105.戦力増強
順調にダンジョン前のモンスターの駆除が進み、徐々にダンジョン内に入る冒険者の数が増えていきます。
ですが、肝心のダンジョン攻略がなかなか進展しません。
手を打ち出してから10日が経って、ようやく三階層に到達した程度です。このペースではいつまで経っても最下層に辿り着きません。
「手数が足りていませんわ」
「手数ですか? いよいよ俺たちが突入する時ですねっ!?」
「いいえ、まだ早いですわ」
ウルフェがだんだん盛りのついた犬みたいになってきましたね。
はやく息抜きさせないと、暴走してしまいかねません。
「じゃあどうするリュ?」
「別口の戦力を手に入れますわ」
アミティにそう答えたものの、別に良いアイディアがあるわけではありません。
この時期になると、噂を聞きつけた他の街や国の冒険者たちもゲートを通って次々とやってきていますが、それでも溢れ出るモンスターとの釣り合いが辛うじて取れている程度で、逆転するまでには至っていません。
何か良い手がないでしょうか。
私はお預けを食らったようなウルフェを見ます。
そういえばウルフェはもともとは剣闘士奴隷でしたね。
ウルフェ……獣人……剣闘士奴隷……。
──そうですわ!
良いことを思いつきました。
「ウルフェ、この街に闘技場はありましたか?」
「闘技場ですか? さぁ……」
「サンナミの南西の端に、王国ほどではありませんが、それなりの規模の闘技場がございます」
さすがネビュラちゃん、ウルフェの代わりに欲しい情報を答えてくれます。
「では剣闘士奴隷はいるのでしょうか?」
「そこまでは存じ上げませんが、闘技場であれば戦っているのは剣闘士奴隷だと思われます。とくにサンナミは冒険者の多い街です。借金奴隷や犯罪者奴隷もそれなりの数がいると推測されます」
なるほど、他にも冒険者から奴隷落ちしたようなものたちもいるのですね。
これは実に好都合です。
「よくわかりました。それでは次の手を打ちましょう」
「次の手、ですか?」
「ええ。奴隷を──解放しましょう」
「は?」「ひ?」「ふ?」
私は戸惑う三人をそのまま置き去りにすると、エドワードのもとに突撃します。
もはや定位置となったギルドの応接室で満面の笑みを浮かべながら迎え入れる下僕に、私は新たなアイディアを伝えました。
「エドワード、あなたの権限で奴隷を解放していただけませんか?」
「こ、これは唐突なお話にございますね」
「私の頼み、聞いていただけませんか?」
「推しの願いは、どんなものでも叶えるのが下僕の務めでございます! ……ですが、理由をお教えいただいてもよろしいでしょうか?」
「ダンジョンに突っ込ませるのです」
「──へ?」
現状、ダンジョンアタックする人数が完全に不足しており、攻略が滞っている状況です。
そこで、奴隷となっている者たちのなかでも戦力になりそうな者を「解放」し、その対価としてダンジョンに突っ込ませることを思いついたのです。
「し、しかし……奴隷といえど中には犯罪者などの危険なものもいるのですが」
「それは、私がなんとかしますわ。だからエドワード、どうか私の願いを叶えてください」
「イエス・フランドゥム!!」
私のお願いに敬礼しながらすぐに了解するエドワード。
……ふふふ、チョロイですわ。
◆◇
この日も、Sランク冒険者チーム【光の翼】一行は先陣を切って暴走中のダンジョン『サファイアとルビー(改)』にアタックしていた。
というのも、サンナミの領主であるエドワードから二つの告知が出たからだ。
ひとつ──今回の〝ダンジョン暴走″のことを正式に『迷宮暴走』と命名すること。
ひとつ──ダンジョンの最奥に行くことで、今回のスタンピードが終息する可能性が高いこと。
ゆえに公務員や冒険者たちはみなダンジョンの最奥を目指して突入していた。目標が明示されたことで皆が同じ方向を見るようになったのだ。
だが、サンナミの街で最強──おそらくは連邦内でもトップクラスの実力を持つ彼ら4人であっても、エクストラ化したダンジョンを攻略するのは困難を極めていた。
「……おい、大丈夫か?」
配布されたポーションをすべて使い切り、疲労困憊でダンジョンから出てきた四人にねぎらいの声をかけてくるのは、サンナミの街の公務員たち。
「あぁ、なんとかな。だがさすがに三ツ星級はきついぜ」
「あんまり無理すんなよ、エーデル。お前たちが俺らの希望の星なんだからよ」
彼ら公務員はサンナミの正規職員であり、ダンジョン捜索のプロではあるものの、死者を出さないよう安全を最重視してダンジョンの探索をすることが身についていることから、こと攻略に関しては完全にエーデルたちの後手に回っていた。
よって彼らは、今ではもはやエーデルたちの攻略を応援する立場になっていたのだ。
「だけどな、エーデル。一つ良いニュースがあるぞ」
「ん? なんだい?」
「領主様から新たなお触れが出たんだ。なんと──奴隷を解放してダンジョン攻略に突っ込ませるそうだぞ!」
「なんだって!?」
さすがにエーデルたちも驚きを隠せずにいた。
