112.来襲
「わたくしの名前はマリス・ステラ・ラニアケアと申しますの」
「おおマリス殿ですか、どうぞよろしくお願いいたします」
マリスと名乗った少女に、ウルフェは最大限の礼を持って頭を下げる。
ウルフェにとってお嬢様こそが至上であり、そのお嬢様を敬愛する相手はすべて同志であると考えていた。ウルフェは、同志に対しては礼を尽くす。特に相手が敬愛するお嬢様と同年代の妙齢の女性となればなおさらだ。
その行為が、結果として己の命を長らえたことも知らずに──。
「ウ、ウ、ウ、ウルフェ……まずいリュよ」
「ど、ど、ど、同感でございます……」
ガタガタ震えるアミティとネビュラに袖を引っ張られ、マリスから少し距離を取るウルフェ。
「なんだ、二人とも? 様子が変だぞ?」
「あの相手は……やばいリュ」
「間違いありません、あれは相当……格上の存在でございます」
「やばい? 格上? マリス様が強いということか?」
ウルフェの確認に、アミティとネビュラは真っ青な顔で首を横に振る。
「ち、違うリュ、後ろの二人リュ!」
「あの二人は極めて危険でございます。おそらくはお嬢様以上……たとえて申し上げるならば、『いにしえの大聖女』にも匹敵するかもしれない存在なのです」
「は? それはどういうことだ?」
「あそこにいる紳士風の男……あれはアンデッド……しかもおそらくはヴァンパイアの超高位種族にございます」
「横にいる仮面の戦士は……間違いなく龍種リュ。しかも、あたちよりも年長の、それも相当な実力の龍種リュ」
「超高位アンデッドに、龍種? 何を寝言を言っているんだ? そんな存在が街中にいるわけがなかろう」
「ウルフェはあたちの存在を忘れてるリュ!」
ついでに言うとネビュラもヴァンパイアの貴族種であるのであるが、そこはあえて自己申告しない。
だが必死の訴え虚しく、ウルフェは二人の言うことを信じなかった。冷めた目で二人を見ると「はぁ……」と、ため息を一つ残し、マリスの元へと戻ってゆく。
「マリス様、失礼しました。こちらは俺の仲間のアミティとネビュラです。ともにお嬢様に仕える下僕であります」
「げっ、げぼ……んぐぐっ!?」
「ええ、お二人のことも先日お見かけして存じ上げておりますわ」
抗議の声を上げようとするアミティの口元を強引に塞ぎ、笑顔を振り撒くウルフェ。マリスは気にした様子もなく、自分の背後にいる二人を紹介する。
「こちらにいるのはわたくしの執事のファラロンと、護衛を務めてくださっているギュスターヴですわ」
「【宵闇の帝王】ファラロンっ!?」
「【北天の七星龍】ギュスターヴ!?」
今度は同時に声を上げるネビュラとアミティ。
慌ててウルフェが二人を後ろへ引っ張る。
「おいおい、急に声を上げて失礼だろ! なんだ、どうしたんだ二人とも……」
「ウルフェは本当に分からないリュか? あ、あれはいけないリュ……」
「だめです、逃げましょう。いえ、逃げることさえ叶わぬかもしれませんが……」
【宵闇の吸血帝王】ファラロン。
【北天の七星龍】ギュスターヴ。
いずれの名も、ウルフェは冒険者ギルドでその名を聞き及んでいた。だが……。
「おいおい、そいつは『終わりの四人』に名を連ねる最強のSSS級アンデッドの名前じゃないか? そんなものがこんな街中にいるわけがないだろう」
「いや、でも目の前にいるリュ! 絶対にそうリュ!」
「たまたま同じ名前なんじゃないのか? そもそも彼は龍ではなく、リザードマンかなにかではないのか?」
「いやウルフェは忘れてるかもしれないけど、あたちは龍リュ! だから彼も人化してるかもしれないリュよ!」
【北天の七星龍】ギュスターヴ。
長き時を生きるといわれる地上最強種、『龍』。
その中でも、北天に輝く極星の守護者たる七つの星の名を冠し、神に届くほどの実力を持つといわれる龍種の長だったのが──ギュスターヴである。
だが彼の存在は神との戦いに敗れた後、呪いによりアンデッド化し、いずこかの地に封じられているといわれていたが……。
「それに【宵闇の吸血帝王】ファラロンといえばヴァンパイアロードだろう? 軽く一国を亡ぼせるような存在がか弱い乙女の執事などするわけがなかろう」
