122.異端認定
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ここは聖マーテル神国の神都フィーリア。
その中心部にある大教会において、一つの会合が開かれていた。
ステンドグラスに天井を覆われた神秘的な雰囲気すら感じられる会議室に座っているのは、7人の男女たち。
彼らこそが〝聖母教会″の枢機院を取り仕切る枢機卿である。
そして、彼ら枢機卿に囲まれるようにして、一人の少女が椅子に座っていた。
枢機院によって認定された聖女の一人である〝英霊乙女″エトランゼである。
エトランゼは、枢機院の命によってレオニダス連邦の一大都市サンナミで発生していた異変を調査しに行っており、その報告を行っていたのだ。
「……以上が、わたくしが見てきた結果でございます」
「なるほど。〝英霊乙女″はユリィシア・アルベルトがサンナミの街の冒険者たちを扇動して、エクストラ化したダンジョンに突入させた様子をその目で見たというのだな?」
「は、はい……」
若干ニュアンスが違うと思ったものの、エトランゼは枢機卿の言を修正することなどできないので黙り込む。
「ふむ、ご苦労であった。〝英霊乙女″よ、しばらく休むがいい」
「えっ!? ユリィシアを聖女認定しないんですかっ!?」
本来であれば口を挟む権利などエトランゼにはない。
それほどに、枢機院は聖母教会の中でも特別な存在であった。
だがエトランゼはどうしても口にせずにはいられなかった。
「連邦だけではありません、ユリィシアは帝国をも救ったのだと、かの国から流れてきた冒険者たちが口にしていました。帝国では『癒しの聖女』と呼ばれていたそうです」
エトランゼは、ユリィシアがサンナミの街で示していた圧倒的なカリスマに魅せられた。
いや、本当は──学園にいた時から既に虜になっていたのかもしれない。
12歳にして聖女認定され、誰よりも優れていると思っていた自慢の鼻をへし折ったのは、ほかでもないユリィシアであった。
帝国の現女帝であるアナスタシアに対してすら感じなかった想いを、ユリィシアに対して抱いたのだ。
自らの妹分にならないかと声をかけながらも袖にされた際には、憎々しく思ったりもした。だが──気が付けばエトランゼは、ユリィシアのことばかり追いかけていたのだ。
「あれだけの人を惹きつける魅力、正義を行う奇跡を起こす力。たとえ治癒の力が及ばないとしても……真の聖女とは──ユリィシアのような存在なのではないですかっ?」
だが一人の老人が立ち上がり、エトランゼを制する。
「その考えは──異端じゃ、エトランゼ」
口にしたのは【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトン。
現在の筆頭枢機卿であり、次期教皇候補でもある人物だ。
そして──エトランゼの祖父でもある。
「異端、ですか?」
「うむ。実はおぬしが来る前から枢機院は一つの結論に至っていた。おぬしの報告は、その結論を補強するに足るものであった」
枢機院の下した結論は、聖母を信仰するものたちにとって絶対である。
だからエトランゼは、どうしても確認せざるを得なかった。
「その──結論とは……?」
エトランゼの問いに、祖父でもある枢機卿エルマイヤーはニヤリと口元を歪めながら答える。
「ユリィシア・アルベルトは──『異端』である」
◆◇
私たちは一度サンナミの街に帰還すると、ゲートを潜り抜けて聖マーテル神国へと向かうことにしました。
「エドワード領主たちには挨拶しないんですか?」
ウルフェにそう聞かれて、私は首を捻ります。
挨拶? そんなものするわけないではありませんか、めんどくさい。
「なるほど、さすがはお嬢様。こっそりと立ち去られるのですね。なんと奥ゆかしいお方なのか」
何も答えず黙り込んでいたら、相変わらずウルフェが超解釈をしていますが、もちろん無視です。
とはいえもし師匠が居れば会って冠を返したかったのですが、残念ながらサンナミの街で師匠の気配を感じることはできませんでした。おそらくもうすでに街を出て新たな寝ぐらに戻ってしまったのでしょう。
まぁでも、いつかきっと師匠には再会できると確信しています。それまでは、この冠は私が預かっておくことにしましょう。
魔法王国を滅ぼした一因となる魔法道具なんて、おっかなくて放置しておくわけにはいきませんからね。
「しかし、マリス様たちはどこに行ってしまったのでしょうな。ちゃんとお礼も言えなかった……」
「あんなヤバイやつらともう関わりたくないリュ!」
「同感でございます」
そういえばマリスたちは、どうして私を助けに来たのでしょうか。
動機や理由がよくわかりませんでしたのでウルフェに聞いてみると、マリスは持ち前の優しさから放っておけずに、ファラロンたちの反対を押し切って救おうとしたのだそうです。
なるほど、マリスは優しい女の子なのですね、実に好感度高いですわ。今度会ったら仲良くなりたいものです。
その際、マリスは──私が〝魔を極めし夢幻の乙女″であり、〝祝福を受けし癒しの乙女″である自分のライバルであると言ったそうです。
同じことを以前スミレが言っていました。たしか……聖母教会の上層部にのみ伝わる【原典】に記された、聖母神様の神託の中に出てくる人物のことだと。
ただスミレには〝癒しの乙女″かと確認されたのですが……今度は逆のほうでしたね。
結局私が何者なのかは分からないのですが、正直どっちの乙女であろうとなかろうと、私にとってはどうでもいいことなんですけどね。
それよりも気になるのは──マリスが『自分は次の聖母神になる』とウルフェたちに言っていたことです。
私の脳裏に過るのは、聖母神を信仰し、非業の最期を遂げたクオリアのこと。
彼女もまた、その最期に聖母神になろうとしていました。
他人が何を信仰しようと興味はありませんが……私には到底理解できない思いですね。
とはいえ──これから知ろうとしているあの人も聖母神の使徒でした。
いにしえの大聖女。微笑みのエルマーリヤ。
もしかしてあのひとも──聖母神になりたかったりしたのでしょうか。
「お嬢様、マリス様に付き従っていた二人の従者は『終わりの四人』の……」
「分かってますわ」
SSSランクアンデッドの【宵闇の帝王】ファラロンに、【北天の七星龍】ギュスターヴの二人が、なぜマリスに従っていたのかも気になります。
もしやアンデッドですら聖母神を信仰……なんてことはありませんよね?
