113.フランケル
突如出現した《黒百合》は、黒い服に骸骨の模様が描かれたマスクを被っていた。
一見するとかなりの不審人物。
だがずっとユリィシアとともに行動してきたウルフェたちが間違えるはずがなかった。
あれは間違いなく──ユリィシア・アルベルトだ!
「お嬢様……なぜあのような姿に……」
「まるで別人リュ……」
「あ、あの姿は……」
三人の中で唯一、ネビュラだけはユリィシアの今の姿に見覚えがあった。圧倒的なトラウマを植え付けられ、隷属を強いられた忌々しくも恐ろしい当時の記憶が呼び起こされ、ガタガタと震える。
その横でマリスが悲しげな表情を浮かべながら呟く。
「あぁ、出てきてしまったのですね……」
「マリス様は何かご存知なのですか?」
「ええ。実はファラロンは高位の魔術師なのですが、遠目の魔術でユリィシア様の動向を観察していたのです」
「なんと!? して、お嬢様はどうなったのでしょうか!?」
「それがダンジョンコアに触れたあと──黒い魔力に包まれてしまいました」
「黒い魔力……」
うわ言のようにネビュラが呻く。
「その後、あのような姿に変貌してしまって──誰かにお伝えしなければと思い、あなたがたをお探ししていたのです」
「なんと、そうでございましたか。これは本当にありがとうございます。しかし……お嬢様がなぜアンデッド軍団を引き連れているのでしょうか……」
それはユリィシアが【不死の軍団】の権限を持つ高位死霊術師の実力を持っているからだ! と、ネビュラは喉元まで出かかったものの、なんとか堪える。
とはいえネビュラもずっと聞けずにいた。
なぜユリィシアが──死霊術を使えるのか。
そしてなぜ──【不死の軍団】の管理者権限を持っているのかを。
なんとなくネビュラは、フランケルを討伐したカインたちが持ち帰った遺品の中に、フランケルの秘術につながる何かがあったのだと考えていた。
だがあの様子は──まるでフランケルそのものではないか。
『あれ……どうしてみんな私を避ける……私が帰ってきたというのに……』
そのとき、一同の耳に《黒百合》の呟きが届く。
「ユリィシアがなにか呟いているリュ!」
アミティに言われ、耳を済ませる一同。
『やっぱり私は……避けられる存在? この身を変えようと、変わらない宿命……?』
「なにを……呟いているのでございましょうか……」
『どうせ私は……ぼっちなんだ……みんなから避けられるんだ……』
「意味が……わからないリュ……」
『……私の相手をしてくれるのはアンデッドだけ……こんなにたくさんのアンデッドを集めたというのに……どうしてみんな私を避けるんだ……?』
「お、お嬢様はいったいなにを……言ってる?」
『いいんだ。いいんだ。どうせ私はボッチ……今日も一人で暗いダンジョンで過ごすんだ。あぁ、聖母教会にも聖敵認定されてしまったし……逃げなきゃ……逃げなきゃ……』
「はっ!! もしかしてあれは──フランケルの亡霊?」
《黒百合》の呟いた言葉から、ネビュラは一つの考えを閃く。
かつて最悪の死霊術師と呼ばれていたフランケルは、他人から嫌われるボッチであった。
そしてユリィシアが口にしているのは──まさにフランケルの置かれていた立場についてのことではないのか。
ということは、まさか──。
「……たしかに以前ボクはフランケルの遺骸を回収してアンデッド化した。だけどそれはあくまで外側──【肉体】だけであって、《魂》までは捕縛できなかった。ということは、まさか……フランケルの《魂》が亡霊化して、ユリィシアお嬢様の身に宿っていたというのでございましょうか!?」
それならば、ユリィシアが高度な死霊術の知見を持っていたことにも肯ける。
ユリィシアは──フランケルの亡霊にずっと取り憑かれていたのではないか。
ゆえに、かの亡霊からさまざまな死霊術の極意を学び、【不死の軍団】に関する極秘情報を持っていたのではないか。
「そう──だったのでございますね……」
ついにネビュラは、一つの答えに至る。
ただその答えが──致命的なまでに間違っているとも知らずに。
「ふたりとも、あそこに在るお嬢様は、もしかすると亡霊に乗っ取られているのかもしれません!」
「なっ!?」「リュ!?」
「しかもお嬢様に宿っているのは──フランケルの亡霊である可能性が高うございます」
「フランケル? それって確か10年以上前にカイン様とフローラ様に討伐されたS級死霊術師じゃないか?」
「ええ。平凡な魔力しか持たないものの、自らの肉体を改造して大きな魔力を手に入れ、【いにしえの大聖女】を復活させその名を馳せた【黄泉の王】フランケル・リヒテンバウアーでございます」
「それが──お嬢様に乗り移っているというのか? そんなバカな!」
ウルフェはネビュラの言うことがにわかに信じられなかった。
あれほど清らかで美しい心を持つユリィシアが、悪霊などに乗っ取られるとは到底思えなかったのだ。
だがユリィシアが尋常でない様子でアンデッドの軍団を従える姿から、完全には否定できずにいた。
なにより、お嬢様が──あんなマイナス思考な発言をするわけがないではないか!
