120.目覚め
マリスは自分を『祝福を受けし癒しの乙女』──すなわち次期の【聖母神】の候補だと宣言し、ユリィシアのことを『魔を極めし夢幻の乙女』──マリスのライバルであると言った。
ネビュラには彼女の言うことが到底信じられなかった。
そもそも神という存在に、人間などがなれるものなのだろうのか。
……たとえばこれが【いにしえの大聖女】であれば、神になると言われても信じられるであろう。たしかにあれは現時点ですでに神の一種と呼べるような存在であるとも言える。
だが目の前のいたいけな少女が、いったいどのような原理で神になれるというのであろうか……。
戸惑いながらもネビュラは己の主に目を向ける。
マリスにライバルと言われたユリィシアは、大量の亡者が渦を巻く中心で膝を抱えて顔を埋めたままである。
髪の色は闇のように黒く、なんとも禍々しい黒い魔力を発している。
その魔力に反応して、亡者たちが騒いでいるようにネビュラには感じられた。
「お嬢様! いかん、すぐに助けなければ!」
ウルフェが叫びながら、亡者たちの群れに飛び込もうとする。
だが、すんでのところで止める者がいた。
──ギュスターヴだ。
「なにをするっ!?」
「ギャース」
「飛び込んだら死ぬって言ってるリュよ」
「たとえ死すとも、お嬢様を助けなければ!」
だがいくら踠いても、どうしてもギュスターヴの手を振り解くことが出来ない。
「くっ、放せ! 早くいかないとお嬢様がっ!」
「ウルフェ、あいつらはなんだかヤバいリュ。早く逃げるリュ!」
「ですが逃げることも困難になってきたでございますよ……」
ネビュラの言う通り、先ほどまではユリィシアを中心に渦巻いていた亡者たちが、いつのまにやらウルフェたちの周りを取り囲んでいたのだ。
「このままでは逃げることもできませんね」
「ギャース」
「ちっ、すぐに逃げればよかったんだがな」
「またファラロンってばそんなことを言う。あなたにならどうにかできるのでしょう?」
「やる気が起きませんなぁ」
自身やマリスに迫り来る亡者は打ち払うものの、それ以上の手出しをしようとしないファラロン。そんな彼にマリスは不満たらたらといった様子で頬を膨らませる。
「もういいですわ! だったらわたくしの《祝福の右手》を亡者たちに──」
「それはいけません!」
「ギャース」
「なぜですか? わたくしのギフトを持ってすればいくら古代王国の亡者といえど、無事では済まないのでは……」
「危険です、姫様。それよりもあの冠をさっさと回収して撤収しましょう」
「えっ? クラウン?」
いきなり飛び出してきたクラウンという単語に思わずマリスが反応する。口にしたファラロンが一瞬しまったという表情を浮かべるが、すぐに元の無表情に戻った。
マリスがクラウンの意味を問いただそうとした──そのとき。
「なっ?!」
「あれは──」
亡者が渦巻く回廊の奥で──強烈な閃光が走った。
◆◇
私──ユリィシア・アルベルトは、アンデッドが大好きです。
ですが、苦手なアンデッドもいます。
ひとつ、腐ってカビるゾンビ系アンデッド。
ひとつ、自我を持った陽キャなアンデッド。
そして──悲嘆に暮れて怨念だけを持つ陰キャなアンデッド。
1000年もの間、己の身に起こった不幸を人のせいにし、恨み、怨み、他人に救いを求めるような奴らは、私のお呼びではありません。
「ええい、鬱陶しいですわ!」
私がパッと手で払おうとすると、右手が激しく光り始めます。
あぁ──そういえば私にはギフトがありましたね。
これで追っ払ったらどうなるでしょうか?
どーれ、どーれ。
ぺしぺし、ぺしぺし。
──うぁぁぁあああぁ……。
──ひぃぃぃぃいぃぃ……。
おや、案外しぶといですね。
──なんだこいつは……──。
──俺たちのことを救ってくれないじゃないか……。
──もしや間違って……のか──。
間違った、ですって?
