106.準備完了
奴隷解放による戦力増強で、状況は一気に好転しました。
主に解放奴隷はウルフェが教育し、公務員のチームに組み込んでいます。ですが中には腕に覚えのある剣闘士奴隷たちがチームを組み、アタックするといった状況も生じ始め、みるみるダンジョン攻略が進んでゆきます。
そして──10日ほどが過ぎた頃、ついに先頭を走るエーデルたちが最下層にたどり着きました。
「《光の翼》が、最下層に至りましたわ」
「ほほぅ、さすがはSランク冒険者ですな」
「ずっと目をかけていましたからね」
彼らは私の大切な素体候補ですからね。
「おお、彼らをですか? むぅぅ、羨ましい……」
「あなたのことも同様に大切ですよ、エドワード」
これだけ頑張ってくれたのですもの。たとえAランク素体であってもちゃんと軍団入りさせて差し上げますわ。
「なんと!? 感謝感激でございます! このエドワード、いつ命尽きてもかまいませぬ!」
感涙に咽ぶエドワードはどうでも良いとして、これでようやく準備が整いました。私はウルフェたちを部屋に呼び寄せます。
改めて──この場にいるのは私とエドワードのほかはギルドマスター、ウルフェ、ネビュラちゃん、アミティです。
彼らに向かって私は宣言します。
「──時は来ました」
「おおっ!!」
歓喜の声をあげたのはウルフェです。こやつ、どれだけ闘いに飢えてたんですかね。
「最も攻略を進めていたチームがダンジョン最下層である5階にたどり着きました。このポーションの光は、エーデルたち《光の翼》のものになります」
私はダンジョンマップの最下層となる地下5階で点滅している黄金色の4つの点を指差します。ところが光はすぐに消えて、また付いてを繰り返しています。
彼らは次元指輪を持っていたので、ウルフェに頼んで専用ポーションを100個以上与えていたのですが──どうやらポーションを大量消費するほどの難敵とぶつかったみたいですね。
「おそらく彼らは現在このダンジョンの主と交戦していると推測されます。ですが……苦戦しているようですね」
「それで、とうとう俺たちの出番なのですねっ!?」
もはや目の前に餌を出された犬のようなる表情を浮かべて、ウルフェが勢いよく立ち上がります。隣を見ると、ネビュラちゃんやアミティも似たような顔つきです。
「もうポーション配りは飽きたリュ……」
「お願いです、お嬢様。違う仕事をさせてくださいませ……」
まったく、仕方ありませんわね。
私は彼らにゆっくりと頷きます。
「ええ、わかりましたわ。では私たちも全力を持って──ダンジョン攻略に挑みましょう」
「ではせっかくのユリ様の出陣です、この下僕エドワードめが精一杯花道を飾らせて頂きます!」
そう言うとエドワードは、私たちを領主館にある宝物庫に連れてきました。どうやらここで私たちの装備を増強して欲しいようです。
「こちらがサンナミで産出された財宝や魔法道具です。そのほとんどは宝石にございます」
エドワードが気を遣っていろいろと教えてくれるのですが……あいにくと私は貴金属には全く興味がありません。
「ここのダンジョン類はあまり魔法道具は輩出しないのですか?」
「ええ、そうなんですよ。なぜかドロップアイテムは貴金属が多いですね。もちろん優秀な魔法道具は王家に献上しておりますので、こちらにあるのは格落ちのものが多いというのもありますが……それにしても低いです」
この地は遥か昔に滅びた魔法王国の跡地にかなり近いというのに、魔法道具の出現率が低いのはなぜなのでしょうか。
「ちなみに魔法道具はこちらにあります」
「ほほぉ……」
案内されたのは、武器防具などが綺麗に収められた一角。
さすがダンジョンを複数管理する街の領主、かなり力の強い魔法道具を所有していますね。
「なかなかの品揃えですね、エドワード」
「お褒めに預かり恐縮です、ユリ様」
ですが、残念ながら私が今手持ちの装備よりも優れたものは無さそうです。なにげに師匠から貰った衣装類が高性能なんですよね……。
ウルフェたちの方に視線を向けて、何か欲しいものがないかと尋ねます。
「俺は──この双剣をお借りしてよいでしょうか?」
なるほど、炎が出る二本の剣ですか。なかなか良いチョイスです。
「ボクは……この魔法銃で」
どうやらネビュラちゃんは遠距離攻撃の手段を増強するようですね。
ちなみにアミティを見ると「あたちは別に武器や防具は必要としないリュ」と呟いて、興味津々に宝物庫のお宝を眺めていました。
そういえば龍は貴金属が好きだという噂を聞いたことがあります。もしかするとアミティもそのタイプなのかもしれませんね。
「ウルフェ殿、ネビュラ殿! それら魔法武器の力を使って、ぜひともしっかりとユリ様をお守りしてくれたまえ!」
ウルフェとネビュラちゃんの申し出に、快く応じるエドワード。
続けて二人が防具類を選んでいたので、手が空いた私は何気なく山積みにされた貴金属に目を向け──ふいに特殊な力のようなものを感じて視線を止めます。
おや、なんだか懐かしい感じがしますね。気になって近づいてみると……。
「これは──」
「あぁユリ様、そちらはなにやら使い道が分からない指輪でございます。妙な魔力を感じるので売らずに置いてあるのですが……良かったら差し上げましょうか?」
「ええ、頂きますわ」
間違いありません、これは『万魔殿』に至る鍵のうちの一つ、黄泉の指輪ではありませんか。
