125.伝記
教皇──聖母教会の頂点に立つ人物で、私も実物に会うのは初めてです。
本来であればとても忙しい人のはずですが……なんでこんな場所に居て、しかも普通に会えるんですかね。
「まぁまぁ、あんたがた。そんなにかしこまらないでいいから、そこに座りなされや」
「教皇、あのー……警備は?」
「いらんいらん、それよりもわしはこのめんこい子たちとお話をしたいんじゃ。しばし空けてくれんかね」
「は、はぁ……」
「教皇様に一切なにも手出しをしないこと、このウルフェ、剣に誓いますぞ!」
「ふぉふぉふぉ、そう固くなりなさんなよ。あんたも落ち着いてそこに座らんかね」
恭しく剣を差し出すウルフェでしたが、教皇はやんわりと突き返します。
ふーむ、なかなか豪胆な人物みたいですね。
結局、司祭たちを追い出してしまった教皇は私たちをテーブルに座らせると、ニコニコしながら茶を淹れ始めました。
聖母教会の人間は、総じてスミレのようなカチンコチンの頭が硬いタイプが多いと思っていましたが──どうやら例外もいるようですね。彼のことを少し見直すことにします。
「ほっほっほ、わしはどうも緩いらしくてのぅ。じゃがお主らに悪意がないことは分かっとるよ」
「それは──ギフトですか?」
「うんにゃ、まあ経験じゃな。それに──おんしのような可愛い子ちゃんに襲われるなら本望じゃて。ほっほっほ」
ふぅん、なんとも食えないじいさんですね。まぁ……嫌いではないですが。
「さて、それじゃあまずはおんしらの名前でも教えてくれんかね。名前も知らんと呼ぶ時困るからのう」
「失礼しました。私、ユリィシア・アルベルトと申します」
「ウルフェです」
「アミティだリュ!」
「ほほぉ……なるほど、おんしがスミレの孫娘か。たしかにスミレの若い頃に少し似ておるのぅ」
「え? そうなんですか?」
スミレに似ていると言われて一瞬うえっと思いましたが、表情には出さないようにグッと堪えます。
「しかしおんしがなぁ……ただのめんこい女の子にしか見えないんじゃがなぁ」
「ん?」
「いや、なんでもない。ところでユリィシアよ、おんしはこの杖を拾って来てくれたそうじゃな。しかも、いにしえの大聖女について知りたいと」
「ええ」
「ふーむ。このわしで良ければ教えてもいいぞよ」
「え?」
ほほー、教皇が自ら教えてくれるというのですか。
彼女の存在を隠匿している組織のトップが教えてくれるというのですから、これ以上の情報源はありませんね。
「そのかわりわしに、どこで拾ったのかを教えてくれんかの?」
……なるほど、そう来ますか。
ですがその程度の条件であれば仕方ありませんね。いちいち説明するのが面倒なので通常であれば即お断りなのですが、今回は特別に我慢することにしましょう。
「分かりました、ではお話しましょう。この杖を拾ったのは──『大聖女のダンジョン』ですわ」
「ほっ!?」
こうして私にしては珍しく──自分の口で杖を拾った経緯を説明したのでした。
◇
一通り話を書き終えたあと、教皇はすっかり冷めたお茶を飲みながら「ほぅ……」と息を吐きました。
「なるほど、そうじゃったのか……大聖女のダンジョン宝箱にのぅ……。それにしてもおぬしら、よく生き残って出てこれたのぅ」
「本当にそう思うリュ!」
「お嬢様のおかげですな!」
「……じゃが、なぜ『大聖女のダンジョン』にこの杖があったんじゃろうか……。実はわしの父親はな、20年ほど前に〝いにしえの大聖女″がここ大教会に出現した際に、強制転生させられてしまったんじゃよ」
ええ、知ってますとも。
なにせ前世の私がエルマーリヤをアンデッド化したあと、彼女を喚び出した聖母教会でイノケンティウス14世を含む多くの聖職者が《聖者の救済》の犠牲となったせいで、聖母教会に命を狙われることになったのですからね。
「その際にこの杖も行方不明になってしまっておってな。それがなんでそんな場所に……」
「理由はわかりませんが、おそらく彼女にとって──大切なものだったのではないでしょうか」
「大切? なぜ──そう思うんじゃ?」
「自分の身体の中に出来たダンジョンは、言わば秘密の宝箱のようなものです。そんな場所に不必要なものなど入れませんわ」
実際、ダンジョンコアを食べた私の胸の中にもダンジョンは形成されているのですが、そこにゴミを放り込もうとは思いませんからね。
私がごく当たり前のことを言うと、教皇はとっても嬉しそうに「ほぅ」と頷きました。
「そうか……じゃったらわしの父親も報われる、というものじゃな」
「報われる、とは?」
「なぁに。わしの父親は『いにしえの大聖女』を心の底から敬愛しておってな。人生をかけて彼女の生い立ちや伝説を研究しておったんじゃよ」
なんと、もしかしてこれは──大当たりではありませんかね。
思わず身を乗り出しそうになる私の前に、どさっと音を立てながら、教皇が何冊かのノートを置きます。
これは──。
「わしの父親の研究ノートじゃ。父親は──名を呼ぶことのできないあのお方の生涯を調べ、ここに書き記しておる」
おおおお、それですそれです!