それとも、私が《鑑定眼》で見たマリスの特殊な性質によるものでしょうか?
もっとも、どんな理由があれ、私はコントロールできないアンデッドにはあまり興味はありません。エルマーリヤひとりで懲り懲りですわ。
「ギュスターヴ、ヤバイやつだったリュ。あたちも……強くなりたいリュ」
ギュスターヴはおそらく数千年生きた龍です。私の軍団員であるエシュロンでさえ千年以上生きています。アミティがギュスターヴの足元にも及ばないのも仕方ないでしょう。
とはいえ素体としては十分なので、アミティの今後の成長に期待大なんですけどね。
サンナミのゲートから三つほど大きな公用ゲートを潜り抜けると、私たちは神国に入国しました。まともに歩いたら数週間かかる距離をほんの1日で到着するのですから、ゲートは本当に便利ですね。
「ここが……聖マーテル神国……」
ネビュラちゃんが感慨深く呟くのも分かります。私やネビュラちゃんみたいな後ろ暗い存在にとっては、世界で最も近寄りがたい国ですからね。
さて、着いたは良いのですが、肝心のエルマーリヤの情報をどこで仕入れましょうか。
とりあえず目指すは、神都にある聖母教会の総本山である大教会です。
とはいえ、聞きにいこうにも、つても何もありません。以前であればスミレが居たのですけど……よもや私がスミレを頼りたいと思うなど、色々と変わったものですね。
ですが他に当てもないので、そのまま進むことにします。
さらに一つの公用ゲートを潜り抜けると、ついに聖マーテル神国の神都フィーリアに到着しました。
ところが、様子が少し変です。
なにやら神都全体が賑やかに湧いているではありませんか。
「どうしたのですかね?」
「何かのお祝いをしているようですが……お祭りかなにかでしょうか?」
「俺が行って確認してまいります!」
人混みをもろともしないウルフェが一人で突入していきます。
しばらくすると、少し興奮した様子で戻ってきました。
「お嬢様! どうやら……新たな聖女が認定されたようです!」
ほほぉ、だから騒いでいるのですか。聖母教会の信徒たちにとって聖女認定は一大イベントですからね。
ウルフェの言う通り、人混みを避けるようにして進んでいくと、人々は口々に新たな聖女のことを噂していました。
「エルドラド枢機卿が、新たな聖女様をお連れしたぞ!」
「新たな聖女様の名は──〝治癒乙女″だ!」
「祝いだ、祝いだ!」
「だが逆に、あのお方は落選してしまわれた……」
多くの人々が新たな聖女の誕生に湧く一方で、中には暗い表情を浮かべた人たちもいます。
「なにが〝治癒乙女″だ! 癒しの聖女はあの方の呼び名にこそ相応しいというのに!」
「しかも教会は、あの方を異端認定してしまったらしい」
「スミレ様がいればこんなことにならなかったというのに……」
「教皇様は一体なにを考えていらっしゃるのやら……」
何の話をしているのかはよく聞こえませんが、聖母教会の中も色々とゴタゴタしているみたいですね。
──私には関係ないことですが。
「まぁ他の聖女などどうでもよいですな」
珍しくウルフェがまともなことを口にします。ようやく私の気持ちがわかるようになったのですかね。地道に調教してきた甲斐があったというものです。
「いずれ世間は、お嬢様こそが真に至高の聖女と呼ぶべき存在であると気づきますよ!」
……と思った私が愚かでした。
ウルフェはやはりウルフェでしたね。
「……私は聖女ではありませんわ」
「なんと! さすがお嬢様、謙虚であられますな!」
「いえ、聖女と呼ばれたくないのですよ」
呼ばれるだけで背筋がゾワゾワします。
本当に勘弁して欲しいですね。
「さようですか……わかりました。ではこれからどうしましょうか? この様子だと今日一日は街中が大騒ぎだと思いますよ」
「そうですね。本日は宿を取って休んで、大教会には明日向かいましょうか」
「うっ……ボクは行かなくても良いでしょうか?」
確かにヴァンパイアであるネビュラちゃんには教会の総本山である大教会に入るのは厳しいかもしれませんね。
「わかりましたわ。ではウルフェとアミティ、参りましょうか」
「はっ!」
「わかったリュ。人間の宗教自体には興味はないリュが、珍しい場所に行くのは楽しみリュ!」
こうして私たちは翌日、大教会に向かうことにしたのでした。




