111.行方不明
本作の最終部となる【癒しの聖女編】。
その最初のエピソードであるエピソード15『黒百合編』が、ここから開始となります!
その日、サンナミの街は歓喜の渦に包まれていた。
なぜなら、『迷宮暴走』を起こしエクストラ化していたダンジョン『サファイアとルビー(改)』が、【癒しの聖女】ユリィシア・アルベルトとその一行およびSランク冒険者チーム【光の翼】によって完全制覇され、消滅したからだ。
ダンジョンから溢れ出るモンスターの暴走により危機を迎えていたサンナミの街は、これにより完全に救われたのである。
無事に帰還した【光の翼】の四人は、最下層での出来事について多くを語らなかった。
ただ、リーダーのエーデルがこのような言葉を残している。
「ユリィシア・アルベルトは──真の聖女だ」
加えて、ユリィシア・アルベルトが〝レウニールの天使″、〝魔法薬師シア″、〝フランドゥムのユリ″、そして……帝国の危機を救った〝癒しの聖女″と同一人物であることが明かされ、サンナミの街はさらに大騒ぎとなった。
「なんてこった、本物の聖女様じゃないか!」「だが聖母教会非公認らしいぞ? しかも本人が拒否しているらしい」「きっと謙遜なさってるんだな、なんと素晴らしい……」
「『癒しの聖女』さまに祝福を!」
「ユリィシア様にかんぱーい!」
「いや、ユリ様だろ!」「いやいやシアだってば!」「んなことはどうでもいいんだよ! それよりも聖女様を称えよう!」
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
ただ、サンナミの街としては貴重なダンジョン資源をひとつ失ったことは事実である。
だが領主であるエドワードは、配下のものからダンジョンをひとつ失ってしまったことについて問われた際、こう答えた。
「そんなことよりも、ユリ様がこの街を守ってくださったことこそが重要なのだ! イエス・フランドゥム!」
同時にエドワードは、街の中心にユリィシアを讃える銅像を建立することを決定する。
街の人々は領主の英断に大歓声を上げた。
こうして、今やサンナミは街をあげてのお祭り騒ぎとなっていた。
だが──主役であるはずのユリィシアは、いつまで経っても帰ってくることはなかったのである。
◆
ダンジョンの解放から既に10日が経過していた。
ウルフェ、ネビュラ、アミティの三人は、サンナミの街の外れにある居酒屋で今日もひっそりとユリィシアの帰りを待ち続けていた。
「……お嬢様、帰ってこないな……」
ダンジョンから帰還──いやユリィシアから排出されてしまったウルフェたちは、サンナミの街の中で静かに身を潜めていた。大騒ぎの渦中に巻き込まれて、自由にユリィシアを探せなくなることを厭ったからだ。
またエーデルたち【光の翼】一行には見つからないように気を配った、という理由もある。
だが必死の捜索虚しく、ユリィシアの姿はどこにも見当たらなかった。
完全に──姿を消してしまっていたのである。
「……なんだか嫌な予感が過ぎるリュ。また置いてけぼりリュ?」
「だがお嬢様は俺たちに『待っていろ』と言った。お嬢様は救済のためなら突然いなくなることもあるが、これまで一度もウソはついたことはないぞ?」
ウルフェの言葉に疑いの目を向けるアミティ。
「それはさすがに……盲信ではないかリュ?」
「ではお嬢様がウソをついた記憶はあるか?」
「確かに……ございませんね」
「うーん、随分と酷い目に遭った気がすリュけど……ウソはついてないリュか」
ユリィシアはこれまで彼らを散々振り回してきた。
だが誤魔化されたり突然消えたことは幾度もあれど、ウソをつかれたことは一度もなかったのは事実である。
ではどうしてユリィシアは帰ってこないのか。
あのユリィシアが、例えば死んだ……とはまったく思えない。
だが──良からぬことが起きているのではないか。
三人の背筋に、嫌な予感が走る。
「……とはいえ、ここでボーッと待っていても仕方がない。今日も分散して情報を探るとしよう」
「ネビュラの魔法がなければユリィシアは変装もできないリュ。変装してなければあの白銀髪は目立つリュ」