「で、でも本能が……逆らえないといっているでございますよ」
【宵闇の吸血帝王】ファラロンは、アンデッドの中でも上位種であるヴァンパイアの始祖であり、その頂点を極める存在である。
他の『終わりの四人』と違い、ファラロンは生まれながらのアンデッドだ。
かつては乙女を攫いその生き血を飲み、眷属たちを増やして栄華を極めていたのだが……ある時を境にぱったりと姿を消したと言われている。
いずれも『いにしえの大聖女』『奈落』に匹敵するSSS級アンデッドだ。
「いや、いや、さすがにそれはないだろう。とりあえずマリス殿に確認してみようか」
「え、ちょっと待つリュ……」「ウルフェ、危な……」
「失礼しました、マリス殿。彼らはあなたのお仲間を別なものと勘違いしているようなのです」
「あらあら、そうなのですか? でも大丈夫です、二人は良い人なのですのよ」
マリスに促され、ペコリと頭を下げるファラロンとギュスターヴ。
「実はわたくし──お恥ずかしながら聖女様に憧れていまして……」
「聖女、ですか? 聖母教会の?」
「はい、ですが……わたくしは癒しの奇跡を授からなかったのです」
マリス曰く、幼いころに人の怪我を癒す聖女を初めてみたときに、なんと尊い人たちなのだろうかといたく感動したのだそうだ。
そのときから彼女は、癒しの奇跡を起こす聖女になることを夢見て、様々な努力を重ねてきたのだという。
「なんという尊い……マリス様は素晴らしく清らかな御心の持ち主のですね」
「そんな、お恥ずかしいですわ。ですが……残念ながらわたくしには癒しとは異なる力しか授からなくて……」
「癒しとは異なる力、ですか?」
「ええ。私が奇跡を施した相手は確かに元気になるのですが……なんだかおかしなことになることが多いのです」
「おかしなこと……ですか?」
「ええ、なんというか、元気になりすぎてしまうのです」
元気になりすぎる、とはどういう意味であろうか。
気にはなったものの、気まずそうに視線を逸らすマリスにこれ以上聞くのは失礼だと感じたウルフェは、深く確認することを止める。
「そうですか……それは大変でしたね……」
「ですが、そんなわたくしを助けてくださったのが、ファラロンとギュスターヴなのです。彼らはわたくしに力の使い方を色々と教えてくれました。とはいえ、失敗ばかりなのですが……」
「お気に病むことはありません、姫様」
「ギャース」
「なんと、マリス様はどこぞかの姫君であられましたか! これは大変失礼いたしました」
姫という単語を聞いて、慌てて膝を折るウルフェ。
「まぁ、やめてくださいな。わたくしは連邦の辺境にある小さな村の領主の娘に過ぎませんわ。姫というのはファラロンたちが勝手に呼んでいるだけですの。わたくしのことを【祝福姫】と──」
「いえ、お話をお聞きしているだけでマリス様が尊いお方だというのは理解できます。よろしければこの俺もあなた様のことを姫とお呼びして──」
「おやめくださいな」「よせ」「ギャース」「や、やめるリュ!」「やめるでございます!」
なぜか他の全員から一斉に拒否られてしまったので、さすがのウルフェも鼻白んで断念する。
「わ、わかりました。なるほど、マリス様のお仲間が素晴らしい方々だというのはよくわかりました。それで──マリス様はお嬢様の身に何が起こったのかをご存じなのですか?」
「ええ、存じ上げております」
すっと、真顔になって頷くマリス。
背後に立っていたファラロンとギュスターヴの顔色を伺ったあと、意を決して口を開こうとした──そのとき。
「きゃーーーーーっ!!」
突如、女性の甲高い悲鳴が一同の耳に飛び込んで来た。
どうやら店の外で何かがあったようだ。しかも悲鳴は一人ではない、あちこちから上がっているようだ。
「なにかあったのか!?」
「出てみましょう!」
「ええ!」
すぐにマリスとウルフェが立ち上がり、店の外へと飛び出していく。
だが身動きできずにいたネビュラとアミティに、ファラロンとギュスターヴがゆっくりと近寄る。
「わかっているな、余計なことは言うなよ?」
