118.クオリア
クオリア・アンブローシア。
どうやら彼女がこの研究所のトップのようですね。
それにしても実に素晴らしいスタイルの持ち主です。年齢的には20~30代に見えますが、それでこれほどの施設の所長ということは、かなりの実力の持ち主なのではないでしょうか。
「おい、なんだその冠は?」
師匠に言われて気づきましたが、クオリアは白衣に不釣り合いな冠を身に着けていました。
よく見るとその冠は──師匠のトレードマークだった冠ではありませんか。
「うふふ、おしゃれでしょ? これで魔力をコントロールしてるのよ。クオリア特製、【超魔導クラウン】。激レア魔法道具よ?」
「ふん、ババアが無理すんなよ。もう100年近く生きてるくせにさ」
なんとびっくり、この美女は100歳近いとのことです。
どうやったらこんなに若さを保てるんでしょうか。
「あーら言うわね。でもファラ君はこんなあたしでも素敵だと言ってくれるわよ?」
「ええ、クオリア。君はきれいだ」
「ありがとう、ファラ君」
「いちゃつくならよそでやってくれ。で、クオリアは年甲斐もなく冠なんか作って、これからなにを操ろうとしているんだ?」
「なにって、【根源の魔塊】に決まってるじゃない」
「なにいってんだ、あんたもあの魔力のヤバさはわかってんだろ?」
「あたしはね──みんなを救いたいのよ」
さらっと髪をかき上げるクオリア。
その仕草がとても綺麗で、思わず見とれてしまいます。
「そいつはクオリアが崇める──聖母神の教えか?」
「ええ、そうよ」
微笑みながらクオリアは、胸に下げた十字架を握り締めます。へぇ、彼女は敬虔な聖母神の信徒だったのですね。
同時に、この時代に聖母神への信仰が存在していたことに驚きます。案外古い宗教だったんですね。
「今は【根源の魔塊】から生み出された産物──ダンジョン資源なんかを使って人々はそれなりに発展してる。だけどそれだけじゃ救えない命もある。それなら──直接【根源の魔塊】を使った方が、より多くの人々を救えると思わない?」
「バカっ! ダンジョンに下手に手を出しちまったせいで【迷宮暴走】が発生しまくってるのは知ってるだろうがっ!?」
バンッ!
師匠が強くテーブルを叩きます。師匠ってば意外と熱血タイプだったんですね。
「知ってるわ。でもあれは理論が間違ってるのよ。あたしが考えるに【根源の魔塊】は──」
「理論なんてどうでもいい。確証がない限り、出来る限り慎重に取り扱うべきなんだ!」
「でもそれでは救える命が救えなくなるわ」
「そのせいで大勢に迷惑かけたら本末転倒だろうがっ!」
「おいおい落ち着けよプロフ」
「これが落ち着いてられるか! しかもクオリア、あんたの使ってる力は──【悪魔の力】って呼ばれてるんだぜ?」
──悪魔。
アナスタシアを苦しめた怪しげな力ですね。
「悪魔の力だなんて人聞き悪いわね。あたしが生み出した【クオリアシステム】は画期的よ。なにせこれまで制御できずに持て余していた【根源の魔塊】を直接制御することに成功したんだからね。その功績が評価されて、あたしはここの所長になってるわけだけどさ。……まぁプロフ君みたいに口が悪い奴が、あたしの発明を【悪魔の力】って呼んで蔑んだりするんだけどね」
「クオリア、あんたがやってる【クオリアシステム】は危険すぎるんだ。自身の魔力を使ううちはいい。ダンジョンコアの力を取り込むのも、ギリギリ許容範囲だ。だが──たまたま上手くいってるうちはいいが、明確な根拠や理論がないまま【根源の魔塊】みたいな正体不明なものを扱ってると、そのうち手に負えない事態が起こるんじゃないか? そのとき、対応できるのか?」
「あら、プロフ君ってばあたしのこと心配してくれてるの?」
「なっ!? 違っ!?」
「くくく、慌てているところが怪しいな」
「煽るなファラロン! お前だってクオリアのことが好きなんだろうが!」
「ああ好きさ。だから従ってる」
「ぐっ……こいつ開き直りやがった、くそっ!」
どうやら師匠が劣勢みたいですね。
そのときです──。
ぶわっ!
