130.集結
『癒しの聖女』ユリィシア・アルベルトの聖母教会による異端認定、及び賞金付きでの指名手配。
さらには捕らえられた従者二人の、10日後の処刑執行。
これらのニュースは、瞬く間に世界中に広がっていった。
1億エルという高額賞金に、目の色を変えるもの。
宗教の価値観に則り、ユリィシアをさがすもの。
なかにはユリィシアのことを『魔女』と呼ぶものさえいた。
だが──。
一方で、今回の聖母教会の発表を全く受け入れないものたちもいた。いや、正面切って異を唱えるものたちさえも。
やがて──ユリィシアを擁護するものたちの動きが大きなうねりとなって、聖マーテル神国の神都フィーリアに一気に襲いかかってくることになる。
◆
「あなた、何をしているの?」
深夜──。
支度と装備を整え、今にも自宅から旅立とうとしていたカイン・アルベルトを呼び止めるものがいた。
妻のフローラ・アルベルトだ。
「いや、ちょっと旅に出ようかと……」
「あら奇遇ね、わたしもよ?」
「だが君は、聖母教会の元聖女で……」
「語るに落ちてるわよ、あなた。ユリィシアを助けに行く気でしょう?」
妻にそう言われ、バツが悪そうに視線を逸らすカイン。
だがフローラはそんな夫の腕を優しく抱きしめる。
「わたしは聖母教会の元聖女である前に、ユリィシアの母親なんですよ」
「それって、もしかして……」
「ええ、わたしも行くわ」
真剣な表情の妻に詰め寄られ、カインは諦め気味に天を仰ぐ。
「聖母教会の戒律に背くんじゃないか?」
「聖母教会の教えは、母なる愛で家族を守ることこそ至高と謳ってるわ。だから全くもって問題ないわね」
「それって、屁理屈じゃないのか?」
「分かってるなら聞かないでくれる?」
はぁーと大きなため息を吐くカイン。
だがその表情は妙にすっきりとしていた。
「……君には負けたよ」
「あなた、じゃあ……」
「わかったよ、一緒に行こうか!」
「ええ! だってわたしたちは家族なんですものね!」
二人はにこやかに微笑み合うと、お互いの装備を確認して改めて準備を進める
「こうして二人で旅立つのは久しぶりね」
「ああ、【黄泉の王】フランケルを討って以来かな」
二人は、遠い過去を思い出しながら、長年過ごした我が家から旅立ったのであった。
◆
リヒテンバウム王国の王城シュヴァンシュロス。
その後宮においても異変が起こっていた──。
「なにをしていますの、さっさと行きますわよ!」
支度を急かしているのは、ブルーメガルテン妃アンナメアリ。だが口調とは異なりなんだか楽しそうである。
彼女の指示を受けて侍女であるレナ、ユナ、マナの三人は、目を回さんばかりの忙しさで出立の準備を整えていた。
「早くしないと、ユリィちゃんの期日までに間に合わないわ」
「あーら、面白そうな話をしているわね。わたくしも混ぜてくれないかしら?」
「ジュザンナ……」
声をかけて来たのは、コダータ妃ジュザンナ。
アンナメアリが事情を説明すると、ふんっと鼻息を荒くしながらジュザンナが宣言する。
「わかりましたわ、わたくしも一緒に参りましょう」
「「「ええっ!?」」」
レナユナマナは思わず驚きの声を上げてしまう。
最近は仲良くなったとはいえ、かつてはいがみあった二人が、共に旅をするというのだ。
──たったひとりの少女を救うために。
「あら、それは素敵ね。それじゃあ一緒に神国に行きましょうか」
「ええ。こんなことでもないと、あの子に受けた恩は返せそうにないものね」
「そういえばジュザンナ、あなたの息子はユリィシアちゃんに振られたそうね。うふふ」
「まぁ恋は上手くいかないものですからね。あーあ、ユリィシアに『お義母さん』って呼んでもらいたかったわぁ」
こうして王国の準妃と側妃の二人も、国外へと旅立つことになった。
向かう先は、もちろん──。
◆
一方こちらは聖アントミラージ学園。
「あなたたち、準備はいい?」
院生として学園に残って魔法の研究をしていたキャメロン・ブルーノが、二人の少女に声を掛ける。
「はいです!」
元気な声で返事をしたのはピナ・クルーズ。音楽の才能をユリィシアのおかげで開花させた少女で、今では世界中から声がかかる作曲家だ。
「もちろんです!」
ナディア・カーディ・パンタグラム。絵画の才能を持つ少女。
魔眼の持ち主であったが、今では使いこなし、素晴らしい絵画の才能を発揮している。
他にも神国行きを希望する生徒たちはたくさんいたのだが、さすがに在校生が不在になるのは問題が多いことから、この3人が代表して向かうことになったのだ。
「私たちにできることは限られるかもしれないけど……大切な『妹』なんだもの、全力で助けないとね!」
「ええ、私たちがお姉さまを救ってみせます!」
「早くお姉さまを助けに参りましょう!」
3人は頷き合うと、手配していた馬車に乗り込んだのであった。
◆
ガーランディア帝国。
まだ治安が安定しない状況ではあるものの、ユリィシアのニュースを聞き、いてもたってもいられなくなった【黒薔薇女帝】アナスタシアがついに立ち上がる。
「帝国の再建も大事だけど、親友の危機は他の全てに優先するわ! すぐに向かうわよ!」
