108.再会 ──レウニールの天使──
数百人の冒険者たちを引き連れて、私はダンジョンの中に突入しました。
事前情報通りおびただしい数のモンスターたちが湧き出てきます。さすがにこれだけの数が出現するようだと、私たち四人でアタックしていたらいくら時間があっても足りませんでしたね。
ですが──今、私たちは四人ではありません。
「ユリ様、ここは俺たちに任せろっ!」
「俺たちがシア様をお守りするぜ!」
「いやユリィシア様だろ?」「癒しの聖女様だってば!」
私たちについて来た冒険者たちが一手にモンスターたちを引き受けてくれます。「イエス・フランドゥム!!」と叫びながら我先にとモンスターたちに襲いかかっていく彼らは、実に素晴らしい下僕ですね。
「ありがとうございます」
私は彼らに〝一定時間治癒効果が継続する″遠隔治癒を飛ばすと、そのまま駆け抜けていきます。きっと彼らは時間がかかっても、傷を残すことなくモンスターたちを撃破することでしょう。
その間に私たちはどんどんダンジョンを駆け抜けていきます。
ここのダンジョンに潜り込むのは初めてなのですが、私の頭の中にはマップが全て入っていますからね。最短コースを突き進んで、ほんの数十分で第一階層を突破しました。
第二層に突入しても、ゴブリン、コボルト、オーガーなどのモンスターラッシュは続きます。
「ここに出るのは主に擬人系のモンスターばかりなのですね」
「ええ、その通りですお嬢様」
なんでもウルフェは解放奴隷たちの教育にかこつけて、何度もダンジョンに潜っていたのだそうです。「あたちたちがポーション配ってる間に……そんなの抜け駆けリュ!」なぜかアミティが怒ってますね。
「ところが最近は時折アンデッドが混じるようになったと聞いております。俺も数体スケルトンを撃退しました」
「へぇ……アンデッドですか」
「はい。低ランクなうえ、ドロップもしないので冒険者たちには不評なんですけどね」
「……どうして人型主体のダンジョンにアンデッドが混じるんでございますかねぇ?」
ネビュラちゃんが冷たい視線を飛ばして来ますが、私は関係ありませんよ? なにせここは暴走中のダンジョン、何が起こっても不思議ではありませんからね。
「ここから第三層になります」
たまに雑談も交えながらも、私たちはダンジョンを駆け抜けていきます。
やはりエクストラ化したダンジョンは思っていた以上に酷く、第三層に潜っても次から次へと絶え間なくモンスターたちが襲いかかってきます。
しかし、私たちは決して足は止めません。なぜなら──同行していた冒険者たちが、盾となって食い止めてくれているのですから。
「ここは俺たちに任せて先にいけぇぇぇえ!!」
「うわぁぁぁぉああぁぉ、腕が千切れ──あれ? 治癒されていく?」
「みるみるうちに傷が治るぞ! これが奇跡かっ!?」
「行ける! 俺たちは行ける! 『癒しの聖女』様に続けぇぇぇ!!」
「奴隷から解放された恩に、今こそ報いるときっ!!」
いろいろと熱い声が聞こえますが、いちいち反応していると面倒なので基本スルーし、迫り来るモンスターたちは冒険者たちに丸投げにします。
まぁ持続治癒はかけているので、死ぬことはないでしょう。仮に死んだとしても、あとはちゃんと私の軍団に入れて差し上げますからね。
こうして──私たちはポーションマッピングで把握している最下層への最短ルートをとてつもないスピードで走破していきました。
階を重ねるごとに付いて来ていた冒険者たちの数はみるみる減っていきますが……致し方ないですね。
後ろを振り返ることなく突き抜けていき、地下四階の最奥まで到達した頃には──とうとう私たち四人だけになっていました。
「はぁ……はぁ……すごいペースで抜けて来たリュ」
「まともに攻略していたらこんなペースでは無理でしたね、さすがはお嬢様!」
「それでここにあるのが……最下層に続く階段なのでございましょうか?」
