115.黒百合のもとへ
暫定的にパーティを組むことになったウルフェたち三人とマリス一行。
このチームにおいて暫定的に指揮を取るのは、マリスの執事である自称〝大魔術師″ファラロンであった。
「こうなっては仕方ないな。姫様の我儘は今に始まったことではないし、これもまた運命に必要な寄り道なのだろう」
「ギャース」
「とはいえ出来るだけ無駄な時間は排除したい。さっさと片付けるとするかな」
そう宣言すると、ファラロンは優しくマリスを片腕で持ち上げる。
「あわわっ!?」
「姫様、落ちないようにしっかりと私に抱き着いてください」
「ちょ、ファラロン! この歳になって抱っこなんて恥ずかしいですわ!」
「私たちは全力で駆けます。これがお嫌でしたら置いて行きますよ?」
「い、いつものようにゲートは使わないのですか?」
「あれは姫様専用でございます。他の下賤な者たちは使うことはできません」
「そんな……ファラロンのケチ!」
「そうおっしゃいますな。ちゃんと別の道はございますから」
マリスは救いを求めるようにギュスターヴを見るが、彼は両手を広げ首を左右に振るだけであった。
「むぅぅ……分かりました。なんだか落ち着かないですが、これもユリィシア様のため、我慢しますわ」
「──姫様の柔らかなる美尻に触る役得。これまた永き生においても得難き幸せなり」
「ファラロン、何か言いまして?」
「いえ、なにも言ってません」
「ギャース」
「さて、ということで出発するとしようか。行き先はこの私が全て理解している。姫様のことは私とギュスターヴが守るので、おまえたちは遅れないようについて来るが良い」
そう宣言すると、マリスを抱えたファラロンを先頭に、猛烈なスピードで駆け出した。
「なっ!」「早いリュ!」「追いかけましょう!」
慌ててウルフェたちは後を追うが、引き離されないようにするだけで精一杯であった。
「なんという身体能力! さすがはマリス様の執事と護衛であられるな!」
「いやだから彼らは『終わりの四人』だと何度も言ってるでございますが……」
「ネビュラ、言うだけ無駄リュ。あれはまるで強いものに憧れる男の子みたいリュ」
こうして──あっという間にたどり着いたのは、サンナミの街の近郊にある『針山地獄』というダンジョンの入り口。
俗に『エクストラダンジョン』と呼ばれる危険な場所であったが、ファラロンたちは躊躇なく突入してゆく。
「ギュスターヴ、先陣は任せたぞ。邪魔するものはすべて排除するのだ」
「ギャース」
ダンジョンに入ると先頭はギュスターヴへと変わる。だが相変わらず全速力で駆けてゆく。罠など御構い無しだ。
よって、様々なトラップが同時に発動し、ギュスターヴに襲い掛かる。
「ギャース」
だが、ギュスターヴに触れる寸前──あらゆるトラップがすべて消滅した。
「なっ?! 何が起こっている?」
「あれは──〝龍の吐息″リュ!」
「へ? あれのどこがブレスなのだ?」
「人間には分からないかもしれないけど、あたちには分かるリュ! あれは街をも滅ぼすレベルのブレスを、まるで息を吐くかのように発してトラップを消滅させてるリュ! なんと恐ろしい力なんだリュ!」
だがアミティの必死な説明も、残念ながらウルフェには理解できないようであった。
一方ネビュラは、また別な事実を知り驚愕していた。
「モンスターが出てきませんが、もしやこれは…… ファラロン様が《生命力奪取》を発動しているからでございますか!?」
エナジードレインは高度なアンデッドや悪魔が持つ特殊能力である。
実はネビュラもクラスチェンジしてから使えるようになっていたのだが、射程距離が極めて短いことと、対象がアンデッド素体として使い物にならなくなることから使用は控えていた。
「しかも──かなり広範囲の生物に対して発動している……。モンスターは出てこないのではなく、近寄る前にエナジードレインによって消滅していたのでございますね」
それほどの行為を、まるで息をするかのように平然と発動させるファラロンの、なんと恐ろしいことか。
だがファラロンはネビュラの驚愕などまるで気に留めず、先を走るギュスターヴに指示を飛ばす。
「ギュスターヴ、目の前の壁を壊してくれ。さすればショートカットできよう」
「ギャース」
ギュスターヴは右手の拳を握ると、そのまま壁に向かって叩きつける。
──ジュッ!
すると──まるで水が蒸発するかのようにダンジョンの壁が消失したではないか。
しかもギュスターヴが開けた穴は、遥か先まで突き抜けていた。一体どれだけのエネルギーが叩き込まれたというのであろうか。
あまりに非常識な光景を見て、ネビュラとアミティは完全に言葉を失ってしまう。
「おお、ギュスターヴ様は凄まじい技量をお持ちですね!」
「ギャース」
「俺も鍛えたら出来るようになるでしょうか?」
「ギャース」
「そうですか、ありがとうございます!」
「……あれ、会話が通じてるんでございますかね?」
「たぶん通じてないリュ……だけどなぜか通じ合ってるリュ」
こうしてギュスターヴとファラロンのおかげもあり、一行はわずか1時間ほどで『針地獄』の一階の最奥にあるゲートに到着する。
ちなみにウルフェたちは知る由もなかったが、これはSランク冒険者であるエーデルたち《光の翼》が丸一日以上かけて走破した道のりでもあった。
「よし、ゲートは固定した。では参るぞ」
ゲートに何かを施したあと、ファラロンを先頭に潜り抜ける。すると、目の前に広がったのは──。
「ここは……」
「……空気が清浄で綺麗な場所ですね」
──雪と氷に覆われた一面の真っ白な銀世界。ウラニール山脈の最奥にある【白天の神座】アズラ・アイラ。その中腹にある地点に到達していた。
マリスも思わず、といった様子でうっとりしながら周りを眺めている。
「こっちだ」
「ギャース」
だがファラロンたちは何の感慨も見せずに、すぐに雪山の中をまた走り始める。どうやら何らかの魔術的なものを施しているらしく、マリスとファラロンだけを吹雪が避けている。
「むぅぅ、こっちにも防吹雪の魔術が欲しいリュ……」
「ギャース」
アミティのぼやきに、同じく雪にまみれで走るギュスターヴが頷いていた。
吹雪の中をしばらく進むと、やがて一同の視界に巨大な風穴が見えてくる。
「よし、ついたぞ。ここが『冥界ダンジョン』の入り口だ」
だがその入り口に待ち構えている人物がいた。
レッサー・ヴァンパイアのシャプレーだ。
「ふはははっ、よくぞ来たな! ここは《黒百合》様の──」
「煩い、消えろ!」
ザムッ!!