「僕も行くよ、アナスタシア」
彼女の横に立つ人物──将来アナスタシアの夫となる予定のジュリアス・シーモアも彼女に続く。
実は先日ひっそりと二人は婚約を発表していた。ジュリアスが大公として帝国に婿入りし、アナスタシアの治世をサポートする予定だ。
この二人の結婚は愛情ゆえではなく、もちろん打算によるものが大きい。
アナスタシアは王国の王家との繋がりを、ジュリアスは失った王子としての地位に代わるものを求めて、互いの利害が一致したのだ。
だが二人は必ずしも打算のみで婚約したわけではない。互いに本心から想いを寄せている相手がいたからだ。
その相手を守るためなら、どんなことでもやる。そのために二人は手を結んだのだ。
この婚約は──いわば同盟のようなもの。
そして、この同盟の中心にいたのが──ユリィシアだ。
二人は、ユリィシアを守るためならどんなことでもすると誓い合っていた。
そして今こそが──二人の間で結ばれた同盟の盟約を発動するときだと確信する。
「姉様……僕も行きます。今度は僕が恩を返す番です!」
二人に続いて、帝国に滞在していた【勇者の卵】アレクセイ・アルベルトも声を上げる。
言わずと知れたユリィシアの弟だ。彼もまた、重度のシスコンが解消されないまま姉のことを慕い続けていた。もはや手遅れかもしれない。
「アナスタシア様、私もついて行きます」
「シャーロット、拙者を置いていかないで欲しいでござる!」
「待ってくれ! 俺も行く!」
今では帝国の重鎮となったシャーロット、ランスロットの兄妹に加え、さらには【解放剣士】ラスター・ヴァン・ヴァレンタインまでも同行を名乗り出る。
「おやおや、帝国の立て直しに大事な時期ですのに……みんな行きたがるんだね」
「救国の恩に報いることこそが、今もっともなすべきことですわ!」
ジュリアスとアナスタシアは言葉を交わしながら頷き合う。
そして遠い空を眺めながら、アナスタシアは呟くように独り言を漏らす。
「ユリィ……今度はわたくしがあなたを助ける番ですわ」
◆
レオニダス連邦からも、聖マーテル神国に向かう一団がいた。様々な装備を身につけた冒険者たちの集団だ。その数──およそ数百人。
先頭にいるのは、Sランク冒険者チーム《光の翼》のメンバーたち。
エーデル、フィーダの兄妹に、イスメラルダ、スライの姿もある。
「シア……今度は俺たちが君を助けるよ」
「あたしもやるわよ! 何の恩も返せてないしね」
「あの子には大きな借りがあるものね……手助けしなきゃSランク冒険者の名折れだわ」
「かわい子ちゃんを助けるのが俺たちの使命だもんな!」
エーデルたちの後ろに付き従うのは──連邦を拠点にしていた冒険者たち。レウニールやガスターホルン、サンナミなど多くの都市からユリィシアを救うために集結していた。
なぜなら、彼らはダンジョン攻略においてユリィシアに命を救われていたのだ。
彼らは行進しながら口々にこう叫ぶ。
「ユリ! ユリ!」
「シア! シア!」
「フランドゥム! フランドゥム!」
どうやらかなり戦意は高そうだ。
エーデルが確認するように一同に問いかける。
「あんたたち、これは場合によっては聖母教会を敵に回すかもしれん。それでも大丈夫か?」
だが、冒険者たちはその問いかけに、迷うことなく声を揃えてこう答える。
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
◆◆
──10日後。
ついにウルフェとアミティの処刑執行の日がやって来た。
「もう二度と、神都には帰って来ないと思ってたんだけどねぇ」
スミレ・ライトはユリィシアに関連するニュースを聞いて、急遽神都フィーリアの近くまで来ていた。
以前、自分のギフトの力を使って見たものを、教皇たちに伝えるためだ。
「イノケンティウスよ……。実はな、ユリィシアこそが──『癒しの乙女』なんだよ」
スミレは先日ユリィシアに会った際にギフトを用いて確認していた。
彼女のギフトは、ユリィシアこそが──神託にあった『癒しの乙女』に違いないと判定していたのだ。
だが聖母教会はマリスという名の少女を『癒しの乙女』として認定し、さらには【大聖女】に認定している。
一体、大教会はどうなってしまったのか。教皇イノケンティウス15世は人望厚い人物だ。それがこのような暴挙を許すとは思えなかった。
……もしかすると、勘違いしているのかもしれない。
もはや枢機卿を引退したスミレではあったが、聖母教会が道を違えることを許容するつもりはなかった。自分がギフトで確認したことを伝えれば、事態が変わるかもしれないと考えたのだ。
とはいえ、自分にとってユリィシアは身内。身内可愛さに救いにきたと思われないだろうか。
彼女にとって、孫も聖母教会も大切。どちらも守るために奮闘しようと決意を固めていた。
様々な不安要素を抱えたまま神都に帰還したスミレ。
だが、スミレの目に映ったのは──。
完全に予想外の光景だった。
「なんだい、これは──」
なんと──ユリィシアの異端認定に反対するものたちが、大挙して大教会へと押し寄せて来ていたのである。




