103.サンナミ領主
サンナミの街にある冒険者ギルドは、町の中心部にある大きな建物の1階にあった。それもそのはず、ここサンナミにおいて冒険者ギルドは──領主直属の組織なのだ。
ダンジョンが多い連邦においても、サンナミは特に多くのダンジョンを所有していた。
その数、二つ星ダンジョン1つ、一つ星ダンジョン3つ、さらに周辺には星なしのダンジョンが6つ。
このうちの星なしのダンジョンについて、サンナミの領主であるエドワード・ランド・サンナミは、所定の入場料を取ることで冒険者ギルドに管理運営を含め業務委託していた。
委託先の冒険者ギルドは、このノーマルダンジョンの管理運営でかなりの収益を上げていた。また、まれにではあるが領主からの要請を受けて、上位ランク冒険者の日雇い派遣や、公務員試験の代行などの業務も行っていた。
ところが今回、一つ星ダンジョン【翠玉と紅玉】において突如異変が発生した。
そう、まさに暴走といっていいほどの劇的な変化が起こったのだ。
モンスターの強化および数の増加、ドロップアイテムのレアリティ向上による三つ星への昇格、そしてダンジョンの致命化。
サンナミ領お抱えの公務員は、ダンジョン探索に特化したメンバーでおおよそ250名規模。これは周辺国などから見てもかなり多い人数である。
だがそのほぼ全員を動員しても、ダンジョンからあふれ出るモンスターの討伐にまったく手が足りない状況に陥っていたのである。
このままでは領地サンナミがモンスターによって深刻な打撃を受けてしまう。そうなる前に手を打つ必要がある。
そこでサンナミ領主エドワードは、冒険者ギルドに通達して、支援を頼むことになる。
その際、報酬の代わりに「手に入れたカードや魔法道具の権利の半分を特別に与える」という条件を出したのだ。
通常、非正規雇用の冒険者に管理ダンジョンのドロップアイテムの所有権を与えることはまずありえない。それは鉱山に例えると、採掘された鉱石の所有権を掘ったものに与えるようなものである。
だが領主エドワードは今回特別に許可した。報酬を出して冒険者を募るよりは、報酬型にしたほうがモチベーションが高まると判断したのである。
街を守るための英断といってもいい領主のこの判断に、住民たちはエドワードを褒めたたえ、冒険者たちは思わぬチャンス到来に一気に色めきたった。
これは──他に代えがたい絶好の稼ぐチャンスである、と。
ところが、ここで一つの問題が発生する。
サンナミ領主エドワードが、ダンジョンの地図を開放しなかったのだ。
一般的に、ダンジョンは奥に行くほどレアリティの高い魔法道具がドロップする可能性が高まる。ゆえに奥までアタックすることが稼ぐ最良の手段であった。
ゆえにダンジョンマップは、ダンジョンを管理する領主にとって至宝も同然である。領主エドワードはダンジョンのモンスター退治をする特別許可は出したものの、マップを公開して奥まで進ませる気は全くなかった。
しかも新たな問題も発生する。ダンジョンから溢れたモンスターが、なぜかドロップアイテムを輩出しなかったのだ。何も輩出しないモンスターなど、倒すだけ時間と労力の無駄である。
そして冒険者たちは、そのモンスターたちばかりを相手させられていた。理由は、そもそも溢れるモンスターのせいでダンジョンの中にまで入れなかったことにあるのだが、冒険者たちにとってそんなことは関係ない。
冒険者たちの不満が膨らんでいくことに、さほど時間はかからなかった。
「おいおい、ザコを俺たちに回して自分とこの公務員でおいしいところを取って行く気かよ!?」
「どうせ俺たちのことを使い捨てのコマぐらいにしか見てねぇんだろうさ!」
「ふざけんなっ! どうにかしろよっ!」
「俺たちにダンジョンから漏れた残飯処理ばかりさせんな! さっさとマップを開放して中に入れろよ!」
荒れる冒険者たちとなだめる冒険者ギルド。
それが、異変が発生してからほんのわずかしか経っていないサンナミの街の現在の状況であった。
そして、渦中の冒険者ギルドにおいて──二人の男性が向かい合い、協議を行なっていた。
一人が無精髭を生やし顔中に傷跡を残す悪党のような顔つきの中年男性。サンナミの冒険者ギルドのマスターだ。
彼と対峙するのが、灰色の髪をオールバックにして撫でつけ、ビシッと決めたスーツに身を包んだロマンスグレーの美中年。彼こそがサンナミ領主エドワード・ランド・サンナミである。
エドワードは優秀でかつ切れ者であると有名であるとともに、別の意味でも有名だった。
それは、彼が独身であるということである。
これまでも様々な縁談話があったものの、亡くなった弟の忘れ形見である甥に家督を譲ると宣言して、自身はまったく家庭を持たなかったのである。
賄賂も女も受け取らぬ堅物。
孤高の領主、ロマンスグレー。
連邦きっての切れ者。
それが、サンナミ領主エドワードに対する世間の評価であった。
そのエドワードと向き合うギルドマスターは緊張していた。なにせ優秀かつ冷徹なエドワードによって、これまで何人ものギルドマスターが更迭されていたのだから。
己も下手を打つといつ飛ばされるか分からない。だが現場の突き上げはどんどん激しさを増していく。ギルドマスターは慎重に、だが少しずつ踏み込んで要求することを求められていた。
「エドワード様。ダンジョンマップは……」
「ならん。前例がない」
「ですが、このままでは……」
「くどい、ないわ」
取りつく島もない状態に、頭を抱えるギルドマスター。
だがそのとき、下の方がなにやら騒めいていることに気づく。
やがてその騒めきは近づいてきて──。
バンッ!!