ウルフェが一人確信に至っている合間にも、ネビュラの思考は異次元の方向へと向かっていく。
「たしかにフランケルは──所有する魔力量は平凡でした。数々の邪法により底上げしていたものの──せいぜいが上位クラス。ですが、その魔力であれだけの軍団を制御していた。それは──フランケルが高度な死霊術の技術を持っていたからではないのか?」
ならば、ユリィシアがフランケルの悪霊と交流した挙句、心の隙間を突かれて乗っ取られたとしても不思議ではない。
あのユリィシアが? と思わないでもないが、他に理由も思いつかない。
そしてネビュラは、さらに別の大きな問題に思い至る。
「もし──フランケルが、お嬢様の莫大な魔力を手に入れたとしたら……」
少ない魔力量で『一国を滅ぼす』と言われていた【不死の軍団】を操っていたフランケルが、魔力までをも手に入れたとしたならば──それは最強の死霊術師が誕生してしまったのではないか。
「あの《黒百合》は……一体どれだけの力を持っているのでございましょうか……」
ごくり、思わず生唾を飲み込むネビュラ。
チラリと、ファラロンの方に視線を向ける。するとファラロンは意外にも肩を竦めながらネビュラの疑問に答えた。
「……この私ですら、囚われるリスクがあるな」
「マジでございますか!?」
思わず目を剥くネビュラ。
よもやフランケルの亡霊──《黒百合》は、SSSランクでさえ捕捉するほどの力を手に入れたというのか──。
一方、アミティは《黒百合》が乗る骨の龍のことが気になっていた。恐る恐る……マリスの横に立つギュスターヴに尋ねる。
「あそこにいるドラゴンボーンスケルトンは……誰か知ってるリュ?」
「……ギャース」
「リュリュリュ!? あれは──【蒼天の水晶龍】エシュロンの骨リュ!?」
──エシュロン。
それは、遥か昔に魔法王国によって滅ぼされた、天空の支配者たる蒼き龍の名前であった。
「《龍の記憶》にも残ってる上位龍リュ! いくら骨になったとはいえ、死霊術師に操られるとは……これはどうなっているリュ?」
「ギャース」
「確かに……フランケルという死霊術師は【いにしえの大聖女】も復活させてるリュ。であれば、エシュロンの骨をスケルトン化できていてもおかしくはないリュ」
ぶるり、とアミティは全身を震わす。
もしや今目の前に対峙している死霊術師は、真に恐るべき相手なのではないか。
「くそっ、そんなの受けいれられるかっ!」
突如、ウルフェが吠えた。
それは、心の底からの叫びだった。
「おい、フランケル! お嬢様から離れろ! このボッチ野郎がっ!!」
『ボッチ!?』
ウルフェがその台詞を吐き出したのは、偶然。
だが、得られた効果は絶大だった。
ユリィシアの体が大きく揺れる。どうやらかなりショックを受けているようだ。
『ボッチ……私は……ボッチ……』
「ん? 効いてる? あれは……効いてるのか?」
「効いてますね! なんだかスッキリする気がするので、もっと貶しましょう!」
「でも、なんだか黒い魔力が増してる気がするリュ」
それでも他に有効な手段が思い浮かばないウルフェたちは言葉責めを続ける。
「やーいやーい、性格極悪で陰キャのボッチ! おまえなんかみんなから嫌われているでございますよー!」
「そうだそうだ! お嬢様から離れろ、この非モテのクズヤロー!」
「お友達もいなくてアンデッドと遊んでたリュ! なんて寂しいやつリュ!」
『うっ!? ぐっ!?』
激しい罵声を浴びせるたびに、まるで魔法銃で撃たれたかのように大きく揺れるユリィシア。
それに気を良くした一同──主にネビュラが、より激しく罵倒を繰り返す。
「……おいおい、あれは事態を悪化させてないか?」
「ギャース」
「なんという……黒く禍々しい陰の魔力がどんどん溢れ出てきますわ! あのままではユリィシア様が完全に黒く染まってしまいます!」
──そのときだ。
『うわぁぁぁぉああぁぉぁぁぁぁぁーーーん!!』
なんと《黒百合》は物悲しい声を上げたかと思うと、いきなり次元門を開いて──そのまま中に飛び込んでしまったではないか。
「なっ?! くそっ、貴様らなんてことを……覚えておれよっ!」
残されていたアンデッド軍団も、シャプレーの号令のもと、次々と開門した『万魔殿』の門の中へと消え去ってゆく。
そして──あっという間に《黒百合》と【不死の軍団】はサンナミの街から姿を消したのであった。
「……えっ?」
「これは……」
「……逃げたリュ?」
あとには──茫然と立ち尽くすウルフェたちだけが残されたのだった。




