123.大聖堂
──翌日。
久しぶりに自由な時間を手に入れたネビュラは、一人賑やかな神都フィーリアを散策する。
よもやアンデッドである自分が、対極の位置にある聖地を歩くなど夢にも思わなかった。
だが、あらかじめ予想していた聖なる結界のようなものを感じることはない。果たしてそれは、元々そんなものが無いからなのか、もしくは──己が進化したからか。
歩きながらも、ネビュラは迷っていた。
道に迷っていたのではない。己の立ち位置に──迷っていたのだ。
自分は何のために生まれて、どこに行こうとしているのか。
ウルフェのように迷いが無ければいい。彼は喜んでユリィシアのために命を捧げるであろう。
アミティもまた似たようなものだ。彼女はユリィシアに心酔しているわけではないが、恩人である賢者クリストルの意志を継いで、ユリィシアの進む道を見極めようとしていた。
だが自分は──果たしてどうなのだろうか。
ふいに立ち寄った喫茶店で、ネビュラはひとり考え込んでいた。
思えば、吸血衝動も最近では薄まっている。自分は、ヴァンパイアと呼べる存在であると言えるのであろうか、それとも……。
ネビュラがメイド服姿でアンニュイな表情を浮かべ、窓の外を眺めながらトマトジュースを飲む姿は、とてつもなく美しく見えた。
事実、喫茶店内の他の客たちはネビュラの姿に目が釘付けになっている。ネビュラが──男であるとも知らずに。
「──〝癒しの聖女″様が……」
しばらくぼーっとしているうちに、他の客たちの会話の中から、聞き捨てならない単語をネビュラの耳が拾う。
癒しの聖女とは、ユリィシアのことを指す二つ名である。やはり神都にもユリィシアの噂は伝わっているのかとネビュラは実感する。
だが──耳を済ませて会話を聞いているうちに、信じられない情報が含まれていることに気付いた。
「帝国を救って、連邦で暴走したダンジョンを鎮めた〝癒しの聖女″様が、枢機院で異端認定されたらしいぞ!」
「なんだって?! どうしてあの方が……物凄い人気じゃないか」
「逆にその人気を枢機院が恐れたんじゃないかってのが、もっぱらの噂だな。しかも代わりに別な人を新たな聖女に認定したってよ」
「聞いた聞いた、【治癒乙女】だろう? なんでも死にかけていた病人が驚くほど元気になったとか……それはそれですごいけど、〝癒しの聖女″様のほうが聖女には相応しいと思うけどなぁ。だって戦場で数千人を一気に治癒したんだろ?」
「暴走ダンジョンでは、まるでアンデッドになったかのように傷が瞬時に癒えたらしいぜ?」
「なんでそれで異端認定するんだか……しかし新しい聖女様は何者なんだ?」
「なんでもエルドラド卿が連邦から連れてきたらしいのよ。元の名前は確か──マリス・ステラ・ラニアケア……」
ガタッ。
ネビュラは立ち上がる。
「すいません。そのお話、詳しくお聞かせいただけませんか?」
──ネビュラにとって、ユリィシアは恐ろしい主人であり、自分を負かした超強敵であり、呪いをかけた憎い相手であった。
だが、ネビュラはまだ気付いていない。
今の自分にとってユリィシアが、すべての行動原理の中心となっていることに。
◆◇
「すごい人リュ……」
「お嬢様、お気をつけ下さい!」
大教会は大混雑でした。聖女認定発表の翌日であれば人混みが落ち着いていると考えた昨日の私の後頭部を殴ってやりたい気分ですね。
ここまで来てしまったことに、すでに後悔し始めています。こんな人混みにいたら酔ってしまいそうです。
せっかく100万を超える魔力を手に入れ、超常的な域まで達したというのに、未だに人混みに慣れることはありません。
人間、そう簡単に変わるものではありませんね。
いっそのこと【不死の軍団】を召喚して、この人間たちを蹴散らしてあげましょうか……くくく。
「……ユリィシアが悪い顔をしてるリュ」
「お嬢様、しばし辛抱なさってください」
たしかに、ここで暴走してしまったら前世の二の舞ですからね。
ここはグッと我慢するとしましょう。すーはー、すーはー。
「どうやら新たな聖女の認定でおおわらわみたいですね」
ウルフェの言う通り、新たな聖女を一目でも見ようと、聖母教会の信徒たちがわらわらと集まっていました。
まったく、聖女なんて迷惑な存在でしかありませんね。
私は女の人のことは全般的に敬愛していますが、他人に迷惑をかける人はあまり好きではありません。スミレやフローラに言ったら怒られそうですが、私個人はやっぱり聖女などいない方がいいと思うんですよね。
「あっちにある祈りの大聖堂なら入れるみたいリュ、行ってみようリュ!」
正直全く興味ないのですが、このまま人混みに溺れていては、本気で【不死の軍団】を呼び出してしまいかねません。
……ここは我慢して、大聖堂に入ってみることにしましょう。
軽く数百人は入れるほど巨大な大聖堂は、たくさんのステンドグラスを通して陽の光が差し込んでおり、キラキラと輝いていました。
