119.ひとつの終末
クオリアは聖母神になる、と宣言しました。
……それはどういう意味でしょうか?
「聖母神になるだって? バカな事いうな!」
『だって【根源の魔塊】は、完全に暴走してしまっているわ。地殻変動まで起こってしまって……あたしにできることは、もうこれしかないのよ』
まさか本当に、聖母神そのものになろうとしているのでしょうか?
聖母神になって、どうするというのでしょうか。
「どうやって神になるってんだよ?! 今ですら暴走してるってのにさ!」
『あたしは【根源の魔塊】を支配しようとして……だけど失敗した。だったら今度はあたしが【根源の魔塊】に取り込まれれば良いのよ』
「は? おまえ、意味わかってんのか!? 存在自体消えちまうぞっ!?」
『それよりも、この世界を救うことが大切よ。あたしは【根源の魔塊】と一体になって……世界のために力を注ぐわ』
なるほど、取り込むのが無理なら取り込まれるという逆転の発想なのですね。
たしかにそうすれば存在は保てないかもしれませんが、己の意思の一つや二つくらいなら残すことが出来るかもしれませんね。
『さようならプロフ君、ファラ君。そして……ごめんね』
「クオリアーーーッ!!」
クオリアの体が、伸ばした触手からどんどん膨大な魔力を吸い上げて変貌を遂げています。
──美しい。
私は素直にそう思いました。
たとえどんな理由であっても、命を燃やし、全てを賭して何かを成し遂げようとするものの姿は、なんと美しいのでしょうか。
クオリアに──膨大な魔力が集まっていきます。
【根源の魔塊】と一体化してゆくその姿は──まるで神。
「クオリアぁあぁあぁ!!」
いつのまにかアンデッド化が成功したのか、徐々に肉体を復元しているファラロンが叫びます。あれは──《不死の王》ではありませんね。師匠とは別の術のようです。ヴァンパイア……しかもかなり高位のものに化身していました。
とはいえ、今はなす術もなく見守ることしかできないでしょう。
なにせ今、ある意味ひとつの〝神″が誕生しようとしているのですから。
……そのときです。
──GYARUUUUUUAAAAAAAAAAAAA!!
天を切り裂く鋭い声と共に、上空を覆う分厚い雲が一気に切り裂かれました。
雲の割れ目から太陽を背に出現したのは──巨大な龍。
「あれは──まさか【北天の七星龍】ギュスターヴ!?」
「なっ!? アイラ=デルトラでさえ手を出すことを躊躇った《超龍》じゃないか!」
ギュスターヴと呼ばれた龍は、アミティとは比べ物にならないほどの圧倒的な存在感を放っています。
ふーむ、1000年前にはあんなに凄い力を持った龍が存在していたのですね。思わず見入ってしまいます。
どうやらギュスターヴは、クオリアの存在に気付いてわざわざ遠方から飛んできたようですね。クオリア……だったものが世界を滅ぼしうると察して手を打ちにきたのでしょう。
私たちの目の前で、今度は神と超龍の対決が始まります。
ですが──その勝負は一方的でした。
──DORUUUUUUAAAAAAAAAAAAA!!
ギュスターヴは電撃や炎のブレスを吐き、クオリアに襲いかかります。
軽く一つの街を破壊するような攻撃。しかし──【根源の魔塊】と一体化したクオリアには全く効果がありません。
援護とばかりに師匠やファラロンも見たこともないような高度魔術を放ちますが、それもまったく効果を発揮していませんでした。
『──《聖母神の反撃》』
「ぐあぁぁあっ!」
「ぬぅぁぅっぅっ!?」
クオリアの放ったのは、恐らくは無意識下の自動反撃。
ですがその威力は凄まじく、アンデッドと化した師匠とファラロンを粉砕し──。
──GURUUUVAAAAAAAAAAAAAAAA!!
超龍ギュスターヴでさえ──バラバラに切り裂かれてしまいました。
「ばかな……数千年生きたといわれるギュスターヴが……墜ちるとは……」
「だがこのままでは死なせん! 失われし魂よ、肉体に宿れ!──《クリエイト・アンデッド》!!」
バラバラにされながらも、師匠が即座に死霊術を発動させます。
……おぉぉお!?
なんと師匠の術が龍の魂を見事捕縛することに成功しているではありませんか。
ギュスターヴの肉体はバラバラに吹き飛ばされながらも、師匠の術によって魂をその巨体に縛りつけられ、そのまま遠方に落下していきました。
もし術が成功していれば、それはそれは素晴らしいアンデッド龍が誕生していることでしょう。
ですが──残念なことに師匠の手駒に龍があることを私は知りません。もしかして失敗してしまったのですかね?
師匠の試みがどうなったのかは不明ですが、これで完全に決着が付いたようでした。
もやは師匠たち皆なす術はなく──クオリアによる魔法王国の浸食はどんどん進んでいきます。
激しく発生する地殻変動。
吹き出す溶岩、ひび割れる大地。
地面が文字通り山のように盛り上がっていき、建物たちを一気に押しつぶしていきます。
そのまま──地盤は山のようになってゆき──。
やがて──。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴ──……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ──……。
魔法王国アイラ=デルトラは──。
地殻変動に巻き込まれて、巨大な山脈となって完全に消え去りました。
あの、60階もの高さまであった建物も。
魔導列車も、魔導飛行機も。
すべてが、大地に飲み込まれ、消えていったのです。
魔法王国の壊滅と共に、クオリアも──完全に【根源の魔塊】に飲み込まれて……消滅してゆきました。
彼女は、一体なにを守ったのでしょうか?