「ええ、さすれば目撃情報も見つかるでございしょう」
膝を突き合わせてユリィシアの捜索に関する相談をしているウルフェたち。
その様子を──遠巻きに見ている三人の人物がいた。
一人は聖職者のような頭まですっぽりと覆ううす暗い色のローブに身を包んだ……おそらくは少女であろうか。
彼女の横に立つのは、長身を黒いスーツに包み込んだ黒髪の執事風の男性。
さらにその後ろには、チェーンメイルを身に纏い仮面をつけた戦士風の男……。
やがて、ローブに身を包んだ女性が一歩前に踏み出す。慌ててその手を止める執事風の男。その顔は、驚くほど整った──究極の美を具現化したかのような美青年であった。
「姫様、何をなさるのです?」
「……ファラロン。わたくし、いてもたってもいられませんわ」
「だからといって、出て行ってどうなさるのです?」
「手助けしますの」
「はい?」
「だって……あの方はわたくしたちの失敗をフォローしてくださったんでしょう? そのせいで、あんなことに──」
ファラロンと呼ばれた執事風の男と、仮面をつけた戦士風の男が、互いに顔を見合わせる。
「あんなに素敵な方の危機を放っておくことなど、わたくしにはできませんわ」
「……ギュスターヴ、なにか言いたいことはないか?」
「ギャース」
ギュスターヴと呼ばれた戦士風の男は両手を左右に広げて首を横に振る。どうやら打つ手はないと言いたいようだ。
「……こうなった姫様は誰にも止められないからな。まあこれもあやつ流に言うと『運命の流れ』というやつか。……傍観者の宿命だな」
「ファラロン、なにをぶつぶつ言ってますの? 行きますわよ?」
「……仕方ない。姫様についていくぞ、ギュスターヴ」
「ギャース」
こうして三人組は、捜索の準備を始めていたウルフェたちのもとへと歩み寄っていった。
「もし──あなたがたは『癒しの聖女』様のご一行ではありませんか?」
ふいに──若い女性に声をかけられ、ウルフェたちは動きを止める。
声をかけたのは、三人組の男女であった。
ウルフェたちはこれまでも何度か街の人々に声をかけられることがあった。なにせダンジョンアタックをするとき、ユリィシアのすぐ後ろに随行していたのだから目立つのは仕方ないことである。
「はぁ。そうですが……今はお嬢様はいらっしゃいませんよ」
「ええ、存じ上げておりますわ。実は──そのことでご相談があってお声をおかけしましたの」
そのことで相談、とは?
もしやこの女性は……ユリィシアの行方を知っているのだろうか。
どうしたものかと考えたウルフェはネビュラとアミティの方に視線を向ける。だが、なぜか二人はガタガタと全身を震わせていた。
いったいどうしたのだろうか。ウルフェは一瞬疑問には思ったものの、真っ青な顔でなにかを訴えかけるような二人の目に気づくことなく、すぐに少女のほうに向き直る。
「あなたは──何かご存知なのだろうか」
「わたくし、あの方をお救いしたいのです」
「ふむ?」
救う、とはどういう意味なのだろうか。
ウルフェは首を捻る。
「わたくし、あの方が他の冒険者の皆様とダンジョンアタックする姿を見ていました。あの方は──本当に素晴らしいですわね。まさに『癒しの聖女』、わたくしもあの方のようになりたいんですの」
「おおっ! なんと! お嬢様の素晴らしさをおわかりくださるとは!」
少女の言葉が嬉しくなり、思わず満面の笑みを浮かべるウルフェ。
「俺はお嬢様の剣であり盾である従者のウルフェと申します。あなた様のお名前は──」
「あ、すいません。わたくしったら名前も名乗っていませんでしたね」
少女はするりとローブのフードを脱ぐ。
うす暗い色をしたフードから零れ落ちてきたのは──まるで太陽のように明るく輝く黄金色の髪。
加えて露わになった少女の顔は──ウルフェでさえ思わず息を飲むほどの美貌の持ち主であった。
この美しさは、まるで──お嬢様だ。
あの方に匹敵するほどの美しさを持つこの少女は──。
戸惑いを見せるウルフェに、少女は柔らかな笑みを浮かべながら自己紹介を始める。
「申し遅れました、わたくしの名前は──マリス。マリス・ステラ・ラニアケアと申しますの」




