117.魔法王国
魔法王国アイラ=デルトラ。
その名は以前師匠から聞いたことがあります。
遠い昔に、世界の根源に在りゲートやダンジョンを創り出していた正体不明の魔力の塊──【根源の魔塊】に手を出してしまい、【魔塊暴走】を起こして滅びてしまった王国であると。
ですが──。
なぜ私はここにいるのでしょうか。
そもそも直前まで自分は何をしてたのか、記憶が曖昧だったりします。
たしか、ダンジョンを攻略していて──その後どうなったのでしょうか。
……まぁ良いでしょう、いずれ思い出せるはずです。
それよりも今は、目の前の魔法王国について確認するほうが先決です。
魔法王国は、今から1000年ほど前に滅びた文明です。
ゲートやダンジョンの謎に最も迫り、故に自滅の道を歩んで滅びたと師匠から聞いていましたが、私は時空を超えて1000年前の世界に飛んできてしまったのでしょうか。
ですが、身近にあった建物に手を触れてみると──。
「あれ、体をすり抜けた……」
人やものに触れようとすると、あっさりとすり抜けてしまいます。
どうやら私は実体を持っていないようです。霊体にでもなってしまったのでしょうか?
いえ、違います。どちらかというと、これは──。
「風景の方が、幻影?」
なぜそうなったのかはわかりませんが、どうやら私は──過去の風景を映像として見せられているようです。
事実、たくさんの人々が生活しているのですが、私の《鑑定眼》が反応を示しません。これは、彼らが実物ではないことを意味しています。
……もっとも、魔法王国ははるか昔に滅びた王国ですから、時空移動などという非現実的なことが起こったと考えるよりは、何らかの理由で私が過去の出来事を見ていると判断したほうが現実的ですけどね。
そう受け入れてみると、いろいろと試したくなってみるのが人情というものです。
なにせ舞台はいにしえの超文明、魔法王国なのです。未知なことを知りたいという好奇心がむくむくと湧き上がってきます。
さっそくですが、探検を開始してみましょう。
ふーむ……建物も簡単にすり抜けられますね。
これはもしかして──おお! なんと空も飛ぶことができるではありませんか!
「あははっ、なんだか楽しいですわっ」
私は勢いよく宙に舞い上がると、少し高い上空から魔法王国の世界を気ままに飛び回って堪能します。
魔力で動く車や数百人を移動させる魔導鉄道、さらには空を飛ぶ飛行魔導機──。
おぉ、随分と不思議な魔法道具が発展してますね。なるほど、あの過去遺物はこう使うのですか……実に興味深いです。
そのとき──私の脳裏に、とある素晴らしい考えが思い浮かびます。
もし私が過去の魔法王国を見ているとするのであれば……。
「どこかに、生前の【師匠】がいるのではありませんかね?」
思い立ったらいてもいられず、さっそく私は師匠が居そうな場所を探し始めます。
あぁ、実にワクワクします。
誰も知らない生前の師匠の姿……くくく、これは絶対に見つけなければいけませんね。
たしか師匠は「魔法の研究」をしていたと言っていましたが……。
しばらくフラフラと中空を漂いながら飛んでいると、やがて驚くほど高層の建物を発見しました。数えてみると──60階くらいまであるでしょうか。現代ではまず見られない高さの建物です。
この時代はいったいどれだけ高度な技術と文明を持っていたのでしょうかね。とはいえ、滅びてしまっては元も子もありませんが。
入り口には巨大な柱状の看板が出ており、『アイラ=デルトラ延命魔術研究所』と書かれています。
死霊術と延命魔術ではちょっと違うかもしれませんが、なんとなく直感に導かれて中に入ってみることにしました。
あらゆるものが魔法道具で埋め尽くされた建物の中で、私は人々が乗っている〝エレベーター″──自動的に上の階へと導く奇妙な乗り物に乗ります。
エレベーターは高速で移動し、あっという間に最上階まで運ばれました。
ドアが開いてフロアに降りてみると──おお、素晴らしい景色が広がっているではありませんか。
以前、龍化したアミティに乗ったときも気持ち良かったのですが、発展した都市を上から眺めるというのはまた格別な趣きがありますね。
そのときふと──通路の向こう側から、白衣を着てメガネをかけた長身のイケメンが颯爽と歩いて来るのが見えました。
最上階にいるくらいなので、おそらくはこの研究所においてもかなり上位の研究者なのではないでしょうか。
おや? 胸に名札と思しきカードをぶら下げていますね。
どれどれ? 覗いてみると記載されている名は──『血液魔導研究代表ファラロン・ワラキュリア』。残念ながら師匠ではありませんでしたね。
別人と分かってなんだかほっとします。さすがに師匠がこんなイケメンだったらドン引きですからね。
ファラロンという名の研究者は、背後に数人の助手らしき人を引き連れていましたが、奥にある部屋の前に待機させると一人で奥に入っていきます。
せっかくなので後をついていくことにしました。
自動的に開く扉を開けて入った部屋は──かなり薄暗く、壁には一面に様々な女性の写真が張り出されています。
もしかしてこれは──アイドルの写真ではないでしょうか?