誰と勘違いしたかは知りませんが、ずいぶんと失礼なやつらですわね。
私はアンデッドが好きですが、だからといって無条件にすべてのアンデッドが好きなわけではありません。
好き好んで昇天させる趣味もありませんが、理不尽を受け入れるくらいなら……やってしまいますかね。
そう考えていると、なにやら胸の奥底から何か力が満ち溢れてきます。
この力は──。
私は思い切って、その力に手を伸ばします。すると──。
──ぱちっ。
「あれ?」
……ふいに目を覚ましました。
どうやら私は寝込んでいたみたいですね。背中にゴツゴツと何かを感じるのですが……振り返ってみると、骸骨が目に入ります。
これは……師匠ではありませんか。お久しぶりですね、って中身が空っぽの残骸ですが。
それもそのはず、師匠はすでに転生を果たしてウルティマという美少女になって……。
カラン、と音がして頭から何かがズレ落ちます。
手に取ってみると……見覚えがあります。
これは──夢の中で見たクオリアの冠ではありませんか。もしかしてこんなものを被っていたせいで、変な夢を見てしまったのかもしれませんね。
──夢。
あぁ……やっと思い出しました。
私はダンジョンコアを食べたあと、膨大な魔力を手に入れて──死霊術を使おうとしたのでしたね。
その途端、意識を失って……。
私は奇妙な夢を見ました。
それは、1000年前に魔法王国が滅びた瞬間の映像。
夢の中で、クオリアという女性がこの冠を頭にかぶって【根源の魔塊】をコントロールしようとして、失敗した挙句暴走させ──。
んー、夢と呼ぶには妙にリアリティのある映像でしたが……。
「お嬢様!!」
なにやら聞き覚えのある声が、私を現実に引き戻します。
この声は──ウルフェですね。
相変わらず大きな声で、寝起きの私にはちょっと鬱陶しいです。もう少し静かにするよう、近々ちゃんと教育を施さないといけないかもしれませんね。
「そこは危険です!」
……危険?
なにが危険なのでしょうか。
そう言われてようやく気づきましたが、なにかが私の周りをグルグル回っています。
これは──ほほぅ、夢と同じ『魔法王国の亡者』たちではありませんか。
なるほど、さっきまで見ていたのは単なる夢ではなく、この亡者たちによってもたらされたものだったのですね。
いやはや、数十万人の亡者とはなかなか壮観な光景です。
「お嬢様、早くこちらへ!」
ウルフェたちの姿が亡者の群れの向こう側に見えます。ネビュラちゃんやアミティも一緒です。
しかも──他にも人の姿がありますね。
おやおや、そのうちの2体はなんとアンデッドではありませんか。
おおお?
しかもあのアンデッド、なにやら見覚えがありますよ。
魔法王国崩壊時の映像に出ていた師匠の友人──ファラロンではありませんか。
彼も師匠と同様にまだ生きていたのですね。もっとも、アンデッドだから生きていたのというのかは微妙ですが。
もう一人も、なにやら強烈な武力を感じます。あのアンデッド、おそらくは龍を素体にしていますね。ファラロンと一緒にいるということは、もしや……師匠がアンデッド化に成功した【北天の七星龍】ギュスターヴでしょうか?
しかも、ファラロンとギュスターヴ(?)の間に挟まれるようにして立っている女性は──。
「……ほほぉ?」
私は思わず声を漏らしてしまいます。
これはこれは、また……意外な人物がいるではありませんか。
「なぜ彼女が……生きているんですかね?」
浮かんできたのは、素直な疑問。
なぜならファラロンの横には──。
魔法王国崩壊の原因を作った挙句、【根源の魔塊】に飲み込まれて消えてしまったはずのクオリアが、祈るような表情で両手を握りしめながら立っていたからです。