多くの人たちが膝をついて祈りを捧げています。
「綺麗リュ……」
「さすがは聖母教会の大聖堂ですな!」
実は私、ここ大聖堂には前世で来たことがあります。
もっともそのときは、真夜中だったので真っ暗で大聖堂の中はよく見えていませんでしたが。
……なにせ前回ここに来たのが、『いにしえの大聖女』を手に入れるために侵入したときなのですからね。
あの頃、エルマーリヤは大聖堂の奥にひっそりと安置されていました。石でできた棺の中に納められ、その上には生前のエルマーリヤを模した像が置かれてありました。
若かりし前世の私は、そのエルマーリヤの像を見て一目で恋に落ちました。一目惚れ──というやつですかね。自分で言うのも恥ずかしいですが。
整った顔立ちに均整の取れた手足。全てを包み込むような慈愛の笑み。豊満な──聖なる双丘。
非モテで嫌われ者だった私に、あの笑顔は破壊力があり過ぎました。
しかもエルマーリヤの場合は、実物の方が遥かに魅力的でした。普通この手の像は大抵美化されているものですが……もっともこの事実を知るのは、エルマーリヤをアンデッドとして復活させたときなんですけどね。
思い出に浸りながら、私は奥へと進みます。ですが──かつてエルマーリヤの像があった場所は、今では綺麗に撤去されていました。
エルマーリヤのことを大聖女と崇め、あんなにも大切に祀っていたというのに、完全に撤去してしまうとは……聖母教会もずいぶんと冷たいものですね。
まぁ下手に信仰してしまって名を呼んで召喚されても困るというのは分かりますが。
……あれ、もしかして私のせいですかね?
大聖堂に来てみたものの、残念ながらエルマーリヤに繋がりそうなものは残っていそうにありませんでした。
念のため、魔力を使って確認をしてみることにします。
他人の真似をして、祈る振りをして膝をついて、他人にバレないように魔力を広めてエルマーリヤの気配を探ります。
──やはりここでは、エルマーリヤに関係しそうなものを感じることは出来ませんでした。残念です。
「お嬢様……」
ウルフェに声をかけられて気がつくと、なにやら周りの注目を浴びているではありませんか、
「なんと神々しい……」「あんなに清らかな祈り、初めて見たぞ」「きっと敬虔な聖導女に違いない」「しかもあのお顔、なんて美しいことか……」
これはいけません。
目立つのは嫌なので、さっさと大聖堂を立ち去ることにしましょう。
最後に──かつてエルマーリヤの像があった場所に改めてやってきます。
「お嬢様、どうしましょうか?」
「んー、大聖堂にはもう用はありませんね。これ以上の長居は無用ですので、このまま立ち去──」
「あのー、もし?」
そのとき、ずっと遠目で見ていた中年の聖導女がこちらに近寄ってくると、私たちに声をかけてきました。
「なんでしょうか?」
「先程は素晴らしいお祈り姿でございました。もしや──聖母教会の関係者の方でしょうか? 何かお探しでも?」
ふむ、向こうから声をかけてくれましたね。
これはある意味チャンスかもしれません。私は自分から声をかけるのが苦手なので、これ幸いとばかりに彼女に尋ねてみることにします。
「あの──いにしえの大聖女のことを知りたいんですが」
「えっ!?」
私の問いかけに、明らかに狼狽え始める聖導女。
しばらくオロオロしたあと、少しお待ちくださいと言って引き上げていきました。
「ユリィシア、それはストレートに聞きすぎリュ」
「そ、そうですかね」
どうにも人との距離感は分かりにくいものですね。
ですが、先ほどの聖導女が今度は偉そうな格好をした司祭を連れて戻ってきました。
「あんたらか? いにしえの……なんとかとやらを知りたいのは」
「いにしえの大聖女ですよ」
「ああ?! なんだそれは、そんなものいないぞ!」
いない、と言っている時点で語るに落ちてる気がするのですが、ここで押し問答をしていてもキリがないので、私は秘密兵器を取り出すことにします。
それは──エルマーリヤの体内ダンジョンで見つけた、イプケンティウス14世の杖です。
杖を見た瞬間、司祭はすぐに顔色を豹変させます。
「そ、それは!? まさか──失われし〝聖者の聖杖″ではありませんかっ!?」
おや?
思ったよりも効果がありましたね。
「し、しばし待たれよ!」
司祭はそう言うと、顔を真っ青にしたまま杖を抱えて戻ってしまいました。残された私たちと聖導女が思わず顔を見合わせてしまいます。
取り残されること、少しの間──。
先ほどとは打って変わってへりくだった表情を浮かべた司祭が、手をすりすりしながら戻ってきました。
「あのー、責任者がお会いになるそうです。こちらに来ていただいてよろしいでしょうか?」
ほほぅ、その責任者とやらが私にエルマーリヤのことを教えてくれるのですかね。
本当は大教会の奥など行きたくないのですが、せっかくの機会ですのでお呼ばれすることにしましょう。
こうして私たちは、大教会の奥へと連れて行かれたのでした。