クオリアの背中に天使のような翼が生えてきました。
うわー、すごいですね。あれは──具現化した魔力の塊でしょうか。
「うわっ!? なんだそれ!?」
「可愛いでしょう? 天使の羽よ?」
「さすがクオリア、可憐ですね」
「ありがとう、ファラ君」
「いや、魔力で翼生やして何の意味があるのさ?」
「うーん……ファッション?」
「アホか!」
ケタケタ笑うクオリアに、師匠も呆れたような、それでいて眩しそうな表情を浮かべます。
あぁ、なんとなくわかってしまいました。
たぶん師匠は──彼女のことが……。
「あたしはねぇ、天使であり悪魔なの。聖母神から『祝福を受けた癒しを与える乙女』であり、【根源の魔塊】を制御する『悪魔の力を極めた夢幻の乙女』でもあるのよ」
「だーれが乙女だ、ババアのくせに」
「ふふふ、クオリアこそ永遠の乙女ですね」
「ファラ君、わかってるー」
おや、どこかで聞いたことがあるフレーズだと思ったら、スミレが言っていた予言ではありませんか。
もしかしてあの予言の出元は、クオリアだったりするのでしょうか。
「まぁプロフ君もせいぜいあたしに取り残されないように研究頑張ってねー」
「骨になっても、折れるなよ? 骨だけに、な」
「あらファラ君ってば上手く言うわね」
クオリアとファラロンは大声で笑いながら、颯爽と立ち去っていきました。
「……くそっ!」
一人残された師匠は、なんだか荒れています。
それにしても師匠って、こんなにも人間味溢れる人だったんですね。私の知る師匠は、重度のアイドルオタクで死霊術使いで……あれ、あんまり変わりませんね?
とはいえ、私は知っています。
このあと、師匠たちを襲う悲劇のことを。
すると──次の瞬間。
突如、目の前の空間が歪みはじめました。
なんでしょうか、これは!?
そして──驚くべきことに。
場面が一気に変わったのです。
◇
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
いま、私の目の前に映し出されているのは──真っ赤な炎に包まれた魔法王国アイラ=デルトラ。
地が裂け、所々から溶岩の炎が吹き上がっています。
まるで──この世の終わり。
崩壊する魔法王国の場面は、師匠から聞いていた話以上に悲惨なものでした。
……そうだ、師匠。
師匠はどこにいるのでしょうか。
周りに視線を向けると、街の中心部──先ほどまでいたはずの研究所はすでに折れて崩壊しており、代わりに──黒く巨大な球体のようなものがありました。
ひと目見てわかります。あれは──とてつもない魔力の塊です。ダンジョンコアよりも濃厚で濃縮された魔力がそこにありました。
……ダンジョンコア? そういえばなぜ私はダンジョンコアのことを知っているのでしょうか。
いえ、今はそれどころではありません。
黒い塊の中心に、人がいるのを見つけたのです。
「あれは……」
黒い翼を生やして、大地に黒い触手のようなものを伸ばした美しい女性──クオリアではありませんか。
膨大な魔力は、クオリアが大地などから凄まじい魔力を吸収しているようです。ですがあれは──完全に暴走しているようですね。
「おい、クオリアふざけんな!!」
そのとき、下の方で叫び声が聞こえます。
下を見ると、全身血塗れで腕を押さえる師匠の姿がありました。
既に死霊術を発動させているようで、半身がアンデッド化しはじめています。というよりも、アンデッド化しないと命が保てないような状況に追い込まれてしまったのでしょう。
その横には──巨大な杭が刺さって絶命しているファラロンの姿が見えます。あぁ、哀れイケメン。
とはいえ彼にもアンデッド化の気配が見られます。彼も師匠のように不死の王にでもなるのでしょうか。
「早く逃げろクオリア! このままじゃ完全に──【魔塊暴走】するぞ!」
師匠の必死の呼びかけに、クオリアは顔中に施された黒い魔法陣を制御しながら口を開きます。
『あたしはもうだめ……プロフ君の言う通りだったね……【根源の魔塊】を甘く見すぎていたわ』
「バカ! 諦めんなよ!」
『あたしは大きな罪を犯した……そのせいで、魔法王国の人たちが死んでいく……そんなの耐えられないわ』
「そんなのはあとでいい! とにかく【根源の魔塊】から離れろ!」
『無理よ、もう完全に一体化してるわ』
「ぐっ!」
──思い出しました。
私はダンジョンコアを食べて、莫大な魔力を手に入れたのです。そのあと、なぜか意識を失って……。
ですが、クオリアから発される魔力は、ダンジョンコアをも遥かに凌駕するものです。
彼女はこれほどの魔力と一体化して──どうなってしまうのでしょうか。
もう顔の半分が髑髏化している師匠の顔が、苦しげに歪みます。
たぶん、もう彼女は──助からないのでしょう。
ですが、クオリアは── 体の大部分を黒い魔力に侵食されながらも、艶やかな笑顔を浮かべて答えました。
その笑顔を、私は知っています。かつて〝賢者″クリストルが魔王ダレスと対峙した時に浮かべていたものと同じです。
それは──命の覚悟を決めたものの表情。
『だからあたしは、このまま一つになるわ」
「は? おいクオリア、お前なにを言って──」
『あたしはね…… 【根源の魔塊】と一つになって、女神になるの。本物の聖母神になって──みんなを救ってみせるわ』




