126.襲撃
エルマーリヤに力を与えた〝聖者″。
そして、エルマーリヤの命を奪った〝大悪魔の仕業″。
……今の私ならばわかります。
恐らくエルマーリヤは──。
〝聖者″……すなわち魔法王国の英知を持つ何者かによって、人為的にダンジョンコアを与えられたのでしょう。
そして、何らかの理由によってその力が不要もしくは邪魔となり、〝大悪魔″によって命を奪われたのではないでしょうか。
超越化したエルマーリヤの命を奪えるものなど、恐らくそう多くはありません。
ですから〝大悪魔″とは、すなわち──私たちと同様に、ダンジョンコアを食って超越者となったものの可能性が極めて高いと推測されます。
一体誰が、何のためにエルマーリヤに力を与えたのでしょうか。
エルマーリヤは……何をしたかったのでしょうか。
そしてエルマーリヤは、どうして殺されてしまったのでしょうか。
命を奪われるほどの何かを、彼女がしたというのでしょうか。
……わかりません。
ですが、ほとんど何も知らなかったエルマーリヤに、少しだけ近づけた気がしました。
気がつけば教皇の話は終わろうとしています。
「大聖女がなぜあのようなアンデッドになってしまったのか……どんなに調べてもわからんかった。フランケルも亡き者である以上、今ではもう知る由はないんじゃ」
大変申し訳ないのですが、張本人である私にも分からないんですけどね。
あ……そういえば一つ──私だけしか知らない秘密があります。
前世でエルマーリヤをアンデッドとして復活させようとしたとき、私は彼女の素体を大教会から拉致しました。
そのとき驚いたのですが、なんと彼女の素体は──まるでたった今息を引き取ったかのように美しい姿を保っていたのです。
この事実は、イノケンティウスの研究書にも記載されていません。敬虔な聖母教会の信徒である彼には、墓暴きをして遺体を確認することなど出来なかったのでしょう。
通常、500年も前の遺体がこのような状態にあることなど考えられません。
恐らく超常的な力が働いていたに違いありません。
これも推測でしかありませんが……。
エルマーリヤを殺害したものは、大切に彼女を葬ったのではないでしょうか。
美しさが損なわれないように──。
彼女の神聖さが、失われないように──。
魂が──輪廻の輪に廻らないように?
……あ。
あぁ……なるほど。
「そう……だったのですね」
ようやく──分かりました。
なぜ──私の死霊術が失敗したのか。
私の術は、失敗したわけではなく──誤作動を起こしていたのではないでしょうか。
ここから先は、完全に私の推測になりますが──エルマーリヤを大教会に安置した存在は、エルマーリヤの魂が輪廻の輪に戻されないよう素体に留める魔術を施していたのではないでしょうか。
術の結果として、エルマーリヤの素体は美しいまま数百年も留まり続けました。
ですがこの術はとてつもなく高度なもので、前世の私程度では感じることすらできませんでした。
だから私は──既に強力な魔術が掛かっていたエルマーリヤに対して、不用意に死霊術を行使してしまったのです。
──術の重ね掛け。
そんなことをしてしまえば──術式が壊れてしまい暴走するのは当然です。
その結果……エルマーリヤは蘇りました。
名を呼べばどこにでも現れ、見境なく相手を輪廻の輪に送る、狂ったSSS級アンデッド『いにしえの大聖女』として。
あぁ、こんなものは失敗ですらありません。
私は──。
私は、エルマーリヤを守っていた力を、狂わせてしまっただけではありませんか。
「……お嬢様?」
「どうしたリュ?」
「顔が真っ青じゃぞ?」
心配そうな教皇たちから声をかけられますが、返事する気力も湧きません。
それほどに──私は強いショックを受けていました。
前世の私にどうしてSSS級アンデッドを作ることができたのか、ずっと不思議でした。どんなに調べても理由が分かりませんでしたし、再現も不可能。
ですが──分かってしまえば簡単なことでしたね。
なにせ私の術は──エルマーリヤを作ってなどいなかったのですから。
なんと未熟な死霊術師でしょうか。
なんと愚かな死霊術師でしょうか。
だというのに私は、自分は優秀な死霊術師であると思い込んでいたのです。
あぁ……情けない、勘違いも甚だしい。
恥ずかしくてエルマーリヤに合わす顔もありませんわ。
「……失礼しました。もう大丈夫ですわ」
しばらく落ち込んだものの、私はなんとか冷静さを取り戻しました。
声を絞り出すように、教皇たちに返事を返します。
確かに以前の私は愚かでした。
ですが──いくら後悔しても過去に戻るわけではありません。
であれば私は、今の私にできることをするのみです。
「して、ユリィシアよ。おぬしは〝いにしえの大聖女″をどうしたいんじゃ?」
まるで私の心を察したかのように、教皇が問いかけてきます。
私は、たったいま導き出したばかりの答えを告げることにしました。
「私は──彼女に決着を付けますわ」
今回、教皇のおかげでエルマーリヤの過去を、大まかにですが知ることができました。生前の彼女は、実に数奇な運命をたどっていたようです。
そして死後も……私が愚かにも手を出したことで、彼女はSSS級アンデッドへと変化を遂げました。
私は過去を後悔しているわけではありません。
確かに私がやってしまったことではあるものの、今さら過去を詫びようとも、何かを取り返そうとも思いません。
