127.従者たちの想い
ネビュラは喫茶店で見知らぬ3人組の男女が話していた噂を聞き咎め、詳しく聞き出す。
だが聞き出した内容は──驚くべきものだった。
「……マリス・ステラ・ラニアケアが聖女に認定されて、ユリィシア・アルベルトが異端認定された……でございますか」
「あ、ああそうだ」
どちらもとても信じられない内容だった。
まず聖女認定されたマリスとは──先日共に行動したマリスに違いないであろう。
だが彼女は〝恐るべき存在″──SSSランクアンデッドである【宵闇の吸血帝王】ファラロンと、【北天の七星龍】ギュスターヴを引き連れていた。そんな人物がなぜ、聖女などに認定されるのであろうか。
「お嬢ちゃん……そ、その手を……離してくれないか?」
「あっ……」
気がつくとネビュラは無意識のうちに相手の襟首を掴んでいた。慌てて手を離す。
「ゲホッ、ゴホッ」
「も、申し訳ございません……」
「ま、まぁ気持ちはわかるよ、お嬢ちゃんだけじゃないからな。『癒しの聖女』様が異端認定されて怒っているのは」
「うんうん、特に帝国や冒険者の奴らは怒ってるみたいだな」
「あの方に命を助けられた人は結構いるみたいよ」
ネビュラ自身は別にユリィシアが異端認定されたことを怒っていなかった。いや、正確には──怒っていないと思い込もうとしていた。
なにせユリィシアは優秀な死霊術師だ。聖女などとは対極に位置する存在。しかも自分に呪いをかけた怨敵でもある。なのになぜ……こんなにも苛々するのであろうか。
ネビュラは自分自身を掴みきれないまま、質問を続ける。
「その……異端認定されるとどうなるのですか?」
「まずは15日以内に大教会に出頭するよう呼び出しがかかってるみたいだな。そこで弁明の機会が与えられて、最終的に判断されるみたいだ」
「異端と判断されると……どうなるのでしょう?」
「んーどうだろう? 再教育でもさせられるのかな? もしくは……死刑とか?」
そのどちらもユリィシアが甘んじて受け入れるとは、ネビュラには思えなかった。
「では、15日経っても現れなかった場合には……」
「聖母教会が総出で『異端狩り』を行うみたいだぜ? ようは……世界中で追われることになるな」
──なんということだ。
これは、一刻も早くユリィシアに伝えなければならない。
ネビュラはそう判断すると、情報を教えてくれた人たちに礼を述べて、喫茶店を後にする。
集合場所である宿に向かいながら、ネビュラは一人考え込んでいた。なぜ──このような事態になっているのかを。
ユリィシアは元枢機卿であるスミレの孫で、聖女であったフローラの娘。聖母教会の正統派の流れの中心にある存在と見て間違いない。
そのユリィシアが異端認定されるというのは、どう考えても普通の流れではない。間違いなく、そこに何者かのユリィシアを排斥する意思が働いている。
いったい何者が、なんの目的でユリィシアを排除しようとしているのか──。
思考を巡らせるネビュラは、近くを一台の馬車が通り過ぎたことに気づかなかった。だが少し先で動きを止め、馬車の扉が開いていることに気づいて歩みを止める。
その馬車は──白地に金色の刺繍が施された質素ながら美しい馬車だった。
ただ、刺繍されていたのが『聖母教会の印』であることから、ネビュラは警戒心を高める。
だが──馬車から降りてきた人物を確認して、ネビュラは衝撃を受ける。
「こんなところにいたんだな、ネビュラ。いや……ネビュロス」
「あ、あなたさまは──!!」
ネビュラは慌てて膝をつく。
なぜなら目の前の相手は──ネビュラにとって絶対に逆らえない存在なのだから。
──【宵闇の吸血帝王】ファラロン。
吸血鬼の絶対的な王が、ネビュラの前に立っていた。
……聖母教会の司祭服を着て。
「ファラロン様……」
ネビュラは全身から大量の汗が流れ落ちるのを止めることが出来なかった。それほどまでに肉体に、魂に、細胞の隅々まで──目の前の相手に逆らってはいけないと刻まれていたから。
だがファラロンは、相変わらず感情のこもらない表情を浮かべたまま、淡々とネビュラに語りかける。
「落ち着け、別にお前をどうこうするつもりはない」
「は、はぁ……」
だがネビュラはすぐに理解する。
ユリィシアを陥れた張本人が、この目の前のヴァンパイアの王であると。
なぜなら、ファラロンの着ている司祭服は、この世でたった7人しか着ることを許されていないもの。
そう、ファラロンは──。
「聖母教会の……枢機卿であったのでございますね」
「くくく。意外だろう? アンデッドの王が聖母の信徒の頂点にいるのだからな。これ以上の皮肉など存在しないであろうか」
だがネビュラは全く笑えなかった。
彼が枢機卿であるなら、ほぼ間違いない。マリスが聖女認定されたのも、ユリィシアを異端認定したのも──間違いなく彼が手を回したのだ。
「なぜ……お嬢様を……?」
「別に殺したりするつもりはないぞ。必要なものさえ返してくれれば悪いようにはせんさ」
「それは……何なのです?」
「お前にいう必要はないな」
キッパリとファラロンにそう言われては、ネビュラも黙り込むしかない。