「……か、かしこまりましたでございます……猊下」
「ギャース」
「……リュリュリュ……」
二人に耳元で囁かれ、真っ青な顔で頷くネビュラとアミティであった。
◆
サンナミの街には──なんと大量のスケルトンが湧いていた。
先日のモンスター騒ぎに続き、今度はアンデッドである。悲鳴を上げながら逃げ惑う住人たち。
「なっ!? アンデッド!? なぜこんな大量に──」
「ですが様子が変です。住人を襲っているようには見えませんね」
「えっ?」
マリスに指摘され、ウルフェもすぐに異変に気づく。
確かに──発生したスケルトンたちは整然と隊列を組んでいるだけで、住人を襲ったりはしていないのだ。
まるで、城を守る兵士たちのように並ぶスケルトン。驚いて見守るサンナミの住人たち。
アンデッドたちが大人しくしている理由は、すぐに判明する。
『ふははは! 我の名はシャプレー! 偉大なる《黒百合》様の忠実なる僕であるレッサーヴァンパイアだ! このスケルトンたちは《黒百合》様登場の前触れであるぞ!』
どうやらこのスケルトン軍団には操る者──すなわち死霊術師がいたようだ。彼らを操っているのはシャプレーと名乗るレッサーヴァンパイアである。
しかし、シャプレーは自分たちは前触れであると言った。《黒百合》様とは──いったい何者であろうか。
「あ、あれは……」
すぐに追いついてウルフェの横に立ったネビュラが、思わずといった感じで呟く。
「ん? ネビュラはあの男を知っているのか?」
「うぇ? え、ええ、まぁ……。ですが彼は……」
ネビュラは彼のことをよく覚えていた。シャプレーは、かつてネビュラがネビュロスと名乗り死霊術師として暗躍していたころに、部下として使っていた人物である。
だがシャプレーはネビュラが血を吸ってレッサーバンパイアとなったのちに、ユリィシアに奪われて『不死の軍団』に編入させられたはずであるのだが──。
「まさか……」
ネビュラの脳裏に嫌な予感が過ぎる。
彼が出現したということは──。
「ふははははっ、待たせたな。いよいよ《黒百合》様のお出ましだ!」
─ー──ゴゴゴゴゴゴゴ──……。
シャプレーの叫び声に合わせ、地の底から響くような音が聞こえて来る。
──ピシッ。
何かヒビが入るような不気味な音が空気中を駆けた。
慌てて天を見上げる一同。そこには──。
「ば、ばかな……」
「天が……割れてるリュ!?」
なんと──天にはまるで切り裂かれたかのような黒い線が走っているではないか。
「あ、あれは……ゲートでございます!」
サンナミの街の上空に突如出現したものの正体は、巨大な──とてつもなく巨大なゲートであった。
「な、なんという巨大なゲートだっ!?」
「人為的にあんなものが作れるリュ!?」
やがて出現したゲートの中から、ゆっくりと──巨大な何かが徐々に姿を表す。
「出てきてるのは──骨か!?」
「龍の骨リュ!!」
──巨大な龍の骨。
ゲートを潜って姿を現したのは、完全に骨と化した龍──ドラゴンボーンスケルトンであった。
「信じられん、龍の骨のスケルトンなど……」
「まさか……」
最初に気づいたのはネビュラであった。
なぜなら、心当たりがありすぎたからだ。
シャプレー。
スケルトンの軍団。
そして──SSランクのドラゴンボーンスケルトン。
これはまるで──。
「── 【不死の軍団】」
「リュ?」
「それは──邪悪なる死霊術師、【黄泉の王】フランケルの所有していたアンデッド軍団のことではないのか?」
だが、【不死の軍団】はフランケルの死とともに行方不明になったはずではなかったのか?
「くくく──《黒百合》様の御成りだ!」
続けて、ドラゴンボーンスケルトンの頭が輝き、新たなゲートが出現する。
姿を現したのは──黒いドレスに身を包んだ、真っ黒な髪に仮面をつけた一人の女性の姿。
黒い髪に顔全体を覆う仮面。
だがウルフェたちは、かの人物の姿になぜか既視感のようなものを感じていた。
「あれは……」
「リュリュリュ!?」
「やはり……」
ウルフェ、ネビュラ、アミティの三人は同時に声を上げる。
「お、お嬢様!」「ユリィシアお嬢様!」「ユリィシア、リュ!」




