128.拘束
ユリィシアの逃亡後、聖導騎士たちに囚われたウルフェとアミティは、大教会の地下にある牢獄に入れられていた。
手足を枷で封じられ、脱出できないよう完全に束縛されている。
「ユリィシア、ほんとに置いていったリュ……」
「お、お嬢様が無事であればいいのだ! それに、きっとお嬢様なら救出に来てくれるだろう」
「あんなにあっさり逃げたのに? まぁ確かにあたちも逃げろって言ったリュが……まさかあんなにあっさり躊躇なく消えるとは思わなかったリュ」
「む、むぅぅ……」
「思い返せばユリィシアはあたちたちを平気で放置した前科があるリュ! そんなユリィシアが救いに来てくれるって期待するのは無理があるリュ!」
「いや、そうではないぞアミティよ! お嬢様は俺たちに常に試練をお与えになっているんだ。だから今回もきっと──」
「あたちはウルフェみたいに楽天的にも盲信的にも狂信者にもなれないリュ」
「なっ!?」
このような感じでなんやかんやと二人が言い合いをしていると、ギィィィィ、と重い鉄の扉が開く音がする。どうやら誰かが来たようだ。
「ウルフェさん、アミティさん、大丈夫ですか?」
「あなたは……マリス様!」
やってきたのはマリスであった。連邦の『冥界ダンジョン』で別れて以来の再会である。
だが再会の驚きも、マリスが連れていた人物の姿を確認して、全て吹き飛んでしまう。
そう、彼女は一人ではなかった。後ろに連れがいたのである。
マリスの後ろに付き従うように立っていたのは──。
「うわっ、ネビュラじゃないか!」
「どうしてネビュラがマリスと一緒にいるリュ!?」
二人の問いかけに、ネビュラは感情の篭らない表情で答える。
「ファラロン様に誘われて、マリス様の侍女として仕えることになってございます」
「なっ!? お嬢様を見捨てたのかっ!?」
「裏切り者リュ!」
「ボクはもとからお嬢様……いえ、ユリィシアに忠誠を誓っていた訳ではございません。個人的な事情で従っていただけでございます。ですがその事情も無くなってしまった以上、ボクがユリィシアに従う理由は──ございません」
「なんだとっ!?」
ウルフェとネビュラの間に険悪な空気が流れる。
だがその空気を打ち消したのが、マリスであった。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いてください」
「マリス様……」
どうやらウルフェはお嬢様系に弱いらしく、マリスに咎められすぐに大人しくなる。これもユリィシアの存在がなせる業なのか。
「お二人が捕らえられていると聞いて驚きました。ですが、ユリィシア様が異端認定されるなんて……何かの間違いだと思いますの」
「ええ! 俺もそう思います!」
「わたしがなんとか撤回してもらえるように手を回してみますので、無茶をなさらないでくださいね。あ、ネビュラさん食事を──」
「かしこまりました、姫様。しかし、よくこんな場所に来れましたね」
ウルフェにそう尋ねられ、悪戯っぽくペロッと舌を出すマリス。
「えへへ、実は──隙を見てこっそり侵入してきたんです」
「はぁ?」
「わたし、聖女認定されましたの。おかげで教会の衛兵たちもわたしの言うことをある程度聞いてくれるのですよ」
どうやらマリスはウルフェたちのために少し危ない橋を渡ってくれたようだ。ウルフェは素直に感激し、頭を下げる。
「ありがとうございます……姫様」
「とりあえず今日は様子を見に来ただけですが、無事で良かったです。また──様子を見に来ますからね」
そう言うとマリスは、優しい微笑みを残してネビュラとともに立ち去っていったのだった。
ネビュラたちが置いていった食事を、枷をはめられたまま獣のように口だけで啜るウルフェ。一方のアミティは、もともと龍だったので、手を使わずに食うことにさして抵抗感もない。
二人して口だけでガツガツと食べながら、様々なことを相談していた。