「それで……ボクに何の用なのでございますか?」
「ああ、お前に取引を持ってきた」
「取引、でございますか?」
「うむ。どうだ、ネビュロスよ、お前は──呪いを解きたくはないか?」
呪い。
それがユリィシアによってかけられた、『女装をしなければならない呪い』であることはネビュラにもすぐに理解できた。
だがなぜ、彼は自分にそんな取引を持ちかけてくるのか……。
「私は眷属のことは全て把握している。ネビュロス、もちろんお前のこともだ。お前がプロフ──【奈落】の元に弟子入りし、ユリィシアに戦いを挑んで負けたことも」
「は、はぁ……」
「そして龍の血を手に入れ、ヴァンパイアノーブルとして私に次ぐ力を手に入れたこともな。私は──お前を誇りに思うぞ」
──誇りに思う。
ヴァンパイアの絶対的な王者にそう言われて、ネビュラの心が大きく揺らぐ。
「私のところに来い、ネビュロス。さすればお前に──ヴァンパイアの極意を授けよう」
堂々と、手を差し伸べてくるファラロン。
ヴァンパイアにとってはこれ以上ない勧誘に、だがネビュラはすぐに手を取ることが出来なかった。
「──ボクは……」
「早く答えろ。私はそう気が長い方ではないぞ」
ネビュラは、ぎゅっと拳を握りしめる。
脳裏に浮かんだのは──ユリィシアの笑顔。
そして、ネビュラは一つの答えを選択する。
その答えは──。
◆◇
なぜ……こんなところにギュスターヴが。
アミティは焦る気持ちを抑えることができずにいた。
先日、偶然にも知り合ったマリスたち。その中でもギュスターヴは強く意識する相手だった。
アミティはこれまで孤独だった。
生まれたときにはただ一匹。既に母龍も兄弟龍もいなかった。そんな孤独なアミティを救ってくれたのが、【賢者】クリストルだ。
クリストルと過ごした十数年は、アミティにとってかけがえのない時間であった。
だがクリストルは人間であり、アミティは龍。
アミティにとって生まれて初めて会った龍が──ギュスターヴである。
龍は、記憶を引き継ぐ。
その記憶の中に、確かに【北天の七星龍】の存在は刻まれていた。
史上最強の龍であり、1000年以上前に死して──最強のアンデッドとなった存在であると。
「ふはははっ! さぁ【龍皇剣聖】よ。さっさとこの不届きものどもを捕らえるんじゃ!」
一人で喚く小太りの枢機卿を押しのけるようにして、ギュスターヴが前に出てくる。
全身から溢れ出る凄まじい闘気に、アミティは思わず身震いする。
……だが、勇気を振り絞ってアミティは前に出る。理由は自分でもわからない。
横を見ると、同じように歯を食いしばって立つウルフェの姿があった。
なぜ──自分はユリィシアを守ろうとしているのか。
クリストルと約束したからか?
いや、それだけではないことを、アミティは本能で理解していた。
ユリィシアを護りたいから? それも違う気がする。アミティはウルフェほどユリィシアのことを心酔していない。
強いて言えば──龍としての直感。
自分は──龍として、この物語の行く末を見守る必要がある。龍の記憶に、引き継ぐ必要がある。
だからこそ、ユリィシアを守らなければならないとアミティは強く思っていた。
「うぉぉぉおおぉぉぉおぉっ!!」
ウルフェが炎の魔剣を抜くと、超本気モードでギュスターヴに切りかかっていく。
「だりゃぁぁぁぁああぁぁっ!!」
アミティも負けじと、両手を龍化させて、ギュスターヴに襲いかかる。
だが──。
「ギャース」
「ぐふっ!?」「リュっ!?」
ギュスターヴが軽く捻るだけで、二人は弾き飛ばされ激しい音と共に壁に叩きつけられる。
そのまま、その場に崩れ落ちる二人。
アミティは、攻撃を受けた瞬間に【龍波】──強き龍のみが発するオーラをまともに食らってしまったことに気付く。でなければ、ほんの一撃で二人が戦闘不能状態になるわけがないのだから。
カツ、カツ、カツ……。
ギュスターヴが無言でゆっくりとユリィシアに近づいてゆく。
恐るべき相手──。
何とか立ち上がろうとしながらも、アミティは違和感を感じていた。
それは──ギュスターヴからあまり敵意を感じないことだ。
明らかにギュスターヴは手加減している。そうでなければ、彼ほどの超戦闘能力をもってすれば、アミティたちはおそらく瞬殺されていたことだろう。
もしや、ギュスターヴは──。
「お嬢様、に、逃げてください!」
そのとき、必死の形相のウルフェがギュスターヴの片足にしがみついた。
ギュスターヴの動きが僅かに止まる。
その目に宿る光は──間違いなく理性。これがアンデッドのものなのかとアミティは思った。
だが同時に悟る。
ギュスターヴは──ユリィシアを逃そうとしているのだ。
理由は分からない。しかし、もはや考えている場合ではない。
この流れに乗るべきだとアミティは直感し、アミティも身を投げ出してギュスターヴの前に出る。
「ユリィシアだけでも逃げるリュ!」
──その隙を、ユリィシアは見逃さなかった。
素早くゲートを作ると、この場から一瞬にして消え去ったのだった。
……ウルフェとアミティを、置き去りにして。