反省はすれど後悔はしないが私のモットーなのですから。
とはいえ──だからといって、エルマーリヤをこのままにしておくつもりはありません。
「ほぅ……決着、とな?」
「ええ」
なにせ彼女は、過去の私の不始末の結果であり──初恋の相手なのですから。
私は死霊術師。
私にできる──私なりの決着を、彼女につけてみせますわ。
「……次の目的地が見つかりましたわ」
私は師匠のもとへ、向かわなければなりません。
師匠は『魔法王国』の生き残り……まぁ死んではいますが。
ならば、エルマーリヤの身に起こった出来事を何か知っている可能性が十分にあります。
それに、師匠にはお返ししなければいけないもの──『クオリアの冠』も持ったままですからね。
「ふむ、どうやらおんしは答えを見つけたようじゃな。おんしなら本当に──あのお方をどうにかしてくれる気がするぞよ」
「ええ。私にお任せください」
「わしはここ大教会で、おんしの成功を祈っておる。本当は堂々と手助けしてあげたいんじゃが……聖母教会も色々あってな。特に──エルドラド枢機卿。あやつには得体の知れぬ恐怖すら感じるわぃ」
へぇ……トップに立ってるから一番偉くて自由気ままだと思っていたんですが、教皇にもいろいろあるんですね。
「そうですか、大変ですね。頑張ってくださいね」
「……おんし、ノリが軽いのぅ。興味ないのがありありじゃぞ?」
だって事実興味ありませんからね。
「では私たちは次の目的地に向かうことにします。ありがとうございました」
「ふぉっふぉっふぉ、良い良い。おんしみたいな可愛い子ちゃんならいつだって歓迎じゃよ」
教皇は本当に最後まで食えない爺さんでしたね。
まあ聖母教会の中ではマシなほうの人だったと覚えておきましょう。
挨拶も済ませ、教皇のもとから退出しようとして立ち上がりかけて──。
バタン!
突如、激しい音とともに扉が開かれました。
「くっくっく、こんなところにおったのか!」
扉の向こう側に立っていたのは、初老の小太り聖職者です。
白い司祭服の胸元の……あの金色の刺繍には見覚えがあります。たしかあの刺繍は──スミレと同じ枢機卿の印ではないでしょうか。
ということは、彼は──私の嫌いな枢機卿の一人みたいですね。
「サウサプトン卿か、どうしたんじゃ?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。いやはや、まさか教皇ともあろうお方が【異端者】を匿っているとは……これは大問題ですぞ!」
「異端者? はて何のことかのう。わしは友人の孫と楽しく話しておっただけじゃぞ?」
んー、なんだかめんどくさいことになりそうですね。
私のことを【異端者】などと言っているし……やっぱり聖母教会の関係者とは生まれ変わっても相容れないみたいです。
別に私自身が何と呼ばれようと今更気にはしないのですが、親切にもエルマーリヤの情報を教えてくれた教皇に迷惑をかけるのはさすがに気が引けます。
ここはさっさと退散することにしましょう。
「ウルフェ、アミティ。行きますわよ」
「はっ!」「リュ!」
「おいおい、異端者がここ大教会から簡単に逃げれると思っているのか?」
小太り枢機卿──面倒ですね、小デブが手を叩いて合図をすると、彼の後ろからぞろぞろと聖導騎士たちが姿を現します。
うわー、私の天敵たちではありませんか。
完全に囲まれて、簡単には逃げれそうにもありません。
……くくく。
ですが、今の私は以前までとは違います。
なにせ──ダンジョンコアを食って『人造ゲート』を造ることができるようになったのですからね。
まだまだ不安定なゲートではありますが、大教会から脱出する程度の距離ならばなんとかなるでしょう。
ということで、さっそくゲートを作ってみて、と……。
「な、なんじゃその穴はっ?!」
「さぁ脱出しますよ」「は、はい!」「すごいリュ……」
ですが、私たちがゲートに飛び込もうとした──そのときです。
「……なっ!?」
「何者リュ!?」
とてつもない剣気を感じて、一気にウルフェたちが戦闘態勢に入ります。
それもそのはずです。この気配は──間違いなく強者、しかも相当に強い人物の剣気です。
これほどの気配を発するものが相手だと、流石に面倒です。
「まずいです。二人とも、早くゲートに──」
──《次元を斬る龍の刃》──。
ギィィィィイイイン‼︎
「うわっ!?」「きゃっ!?」
頭の中を直接刺激するような甲高い音とともに、今造りだしたばかりのゲートが真っ二つに切り裂かれます。
よもや、ゲートが人為的に斬られるとは……。
「お嬢様、俺の後ろに隠れてください!」
「な、何者だリュっ!?」
「くくく……さすがは【龍皇剣聖】よ。怪しげな魔法ですら切り裂くとは、実に素晴らしい! エルドラド卿に借りていて正解じゃったな」
小太りの枢機卿がなにかほざいていますが、完全無視です。
それよりも注意すべきは彼の後ろ──私のゲートを切り裂いた【龍皇剣聖】という名の聖導騎士に目を向けます。
彼は……龍の仮面を着けていてその顔を見ることはできません。
ですが──あっさりとゲートを破壊するほどの剣気を持つものなど他にいません。
まさか、こんなところで再会することになろうとは……。
「なんで……」
私と同様に相手の正体に気づいたアミティが、冷や汗を流しながら唸るように声を漏らします。
「なんでギュスターヴが、こんなところに居るリュ!?」




