124.教皇
──時は少しさかのぼる。
聖マーテル神国の神都フィーリアにある聖母教会の総本山【大教会】で,7人の枢機卿による協議──枢機院が開かれていた。
【 聖智賢者 】コーディス・バウフマン。
【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトン。
【 規律模範 】エメラルダス・ソラーレ。
【 盲目光道 】ランドルフ・ババイエ。
【 会計監査 】テイラー・ケルデイッシュ。
【 千祈万願 】モアザンナ・イルマー・ガルミューラ。
【 仮面聖者 】ファラロン・エルドラド。
聖母教会の実質的なトップを務める7人が、一堂に会する機会はこの時を置いて他にない。
そして彼らが協議する議題の最も重要なものが、教会が認定する『聖女』の認定である。
「ではこれから、【癒しの聖女】と噂されているユリィシア・アルベルトについての協議を行う」
枢機院の進行を務めるのは【 聖智賢者 】コーディス・バウフマン。彼の開会宣言とともに、【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトンが一気に説明する。
「以前から話してある通り、ユリィシア・アルベルトは異端であると考えておる。その理由は──」
ひとつ、彼女が『癒しの聖女』と呼ばれるようになったきっかけでもある帝国での活動には真偽が疑わしいものが多いこと。そもそもアナスタシア女帝と友人であることから、誇張されたものと判断されるとエルマイヤーは断言する。
また本人は聖女と呼ばれることを厭っている事実も公表する。曰く、ユリィシアは幼少期から聖女と呼ばれるのを厭うていたと。
「事実、ユリィシア・アルベルトは祖母であるスミレ・ライトをも偽っていた。聖母教会の信徒であれば誇るべき『聖女』としての資格があることを、枢機卿であるスミレにさえも隠すという考え方自体が異端ではないだろうか!」
とても聖母教会の信者とは思えない。
それが、エルマイヤーの論理であった。
「だが、人気もあるのであろう? 【英霊乙女】からの報告では、連邦でもかなりの人気だとか」
「それが危険なのです! モアザンナ・イルマー・ガルミューラ!」
エルマイヤーが唾を吐きながら力説する。
「確かにユリィシア・アルベルトは聖女たる資格はあるのかもしれんでしょう。じゃが──敬虔なる心持たぬものは聖女にはなれない。それどころか誤った認識を広めておる始末! これを危険な思想と言わずなんという!」
〝いにしえの大聖女″との遭遇もウソと判断される。過去の事例から生き残れるとは到底思えない。
そのように危険で誤った情報まで己の存在を世間に認めさせるために流布するなど、異端以外の何者でもない。
そこまで一気に口にすると、エルマイヤーは荒い息を整えながら水を一気に飲む。
──エルマイヤーは自分に酔っていた。
最大のライバルであったスミレ・ライトを蹴落とし、自分が次期教皇の第一人者となった。
スミレの代わりに枢機卿になったエルドラド卿も既に自分の派閥に組み入れた。これで己の派閥の枢機卿は3人。次の教皇選での勝利は確実といえた。
もはや頂点は目の前だ。
孫娘のエトランゼは聖女となり、地盤は完全に固められつつある。
あと一歩──教皇さえ退位すれば、頂点に手が届くのだ。
「だが、その考えはかなり一方的に感じるのだが、どうだろうか?」
公明正大の権化とも言われるエメラルダス・ソアーレが疑念を提示する。このことをエルマイヤーは十分に想定していた。
だがここは枢機院では、意見が割れた場合は多数決で決める。
ユリィシアに対する異端決議については、エルマイヤーと、彼の派閥である【 盲目光道 】ランドルフ・ババイエ、【 会計監査 】テイラー・ケルデイッシュの三人が同意する。
一方で、コーディス、エメラルダス、モアザンナの三人は反対を表明した。
3対3。
結論は最後の七人目──先日辞任した【 冷徹聖判 】スミレ・ライトの後任である【 仮面聖者 】ファラロン・エルドラドに委ねられる。
彼が下した判断は──。
「私は──賛成します」
エルドラド卿の返事に、エルマイヤーは会心の笑みを浮かべる。
こうして、ユリィシア・アルベルトは──聖母教会によって『異端である』と認定されることとなる。
「ただし──規則に則り弁明の機会を与えよう。ユリィシア・アルベルトに15日以内に大教会に弁明に出頭するよう御触れを出すのじゃ。加えて、聖導騎士や聖間者にユリィシア・アルベルトの捜索および見つけ次第連行することを命ずる。これは──枢機院の最上位の命である」
最後に【 規律模範 】エメラルダス・ソラーレが、異端認定の手続きに従い、既定の指令を出す。
この瞬間──ユリィシアは、聖女教会から追われる立場となったのであった。
◇
「はっはっは、協力感謝するぞ、エルドラド卿」
──その日の夜。
【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトンは、新たに己の派閥に入った【 仮面聖者 】ファラロン・エルドラドと酒を酌み交わしていた。
