107.ダンジョン突入
「これは……いったいなにが起こっていますの?」
エトランゼが思わず声を漏らす。
──興奮の坩堝。
熱狂の渦に包まれた数多くの観衆たちが、サンナミの街の中央にある広間に集まっていた。その数──数千人、いや万に達しているであろうか。
サンナミの街の大部分の人々が、この広間に集まっていたのだ。
驚きを隠せずにいるエトランゼの前に、大歓声を受けて登場したのは、サンナミ領主であるエドワード。
そして──。
「シーア!」「シーア!」「シアーー!」「シアちゃーーん!!」「きたーー!!」「うぉぉぉぉ!! かわええーー!!」「いつもポーションありがとぉぉぉーっ!!」「毎日いっぱい飲んでるよー!!」
湧き上がる大歓声に応えるようにして登場したのは、目深にフードを被った一人の少女。
ガスターホルンに現れたという、やたらと効果が高いポーションを作る美少女『シア』の噂は、遠く聖母教会にも伝わっていた。エトランゼの記憶によると、確か別の聖女が現地に派遣されて調査していたはずである。
どうやらその『シア』は、ここサンナミにたどり着いていたようだ。
ふいに日が差しこみ、フードの下で影になっていたシアの素顔がハッキリと見えた。
その素顔を見て──エトランゼは愕然とする。
シアと呼ばれる少女は、類稀なる美貌の持ち主であった。
だがそれ以上にエトランゼを驚かせたのは──彼女の顔に見覚えがあったことだ。
「うそっ!? まさかあれは──」
フードから垣間見える髪の色は灰色で、エトランゼが知る人が持つ月の光のような白銀色ではない。
だが他人の空似とはまったく思わなかった。なぜなら──彼女ほどの圧倒的な美貌の持ち主を、エトランゼは他に知らなかったから。
学園で自分の誘いを断ったあの白銀色の存在を、卒業後もエトランゼは決して忘れることがなかった。あんな特別な存在が、二人といるわけがない。
そしてエトランゼの疑惑は、後ろに控えていた狼獣人のウルフェと侍女のネビュラの姿を捉えて確信に変わる。
間違いない、彼女は──《ユリィシア・アルベルト》ではないか。
だが続けてエトランゼの心に湧き上がってきたのは──疑問。
なぜユリィシア・アルベルトがこのような場所にいるのか?
そもそも彼女は未だ学園にいるはずではないのか?
それがなぜ、シアと呼ばれ、あんなにも歓声を浴びて──。
「あれが魔法薬師のシアちゃん? 初めて見たけどなんか……フランドゥムの〝癒しの乙女″ユリちゃんに似てないか?」
「えっ? マジ!? あれユリちゃんなのかよ!?」
「おいおい! まさか……噂のアイドル、ユリちゃんと魔法薬師のシアちゃんは同一人物だったのか!?」
愕然とするエトランゼの耳に、隣に立っていた冒険者の声が飛び込んでくる。
アイドル? 癒しの乙女? フランドゥム?
彼らはいったいなんの話をしているのか? あそこにいるのは、私の知るユリィシア・アルベルトではないのか?
だが追い討ちをかけるように聞こえてきた言葉によって、エトランゼの思考は完全に停止する。
「おいおいマジかよ! 彼女は──帝国を救った【癒しの聖女】様じゃないか!」
「なんだって!? そいつは見間違いじゃないのか?」
「いいや、俺はちょっと前まで帝国で傭兵をやってたんだが、ぜったいに間違いない! 髪の色は違うが……あんな美人、そうそういないからな! あの子は間違いなく──【癒しの聖女】だ!!」
なん──ですって?
帝国を滅亡の危機から救った英雄『癒しの聖女』の話も、エトランゼはよく知っていた。
数万人の兵士を癒し、帝国の動乱を収め、何処かに消え去った『癒しの聖女』。到底信じられないような情報であるが、事実、非公認の聖女でありながら他のどの聖女よりも有名な存在であった。
『癒しの聖女』の関連で、なぜか枢機卿のスミレ・ライトが辞任していたが、その詳細はずっと隠されていた。
だがもし『癒しの聖女』の正体が、ユリィシアなのだとしたならば──。
帝国を救った『癒しの聖女』。
ガスターホルンの魔法薬師『シア』。
なぜか妙にサンナミで人気のある、よくわからないアイドルという存在の〝癒しの乙女″『ユリ』。
バラバラだった点と点が繋がり、やがてそれは一本の線となって──エトランゼの前に舞い降りてきた。
……一つの答えを伴って。
「癒しの乙女『ユリ』、魔法薬師『シア』、そして帝国の救世主【癒しの聖女】は──全て同一人物……ユリィシア・アルベルトだったというの?」
全て、ユリィシア・アルベルトだった。
その事実が、エトランゼの心を、魂を激しく揺さぶる。
だとすると彼女は──。
ユリィシアは──いったいどれだけの偉業を成し遂げたというのか?