階下からはかすかに戦闘音が聞こえます。おそらくはエーデルたちが戦っているのでしょう。
「ええ、そのとおりですわ。そしてこの下にはボスがいましてよ。みなさま、用意はよろしくて?」
「ははっ! 今すぐにでも突入しましょう!」
脳筋ウルフェが嬉しそうに牙をむき出しにして吠えます。
「あたちも暴れるリュ!」
「おや、普段はおとなしいアミティにしては珍しいな」
「なんだか体中が暴れたくてモヤモヤしてるリュ! ……でも不思議リュ、なんでこんなに暴れたいリュ?」
「それはきっと、フラストレーションが溜まっているのですよ」
「フラストレーション? ネビュラ、どうしてわかるリュ?」
「ええ。なにせお嬢様に置き去りにされて探し回った挙句、見つけたと思ったら今度は来る日も来る日もポーション配り……イライラが募って当然でございましょう。かくいうボクも……とっても暴れたい気分でございますので」
なんとも艶めかしい動きでペロリと唇をなめるネビュラちゃん。
……これはいけません。いつ彼らの毒牙の矛先がこちらに向いてしまうか分かりません。すぐにでも突入しましょう。
「では──参ります」
「「「おうっ!!」」」
◇◆
エーデルたち《光の翼》はここ20日以上、ほぼ休むことなくダンジョンに挑み続けていた。
昼夜も忘れて深く潜り、戦闘を繰り広げては力尽きる寸前に撤退する。この一連の行動を、既に10回以上も繰り返していた。
『魔法薬師ユリ』から特別に大量のポーションを預かってからは滞在時間がさらに延び、帰る間も惜しんで潜り続けた。そうしないと、溢れ出るモンスターたちのせいで最奥まで到達できないからだ。
だが──やがて彼らの努力は実を結ぶ。
その甲斐あって、ついにダンジョンの最下層である第5層に到達したのだ。
「……こいつはどうなってるんだ?」
だが最下層に降りた瞬間、思わずスライが声を絞り出す。
領主エドワードから開示されたダンジョンマップによると、最下層はさほど広くない場所で、すぐに行き止まりとなるはずである。
ところがエーデルたちの目の前に広がっていたのは──予想外の、かなり広い空間だった。
「これは──ダンジョンが拡張しているのかしら?」
「ううん、イスメラルダ。もしかしたら今まで隠されていた部分が取り払われたのかも……あっ、もしかして──〝隠し部屋″が解放された?!」
フィーダの言葉に、一同は互いに顔を見合わせる。
ダンジョンの最奥には〝隠し部屋″がある。
昔から冒険者たちの間でまことしやかにささやかれていた噂──いや一種の都市伝説のようなものだ。
だが実際に最奥に到達したことのあるエーデルたちでも、隠し部屋は見つけることができなかった。かなりの時間調べたものの、何も見つからなかった。だからそんなもの、デマだと思っていた。
ところが──。
「おい、エーデル! 奥に──なんか見えるぞ!」
薄暗い最下層の部屋の奥に見えるのは、黒く光る物体。
なにか巨大な宝石のようなものが、黒い光を発しながらゆっくりと回転しているではないか。
「な、なんなの……あれは……」
「もしかしてあいつがダンジョンが暴走した原因か? なぁフィーダ、お前の《天使眼》で何か見えないか?」
だがエーデルはすぐに横に立つ妹がガタガタ震えていることに気付く。これは──尋常ではない。
「どうしたフィーダ?」
「……信じられないわ。あの物体、とてつもない魔力を発しているの……」
「とてつもない? それってどれくらいだ?」
「……このダンジョンが簡単に吹き飛んでしまうくらいよ。下手するとサンナミのある地域一帯が滅びてしまうかもしれないわ」
フィーダの言葉に、イスメラルダも顔面蒼白な様子で口元を手で押さえながら頷く。
「こんな高濃度の魔力は初めて見たわ。これだけ距離があるのに、ここに立ってるだけで吐きそうだもの。あんなの……人の手に負えるものじゃないわ!」
人知を超えた超高濃度の魔力の塊。