ウルフェの炎の双剣が軌跡だけを残し、シャプレーを瞬く間に細切れにする。
「……あーあ、やってしまいましたね」
「ぬ? 何か悪いことをしたのか?」
「おじょ……いえ、フランケルの『不死の軍団』を減らしちゃったら、取り憑いている亡霊が黙っていないかもしれませんよ?」
「げっ」
「……まぁ不測の事態に備えて、刺激は最小限に収め、なるべく減らさずにまいりましょうかね」
ネビュラの言葉に黙って頷くウルフェとアミティ。
ちなみにネビュラは内心、ユリィシアが元に戻ったら即座にこのことをチクろうと心に決めていた。疑われてお仕置きを喰らうくらいなら、さっさと売るべきだと判断したからだ。
「まぁ無駄な労力を省くためにも、そこのメイド……くくっ、の言う通りにするのが良いであろうな」
「ファラロンはどうして笑っているのです?」
「いえ、なんでもないですよ姫様。くくく……メイド……」
「……」
恨みがましい目で睨みつけるネビュラを無視してファラロンが扉を抜ける。
するとそこは──荘厳なる宮殿のようなたたずまいになっていた。
「なっ?!」
思わずウルフェが声を上げる。
だがそれも無理はない。
なぜなら──大量のスケルトンたちが待ち構えていたからだ。
「これは──【不死の軍団】ではありませんか!」
ネビュラの言う通り、元々はフランケルが管理していたアンデッド軍団──『不死の軍団』であった。その数──およそ数百。
だが──なぜかスケルトンたちは、微動だにせず直立不動で整列していた。
「えーっと、動きませんね……?」
「このまま通り抜けても大丈夫かな?」
動かないスケルトンたちの前を慎重に通り抜ける6人。
やがて行く先に、巨大な龍の骨スケルトンにバックベアード、さらには〝七人の聖導女″と──ぼろぼろの服を身にまとった一体のスケルトンが待ち構えていた。
「あれは──スケルトン・ネクロマンサーでございますね」
「スケルトン・ネクロマンサー?」
「ええ。高位の死霊術師の遺骸を使ったアンデッドです」
ネビュラはこのスケルトンが、フランケルの遺骸を使ったスケルトンだと気づいていた。だがあえてそこはぼかして説明をする。
「手招きしていますね。どうやらこの先に案内したいようです」
「ネビュラにはあのスケルトンの意思がわかるのか?」
「なんとなく、でございますよ。しかも恥ずかしがり屋のようで、服が風でめくれると照れています」
「……その情報いるかリュ? しかも妙に生々しくて嫌だリュ」
スケルトン・ネクロマンサーによって案内され、再び大きな扉を開ける。
すると、目の前に広かった光景は──。
「むむぅ!?」
「こ、これは──」
赤いビロードのカーペットが引かれた、豪奢で絢爛なる広間。
その一帯に広がっていたのは──。
──おぉぉおお……ぉぉおぉぉ──うぅうぅぅう──。
────あああぁあぁぁぁ──うぅぅうぅ……ああぁああぁ──。
──わぉぉぉぉ──おぉぅぅぅぅぅぅう──うぅぅうぅ──。
一同の耳に飛び込んできたのは、地の底から響くような唸り声。
まるで恨みつらみ、怨念を込めた叫びのように聞こえる。
それもそのはず。なぜなら──。
広大な広間を埋め尽くすほどの膨大な、おびただしい数の〝死霊″たちが飛び交っていたのだから。
「な、なんだこの数は!? ──数千、いや数万体か?」
「そんな量ではないリュ! 下手したら10万を超えているリュ!」
「これはまるで──【地獄】そのものではありませんか!」
数万を超える、とてつもない数の死霊たちが──まるで大河の激流のように広間の中を渦巻いている。
あまりに現実離れした光景に、呆然と立ち尽くすウルフェたち。
「なんという……光景でしょうか」
「ギャース」
「むむ? こいつらは、まさか……」
マリスたちも同様に驚いているが、ただひとりファラロンだけが苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべている。なにかこの光景に見覚えがあるのであろうか。
「あっ、あそこにいたリュ!」
そのときだ。
ついにアミティがユリィシアの姿を発見する。
だが──。
「ああぁ……」
「あのお姿は──」
「ま、マジでございますか……」
なんとユリィシアは──渦巻くゴーストたちの中心で【奈落】の残骸の上に座り、頭に王冠をかぶった状態で──両膝を抱えて丸くなっていたのだった。




