
彼に制されるような形でネビュラは動きを止める。
「ああ、やっぱり止められたリュ」
「あれは……止めたのか?」
ウルフェにはむしろ「大人しくしていろ、俺がやるからお前は手を出すな」と制したように見えた。
であれば、ギュスターヴは──。
「さあ、今ここで罪を炎で浄化するのだ! 聖母神様の御心のままに!」
「「「うぉぉおぉぉおぉぉぉぉお、やれえっえぇええええ!!」」」
「異端には火炙りを!」「聖母神様の浄化を!」「魂を浄化するんだ!」
信徒たちと枢機卿による熱狂の宴は続いている。
魂の浄化。そう聞いてアミティは思わず鼻で笑ってしまう。
そんなもの、『いにしえの大聖女』の施す【救済】を知るアミティには実に可笑しい話であった。
あんなものが魂の浄化だというのか。あれを救済としてありがたがるなど、この人間たちはなんと救いがたい愚か者であろうか。
いや……それこそが【悪魔】の仕業かもしれない。だとするとこの熱狂は、悪魔が呼び寄せた戦術なのか。
集結した悪魔たちの負のオーラは、帝国で見たときのそれを遥かに凌駕していた。
だが渦巻く悪魔の奔流を──アミティはどこかで見覚えがあった。
「これは……『魔法王国の亡霊』たちと似てるリュ?」
黒百合化したユリィシアを救いに行った時に目撃した数十万の亡者たち。
ターンアンデッドすら受け付けずに彷徨う姿は、今のこの状況に極めてよく似ていた。
「もしかして……『魔法王国の亡霊』たちは【悪魔化】していたリュ?」
だがアミティが一つの答えを導き出そうとしている間にも、処刑の手続きは進行していく。
ついには聖導騎士の中でも筋骨隆々なものが巨大な剣を持ってやってくる。どうやらこの大剣で一気に処刑を執行するつもりのようだ。
「ユリィシア様……」
「バカウルフェっ! 諦めるなリュ!」
ところが──ここで丘を取り巻く信徒たちに何やら異変が生じ始める。
「やめろぉおぉおぉぉおぉぉおぉぉぉぉ!」「やめなさい!!」「そこまでだ!」「その処刑ストップ!! その人たちは悪人ではないわ!!」
激しく言い争う声とともに、信徒たちの群れから何人かが突如飛び出してくる。
しかも彼らは──ウルフェやアミティたちにとっても懐かしい、だがここにいるはずがない人物たちだった。
「あれは……カイン様、フローラ様! それにアレク様も!」
「アナスタシアにラスター、帝国のメンバーもいるリュ!」
「ブルーメガルデン妃やコダータ妃、それにシーモア王子まで……あと学園の方々も!!」
「しかもエーデルたち《光の翼》も勢揃いリュ!!」
ウルフェたちの前に現れたのは、これまでユリィシアが世界中で接してきた多くの人たちであった。
彼らはユリィシアの異端認定やウルフェたちの処刑のニュースを知り、わざわざここまで駆けつけてきたのだ。
しかし、ユリィシアの異端認定に異を唱えてこの地に集まっていたのは彼らだけではなかった。
「帝国の兵士は一人残らず、【癒しの聖女】様の信者だーっ!」
「「「おぉぉおおおおぉおーーーっ!!」」」
「俺らだっているぞ! ユリ様は俺たちの天使だーーーっ!!」
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
アナスタシアたちの背後には、何やら妙なテンションの集団もいるのだが……共通しているのは、彼らもユリィシアを崇め敬う人たちであるという事実だ。
その数は、決して多くはない。
だがこの地に集まった数万人の信徒たちをも凌駕するほどの熱量と勢いを持っていた。
普通であれば、帝国の女帝や王国の妃たち、それにSランク冒険者など、一般人は恐れ驚き慄くような相手たちである。
だがなぜか信徒たちはあまり反応を示さなかった。それどころか、まるで神敵を相手にしているかのように敵意を剥き出しにしてさえいる。
一触即発。
睨み合う、カインやアナスタシアたち『ユリィシア派』と、既存の聖母教会の信徒たち。
「お、お待ちくだされ!」
慌ててウルフェがアナスタシアたちを制する。
「あなた方が傷つくのはお嬢様が悲しむ! だから無理をしないでくれ!」
「でもウルフェ、あなたは……」
「大丈夫ですフローラ様。俺たちは教皇様に手をかけたりはしていません! それに俺たちは、お嬢様が来るのを信じています。あの方こそが、【真の聖女】なのだから──!!」
「だから勝手にあたちを巻き込むなって言ってるリューー!!」
だがウルフェの声をもってしても、騒動が収まる気配はない。
ウルフェたちを救おうとするものたち。
彼の発言を異端だと判断し、即時処刑を促すものたち。
双方入り乱れ、睨み合い、大混乱に陥る一歩手前といった状況に陥っていた。
「おやめなさい!」
ふいに──現場に、凛とした声が響き渡る。
信者たちをかき分けるようにして現れたのは──今回新たに『大聖女』の称号を手に入れたマリスであった。
しかも彼女は横に教皇を、背後にはファラロンと、いつの間にか合流したギュスターヴを従えての登場である。
「マリス様……」
「皆さん、争いはやめてください! この処刑は即時中止します!」
ざわざわざわっ!!