ぶるり……エトランゼは思わず身震いする。
「ユーリ!」「ユーリ!」「シーア!!」「シーア!!」「ユリィシア!!」「ユリィシア!!」「イエス・フランドゥム!!」
これから──とてつもないことが起こるに違いない。
そう確信したエトランゼは、自分が見たものをすべて枢機院に報告しようと心に決め──まるで一つの英雄譚の中の出来事のような光景をその目に焼き付けようと、ぐっと目を凝らしたのだった。
◇◆
湧き上がる観衆たちの声援を受けながら、私は思わず独り言を呟いてしまいます。
「……あらあら」
これまで一生懸命正体を隠してきたのですが、さすがに世界中から冒険者が集まるこの状況になってしまうと、私の顔を知っている人が紛れ込んでいてもおかしくはありませんね。とうとう私がユリィシア・アルベルトだとバレてしまったようです。
ですが──この声援、嫌いではありませんわ。
「お嬢様、どうなさまいますか?」
「仕方ありませんわね……」
もはや隠す意味はありません。
そもそも魔力を全力で開放してしまえば、染めていた髪の色は一気にいつもの白銀色に戻ってしまいます。ですからいずれは同じ結果になっていたことでしょう。そのタイミングがたまたま今になってしまっただけのことです。
バレてしまったのならば、もはや遠慮は不要。
どうせやるなら、せっかく身につけたアイドルのスキルを駆使して、せいぜい派手にやるとしましょう。
「ウルフェ、観衆の注目を集めなさい」
「はっ、お任せを!」
ウルフェはすぅと息を吸うと、大声を張り上げます。
「皆のもの、きけぇぇぇ───っ!!」
しーん、と一気に鎮まる冒険者や公務員、観衆たち。
ウルフェ、声でかすぎです。
「これから我らは、『迷宮暴走』を起こしたこのダンジョンの最奥を目指す! ついに、その時が来たのだっ!!」
「「「うぉぉぉぉおおおおおぉぉおおぉおぉぉ!!!」」」
「だが何も恐れることはない、なぜならば──我らには『光』がついているのだからっ!!」
光──とは私のことですかね?
どや顔でこちらを見るウルフェ。
そう来ましたか……では私もこの流れに沿って、目いっぱいの演出をするとしましょう。
私は右手を挙げて、次元指輪から魔法道具を取り出します。
続けて羽織っていたフード付きマントを一気に脱ぎ去りました。
ふわっ、と──髪の毛が広がっていくと同時に、毛先のほうから徐々に白銀色へと変化していきます。
同時に、着ていた服を師匠にもらったアイドル衣装に切り替えました。なにせこの服が最も性能が高いんですからね。あ、もちろん魔力を炸裂させて閃光を放ち、着替える瞬間は見れないようにしましたよ?
光が収まると、いよいよ完全体アイドル──ユリィシア・アルベルトの降臨です。
可愛らしくポーズを決めて、はい完成。
皆、さぞかし驚いたことでしょうね。私はマイクを握りしめると、完全に黙り込んでしまった観衆たちに声を投げかけます。
『みなさん、こんにちは』
「「「……うぉぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」」」
挨拶をしただけで、この歓声ですよ。
ただ私、トークは苦手なんですよね。フランドゥムのときもトークはウルティマに丸投げしてましたし。
黙り込んでいると、勝手に周りのボルテージが上がっていきます。
「きたーーーっ!!」「フランドゥムのユリちゃんだ!!」「あれ、でも髪の毛の色が違うぞ?!」「違う、あれは──あの髪、あの美貌は、帝国を救った『癒しの聖女』じゃないか!」「……てことは、同一人物!?」「フランドゥムのユリの正体が──救国の英雄『癒しの聖女』だったんだ!!」
湧き上がる声援になんて答えて良いか分からず、とりあえず手を振って応えてみました。
「まさかあなたが噂の……『癒しの聖女』だったとは……。やはりあなたさまこそ──我の真の〝推し″でございます」
エドワードが涙を流しながら、私の前に膝を折りました。その様子に観衆たちが大歓声で沸き、ついには──声を揃えて大合唱を始めてしまいました。
「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」「イエス・フランドゥム!!」
……ここまで盛り上がってしまっては仕方ありませんね。
ついに観念した私はマイクを握りしめ、意を決して皆に語りかけます。
『……勇者たちよ、時は来ました。私とともに暴走したダンジョンに挑みましょう』
「「「うぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉっぉおぉ!!」」」
なんで彼らは、こんなにテンションが高いんですかね?
……まあいいですわ。私は話を続けます。
『恐れることは何もありません。共に行くものには、私の癒しを与えましょう』
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
そこから始まったのは、「イエス・フランドゥム」の大合唱。なぜかウルフェまで叫んでいます。あなた、この掛け声の意味分かってますかね?
『今こそ力を合わせるときです。皆の力で──ダンジョンを制覇しましょう』
「「「いえやあああぁああぁああああぁぁぁぁっ!!」」」
こうして私は──「イエス・フランドゥム」と叫ぶ謎の集団を大量に引き連れ、そのままダンジョンへと突入していったのでした。