「……マリス様は本当にお優しいな。まるでもう一人お嬢様がいらっしゃるようだ」
「あたちはユリィシアよりもマリスのほうがはるかに人間が出来てると思うリュ」
「しかし、なぜマリス様はここ大教会にいるのだろうか。聖女になったとおっしゃっていたが……」
「マリスは人間的には出来てるけど、正直信頼していい相手とは思えないリュ」
「しかもネビュラは裏切るし、ギュスターヴや……どうやらファラロンもいるらしい。──俺たちは知らないことが多すぎる」
──そのとき、ふとウルフェが食事を貪る口を止める。
「ウルフェ、どうしたリュ?」
「……あの時を思い出すな」
「あの時?」
「ああ、お嬢様に初めてお会いしたときだ。その時俺は──両手と片足を切られ、死を待つだけの存在だった」
ウルフェが思い出したのは、ユリィシアとの出会いのことだった。
奇跡のようなあの出会いを。
「どうせあのとき拾った命。迷うことなどなにもなかったな。たとえここで命尽きることになろうとも、死の瞬間まで──俺の命はお嬢様のために捧げよう」
「……ウルフェは単純でいいリュ。でも……いまはあたちもウルフェを見習うことにするリュ」
そうして二人は、またガツガツと食事を平らげると、そのままいざというときのために体力を温存するよう横になって眠ったのであった。
──ところが翌日、意外な来客が二人のもとにやってくる。
「あなたは……」
「ギュスターヴ!」
「ギャース」
護衛も連れずに一人でやってきたギュスターヴは、手足の枷を外すと、二人についてこいと無言で伝えてくる。
手足が自由になったところでギュスターヴに勝てるとは到底思えない二人は、訝しみながらも彼の後を素直についていく。
連れてこられたのは、やはり地下にあるかなり広い部屋だった。どうやらここは聖導騎士たちが鍛える鍛錬場であるらしい。
「ギャース」
「これを手に取れ……ということですかな?」
ギュスターヴに促され、騎士たちがトレーニングで使う刃を潰した剣を手に取るウルフェ。
その様子を確認したギュスターヴは、今度は二人に向けて左手を前に出し、掌をくいっと動かす。
ギュスターヴは──明らかに二人を挑発してきていた。
「……かかってこいって言ってるリュ」
「は? それは──俺たちを鍛えてくれるという意味か?」
「そうみたいリュ」
「だ、だが……」
「ギャース」
「問答無用、全力で来いって言ってるリュ」
理由は分からない。
だかウルフェに迷いはなかった。
自分は──ユリィシアの剣だ。
聖女を守る剣、【聖剣】だ。
であれば今の自分にできることは、今よりも高みに昇れるよう、鍛えるのみ。
「うぉぉぉぉおおぉぉぉおぉぉおおぉおぉぉ!!」
すぐに決断して襲いかかるウルフェに驚きながらも、アミティも続くことにする。
どうやらギュスターヴは、完全に自分たちの敵というわけではないらしい。どちらかというと守りながら、鍛えようとしてくれている。
目的も理由も分からない。だが恐らくギュスターヴだからこそ見えている何かがあるに違いない。
その彼が、自分たちを鍛えることこそが今やるべきことだと判断しているのであれば──自分がやることはただ一つ。
「あたちもやるリュ!!」
こうして──それから連日、ギュスターヴによるウルフェとアミティとの模擬戦闘が繰り返されることになったのであった。
◆
ユリィシアの異端認定から数日が経過していた。
この間──聖マーテル神国の神都フィーリアには徐々にただならぬ気配が漂うようになってきていた。
なぜなら──。
「ユリィシア・アルベルトは異端などではない!!」
「異端認定を撤回すべきだっ!!」
「癒しの聖女を傷つけるようなことはやめるべきだっ!!」
ユリィシアの異端認定を撤回させようとする人たちが、神都フィーリアに集結しつつあったからだ。
なにか大きなものが──神都フィーリアを中心に、ゆっくりと動き出そうとしていた。