それまではウルフェたちの言うことを聞く気配がなかった数万人の信者たちが、マリスの第一声を聞いて一気に大人しくなる。
「彼らは教皇様に手をかけておりません! それに教皇様の傷はこの通り完治しております! このものたちを処刑する理由などありません!」
「大聖女マリスの言う通りじゃ! 聖母神様は、新たな愛し子としてマリスを選んだのじゃ!」
「「「おぉおおおおぉおぉ!!」」」
教皇の声明に、信徒たちが一気に大歓声を上げる。
だが信徒たちに紛れて様子を窺っていたネビュラには、目の前に広がる光景の全てが〝茶番″に見えた。
これは──最初から仕組まれたものだったのではないか。
全ての罪を一旦ウルフェたちにかぶせ、暗殺されかけた教皇をマリスに治癒させた上で、さらには犯人とされたウルフェたちをも救済する。
その結果、マリスの評価は天井知らずだ。
一連の事件の真犯人の目的は──マリスの価値を上げることだったのではないか。
であれば、真犯人の目的の達成は目前だ。
事実──。
「マリス様ーー!!」「大聖女様、ばんざーーい!」「なんて素晴らしいお方なんだ!」「彼女こそ、聖母神様の生まれ変わりに違いない!!」
ネビュラの目の前では、数万人の信徒たちがマリスを褒め称え、興奮は最高潮に達そうとしていた。
いけない。このままでは……。
真犯人の目的が完全に達成されてしまう。
だが────その時だ。
「来たぞーーっ!」
群衆たちの後方から、驚愕の声が上がる。
一体、誰が来たというのか。
しかしネビュラにはすぐに分かった。
……来るとしたならば、ただ一人しかいないのだから。
ネビュラにはわかっていた。
あの人が、自分をダシにされることを甘んじて受け入れるはずがないと。
あの人は、己に貼り付けられたウソのレッテルを甘受するほど生優しい存在ではない。
あの人は、誰よりも気高くて美しくて──傲慢で強引でわがまま。
だがネビュラは、そんな彼女だからこそ──付き従おうと思ったのだ。
そして、現れたのは──。
「癒しの聖女様だっ!」
「ユリィシア・アルベルトが現れたぞっ!!」
群衆たちの後方で、人々の歓声が一気に湧き上がる。
さらには、人の波が真っ二つに割れてゆく。
まるで──海を割るように。
その中心を歩いてくるのは──白銀色の髪に左右異なる瞳を宿した、この世のものとは思えない美しい少女。
「あぁ、やはり……」
その姿を目に映した瞬間、ネビュラは受け入れる。
あぁ、自分にとってあの人は永遠の主人なのだと。
ネビュラの主人、その人の名は──。
【癒しの聖女】ユリィシア・アルベルト。
ユリィシアの登場は、遠く貼り付けにされていたウルフェたちの視界にも飛び込んできた。
「あぁ、お嬢様……やはり来てくれたのですね!」
「ウソっ!? ちゃんと来たリュ?!」
しかも、彼女の後ろに付き従うように歩くのは、黄金色の髪を持つ美しい少女。
その少女を見て、誰かが叫ぶ。
「あれは──〝夢幻の乙女″ウルじゃないか!」
ユリィシアの背後に付き従っていたのは、共に連邦でアイドルグループ『フランドゥム』として活動していたウルティマ・サーリ・トゥーレ。
ユリィシアは、師匠であるウルティマとともに──ここ神都フィーリアに再臨を果たしたのだった。
完全に鎮まり返る、ゴルドバスの丘に集まった群衆たち。
彼らを前にして、ユリィシアは──ゆっくりと口を開く。
よく響く声で発された第一声は──ウルフェたちに向けられたものだった。
「ウルフェ、アミティ、お待たせしましたわね。あなたたちを──救いに戻ってきましたわ」




