109.聖女の救済
「君が──『レウニールの天使』だったんだな」
エーデルが何か呟いていますが、そんなことはどうでも良くなるくらい私の視線はダンジョン最下層の広場の奥に釘付けになっています。
禍々しいまでの魔力を放って黒く輝く──巨大な黒い宝石。
ごくり、思わず生唾を飲み込みます。あれがコアですね、ゾクゾクしますわ。
ですが、コアに到達するためには目の前に大量に沸いている邪魔者を処分する必要がありますね。
「あの黒い宝石が──目的地です。みなさん、あそこまでの道筋を作ってください」
「はっ!」「リュ!」「承知でございます!」
私の指示に従って、三人が飛び出していきます。
「馬鹿な……Sランクの俺たちより強い、だと?」
「ふん、ランクなどお嬢様を大切に思う力の前では無意味だな」
炎を放つ双剣を振り回しながら、ウルフェがなにやらスライに粋がってます。
「まるで──龍!?」
「あたちも今日は大暴れリュー!!」
両手を龍に変化させて暴れるアミティに、さすがのエーデルも眼を丸くしていますね。
「おやおや、血が出てますね。これはいけません、もったいありませんね。いけません、舐めて拭かなければ──」
「ひ、ひぃぃぃぃ……」
ネビュラちゃんがイスメラルダの血を舐めていますが……まぁギリギリセーフでしょう。
勢いのままにモンスターを全て撃退した三人が、ボスと思しき黒騎士に襲いかかります。ですが──。
「ぬ?」
「リュ!?」
「弾かれてございますね」
ウルフェたちの攻撃は全て黒騎士に跳ね返されてしまいました。
ただの防御ではありませんね。あれは──。
「シア、気をつけて! あの黒騎士は《物理無効》と《魔法無効》を持ってるの! それに強力な電撃魔術を……」
「ありがとう、フィーダ」
私は優しくフィーダの頬に触れて、汚れを指で拭います。
あぁ、やっぱりフィーダはぷにぷにですね。素晴らしい触り心地です。
「ですが、大丈夫ですわ。この私に──お任せください」
いつの間にかモンスターが復活しています。どうやら奥にあるダンジョンコアが、モンスターたちを復活させているようです。
なるほど──ダンジョンとはそういう仕組みだったのですか。
「来るわっ!」
私が思考に耽っていると、フィーダの警告の声が聞こえます。黒騎士の両手から電撃が放たれました。
「── 《轟天雷 》」
ふむ、なるほど。確かに強烈な魔術ですね。
これほどの術を行使できる人間はほとんどいないでしょう。さすがは三つ星ダンジョンの主だけあります。
「お嬢様、危ないっ!」
ウルフェが私の盾になろうと飛び出します。
ですが──今の私には無意味です。
「────《聖域》」
ドガガガガガガッ!!
凄まじい電撃が襲いかかりますが、私たちに届くことなく消失していきます。
ふむ。本物の魔術相手に行使するのは初めてでしたが、案外上手くいきましたね。あのクラスの魔術を防げるのであれば、術は完成したと見て間違いないでしょう。
「うそっ!? 魔術を弾いた!?」
「違うわ、あれは弾いたのではなく──無効化している? もしかしてシアも《魔法無効》を!?」
「フィーダでも分からないの?」
「ええ、なぜかシアのことが視えないの……」
残念でしたね。厳密に言うと魔法無効化ではなく《魔法消失》なのですが……まぁ見ているぶんには分からないのでどちらでも良いでしょう。
「お嬢様、その力は……」
「あ、あ、あ、あの時と同じリュ!?」
「そ、それは……い、〝いにしえの大聖女″の固有魔術ではございませんか!?」
おお、さすがに一度見ているウルフェたちは鋭いですね。
正解です。私が今使ったのは──《聖域》。エルマーリヤの固有魔術です。
「な、なぜお嬢様がその術を……」
「ふふふっ」
なぜ私が《聖域》を使えるのか。
それは、以前手にした『エルマーリヤの書』と、師匠ウルティマのおかげなのです。
『大聖女のダンジョン』で手に入れた『エルマーリヤの日記』に書かれていたことから、私は様々な治癒魔法の基礎だけでなく、ある驚くべき真実を知ることができました。
日記を書いていたころのエルマーリヤは──治癒魔法しか使えていなかったのです。
ですが彼女はのちに『大聖女』と呼ばれる存在になり、数々の固有魔術を保持し、今ではSSS級アンデッド『いにしえの大聖女』としてこの世界の頂点に君臨しています。
このことから導かれる真実。
それは──治癒魔法の無限の可能性。