「こちらこそ、マリスを聖女認定していただきありがとうございます」
ファラロン・エルドラドはスミレに代わり新たな枢機卿となった青年だ。
連邦のかなり有力な貴族であり、これまでも代々聖母教会に多大なる寄付とある形での多大なる貢献をしてきたエルドラド一族の現当主である。
若い時に顔に傷を負ったということで目と鼻を覆う仮面をつけてはいるが、仮面の下から覗く瞳や顔立ちだけでもかなりの美青年であると推測される。
彼がスミレの後任で枢機卿になれるようエルマイヤーに働きかけてきたのは、かなり最近のことであった。
だがエルドラド一族のバックアップは、エルマイヤーとしても喉から手が出るほど欲しかった。
なにせ彼──いやエルドラド一族は、聖母教会の武力の主軸ともいえる『聖導騎士団』を管理してきたのだから。
対するエルドラド卿の希望は、一人の少女を聖女認定すること。
そんなものは容易いことだった。事実、エルマイヤーも自身の孫娘であるエトランゼを聖女にしている。
認定の儀式で確認したマリスはかなり美しい少女であったものの、エルマイヤーにとってはそれ以上でもそれ以下でもなかった。
こうした利害に結ばれた二人は手を組み、それぞれの希望が実現する。
エルマイヤーは、スミレの排除と次期教皇への推薦。
エルドラド卿は、マリスの聖女認定。
その集大成が──お互いにとって邪魔ものであったスミレの孫娘『ユリィシア・アルベルト』の完全排除である。
「ふん、あやつの孫娘にどれほどの力があるかは知らんが……まぁ異端認定したところでたいした問題はなかろうて」
「そうですな、サウサプトン卿」
「して、エルドラド卿はあのマリスという娘を聖女認定してどうするつもりで?」
「なぁに、たいしたことではございません。いずれ私の嫁にしようと思っておりましてな」
「ほっほっほ、なるほど!」
ファラロンの言はエルマイヤーにとって非常にわかりやすいものであった。
美しい娘を聖女認定して自らの妻とする。それは高い地位にいるものが希望の女性を伴侶にするために取る手段としてとても納得できるものだったからだ。
エルドラド卿も自分と同じ俗物であると知り、エルマイヤーは大いに安堵する。
「……じゃが、あの小娘は出頭するかのう?」
「ご心配めされるな、サウサプトン卿」
エルドラド卿ファラロンは、仮面の下に見える口元をニヤリと歪める。
「私が指揮する『聖導騎士団』を使って、捕まえてみせましょう」
「おお、ではあやつもでるのか?」
「ええ。──【龍皇剣聖】も出します」
聖導騎士は、優れた剣術の腕を持つ選ばれた信徒たちである。
だがエルドラド卿が個人的に召し抱えている【龍皇剣聖】は、まさに別格であった。たった一人で聖導騎士団を手玉に取るほどの凄まじい剣術の持ち主なのである。
龍の仮面を付け、無言でただエルドラド卿に使える最強の剣士。
まさに切り札ともいえる存在である【龍皇剣聖】を出陣させるのであれば、小娘の一人や二人を捕まえることなど、赤子の手をひねるよりも簡単なことであろう。
「くくく……それは安心じゃな」
「ええ、ご安心ください」
エルドラド卿ファラロンの言葉を受けて、エルマイヤーは満面の笑みを浮かべながら満足げに酒をあおったのだった。
◆◇
大聖堂でイノケンティウス14世の杖を渡したところ、司祭と聖導女に連れられて私たちは大教会の奥へと案内されていきます。
連れていかれたのは、かなり奥──一般人が決して入れないような区域です。
「すごいですね、大教会の奥に案内されるなんて」
「あたちにはよく分からないけど、貴重な経験はできてるリュ」
私にとってはまったく興味のない場所ですが、聖者たちが安置されている墓地にはちょっと興味があります。
墓地に眠る素体たちを使って、ぜひとも再現事例がない聖属性のアンデッドを作る検証を行ってみたいものですね。
「こ、こちらにどうぞ……」
先ほどまでは横柄な態度だった司祭が、緊張した面持ちで案内したのは、かなり奥まった場所にある扉の前でした。
「失礼します……」
「おお、来てくれたか。ぜひ入ってくれたまえ」
中に入ると──意外と質素な部屋に、〝イノケンティウスの杖″を持ったお爺さんが座っています。
彼が『上のもの』とやらでしょうか。《鑑定眼》で覗いて見ると──なるほど、そういうことですか。
「お主かのぅ? この杖を持ってきてくれたのは」
「ええ、そうですわ。縁あって拾いましたの」
「ひ、拾っ?!」
私の言い草に司祭が絶句していますが、もちろん無視です。
いちいちエルマーリヤの体内ダンジョンで見つけたと説明するのも面倒ですからね。実際、拾ったようなものですしね。
「ふむ……これは感謝せねばならないのぅ。わしは──ベネディクト・フランシス・イノケンティウスというものじゃ。長いから皆はイノケンティウス15世と呼ぶがな。実は、お主が持ってきてくれたこの杖の元の持ち主の息子なんじゃよ」
「イノケンティウス15世!? って、ま、まさか──」
ウルフェが絶句します。
無理もありませんね、なにせ彼は──。
「あ、あなたさまは──せ、聖母教会の現〝教皇″様ではありませんか!」