そのようなものが、狂ったダンジョンの最奥に鎮座していたのだ。
「……よし、わかった。一度報告に戻ろう! そのためにもしっかりと調べ──」
だが戻ろうとして背後を振り返ったとき、エーデルは異変に気付いた。
先ほど降って来たばかりの階段が──消失していたのだ。
「なっ!? 退路がないだとっ!?」
「エーデル、何か来るわ!」
イスメラルダに言われてすぐに視線を前に戻すと、真っ暗な部屋の奥で何か蠢くものを見つける。
「……なんだあいつはっ!?」
スライが叫ぶ。
出現したのは──漆黒の鎧に身を包んだ、一体の騎士であった。
その黒騎士が、エーデルたちに近寄りながらスラリ、と剣を抜く。夜を固めたような暗黒の刃に殺気を感じ、素早く戦闘隊形を取る。
「こいつがこのダンジョンの主かもしれない! いくぞっ!!」
エーデルの掛け声に合わせて、それぞれが黒騎士に対して攻撃を開始する。だが、すぐに異変に気づく。エーデルの剣もスライの魔法銃も、簡単に黒い鎧によって弾き返されてしまったのだ。
「なんだこれはっ!? 硬すぎて攻撃が通らない!?」
「違うわ! これは──《物理無効》よ!」
フィーダが魔眼《天使眼》で鑑定を行い、すぐに原因を見破る。
物理無効とは、物理的な攻撃を一切受け付けない特別なモンスタースキルだ。これまで彼らも出会ったことがない特別な能力を、この黒騎士は所有していたのだ。
「物理がダメなら魔法よ! 切り裂け──《千刃嵐》」
──ミシミシミシ……。
黒い鎧が不気味な音を発しながら、イスメラルダの魔法すら弾き返す。フィーダの目が大きく見開かれた。
「うそ──? 《魔法無効》ですって!?」
フィーダの《天使眼》は、黒騎士の恐るべき能力を見通していた。なんとこの黒騎士には──物理攻撃も魔法攻撃も一切通用しないのだ。
「あんだって?! そんなのどうやって倒せば良いんだよっ!?」
「きっと何か突破口があるはずだ! 諦めずに攻撃を続けろ」
だがそのとき──黒騎士が両手を天に掲げる。
「ダメっ! 大魔術が来るわっ!!」
『──《轟天雷》』
イスメラルダの注意虚しく、凄まじい雷がエーデルたち四人に降り注ぐ。
防御が間に合わず、全員が全身に電撃による痺れと深刻なダメージを負ってしまう。
さらに、続けて襲いかかる──黒騎士の漆黒の大剣。
──バギボギッ!
「ぐっ!?」
なんとかエーデルが受けるが、嫌な音とともにエーデルの左腕が砕け、そのまま弾き飛ばされてしまった。
だがポーションを飲んで回復したスライが黒騎士の注意を引きつけ、その隙に駆けつけたフィーダがエーデルにポーションを振りかける。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「助かった、まだやれる!」
そうは言ったものの、エーデルにすぐに策が思い浮かぶ訳ではなかった。
物理も魔法も無効で、強烈な電撃と剣撃を放つ黒騎士。この難敵を相手にどう戦えば良いのか……。
──ずずず。
「やべぇ……援軍が出て来やがったぞ!」
不気味な音とともに黒騎士の背後から湧き出て来たのは──黒い瞳を輝かせるモンスターの軍団。その数、およそ100体。
「まさかこいつ、召喚しやがったのか!?」
「わからん、それよりも撃退するぞ!」
その後の戦いは、大量のモンスターも交えた大乱戦となった。
しかしエーデルたち【光の翼】一行は、とてつもない苦戦を強いられることとなる。
黒騎士は、他のモンスターなどお構いなしに襲いかかって来た。ときには敵味方無関係に放たれる《轟天雷》。
その度にエーデルたちはポーションを使って回復し、ギリギリのところで戦線を保っていたを
「なんだよこれ!? こんなのジリ貧だぞっ!?」
「撤退を検討できないかしら!」
「でもどこにも出口なんてないわ」
「……くそっ!」
だが──諦めそうになるエーデルたちの耳に、かすかに何かが聞こえてきた。
──…………………ドゥム!