もしエルマーリヤが使えたのが治癒魔法だけなのだとしたら──。
彼女が持つ固有魔術は全て『治癒魔法』の先にあると言えるのです。
治癒魔法であれば私も使えます。ということは、私もエルマーリヤと同じ固有魔術が使えてもおかしくありません。
ですが──何度試しても使うことはできませんでした。術式は解析していたのですが、実現化することができなかったのです。
なぜ私には使えないのか──。
何が足りないのか──。
──足りないのは、私自身。
その答えを教えてくれたのは、師匠のウルティマでした。
ウルティマによって教えられた、ギフトとスキルの違い。
ギフトは──生まれつき与えられた素質。
スキルは──後天的に手に入れた技術。
そう、人は──成長していくことができるのです。
その違いに気づいた時、私は自分にも成長の可能性があることを初めて認識しました。
魔力を増やしアンデッドを増強することばかり考えていた私は、自身が成長できることに全く気づいてなかったのです。
でもそれは仕方ないことでしょう。
なにせ前世の私は死霊術しか使えず、今の私も治癒魔法しか使えなかったのですから。
ですが、今の私は自分が成長できることを知っています。
私に足りなかったもの、それは──。
「── 《轟天雷 》」
黒騎士が懲りずにまた電撃魔術を放って来ます。
ですが何度放とうと無駄です。
私は治癒魔法に少しの想いを加えます。
〝──私の大切なものたちを、守りたい″。
ウルフェ、ネビュラちゃん、アミティ、エーデル、スライ、イスメラルダ、フィーダ……。
みんな、私の大切な──素体たち。
彼らを守りたいという想いが募った瞬間──私の鑑定眼に新たな情報が映し出されました。
〈──エクストラスキル《聖女の守護》を発動します〉
スキルの発動を得たと同時に、私の治癒魔法は変化を遂げました。
〝治癒″は──〝守り″へと。
「──《聖域》」
ドガガガガッ!!
凄まじい電撃が襲いかかってきますが、私の《聖域》を前に全て消滅します。
ここに今、ひとつの真実が証明されました。
たとえ天から与えられたギフトであろうと──。
スキルによって変化させ、応用することができるのです。
今までの私には、足りないものがあった。
それを補うのが──後天的な技術。
私は──治癒魔法の新たな可能性を手に入れました。
その結果私は──これまでのように、単に傷を癒すだけの存在ではなくなったのです。
「シア……」
「ウルフェ、アミティ、ネビュラちゃん、援護してください。エーデルたちは他のモンスターたちの排除をお願いしますね」
「き、きみは……」
「あの黒騎士は、私たちが討ちます」
何か言いたげなエーデルを背に、黒騎士に近づきます。
黒騎士から放たれる黒く歪んだ魔力は──なるほど、『悪魔の力』を感じますね。
モンスターの悪魔化……はたしてそのようなことが起こるのでしょうか。
ですが、今はそんなことよりも早くダンジョンコアに到達することが先決です。
基本的にダンジョンに発生するモンスターは、アンデッドにはなりません。
たとえば私の軍団にいるバッグベアードのように、あらかじめアンデッドとして存在していない限り、別の存在にはならないのです。
──ゆえに、この黒騎士に対しては遠慮はいりません。
「ウルフェ、アミティ。黒騎士の動きを封じてください」
「はっ!」「わかったリュ!」
二人は黒騎士に襲いかかるとそれぞれ腕を取り、動きを封じてくれました。
苦し紛れに電撃を放とうとしますが、すぐに《聖域》で無効化します。
さぁ、これで準備は完了です。
この黒騎士は《物理無効》と《魔法無効》を持っているので直接攻撃も魔法も効かないのでしょう。
ですが──そんなことは今の私には関係ありません。
なぜならこの固有魔術は、あらゆる障害を無視して── 強制的に、すべからく問答無用で相手の〝魂″に働きかけるものですから。
ゆえに、防ぐ術は──ありません。
無言のまま、もがく黒騎士。
私は──ゆっくりと手を差し伸べ、治癒魔法に少しの想いを加えます。
〝──あなたに、永遠の安らぎを″。
想いが募った瞬間──私の鑑定眼に新たな情報が映し出されました。
〈──エクストラスキル《聖女の救済》を発動します〉
〈──エクストラスキル《輪廻の輪》を発動します〉
さぁ、これで準備は整いました。
さようなら、黒騎士さん。
来世はちゃんとダンジョン以外で誕生してくださいね。
「──《聖者の救済》」