私が師匠に貰ったものによく似た衣装を身につけているアイドルの姿もあります。『微笑みの魔術師エミリー・ホワイト』と書いてあります、かなりの美少女ですね。
ということは、この部屋の主はもしや──。
「おいプロフ! いるか?」
「なんだ、ファラロン」
呼ばれてひょっこりと顔を出したのは、ぼさぼさの黒髪に黒縁のメガネをかけた、背の低い小太りの男性。
おや、いまプロフと呼びましたかね? もしかして、彼が師匠でしょうか?
胸元の名札を見ると『死霊魔導研究スペシャリスト プロフォンドゥム・レーヴァンタイン』と書かれています。
おぉぉ、ビンゴではないですか。ついに生前の師匠を発見しました。
思ってたより前世の私に近い雰囲気で、なんとなく共感が湧きますね。
「お前の研究はどうだ? 確か、不死の王になる研究をしてるんだっけ?」
「死霊術奥義・禁呪《 不死の王転生 》だ。まぁ悪くないな」
「しかしアンデッドの技術を応用するとは、なかなかに悪趣味だな」
「ほっとけ。それで、そっちのほうの研究はどうなんだい?」
「あぁ、ヴァンパイア化については順調にうまくいってる。日光に弱いのがちょっと致命的だけどな」
「ふん、そんなの欠陥品じゃないか。僕の不死の王にそんな欠点はないからね」
「その代わり、骸骨になって生殖能力も失うんだろう? そんなの生きている意味がないじゃないか」
「僕はアイドルを愛でることができればそれでいいのさ。君とは価値観が違うんだよ」
言い合いながらも、二人の間にはなんとなく仲が良い雰囲気を感じます。どうやらファラロンは師匠の友人のようですね。
もしかして彼が、『愚かなことをしでかして魔法王国を滅亡に追い込んだ張本人』なのでしょうか?
「まぁいい、今日はちょっとしたニュースを持って来た」
「ほぅ、どんなのだ?」
「クオリアの実験が成功したらしい」
「なっ?!」
師匠が目に見えて驚いています。
一体何の話をしているのでしょうか。
「クオリアの研究って、【根源の魔塊】を使って寿命を伸ばすやつだろう? そんなの……そんなの上手くいくわけがないじゃないか!」
「……ところが上手くいってっちゃってるんだなぁ。あたしってば天才だから」
「っ!?」
ふいに私の背後から女性の声が飛び込んできました。
振り向くよりも早く、誰かが私の体を通過していきます。
「それにしても相変わらずプロフ君の部屋は汚いわねぇ」
「……煩いなぁ、クオリア」
師匠とファラロンの前にやってきたのは──金色の髪を後ろにまとめ、白衣を着たスタイルの良い女性。
首から下げた名札には、こう書かれていました。
『アイラ=デルトラ延命魔術研究所 所長 クオリア・アンブローシア』