予想外のお宝に、私のテンションは一気に上がります。これだけのものをもたらしてくれたエドワードには、ぜひ感謝の気持ちを伝えねばなりませんね。
「あなたには本当に感謝してもしきれませんわ、エドワード」
「イエス・フランドゥム!!」
いよいよこれで4つ目……残り一つで、全部の鍵が揃いますわね。
まもなくすべてが揃います。そうすれば──ふふふ、実に楽しみですわ。
私が指輪を見つけている間に、ウルフェたちの準備が整ったようです。これで本当に準備完了ですね。
さぁ、それでは──この私が本当の〝ダンジョン攻略″というものを、エドワードたちにお見せいたしましょう。
◇◆
サンナミのダンジョンで『迷宮暴走』が確認されてから、およそ20日が経過していた。
今日もエクストラダンジョン『サファイアとルビー(改)』にはたくさんの冒険者たちが集まり、ダンジョンアタックを繰り返していた。
「諸君の健闘を祈る!」
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
ダンジョンの入り口で当たり前のように繰り広げられる光景。
いつしかダンジョンに挑むときの冒険者と警備兵の間で交わされる挨拶が「イエス・フランドゥム」となっていた。理由や起源を知るものは少ない。しかし彼らの間で自然とその挨拶が広まっていたのだ。
サンナミの街は空前の好景気に沸いていた。
ダンジョンからドロップするカードからはかなりの量の貴金属が産出されていた。おかげで大金を手に入れた冒険者や、奴隷から解放されたものたちが次々と誕生する。
さらには彼らを目当てにした新たな商売も呼び込み、サンナミの路上には食事屋や屋台、荷物運び屋に買取屋といった露店が数多く出店していた。
今やサンナミは、連邦内で最も賑わう街へと変貌を遂げていたのだ。
そんなサンナミの街に、今日もまた一人の少女がゲートを通過してやってくる。
だが──彼女は普通の存在ではなかった。
彼女と数人の従者の姿を見て、周りがざわめく。
「おお、あれは──聖女様じゃないか!」
「ついに聖母教会から聖女が派遣されたのか!」
サンナミの地に降り立ったのは、聖母教会認定の聖衣に身を包んだ美しく清楚な女性。
彼女の名は──【英霊乙女】エトランゼ・ローズマリー・サウサプトン。聖母教会公認の《聖女》である。
「サンナミの街に到着しました、【英霊乙女】」
「……すごい活気ね。まるでお祭りみたい」
従者に声をかけられ、エトランゼは頷く。
聖女エトランゼがここサンナミに派遣されたのは、『迷宮暴走』という異常事態の状況確認のためであった。
迷宮の暴走は、迷宮を糧にして生きていく者たちにとって未知の脅威だ。もし同様の事態が他の迷宮でも発生すれば、人々の生活に甚大な影響を及ぼしてしまう。そのような状況はなんとか避けなければならない。
ところが……である。
予想外に活気づいたサンナミの街に、エトランゼは戸惑いを覚えていた。
この街に来るまでは、戦場に派遣されるのと同等の危険が伴うものと推測していた。しかし実態は──街は活気に満ち溢れ、人々の目は生き生きと輝いているではないか。
枢機院からは状況確認と、必要に応じて治癒を施すよう指示を受けていたエトランゼではあるが、これでは……。
「スタンピードにより命の危機にあるはずが……ずいぶんと賑わってますね。どういうことでしょうか」
「恐らくは、数々の施策を打った領主がよほど優秀な方だったのでしょう」
サンナミに来る前、エトランゼンは事前に現地の情報を仕入れていた。
特に注目すべきは、サンナミ領主エドワードが打った数々の施策についてだ。一歩間違えば恐慌に陥ってしまうような事態において、エドワードは逆転の発想で次々と施策を打ち出し、結果として空前の好景気を呼び込んでいたのである。
「……とりあえず、領主の館にでも向かいましょうか」
「そうですね」
詳しい話を聞くためにも、領主と会話を交わすべきである。
そう考えたエトランゼたち一行は領主の館がある街の中心部へと向かう。
道中、住人たちは遠巻きながらも聖女の来訪を喜び歓迎し、口々に聖母教会への畏敬や聖女への感謝の祈りを捧げている。
その中に──エトランゼにとってどうしても聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「でもこれで──聖女が二人になるんだな」
ハッと顔を上げるエトランゼ。だが住民たちはそんなことにも気づかず、勝手に話を続けている。
「癒しの乙女『ユリ』様と、聖母教会の聖女。これでもうこの街は安心だ」「魔法薬師のシア様もいるしな、もう万全だ!」「きっとダンジョンの最奥に到達して、この異常事態も解決するだろうさ!」
……どういうことなのか。
なぜ、住人たちは『迷宮暴走』の解決策を知っている?
それ以前に、聖女と同格に扱われている『癒しの乙女ユリ』とはいったい何者なのか?
──この街で、一体何が起こっている?
その疑問に答えるかのように、人々がドワッと湧く声がエトランゼの耳に飛び込んできた。
「行ってみましょう!」
声がした方に駆けつけるエトランゼ。先に待ち受けていたのは──たくさんの人だかり。
まるで何かに取り憑かれたかのように、従者を置き去りにして人混みをかき分け、前に出る。
ついには最前列に到着したエトランゼ。
そして、彼女が見たものは──。
「これは……いったいなにが起こっていますの?」