──…………フランドゥム!
──イエス・フランドゥム!!
気のせいか?
だが激しい戦闘の音にかき消されて、すぐに聞こえなくなる。
もしや、がんばれという声なのか──。
援軍が近づいているのか?
かすかに聞こえた声に勇気づけられ、エーデルは再び歯を食いしばって黒騎士たちに立ち向かってゆく。
……それから、どれだけ戦い続けたであろうか。
ついにはポーションのストックも尽き、エーデルたちは満身創痍の状態ながらもギリギリのところで戦線を保っていた。だが黒騎士は無傷で健在しており、湧き上がるモンスターも一向に減る様子がない。
もはや何度目かも分からない、モンスターたちの波状攻撃が始まった。
激闘の中、エーデルの脳裏に浮かんだのは──ずっと昔に見た一人の少女の姿。
まだ駆け出しの頃、レウニールのダンジョンで死にそうになった自分たちを救ってくれた、仮面を着けた幼き天使。
幻想の中で、少女が仮面を外す。その下から現れたのは──。
「エーデル、危ないっ!!」
「はっ!?」
スライに声をかけられ、エーデルはほんの一瞬気を失いかけていたことに気づく。
だが───遅かった。目の前に斧を持つモンスターの攻撃と、黒騎士の大剣が迫って来ている。
避けられない。
このままでは、死──。
──ずんっ!!
だが──覚悟していた衝撃は襲いかかってこなかった。
目の前で交錯する、二つの赤い線。
すると──エーデルの目の前に迫っていたモンスターが、一瞬にして四つに分断されたのだ。
エーデルが頬に感じたのは──熱?
「ふん、よく耐えたな」
そう声をかけながらエーデルの前に立っていたのは、炎が噴き出す二本の剣を持った──雄々しき狼獣人。
「あ、あんたは……」
「あのときの駆け出しが立派になったものだな。だが──無理はするな、あとは俺たちに任せろ」
彼は──サンナミのギルドでポーションを配布していた狼獣人ではないか。確かシアの従者で、名をウルフェといったか。
だがなぜ、彼が今ここに居るのか。
そして……あのときの駆け出し、とは?
一瞬エーデルの脳裏に蘇ったのは──8年前に邂逅したあのときの少女が連れていた、仮面の獣人の剣士。
あのときの獣人もたしか……狼族ではなかったか?
「よく頑張りましたね、もう──大丈夫ですよ」
「その声は──シア!?」
ふいに聞き慣れた声が耳に飛び込み、ズタボロだった全身の傷が一気に治癒していく。
こ、これは──治癒魔法か!?
だがこれほどの傷が一瞬で癒える治癒魔法を使えるものなど、エーデルはただ一人しか知らない。
「シア!? なぜ君がここに──」
だが──慌てて振り返り、声の主の姿を見てエーデルは──。
「い、いや……き、君は──」
声が震える。だが抑えることができない。
なぜなら、そこに立っていたのは──。
面影はシアそのもの。
だが髪の色は違う。
そう、まるで……満月の光を映し出したかのような白銀色。
シアの──髪の色が変わった?
いや、違う。そうじゃない。
彼女はシアだ、間違いない。
間違いないのだが……。
エーデルは自然と気付かされる。
きっと、今のシアの姿こそが──本当の彼女の姿なのだと。
そして……この髪の色、そして左右異なる色の瞳は──。
「そうか……」
ずっと探していた。
だが答えは、すぐそばにあった。
「君だったんだな……」
エーデルは、自分に向かって微笑む少女に向かって手を伸ばす。
彼女こそが、エーデルがずっと探していた──。
「君が……」
ほろり。
エーデルの頬を涙が伝う。
それは──エーデルにとって8年ぶりに流す涙であった。
8年前のあのとき。
大切な仲間たちの命の危機を救ってくれた──。
「君が──『レウニールの天使』だったんだな」