なにせ奴隷を解放するなど、聞いたことがない。奴隷は財産であり、枷であり、犯罪抑制策でもあるのだ。
それを解放するとは──狂気の沙汰か、もしくはとんでもない英断か。にわかにエーデルには判断がつかずにいた。
「もちろん、ただで解放するってわけじゃないぜ? 犯罪に応じた罰金を科せられて、相当額のドロップアイテムを集めることができたら解放されるって寸法さ」
「でも、そんなの勝手に逃げたら台無しになるんじゃないか?」
スライのもっともな疑問に、公務員たちが意外な答えをもたらす。
「それがな、俺たちも驚いたんだが──なんでも領主様はすごく高名な呪術師を確保したみたいで、ダンジョンアタックさせるための条件として、強烈な呪いをかけるそうなんだ」
「……マジかよ」
スライが驚くのも無理はない。なにせ呪術師はかなりレアな特殊能力の持ち主であるのだから。
それほどの人材を確保して今回のような手を打つところに、サンナミ領主エドワードの意志の強さが感じられる。
実際、エドワードの英知に惹かれてか──彼のもとにはとてつもなく優秀な人々が集まっている。
今回のダンジョン暴走を『スタンピード』と名付け、ダンジョン最奥に解決策があると提示した〝賢者″。おそらくこの賢者こそが今回の奴隷解放策も提案したのであろう。
さらには世にも珍しい〝呪術師″に、ポーションを配布しまくる優秀な魔法薬師であるシア。
ダンジョン暴走という危機において、これら優秀な人材を手駒として次々と最善策を打ち、辣腕を振るう領主エドワード。
「エドワード様はもしかしたら……すごい領主様なのかもな」
「見た目もかっこいいしね!」
「うちの孤児院に援助をしてくれた人だしね!」
「ああ、おかげで俺たちは安心して冒険者をやってられるようになったわけだしな」
公務員の話に元気を取り戻したエーデルたちが、軽い足取りで冒険者ギルドに戻る。
そしていつものようにポーション配布の列に並んでいると──意外なことにいつもつっけんどんだった狼獣人のウルフェから声をかけられた。
「お嬢様からだ」
そう言われて手渡されたのは──黄金色をした大量のポーションだった。
「これは……《リリーポーション》」
見覚えのある懐かしい色のポーションに、思わず見入ってしまうエーデルたち四人。
「シアは、なにか俺たちに言ってなかったか?」
「お嬢様から特にお言葉はない。だからそれが返答代わりだ。俺はこれから解放奴隷たちの教育で忙しい。あとは──自分たちで考えろ」
相変わらずつっけんどんながらも、それだけを言い残してウルフェは立ち去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、エーデルたちは頷き合う。
「……がんばろう」
「うん、きっとダンジョンを制覇したらシアにも会えるよ、お兄ちゃん!」
「ああ、そうだな」
こうして改めてダンジョン攻略の決意を固めたエーデルたち四人であった。
◆◇
奴隷活用作戦は、とても上手くいきました。
まず私が奴隷一人一人に《 審罰の左目 》で制約を課してゆきます。この時、正体がバレないように仮面をつけました。仮面をつけるのはレウニールのダンジョンで辻ヒールをしていたとき以来ですね。
「ユリ様は実に多才でございますね」
「アイドルのたしなみですわ」
「さすがはユリ様! そこに痺れます、憧れますぅうぅぅ!!」
奴隷にはいくつかの条件を課しました。
獲得したカードや魔法道具はすべて領主であるエドワードに渡すこと。
その代わり、見つけたカード類のレアリティに応じた額が支給されること。
そして、稼いだ額が自身の借金額まで到達すれば、完全に解放されるというものです。
もちろん、ダンジョン探索以外は自由はありませんし、衣食住は別途課金されます。
ルールを破ればペナルティ。1回目では激痛が走り、2回目では行動不能、3回目で──こっそりアンデッド化することにしたのはナイショです。
エドワードが出したこのお触れに、奴隷たちは歓喜し、たくさんの応募がありました。特に剣闘士奴隷や借金奴隷が我先にと参加し始めたのです。
手を上げた奴隷たちは、ウルフェに指導させます。
これでさかりのついた駄犬の息抜きもバッチリですね。
「領主様! 我が家族も解放したいのですが、家族のものの借金額を肩代わりすることはできませんでしょうか?」
あるとき、奴隷の一人がエドワードに申し入れをしてきました。聞くと彼は家族ごと捕まってしまった獣人奴隷で、妻と娘が別途借金奴隷として働かされているとのこと。
エドワードが私を見てきます。
「良いのではないですか」
そう囁くと、エドワードは満面の笑みを浮かべながら獣人奴隷に親指を突き出します。
「イエス・フランドゥム!!」
──
サンナミ領主エドワードによる、奴隷解放令。
この施策により、狂ったダンジョンの攻略は一気に進むことになる。
そして奴隷解放という英断をしたエドワードは、のちに人々から【解放者】という栄誉ある二つ名で呼び称えられる存在となるのであった。
──イエス・フランドゥム!!