私が探し求めていた情報がここにありました。
「見ても?」
「うむ、良いぞ。わしは隅から隅まで暗記するほど何度も読み返しておるからな」
私は教皇の返事を待たずにノートを手に取ると、すぐにページをめくりはじめます。
そこには──知られざるエルマーリヤの人生が記されていました。
「……わしの父親は歴史研究家でな。とくに『いにしえの大聖女』のことを熱心に研究しておった」
先代のイノケンティウスによって記されていた、エルマーリヤの生涯。
それによると、彼女は──今から500年ほど前に、ここ神都フィーリアで生まれたそうです。
古いとは思っていましたが、まさか500年も前の人だとは思いませんでした。だって、彼女の素体は──……まぁその話はまたあとにしましょう。教皇が話を続けます。
「いにしえの大聖女──呼びにくいから大聖女と呼ぶが、彼女は治癒魔法に恵まれた女性だったそうじゃ。とはいえ、治癒魔法以外はからっきしだったようでのぅ」
……やはりそうでしたか。
以前『大聖女のダンジョン』で拾った彼女の日記にも書かれていましたが、エルマーリヤは私と同じように治癒魔法にしか適性が無かったようです。
「ところがあるとき、大聖女は──【聖者】と会った。そして聖者の導きにより──聖母神に近づく大きな奇跡の力を手に入れたのじゃという。そのときから彼女は大聖女と呼ばれる特別な存在になったんじゃ」
【聖者】というのがよくわかりませんが、おそらくこの時にエルマーリヤに何か大きな変化があったのでしょう。
事実、以降のエルマーリヤの活躍は──まさに大聖女と呼ぶにふさわしいものとなっています。
「数万人の一斉治癒。疫病に冒された大都市を丸ごと治療。飢饉で農作物が育たなくなった大地の回復……。いずれも空前絶後の偉業じゃ」
これらの偉業によって、エルマーリヤは聖母教会によって正式に『大聖女』に認定されました。
聖母教会が『大聖女』という称号を与えたのは、後にも先にもエルマーリヤだけです。彼女の偉業がどれだけ突き抜けていたのかが分かるというものですね。
「じゃが──このあと大聖女は命を落とすことになる。命を落とした原因は、〝大悪魔の仕業″といわれておる」
大悪魔の仕業──。いったい何が起こったのでしょうか。
イノケンティウス14世の研究ノートにも、この〝悪魔の仕業″の詳細は不明と書いてあります。
「こうして、大聖女はわずか18歳で命を落としたんじゃ。彼女の死を悼んだ聖母教会は、彼女の遺骸をここ大教会に安置し、盛大に祭ったんじゃよ。……もっとも彼女の安眠は、20年前の不届き者の登場によって無理やり覚まされることなるんじゃがな」
そのあと教皇は、死霊術師フランケルによる事件のことを語り始めるのですが、もはや私は聞いていません。
だって、全部知ってますからね。
──教皇が語るフランケルの悪行を横耳で聴きながら、私は思考に耽ります。
イノケンティウス14世が残した、今から500年前のエルマーリヤの生涯に関する記録。
ここから私は多くの示唆を得ることができました。
……知らない人が聞けば、この研究ノートはただの伝記でしかないでしょう。
恐らく、以前の私が聞いても同じようにしか思わなかったに違いありません。
ですが──。
『魔法王国の滅亡』、『根源の魔塊』、『ダンジョンコア』──。
これらの真実を知ってしまった私には、全く違うものが見えていました。
……これは仮説でしかありません。
何の根拠もありません。
ですが、確信があります。
恐らくエルマーリヤは──。