という激しい音と共に、扉が開かれる。
何事かと腰を浮かし、扉の方に視線を向けると──。
「こんなところにいましたのね」
まるで天使のような美しい声と共に現れたのは──これまで見たこともないような、とてつもなく美しい美少女であった。
◆◇
私たちが冒険者ギルドに到着したとき、なにやら荒れ狂っていました。どうやらエクストラ化したダンジョンの探索が上手くいっていないようですね。えーい、煩いです。
「お黙りなさい!」
スミレばりに声を上げると、途端に冒険者たちが静かになります。おお、これはアイドル活動で得られたアイドルスキル【美声】の効果ですかね。
あ、ちなみに今はネビュラちゃんにお願いして髪の色を『シア』モードにしてもらっています。髪も三つ編みにしているので大人しいイメージになっていることでしょう。
「なにがあったのですか?」
私が尋ねると、冒険者たちが堰を切ったようにまた騒ぎ出します。
「領主がマップを開放しねぇんだよ!」「それどころか俺たちにダンジョンから溢れたモンスターの処理ばっかりさせるんだ! カードも落とさないやつらばかり相手させられてたまんねぇんだよ!」「街にモンスターが襲いかかる? そんなの知らねぇよ、俺らも慈善事業じゃねーんだよ!」
あーもう煩い。
私はタンッと足を踏み鳴らして、再び全員を黙らせます。
「あの子は誰だ?」「すごく可愛いんだけど」「なんとなくフランドゥムのユリちゃんに似てるような」「でも髪の色が違うような気が」「やべ、嫁にしたい」
ギロリ。まだ騒めく男どもをひと睨みで黙らせます。
「わかりました、私が領主と折衝します。それで、領主はどこにいるのです?」
私が近くにいる冒険者に尋ねると、戦士風の格好をした男が上を指差しながら答えます。
「サンナミ領主のエドワードは、いまここの上でギルド長と打ち合わせを行ってやがります」
なるほど、ここにいるのですね。
これは都合がいいです。さっそく直接お会いして、お話をすることにしましょう。
「ありがとうございます。それではあとは私に──お任せください」
私はそう言い放つと、溢れる冒険者たちをかき分けて冒険者ギルドの奥に突っ込んでいきます。
「お、お嬢様!? さすがに領主のいる場所に突入するのはまずいのでは……」
「あなたたち、援護なさい」
階段を上がっていきながら、目的地を確認します。ギルドマスターとサンナミ領主が会談しているのは──「三階の奥にある来賓室でございます」さすがネビュラちゃん、情報が早いですね。闇魔法で調べたのでしょうか。
三階にたどり着いた私は、部屋の前に待機していた冒険者たちを押し除け、会談が行われている応接室の扉を開け放ちます。
バンッ!!
中では、紳士服に身を包んだグレーの髪の男と、むさ苦しい髭を生やした男が豪華な椅子に座っていました。驚いた様子でこちらに視線を向けています。
どちらが領主か分かりませんが、そんなことはどうでも良いのでとりあえず中に突入していきます。他に完全武装した衛兵もいますが、そんなのおかまいなしです。
「こんなところにいましたのね」
「な、なんだお前はっ!?」
「衛兵! このお嬢さんを止め──」
「よい!」
グレーおじさんが、すぐに槍を構えた衛兵たちを止めます。どうやらこのおじさんがサンナミ領主エドワードのようですね。
彼の顔になんとなく見覚えがあるような気がするのですが……今は要求を伝えることが先ですね。
「マップを開放なさい」
私の言葉に頬をピクッと震わせるエドワード。
……あ、忘れてました。新たに手に入れたスキルを使わなければいけませんね。
私は獲得したスキル【アイドルダンス】を駆使してクルリと回転したあと、人差し指を突き出してポーズを決めながらエドワードにこう伝えます。
「お・ね・が・い♪」
──決まりました。
完璧です。
ステージならこれでファンたちの雄叫びが聞こえて来るところなのですが……。
返ってきたのは──沈黙。全員が口をアングリと開けて固まっています。
……あれ、効きませんでしたかね?
ですが、最初に動いたのは領主のエドワードでした。
顔を下に伏せたまま、懐に手を入れます。
取り出したのは──。
「お嬢様、あぶなっ──」
「おやめなさい」
警戒して前に出ようとするウルフェを、今度は私が制します。
なぜなら、彼が取り出そうとしているのは──。
バッ!!
それは──七色に輝く小さなステッキ。
続けてエドワードは私の前に膝をつくと、ステッキを胸に抱えながらこう叫びました。
「あなたの仰せのままに──〝祝福を受けし癒しの乙女″──ユリ様!」
……あぁ、やっと思い出しました。
そういえば彼はフランドゥムのライブの最前列で、一生懸命私たちのことを応援してくれていた──ファンではありませんか。
メガネをかけて鉢巻きをつけて必死に踊っていた姿とあまりにもかけ離れていてすぐには気づきませんでしたが、限定10本の七色に光るスペシャルイルミライトステッキを持っているのでようやく気付きましたよ。
フランドゥムの忠実な下僕であるエドワードに向かって、私は改めて問いかけます。
「では──ダンジョンのマップを開放してもらえますか?」
するとエドワードは満面の笑みで答えてくれました。
「イエス・フランドゥム!!」
──やっぱり、アイドル活動は裏切りませんね。
領主エドワードは重度のフランドゥム・オタでしたとさ(о´∀`о)