敬虔な聖母神の信徒であるクオリアは、人々を救うための研究に文字通り命を賭けました。
その結果もたらされたものは、救済ではなく──終末。
守るべきものたちは全て死に絶えて……あとには虚無の山脈が残るだけ。
こんなことにするために、彼女は【根源の魔塊】と一つになったのでしょうか。
「これだから……私は──」
出来たばかりの霊峰アズラ=アイラを眺めながら私は独り言を呟きます。
「神なんて、信じないのですよ」
◆
くしくも私は──魔法王国消滅の真相を知ることができました。
そして師匠の身に起きたことも……。
──なるほど、今になってわかりました。
師匠は、魔法王国の……いえ、クオリアの二の舞を防ぎたかったのですね。
だから師匠は、魔法王国が眠る霊峰アズラ=アイラの麓に居を構えて、ダンジョンから稀に発掘される〝魔法王国時代の遺物″をせっせと収集していた。
……時には強硬手段も取ってでも。
現に師匠は、《クオリアの王冠》が当時のヤニ王国で発掘された挙句、悪用されそうになった時には、国を滅ぼしてでも強引に取り戻しました。
1000年もの長きの間を。
それこそ──全てを賭けて。
ここで眠るすべてのものを守り、封じるために。
それもすべて──この悲劇を繰り返させないために。
師匠は、たった一人で戦い続けていたのです。
まぁそういうことであれば、多少はアイドルに狂っても大目に見るというものですよね。
今度会ったら、もう一月くらいはアイドル活動をしてもよいかもしれません。
……ところでこの〝過去の映像″は、誰がなんのために私に見せたのでしょうかね?
そもそも私は一体なにをしていたのでしょうか。うーん、改めて気になってきました。
たしか私はダンジョンコアを食べてから……。
──おぉぉおお……ぉぉおぉぉ──うぅうぅぅう──。
そのときです。
私の周りから、何やら気持ち悪い声が聞こえてきました。
いつのまにやら過去の映像も消えています。
この声は……。
────あああぁあぁぁぁ──うぅぅうぅ……ああぁああぁ──。
新たに姿を現したのは、私の周りを取り囲むように渦巻く無数の亡者たち。
その数──数十万。
しかもどうやら彼らは──魔法王国アイラ=デルトラの元住人たちではありませんか。
たった一日で滅亡した、魔法王国たちの哀れな住人たち。
結局彼らの魂は救われることもなく、こうして亡霊として迷い出てきてしまったのですね。
──わぉぉぉぉ──おぉぅぅぅぅぅぅう──うぅぅうぅ──。
なるほど、ようやく分かりました。
どうやら彼らが、私に過去の出来事を見せていたようです。
──たす──けてくれ──。
──救済──を──。
救って──ください──。
恐らく彼らの願いは──魂の解放。
どうやらクオリアのしでかしたことによって、魂が輪廻に還ることができなくなってしまったようです。しかも、強烈な魔力──おそらくは【根源の魔塊】に縛られています。
なんと皮肉なことでしょうか。
クオリアの願いは、彼らの魂を現世に亡者として縛り付けてしまったのです。
私にはクオリアの行った行動が正しかったとは思えません。
ですが、このようにただ死に対して他人を恨むだけの存在もいかがなものかと思います。
私は──死霊術師。
聖女や聖母神などとは対極に位置する存在。
なのに彼らは無関係に私にすがってきます。
私にしがみついて、なんとか成仏しようとたくらんでいるみたいです。
──恨めしい──。
──なぜ俺たちが──。
──返せ──私たちの生を──返せ──。
「なんて……」
私は思わずつぶやき声を漏らします。
「なんて……つまらないのでしょうか」
気がつくと私は失笑を漏らしていました。
私は、神を信じません。
私は──死霊術師。
いわば人の生と死を知る存在。
この世には魂という存在があることも、輪廻転生があることも知っています。
死ねば、浄化されれば転生し、邪気が残ればアンデッド化する。
そんなのは私にとっては当たり前のことであり、「魂の救済」だの「罪の浄化」だのに意味がないことをよく知っているのです。
この世界に、神などいない。
在るのは、己の存在と魔力だけ。
魔力に良いも悪いもありません。強い弱いがあるだけです。
──たすけてくれ──。
──救ってくれ──。
──俺たちに救済を──。
……ふん。
実に煩いですわね。
そんな感じでいつも他人のせいばかりにして、他人に救いを求めてばかりだから、1000年もの時を彷徨っているのです。
その程度の存在がこの私に──。
最高の死霊術師であるフランケル・リヒテンバウアーに。
……いえ。
このユリィシア・アルベルトに盾突こうなど──。
「──100万年、早いですわ」




